氷姫は残照に熔く
山の一人暮らしに慣れてきた頃、突然ひとりの男性が現れてこう言った。
「顔の傷……残ってしまったんだな……」
「!!」
自分が大けがをしているのに、私の傷を憂いて、「婚約者」だと名乗る。
世界で一番ここにいることがありえない人物。
それはもう、人生で一番、ひっくり返りそうになるくらい驚いた。
あとから思うとあれで殻が割れたのかもしれない。
それから彼の涙を見て自分も涙がでて・・
わたしは、感情を取り戻したことに気づいた。
城で失くしてしまった感情を。
「俺はきみに命を助けてもらって、手当までしてもらったよ。それでチャラにしよう」
彼は、私に怒りをぶつけることも責めることもしなかった。
なぜか私を見て微笑む。
優しい瞳を向けてくる。
なぜ。
アスランといると、いつの間にか私も笑っている。
二人で撃ち合う剣術のけいこが楽しくて仕方ない。
本来の残酷な目的を何度も忘れるくらいに・・・。
「俺もご飯の支度や片付けを手伝わせてくれ」
「まだ無理しちゃだめだ。足、折れてるんだぞ」
「右足以外は動くようになったよ。俺ばかり寝てるわけには…」
だんだん体が動くようになってきたアスランは、カガリにばかり働かせて申し訳ないという気持ちでいたたまれなくなっていた。
水汲みも、畑も、薪割も、力が要るようなものばかりだ。
この会話のやりとりはもう何度目かになる。
カガリにとって別に苦になるものではなかったが、寝ているだけの方はかなり苦になったらしい。
一国の王族のくせに面白いことを言うなぁと、カガリは笑った。
「なら、ルージュの世話をお願いしようかな」
王子にいきなり炊事はハードルが高いと思ったカガリは、馬の世話を提案した。
もともと愛馬だけが友人だったアスランにとって、それは嬉しい仕事だった。
「ああ、わかった!」
杖をついて、足に無理のない範囲で乾草や水を入れ替えたり、ブラシをかけてあげたりする。
「あー!こら、じっとして」
窓の外で・・アスランがルージュとじゃれ合っているのを見るのが、カガリはたまらなく好きだと思った。
朝起きたらアスランがいて、
ご飯を食べるときもアスランがいて
思いっきり剣を撃ち合って
夜は寝息が聞こえてきて安心する。
ずっとこのままでいたい…。
――でも、だめだ。
そんなことは叶わない。
もうじき私はこの手を血に染めるのだから