氷姫は残照に熔く



「朝…か」

眩しい朝日で目覚める、健康的な一日の始まり。
朝日といってもここは山間の谷にあたるので、朝日が届くのは平地より遅い。

カガリがこの小さな山小屋に来てから、もう2週間が経とうとしていた。
生活にはかなり慣れた。

川に水を汲みにいったり、畑の手入れをしたり、小麦から粉を挽いたり。
ほぼ自給自足で一人暮らしをしている。
3日に1度は男装して、近くの村に来ている商団から情報を聞いたり、塩を分けてもらったりしているが。


今回の失踪に関して、カガリに協力者はいない。
協力者が見つかったらその人物が父に罰せられるし、潜伏場所も漏れてしまうからだ。


「・・・マーナ、ありがとう」

この隠れ家を残してくれて。
乗馬を教えてくれて。
一人で生きていけるすべを教えてくれて。

カガリは、亡くなった乳母に何度も感謝をした。



―――そのとき、小屋の外で馬の小さないななきが聞こえた。

「…ルージュ?どうした?」

この名前はカガリがつけた。
あの日馬車から分離させて乗ってきた馬で、逃亡劇の唯一の協力者といえる。

カガリが小屋の外に出ると、特に異変は無かった。
今日も静かだ。半径2Kmは民家も無い。

しかし、馬が遠く東の方角を気にしている仕草を見せた。

「…あっちに何かあるのか?」

9/43ページ