氷姫は残照に熔く
「失礼します! たった今、カガリ様が…!」
オーブ所有の馬車の御者が、大広間で跪き、さらに衝撃の事実を伝える。
「なに…!?」
カガリは、この領事館まで乗ってきた馬車の馬を1頭、車体から分離させて乗って逃げたというのだ。
追手にかからぬよう、他の馬の手綱を切っていくという徹底ぶりで。
「馬車の馬だと・・!?カガリが乗馬などできるはずが・・!」
オーブ大公はパニックでおかしくなりそうだった。
ましてや鞍も鐙も無い馬に。大の男でもなかなかできないような乗馬技術を、一国の姫がやってしまったという。
その場を見ていなければ到底信じられないことだった。
3人は外に出て確認した。
御者が伝えたままの光景がそこにあった。
この領事館は少し山に入ったところにあるから、この森を女一人で抜けていったということになる。
いったいどこへ・・。
空は夕暮れ時。もう陽は沈んでいる。
実質追跡は不可能だ。
―――こうして、女性からの一方的な婚約破棄&逃亡という形で、初顔合わせは終わったのだった。
アスランはこのわずか1時間にも満たない出来事を順番に整理して、事実を飲み込むことに丸一晩かかった。
領事館の貴賓室で一人、ぼーっと反芻する。
現在、「相手に結婚を拒否された」という事実だけがここに残っている。
それでも不思議とアスランに怒りのような感情は無かった。
ショック……衝撃、落胆…疑問、そっちの感情が大きいと思う。