氷姫は残照に熔く
『――ああ、そのためにまずは、プラントの王太子とカガリを結婚させる』
『なるほど、それならばプラント王も背後から裏切ることはありますまい。安心して準備が進められますな…』
数か月前。
父と宰相の密談を、カガリは天井裏に忍び込んで盗み聞きしていた。
そしてすべてを理解した。
この政略結婚の意味を。
どうするべきか・・・。
何日も何日も考えた。
――私が結婚から逃げ出すしか、道はない。
まずは乳母からの手紙をすべて燃やした。
隠れ家の情報が洩れないようにだ。
あれは、命の危機のときのために乳母夫婦が用意してくれたもので、まさか結婚から逃げるために使うことになるとは思わなかった。
「あとは…できるだけ医学と薬学がほしいな」
独りで隠れて暮らすための知恵。
“逃亡決行”まで、できる限り書物から学び取ることにした。
――プラント国領事館。PM5:00――
よりによって婚約者との初顔合わせ日に逃亡を決行したのは、警備の面もあった。
まだ公にされていない婚約であるため、王宮で会食は行われない。突破しやすい。
そしてこの場で、顔に傷をつける必要があった。
この傷には…実は“3重”の意味がある。
1つめはもちろん、プラントに少しでも溜飲を下げてもらうため。これが原因でオーブが報復を受けるなんてあってはならないから――
「私は結婚しません」
自分の婚約者となる人物には、最初から壁を作った。
一度も顔を見ず、一度も言葉を交わさず。
それは両君主への怒りと、絶対に結婚しないという意思表示だった。
「・・・この傷に免じて許して頂けますか」
ナイフで切りつけた瞬間、相手と目が合った気がしたけど、私は意にも介さずその場から逃亡した。
たった一人の逃亡計画は、成功した。