草原の民の話
それでね、犬を飼い始めたんですよ。
え? いきなり話が変わったって?
当然でしょう。
おまえのような人間に話して聞かせられる話は、もう、このぐらいですから。
そんな顔をされても、おまえにこれ以上の昔話は必要ないでしょう。おまえがどうしてもとしつこいから、仕方なく話しただけです。
それより私は、犬の話がしたいんです。
なにを言っているんですか。私だって、生き物くらい飼育できますよ。
オドゥは見せたでしょう?
オドゥ。屋敷に来たとき、おまえ、オドゥにつつかれて喚いていたじゃないですか。
ふふふ。思い出しましたか?
そう怯えなくてもいいのに。
さっき話した鷹ですよ。
「オドゥ」という音は、私の故郷の言葉で「星」という意味を持つんです。
それでね、犬の話に戻りますが……。
まだ子どもなんです。でもほとんど大人に近いかな。
毛並みは黒で、瞳は紫色をしてるんです。
なんでも、自然に紫色の瞳が生まれる確率は一千万分の一だそうですよ。ずいぶん昔に調べたときは、たしか、そうでした。
そう。珍しいんです。
だからその子はオークションで買い付けたんです。
ああ、勘違いしないでくださいね。
オークションには仕事で行ったんです。あんな悪趣味な場所、好き好んで行くわけないでしょう。
たまたまその子を見かけて、競り落としただけ。
…………理由なんてありませんよ。ただ、愛らしいなあと思って。
いやあ、あの子を買ってよかった!
だってとっても可愛いんです。
当然ですけど、最初は、懐かなかったんです。
食事を出しても食べないし、水すら口を付けない。触ろうとすると手を弾かれて、噛みつかれたこともありました。
はい? 慣れるまで粘ったのかって?
人間が相手なら、そうしますがね。……犬ですから。
鞭で叩いて躾けました。
ふふっ。人間も犬も変わりませんね。痛みを与えてやればすぐさま学習する。
一度叩いただけで、あの子はとっても従順になって、私に懐いてくれました。おいでと言うと、ちゃんと寄ってくるんですよ。
ね? お利口で、可愛いでしょう?
…………そんな、犯罪者でも見るような目で見ないでくださいよ。
まあ、こんな稼業ですから、犯罪者ですけど。
でも、お互い様でしょう?
それで、犬の話なんですけれどね。
もう最近は、私の帰りをじっと扉の前で待つようになったんです。扉を開けると飛び出してきて、私に抱きつくんですよ。
ええ。部屋の中で放し飼いにしてます。
最初の頃は首輪に鎖を繋いでいたんですけど、最近はもう暴れたり逃げようとしたりしなくなったから。
でね、嬉しそうに私に抱きついてくるんです。もうずっとどこにも行かないでくれって言いたげに。
可愛いでしょう?
ええ、そうなんです。
可愛くて仕方ないんです。
あの子が私を好いてくれるように、私もあの子が大好きです。
死ぬまでずっと一緒にいたい。
あらあら。気味が悪いだなんて、酷いですね。
私が生き物を愛でていたら変ですか?
快楽殺人者?
…………さすがに、そこまで言われると。傷つきます。
私は仕事をするとき、なにも考えていませんよ。快も不快もありません。だって仕事ですから。
おまえだって、ライフルに弾を込めるとき、なにか考えているんですか?
あら。私は銃なんて野蛮なもの、使いませんよ。
好きじゃないんですよね。殺す感覚が薄くて。
やはり、首を斬るか、折るかしないと。
話を戻しましょうか。
なにって?
犬の話ですよ。
私は、うちの可愛い犬をおまえに自慢したいんです。
え? 名前ですか?
犬に名前なんてありませんよ。
だって意味がないでしょう? 他と区別する必要がないのだから。
部屋には、私とあれ以外が入ることはない。あれはあの部屋から出ることはない。
ええ、そうなんですよ。散歩はさせてません。万が一、逃げると困るので。
…………そう、困ってるんです。
最近、あの子が外に出たがるんですよ。
どうやら、仲間を探しにいきたいらしいんです。
オークションに来る前に、どうやら前の飼い主のもとで、仲間と一緒に飼われてたらしくて。そこでずいぶん酷い扱いを受けていたみたいです。あの子がオークションに出品されたように、仲間も方々に売られたとかなんとか。
仲間が恋しいんでしょうね……。
夜な夜な、泣いてるんです。
それが、可哀想で、可哀想で。
ねえ? 許せないでしょう?
…………は? 前の飼い主?
違う違う!
おまえ、なにを聞いてたんですか?
私が許せないのは、あの子ですよ。犬です。
もう私という飼い主が、絶対的な存在がいるのに、他を求めるなんて。許せないでしょう?
だからね、最近、また、躾け直してるんです。
何度も何度も、あの子が理解するまで、痛みで教えてあげるんです。
でも、ほとぼりが冷めると、また仲間を求め始めて……。
捨てる?
ふふっ。
そんなこと、考えたこともなかった。捨てるなんてしませんよ。
躾けもね、苦じゃないんです。
もちろん、あの子を傷つけるのは、心が傷みます。
でも、言葉で言って伝わらないことが、痛みだとよく伝わる。あの子が理解してくれるのが、わかる。
あの子が痛みを感じている瞬間、私は…………
…………………………え?
ああ、すみません。ぼーっとしてしまいました。
躾けの後は、ちゃんと傷の手当てをしますよ。お湯で濡らしたタオルで血を拭ってあげて、清潔なガーゼと包帯を巻いてあげて。
そうして優しくしてあげるとね、さっきまで怯えて震えていたのに、もう私に心を許して、ホッとした顔を見せてくれるんです。
あの子のその顔を見るたびに、私は、胸が熱く苦しくなるんです。でも、不快ではない。罪悪感でもない。抱きしめたくなる。守らなければと思う。勝手に涙さえ溢れてくる。
あれはきっと、
そう、あの衝動こそがきっと、「愛」なのでしょうね。
おまえにさっき聞かせたように、私は、世間一般の家族や親を持たず、愛されて育ったという経験もありません。
そんな私でも他者に対して「愛情」を抱くことができるのだと、あの子が教えてくれました。
私はあの子を愛しているんです。
…………あらあら。
そんなに引かなくてもいいじゃないですか。
あ、そうだ。それで、おまえに散々せがまれて今日やっと私の昔話をしたのはね、おまえに少し手伝ってもらいたいことがあったからなんですよ。
ちゃんと報酬は出しますよ。
これでもおまえの腕は買っているんです、私は。
探し物をお願いしたくて。
これ。これがリストです。半分探して、私の屋敷に連れてきてください。残り半分は私が自分で探します。
なんのリストかって?
ふふ……。
これはね、あの子の仲間たちです。
え?
そうですよ。あの子は犬ですよ。
最初から、そう言ってるじゃないですか。
…………ええ、そうです。あの子と仲間を会わせるため。そのために探してほしいんです。
他に理由がありますか?
……私が優しい?
ふふふっ。
何を今更。
私はいつだって優しいでしょう?
他の同業者と比べたら、私はよっぽど優しいですよ。
ああ……。楽しみです。
あの子に仲間を会わせてあげて……きっとあの子は喜ぶことでしょう。飛んで跳ねて、私に抱きついたりするかもしれません。
それでね?
あの子の前で、仲間を一頭ずつ殺すんです。
だって、あの子にはもう必要ないものですから。
なにを言ってるんですか。
私はさっきから言ってるでしょう。あの子には、飼い主である私だけいればいいんです。
だのに、他の誰かを求めたりするから……。
理解できないなら、躾けるしかありませんよね?
躾けの一環です。
ちゃんと、「痛み」で教えてあげないと。
あの子には、他者なんていらないんです。
…………はあ?
…………なんですって?
私が、故郷の教育係と同じ?
おまえはなにを聞いていたんですか。
あそこは、ただ、子どもを暴力と薬で洗脳して、戦士に仕立て上げるだけの場所だった。なにもない。孤独だった……。
でも、私は違います。
ただあの子を愛しているんです。大切なんです。
痛みは、躾けは。愛し合うためです。理解し合うためです。洗脳でもなければ、戦士としての教育でもありません。
その証拠に、躾けの後は優しくしています。頭を撫でて、抱きしめて、夜は一緒に寝てあげています。
これが愛でしょう。
愛情でしょう。
それ以外のなんだと言うんですか。
…………ああ、ごめんなさいね。
少し、取り乱してしまいました。
それで、仕事は請け負ってくれますか?
え? いきなり話が変わったって?
当然でしょう。
おまえのような人間に話して聞かせられる話は、もう、このぐらいですから。
そんな顔をされても、おまえにこれ以上の昔話は必要ないでしょう。おまえがどうしてもとしつこいから、仕方なく話しただけです。
それより私は、犬の話がしたいんです。
なにを言っているんですか。私だって、生き物くらい飼育できますよ。
オドゥは見せたでしょう?
オドゥ。屋敷に来たとき、おまえ、オドゥにつつかれて喚いていたじゃないですか。
ふふふ。思い出しましたか?
そう怯えなくてもいいのに。
さっき話した鷹ですよ。
「オドゥ」という音は、私の故郷の言葉で「星」という意味を持つんです。
それでね、犬の話に戻りますが……。
まだ子どもなんです。でもほとんど大人に近いかな。
毛並みは黒で、瞳は紫色をしてるんです。
なんでも、自然に紫色の瞳が生まれる確率は一千万分の一だそうですよ。ずいぶん昔に調べたときは、たしか、そうでした。
そう。珍しいんです。
だからその子はオークションで買い付けたんです。
ああ、勘違いしないでくださいね。
オークションには仕事で行ったんです。あんな悪趣味な場所、好き好んで行くわけないでしょう。
たまたまその子を見かけて、競り落としただけ。
…………理由なんてありませんよ。ただ、愛らしいなあと思って。
いやあ、あの子を買ってよかった!
だってとっても可愛いんです。
当然ですけど、最初は、懐かなかったんです。
食事を出しても食べないし、水すら口を付けない。触ろうとすると手を弾かれて、噛みつかれたこともありました。
はい? 慣れるまで粘ったのかって?
人間が相手なら、そうしますがね。……犬ですから。
鞭で叩いて躾けました。
ふふっ。人間も犬も変わりませんね。痛みを与えてやればすぐさま学習する。
一度叩いただけで、あの子はとっても従順になって、私に懐いてくれました。おいでと言うと、ちゃんと寄ってくるんですよ。
ね? お利口で、可愛いでしょう?
…………そんな、犯罪者でも見るような目で見ないでくださいよ。
まあ、こんな稼業ですから、犯罪者ですけど。
でも、お互い様でしょう?
それで、犬の話なんですけれどね。
もう最近は、私の帰りをじっと扉の前で待つようになったんです。扉を開けると飛び出してきて、私に抱きつくんですよ。
ええ。部屋の中で放し飼いにしてます。
最初の頃は首輪に鎖を繋いでいたんですけど、最近はもう暴れたり逃げようとしたりしなくなったから。
でね、嬉しそうに私に抱きついてくるんです。もうずっとどこにも行かないでくれって言いたげに。
可愛いでしょう?
ええ、そうなんです。
可愛くて仕方ないんです。
あの子が私を好いてくれるように、私もあの子が大好きです。
死ぬまでずっと一緒にいたい。
あらあら。気味が悪いだなんて、酷いですね。
私が生き物を愛でていたら変ですか?
快楽殺人者?
…………さすがに、そこまで言われると。傷つきます。
私は仕事をするとき、なにも考えていませんよ。快も不快もありません。だって仕事ですから。
おまえだって、ライフルに弾を込めるとき、なにか考えているんですか?
あら。私は銃なんて野蛮なもの、使いませんよ。
好きじゃないんですよね。殺す感覚が薄くて。
やはり、首を斬るか、折るかしないと。
話を戻しましょうか。
なにって?
犬の話ですよ。
私は、うちの可愛い犬をおまえに自慢したいんです。
え? 名前ですか?
犬に名前なんてありませんよ。
だって意味がないでしょう? 他と区別する必要がないのだから。
部屋には、私とあれ以外が入ることはない。あれはあの部屋から出ることはない。
ええ、そうなんですよ。散歩はさせてません。万が一、逃げると困るので。
…………そう、困ってるんです。
最近、あの子が外に出たがるんですよ。
どうやら、仲間を探しにいきたいらしいんです。
オークションに来る前に、どうやら前の飼い主のもとで、仲間と一緒に飼われてたらしくて。そこでずいぶん酷い扱いを受けていたみたいです。あの子がオークションに出品されたように、仲間も方々に売られたとかなんとか。
仲間が恋しいんでしょうね……。
夜な夜な、泣いてるんです。
それが、可哀想で、可哀想で。
ねえ? 許せないでしょう?
…………は? 前の飼い主?
違う違う!
おまえ、なにを聞いてたんですか?
私が許せないのは、あの子ですよ。犬です。
もう私という飼い主が、絶対的な存在がいるのに、他を求めるなんて。許せないでしょう?
だからね、最近、また、躾け直してるんです。
何度も何度も、あの子が理解するまで、痛みで教えてあげるんです。
でも、ほとぼりが冷めると、また仲間を求め始めて……。
捨てる?
ふふっ。
そんなこと、考えたこともなかった。捨てるなんてしませんよ。
躾けもね、苦じゃないんです。
もちろん、あの子を傷つけるのは、心が傷みます。
でも、言葉で言って伝わらないことが、痛みだとよく伝わる。あの子が理解してくれるのが、わかる。
あの子が痛みを感じている瞬間、私は…………
…………………………え?
ああ、すみません。ぼーっとしてしまいました。
躾けの後は、ちゃんと傷の手当てをしますよ。お湯で濡らしたタオルで血を拭ってあげて、清潔なガーゼと包帯を巻いてあげて。
そうして優しくしてあげるとね、さっきまで怯えて震えていたのに、もう私に心を許して、ホッとした顔を見せてくれるんです。
あの子のその顔を見るたびに、私は、胸が熱く苦しくなるんです。でも、不快ではない。罪悪感でもない。抱きしめたくなる。守らなければと思う。勝手に涙さえ溢れてくる。
あれはきっと、
そう、あの衝動こそがきっと、「愛」なのでしょうね。
おまえにさっき聞かせたように、私は、世間一般の家族や親を持たず、愛されて育ったという経験もありません。
そんな私でも他者に対して「愛情」を抱くことができるのだと、あの子が教えてくれました。
私はあの子を愛しているんです。
…………あらあら。
そんなに引かなくてもいいじゃないですか。
あ、そうだ。それで、おまえに散々せがまれて今日やっと私の昔話をしたのはね、おまえに少し手伝ってもらいたいことがあったからなんですよ。
ちゃんと報酬は出しますよ。
これでもおまえの腕は買っているんです、私は。
探し物をお願いしたくて。
これ。これがリストです。半分探して、私の屋敷に連れてきてください。残り半分は私が自分で探します。
なんのリストかって?
ふふ……。
これはね、あの子の仲間たちです。
え?
そうですよ。あの子は犬ですよ。
最初から、そう言ってるじゃないですか。
…………ええ、そうです。あの子と仲間を会わせるため。そのために探してほしいんです。
他に理由がありますか?
……私が優しい?
ふふふっ。
何を今更。
私はいつだって優しいでしょう?
他の同業者と比べたら、私はよっぽど優しいですよ。
ああ……。楽しみです。
あの子に仲間を会わせてあげて……きっとあの子は喜ぶことでしょう。飛んで跳ねて、私に抱きついたりするかもしれません。
それでね?
あの子の前で、仲間を一頭ずつ殺すんです。
だって、あの子にはもう必要ないものですから。
なにを言ってるんですか。
私はさっきから言ってるでしょう。あの子には、飼い主である私だけいればいいんです。
だのに、他の誰かを求めたりするから……。
理解できないなら、躾けるしかありませんよね?
躾けの一環です。
ちゃんと、「痛み」で教えてあげないと。
あの子には、他者なんていらないんです。
…………はあ?
…………なんですって?
私が、故郷の教育係と同じ?
おまえはなにを聞いていたんですか。
あそこは、ただ、子どもを暴力と薬で洗脳して、戦士に仕立て上げるだけの場所だった。なにもない。孤独だった……。
でも、私は違います。
ただあの子を愛しているんです。大切なんです。
痛みは、躾けは。愛し合うためです。理解し合うためです。洗脳でもなければ、戦士としての教育でもありません。
その証拠に、躾けの後は優しくしています。頭を撫でて、抱きしめて、夜は一緒に寝てあげています。
これが愛でしょう。
愛情でしょう。
それ以外のなんだと言うんですか。
…………ああ、ごめんなさいね。
少し、取り乱してしまいました。
それで、仕事は請け負ってくれますか?
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