その小さな手を
一人になったアスランは、会議室のある本部を出て、裏庭を歩き始めた。
秘書やSPから解放されたのは久しぶりだった。
ふと空を見上げる。
……自分が不幸だとは思わない。
ザラ家に生まれ、贅沢な食卓を囲み、宇宙で十二指に入る役職について、そしていずれ俺は議長に…
きっと誰もがうらやむ境遇なのだ。
でも俺は…
「俺は……誰なんだろう…」
記憶喪失というわけではない。
しかしアスランはいつからかそんな疑問を持ち始め、そんなことばかり考えるようになった。
誰に向かって呟いたわけでもないので当然返事もないと思っていた…。
「うわああぁ!!」
「!?」
突然、アスランが見上げていた空から、悲鳴と共に人間が降ってきた。
正確には、本部の3階の窓から。
・・ドサッ!!
アスランはとっさに受け止め、その衝撃で芝生に倒れこんだ。
「っ……なんだ…一体…!」
「ご…ごめん……!」
腕の中の人間は、まだ幼い少女だった。
輝くような黄金色の髪が、アスランの網膜に強烈に焼きついた。
「かくれてたら手がすべって…おまえ大丈夫か?」
「あ、ああ……」
大きな琥珀の瞳にアスランは捕らえる。
誰もが引き付けられるような光。
自分の半分ほどしか背丈がない子どもが、今まで見たこともないような存在感を放っていたのだ。
男はしばらく我を失っていた。
「…よっと!」
少女は元気よく飛び起きると、その小さな手をアスランに差し出した。
「ほんとごめんな。立てるか?」
どうやら少女は、大の大人を立たせようとしてくれるつもりらしい。
「…ああ……」
アスランは吸い込まれるように少女の手を取り、
体重をかけないように注意して自分の足の力で立ち上がった。
もし体重などかけてしまったら、こんな幼い少女など簡単にひっくりかえって
あっというまに元の体勢に逆戻りだろう。
別に手を取らずともアスランは立ち上がれたのだが、あえて取ったのは
少女の好意を無下にしたくないととっさに思ったからだった。