氷姫は残照に熔く
アスランは1か月ぶりに王宮へ帰ってきた。
傍らにオーブの姫を伴って。
オーブ大公はすでに帰国していて、自国内でカガリの捜索を続けているとのことだった。
「アスラン、ただいま帰還いたしました」
「おお…まさか、本当にお前が姫を連れて帰ってくるとは…。オーブの捜索隊もプラントから引き上げたというのに」
プラント王が、アスランの隣で跪くカガリに視線を移した。
その黄金の髪もさることながら、前髪からのぞく顔の傷が…間違いなくオーブの姫。
たった一人で本物を探し出してきた息子の手腕は、王として素直に評価するものだった。
「彼女の行動を追求する前に、恐れながら申し上げます」
「なんだ」
「オーブとの軍事協定…つまり西方への侵攻計画を白紙にもどして頂きたい」
「!!」
プラント王が驚き、しばらくの沈黙が流れた。
王もバカではない。
アスランがオーブの姫を伴って現れ、知らないはずの機密情報を知っている…それが何を意味しているか。
「そうか…だから婚約破棄を申し出たというのだな、姫」
「はい…」
すべて察したプラント王の問いかけ、カガリが答えた。
考え込む王に、息子が話を続ける。
「領土を広げる理由…それは、その地からもたらされる穀物や鉱物、通行税など、つまり富です。
その富を得るために、西方諸国の信頼を失い、敵に回すのは得策ではありません。民の犠牲もでます」
「それくらいは承知の上だ。多少はやむを得まい」
「…1年後、今のままの領土で、私がプラントの国益を1.2倍にしてみせます。それならば納得して頂けますか」
「なに…?」
まずは農地改革。
雨の少ない地域には井戸を掘って農地を拡大させる。
その気候にあった作物に力を入れる。
北の痩せた土地でも育つ品種があり、それを試してみる。
さらには1年に二度作物を収穫する技術がオーブにあるという。
そして鉱山の採掘事業を、もっと国をあげて後押しすること。
失業者を集め、働き場所を確保する。
最後に物流。
陸路の整備はもちろんのこと、国内の至る所に流れている川も使う。
少なくとも上流から下流への運搬はかなり早く、楽になる。
これらのほとんどに関しては、アスラン自身で山の生活から気づいたことやカガリから学んだことだった。
――そうして、アスランが一人で話し続ける政策は1時間近くにものぼり、王は口を挟むこともできずたじろいでいた。
カガリはというと、アスランの隣で静かに聞いている。
彼の力強さと、どんどん動いていく未来に高揚しながら。
「これらを、戦争の犠牲なしで得られるのであれば、国が豊かになるでしょう」
「…お、お前の言うことは分かった。しかしオーブの方はどうするのだ。元々はあちらから言い出した協定なのだぞ」
父のその返答に、アスランはその日一番の笑みを見せた。
「オーブ大公のほうは、どうかカガリにお任せください」
3日後、知らせを受けた大公が、プラント王宮に到着した。