氷姫は残照に熔く
翌朝、いつものように二人は朝の支度を始めた。
アスランは最後の馬の世話を。カガリは最後の2人分の朝食準備を。
あれは…暗闇の中で見た夢だったかのように。
もうアスランにできることは、王宮に戻って「姫は見つからなかった」「婚約破棄を受け入れる」
と言うことだけだった。
もちろんオーブに対しても、カガリのことは知らぬ存ぜぬを通す。
そうすれば、カガリは今まで通りここで自由に暮らせる―――
「…じゃあ、もう行くよ。今まで本当にありがとう」
アスランは来た時と同じマントを羽織って、最後にルージュにブラシをかけて言った。
「せめて…山を越えるまで、大きな町に着くまで、ルージュに乗っていって…」
「できないよ。俺はルージュを返しに来れないから…。この子はここの生活に必要だろう?」
“返しに来れない”
それは永遠の別れを意味していた。
アスランが単身ここに来ることは、もう二度と叶わないだろう。御忍びで城下に出るのとは距離が違いすぎる。
誰か使いを出してルージュを返すにしても、カガリが見つかってしまうからできない。
アスランは、一人で帰る以外に選択肢はなかった。
「じゃあな、ルージュ…。カガリを守ってくれ」
ルージュと抱擁を交わして、アスランは杖をつきながら歩いて行った。
過ごした日々が嘘みたいに、あっけない別れだった。
小屋の中に戻って、カガリはしばらく立ち尽くしていた。
自分の感情を整理しきれずに。
ああ・・いつものように、水汲みに行かないと。
薪集めとか洗濯とか、やることがいっぱいある・・。
それでも足がまったく動かなかった。
小屋が・・広い。寒い。
ここって、こんな所だった――?
ベッドに座るアスランの笑顔が無い。
ルージュとじゃれ合うアスランの姿が無い。