氷姫は残照に熔く
物理的な痛みと、胸の痛みの境目が分からない。
それでも間違いなく触れた悦びが勝った。
「あ…アス…!」
「カガリ……」
すごく欲しかった、カガリの感触。
抱きしめて密着している部分が…初めての感覚に狂喜しているのがわかる。
水の冷たさが分からないくらいに、躰に熱を帯びた。
「…俺の目を見て」
カガリの顔をあげて、今までにない距離で見つめ合った。
琥珀色の瞳を近くで見れば、カガリの気持ちが分かると思った。
―――月を覆っていた雲が、流れた。
はっきりと見える。
目の前の愛しい人が。
カガリの瞳が逸らされないだけで、もうアスランは十分だった。
月光が水面に揺れ
降り注ぎそうな満天の星空の下で、くちびるを重ねた。
泣きそうなくらい幸せな…瞬間。
初めてだった。
今このときが、ずっとずっと続いてほしいと願う…。
「…俺と一緒に、来てほしい」
「…!」
くちびるを離してすぐにそう告げると、突然カガリの様子が変わった。
戸惑い、怯え、苦しみ
すべてに呑まれてしまうような―――
それを隠すようにカガリは下を向いた。
「…ごめん……」
小さく聞こえた彼女の言葉は、またも拒絶だった。
――“この婚約を破棄してほしいです”
あのときとは全く違う刃物で…二度目の拒絶はアスランの心を抉っていく。
その現実に愕然とした。
「わたし、…行けない…っ…」
川の水が・・冷たい・・
カガリの手が、体が、だんだん離れていく
「ごめんなさい……」
「…わかった……」
俯いたカガリの髪だけが月明りで見える。
…瞳は見えない。
アスランは心が崩れそうになる中、そう言うしかなかった。