氷姫は残照に熔く
通称“氷姫”
彼女は一度もアスランの顔を見ようとしなかった。
それが精神的に堪えていた。
「最初から結婚する気がなかったのか・・」
でも、何かおかしい。
結婚が嫌で逃げたいのであれば…手洗いに行くフリでもして簡単に逃げられたはずだ。
そんな乗馬技術があるならなおさら。
なぜ彼女はあんな自傷行為を―――
“・・・この傷に免じて許して頂けますか”
ああ、そうか・・・。
「婚約破棄」というのは、相手の顔に泥を塗る行為だ。
だから自分の顔に傷を作ることで、泥を帳消しにしようとした・・。
しかも女性にとって顔の傷は重い。
そこまでした理由はおそらく…
プラント王を怒らせないため。
事実、父王に怒りという感情はほとんどない。
「…すさまじい姫だな」
思わず感嘆の息が漏れた。
彼女の行動を少しずつ紐解いていくと、アスランの興味を引いて仕方なかった。
もともとあの圧倒的な美貌が頭に焼き付いて離れないのだ。
完全な一目ぼれというものだった。
凛とした佇まいの女性。
頬から首筋にかけてのラインが綺麗で
自分の意思を貫くためなら痛みも厭わない。
強い心・・。
・・たった一度、たった数十分会っただけで、アスランの心は完全に囚われていた。