氷姫は残照に熔く
強い叱責を覚悟していたカガリは、父のその意外な姿に驚きを隠せなかった。
「あああ・・カガリ!すまなかった・・!」
第一声が父の方からの深い謝罪だったのだ。
アスランは、実は、こうなることを少なからず予想していた。
カガリ失踪直後の憔悴した大公と面会していたからだ。
それに、怒っているのなら大公自らプラントまで迎えに来たりしないだろう、と。
「お前の流した血を見て…心が裂かれるかと思った…。こんな痛みを、わたしは民に味わわせようとしていたのだ…」
「お、お父様…」
大公は、カガリの顔に触れた。
若い娘が顔にこんな大きな傷を…。この先の長い人生を思うと、父として涙を禁じ得なかった。
「わたしが愚かだった…」
「お父様…」
久しぶりに父と会話ができたような気がして、カガリは肩の力が抜けたのを感じた。
父の命を奪うと決めてからの数か月。
途方もない孤独の闇で……。それを救ってくれたのがアスランだった。
母を失った父にも救いの手が必要だったのだと、今わかった。
「私も、ごめんなさい…お父様……」
―――こうして、二国間の軍事協定は白紙に戻された。
それに関連して婚約の話がどうなるのかは、アスランはあえて父王に進言しなかった。
自分の手で掴み取る自信があるからだ。
進言しない代わりに…。
大公とカガリが帰国するという別れ際、アスランはみんなの前でカガリを抱きしめ、情熱的なキスをした。
明らかに挨拶ではない、恋人だと分かるようなキス。
これには父二人も、キスされた本人も、目をまんまるくしていてアスランは思わず笑った。
カガリがナイフで傷をつけたときも、皆こんな顔をしていたんだろうなと。
「――1年後、結婚しよう」
それだけカガリの耳元にしっかり残して、顔の朱い婚約者を見送った。