氷姫は残照に熔く
彼女に惹かれたのだと自覚すると、今度は別の感情が湧いてくる。
そこまでしてあの場をおさめようとする公女が、独断で婚約破棄を申し出るなんて、よっぽどだ。
そんなにも俺と結婚することが嫌だったのか・・。
「……っ…」
胸に痛みが走る。
他の男のもとへ行ったのだろうか。
他に想う男がいるから、こんなことを。
今、その男とともにいるのだろうか・・・
今まで縁のなかった激しい嫉妬に苛まれ、出てきた想いは
「会いたい」だった。
もう一度彼女に会いたい。
会って理由を聞きたい。
知りたい。
どうしてもこのままではいられない。
翌日、アスランはプラント滞在中のオーブ大公のもとを訪れた。
大公は憔悴してはいたものの、現在の捜索状況、カガリの生い立ちなどの情報を教えてくれた。
その足でそのまま自身の父親――プラント王に謁見を求める。
「どうか、1か月の猶予を頂けませんか」
アスラン自身が、今からカガリの捜索に出向くと告げた。
「私の婚約者です。私自身でケリをつけるべきだと思います」
「・・よかろう。この件はいったんおまえに預ける」
プラント王はその場で了承をくれた。
王としてもこの件は頭を抱えていたのだ。
単純に「婚約は白紙だ!」となるわけにもいかない。
眼前で姫をみすみす逃がしてしまったというプラント王の責任もゼロではなかった。
「必ず姫を連れて戻ってこい」
「はっ!」
「・・・今日中に着くかな」
馬に跨った金髪の女性が一人、山道を北西へと進んでいた。
すでにドレスは脱ぎ、古びた市井の衣類を着ている。
「少し急ごう」
赤い亀裂が走ったような顔の傷を、帽子を目深にかぶることで隠した。
後悔はしてない。
…この傷跡は、あとできっと役に立つから。