空も風も
「ごゆっくり」
にっこり笑った母が、彼女がお見舞いに持ってきてくれたらしい果物のカゴを抱えて去っていった。
パタンと閉じられるドア。
俺の部屋に、彼女が―――
しばらく思考回路が追いつかず呆然としていたが、小さな声が聞こえてハッとした。
「…退院したって聞いて」
窺うようにちらっとこっちを見た琥珀の瞳で、やっと、本物だと分かった。
とたんに心臓がものすごい音をたてて
顔に熱が昇っていく。
熱…
「あっ、熱は…?あの日、雨で風邪ひいたんだろう?ごめん…!」
「わ、私は大丈夫だっ。熱なんて、お前のほうが重症だろう…っ」
互いに緊張で焦るような会話になってしまったが、すぐに彼女は神妙な面持ちに戻った。
「…ケガさせて、すまなかった」
「あ…、じゃなくて……。助けてくれてありがとう…」
…その言葉に感動して
それと同時に、彼女に責任を感じさせてしまっていることに気づいた。
だからこんなにも俯いているんだ。
「いや、俺は男だし、別にこれくらい大丈夫だから。本当に」
なるべく明るく言ったつもりだったが、ベッドに寝ていた状態で果たして説得力はあったのか。
「大丈夫じゃないだろう…、こんな…傷、私のせいで……」
彼女がくしゃくしゃの顔で近付いてきてそっと触れたのは―――参考書を落としたままの俺の手だった。
数日たってもまだガーゼが貼ってある、手の甲。
あのとき…
とっさに彼女の頭を抱えてガードした俺の手の甲は、すり傷では一番ひどくなっていた箇所だった。
「…怖かった。お前が…意識を失って……」
「すごく怖かった……っ!!」
掠れた声で泣き崩れてしまった彼女は、それでも俺の手を離さなかった。
強く握って
…現世へ繋ぎとめるかのように。