このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

草原の民の話

それでね、犬を飼い始めたんですよ。



 え? いきなり話が変わったって?
 当然でしょう。
 おまえのような人間に話して聞かせられる話は、もう、このぐらいですから。

 そんな顔をされても、おまえにこれ以上の昔話は必要ないでしょう。おまえがどうしてもとしつこいから、仕方なく話しただけです。

 それより私は、犬の話がしたいんです。

 なにを言っているんですか。私だって、生き物くらい飼育できますよ。
 オドゥは見せたでしょう?

 オドゥ。屋敷に来たとき、おまえ、オドゥにつつかれて喚いていたじゃないですか。

 ふふふ。思い出しましたか?
 そう怯えなくてもいいのに。

 さっき話した鷹ですよ。
 「オドゥ」という音は、私の故郷の言葉で「星」という意味を持つんです。

 それでね、犬の話に戻りますが……。

 まだ子どもなんです。でもほとんど大人に近いかな。
 毛並みは黒で、瞳は紫色をしてるんです。
 なんでも、自然に紫色の瞳が生まれる確率は一千万分の一だそうですよ。ずいぶん昔に調べたときは、たしか、そうでした。

 そう。珍しいんです。
 だからその子はオークションで買い付けたんです。

 ああ、勘違いしないでくださいね。
 オークションには仕事で行ったんです。あんな悪趣味な場所、好き好んで行くわけないでしょう。
 たまたまその子を見かけて、競り落としただけ。

 …………理由なんてありませんよ。ただ、愛らしいなあと思って。

 いやあ、あの子を買ってよかった!
 だってとっても可愛いんです。

 当然ですけど、最初は、懐かなかったんです。
 食事を出しても食べないし、水すら口を付けない。触ろうとすると手を弾かれて、噛みつかれたこともありました。

 はい? 慣れるまで粘ったのかって?
 人間が相手なら、そうしますがね。……犬ですから。
 鞭で叩いて躾けました。

 ふふっ。人間も犬も変わりませんね。痛みを与えてやればすぐさま学習する。
 一度叩いただけで、あの子はとっても従順になって、私に懐いてくれました。おいでと言うと、ちゃんと寄ってくるんですよ。
 ね? お利口で、可愛いでしょう?

 …………そんな、犯罪者でも見るような目で見ないでくださいよ。
 まあ、こんな稼業ですから、犯罪者ですけど。
 でも、お互い様でしょう?

 それで、犬の話なんですけれどね。

 もう最近は、私の帰りをじっと扉の前で待つようになったんです。扉を開けると飛び出してきて、私に抱きつくんですよ。

 ええ。部屋の中で放し飼いにしてます。
 最初の頃は首輪に鎖を繋いでいたんですけど、最近はもう暴れたり逃げようとしたりしなくなったから。

 でね、嬉しそうに私に抱きついてくるんです。もうずっとどこにも行かないでくれって言いたげに。
 可愛いでしょう?

 ええ、そうなんです。
 可愛くて仕方ないんです。
 あの子が私を好いてくれるように、私もあの子が大好きです。
 死ぬまでずっと一緒にいたい。

 あらあら。気味が悪いだなんて、酷いですね。
 私が生き物を愛でていたら変ですか?

 快楽殺人者?
 …………さすがに、そこまで言われると。傷つきます。

 私は仕事をするとき、なにも考えていませんよ。快も不快もありません。だって仕事ですから。
 おまえだって、ライフルに弾を込めるとき、なにか考えているんですか?

 あら。私は銃なんて野蛮なもの、使いませんよ。
 好きじゃないんですよね。殺す感覚が薄くて。
 やはり、首を斬るか、折るかしないと。

 話を戻しましょうか。

 なにって?
 犬の話ですよ。
 私は、うちの可愛い犬をおまえに自慢したいんです。

 え? 名前ですか?

 犬に名前なんてありませんよ。
 だって意味がないでしょう? 他と区別する必要がないのだから。
 部屋には、私とあれ以外が入ることはない。あれはあの部屋から出ることはない。

 ええ、そうなんですよ。散歩はさせてません。万が一、逃げると困るので。

 …………そう、困ってるんです。
 最近、あの子が外に出たがるんですよ。

 どうやら、仲間を探しにいきたいらしいんです。
 オークションに来る前に、どうやら前の飼い主のもとで、仲間と一緒に飼われてたらしくて。そこでずいぶん酷い扱いを受けていたみたいです。あの子がオークションに出品されたように、仲間も方々に売られたとかなんとか。

 仲間が恋しいんでしょうね……。
 夜な夜な、泣いてるんです。
 それが、可哀想で、可哀想で。

 ねえ? 許せないでしょう?

 …………は? 前の飼い主?

 違う違う!
 おまえ、なにを聞いてたんですか?

 私が許せないのは、あの子ですよ。犬です。
 もう私という飼い主が、絶対的な存在がいるのに、他を求めるなんて。許せないでしょう?

 だからね、最近、また、躾け直してるんです。
 何度も何度も、あの子が理解するまで、痛みで教えてあげるんです。

 でも、ほとぼりが冷めると、また仲間を求め始めて……。

 捨てる?
 ふふっ。
 そんなこと、考えたこともなかった。捨てるなんてしませんよ。

 躾けもね、苦じゃないんです。

 もちろん、あの子を傷つけるのは、心が傷みます。
 でも、言葉で言って伝わらないことが、痛みだとよく伝わる。あの子が理解してくれるのが、わかる。

 あの子が痛みを感じている瞬間、私は…………

 …………………………え?

 ああ、すみません。ぼーっとしてしまいました。

 躾けの後は、ちゃんと傷の手当てをしますよ。お湯で濡らしたタオルで血を拭ってあげて、清潔なガーゼと包帯を巻いてあげて。
 そうして優しくしてあげるとね、さっきまで怯えて震えていたのに、もう私に心を許して、ホッとした顔を見せてくれるんです。
 あの子のその顔を見るたびに、私は、胸が熱く苦しくなるんです。でも、不快ではない。罪悪感でもない。抱きしめたくなる。守らなければと思う。勝手に涙さえ溢れてくる。
 あれはきっと、

 そう、あの衝動こそがきっと、「愛」なのでしょうね。

 おまえにさっき聞かせたように、私は、世間一般の家族や親を持たず、愛されて育ったという経験もありません。
 そんな私でも他者に対して「愛情」を抱くことができるのだと、あの子が教えてくれました。

 私はあの子を愛しているんです。

 …………あらあら。
 そんなに引かなくてもいいじゃないですか。
 
 あ、そうだ。それで、おまえに散々せがまれて今日やっと私の昔話をしたのはね、おまえに少し手伝ってもらいたいことがあったからなんですよ。

 ちゃんと報酬は出しますよ。
 これでもおまえの腕は買っているんです、私は。

 探し物をお願いしたくて。

 これ。これがリストです。半分探して、私の屋敷に連れてきてください。残り半分は私が自分で探します。

 なんのリストかって?

 ふふ……。
 これはね、あの子の仲間たちです。

 え?
 そうですよ。あの子は犬ですよ。
 最初から、そう言ってるじゃないですか。

 …………ええ、そうです。あの子と仲間を会わせるため。そのために探してほしいんです。
 他に理由がありますか?

 ……私が優しい?

 ふふふっ。
 何を今更。
 私はいつだって優しいでしょう?
 他の同業者と比べたら、私はよっぽど優しいですよ。

 ああ……。楽しみです。

 あの子に仲間を会わせてあげて……きっとあの子は喜ぶことでしょう。飛んで跳ねて、私に抱きついたりするかもしれません。

 それでね?
 あの子の前で、仲間を一頭ずつ殺すんです。

 だって、あの子にはもう必要ないものですから。

 なにを言ってるんですか。
 私はさっきから言ってるでしょう。あの子には、飼い主である私だけいればいいんです。
 だのに、他の誰かを求めたりするから……。
 理解できないなら、躾けるしかありませんよね?

 躾けの一環です。
 ちゃんと、「痛み」で教えてあげないと。

 あの子には、他者なんていらないんです。

 …………はあ?

 …………なんですって?

 私が、故郷の教育係と同じ?

 おまえはなにを聞いていたんですか。

 あそこは、ただ、子どもを暴力と薬で洗脳して、戦士に仕立て上げるだけの場所だった。なにもない。孤独だった……。

 でも、私は違います。
 ただあの子を愛しているんです。大切なんです。
 痛みは、躾けは。愛し合うためです。理解し合うためです。洗脳でもなければ、戦士としての教育でもありません。
 その証拠に、躾けの後は優しくしています。頭を撫でて、抱きしめて、夜は一緒に寝てあげています。

 これが愛でしょう。
 愛情でしょう。
 それ以外のなんだと言うんですか。

 …………ああ、ごめんなさいね。
 少し、取り乱してしまいました。

 それで、仕事は請け負ってくれますか?
3/3ページ
スキ