元人間だけど魔王軍で働いてます。
振り落とされないよう僕の腰に腕を回してくっついているヴィスが、ときおり方位磁針を確認してくれる。そのたび、進行方向を修正する。
「本当に魔都へ向かってしまっていいのか?」
「はい。隊から離れてずいぶん走ってしまったので、今から合流は難しいかと……。それに、向こうも帰還を優先してると思いますし」
「おまえを探してるんじゃないか?」
「いやぁ、前回も置いてけぼりにされたんですよねぇ」
頭の後ろから聞こえた彼の声はなぜか照れくさそうだ。
呆れて、何も言う気になれなかった。
彼のことには触れずに、任務について尋ねる。
「たしか、魔物の掃討任務だったか。"前回"ということは、定期的に行われているのか?」
「そうですよ。死地はほっとくと魔物がうじゃうじゃ湧きますから。うっかり魔都が襲われたりしたら大変ですからね」
死地。その名のとおり、死んだ大地。大地の生命力であるマナが枯渇し、植物も育たない、不毛の地。
この死んだ大地はマナの代わりに、魔禍と呼ばれる穢れた魔力を吐き出している。魔禍は毒だ。生き物を蝕む。少しずつ体を侵食し、やがて異形に変えてしまう。魔族や一部の魔物はもともと魔力に秀でているから、ある程度、耐性があるが、それでも長期間留まれば蝕まれる。先のワームの異様な巨体も、おそらく魔禍に侵食された結果だろう。
いくら走っても黒砂の砂漠が続くだけ。ときおり、生き物かどうかもわからない奇妙な魔物が砂から顔を出す。腹の底まで響くような轟音が聞こえて顔をあげれば、黒雲の中で赤い稲光が瞬いた。
この世の終わりのような光景を見渡しながら、僕は、
「
と、ぼやいた。
後ろで、カラカラとした笑い声があがる。
「なーに言ってんですか! 綺麗な大地に移り住むために、
魔王軍は、軍本部を置く死地を拠点に、領地を拡げようとしている。死地は、北は死地と同様の呪われた海《死海》に面し、東は氷に閉ざされた土地《エンドフロスト》がひろがる。どちらも居住には適さない。そうなれば、進軍先はおのずと、南と西に絞られた。
南には、自然豊かな大地が続いている。人間たちの領土だ。いくつかの大国と、数多の小国が、ひしめき合っている。
しかし、魔王軍と衝突しているのは、それらの国ではない。聖アーリア教会と呼ばれる組織だ。
聖アーリア教会は、人間を生み出したとされる女神アーリアを創造神として崇めている。女神の力を持つ『聖女』、女神が作った武器『聖剣』、そして聖剣の適応者である『聖騎士』を旗印に、国境を越えて兵を募り、現在では数百万規模の兵を抱える。教会とは名ばかりの軍事組織だった。
軍と教会の戦いは、もう何百年も続いている。前線は押して押されて、一進一退の状況から変わらない。膠着状態だ。
「魔族が綺麗な大地に住めるのは、当分先だろうなあ」
「フッ……」
僕のぼやきに、後ろから、勝ち誇ったような笑みが聞こえる。
なんだろう、と耳を傾ける。
「安心してください。オレが十二魔将になった暁には、サクッと戦争を終わらせてみせますよ……ムフフ……」
十二魔将。魔王軍の幹部に与えられる最高の称号だ。その名の通り十二席あり、彼らは一人一人が魔王に次ぐ力を持つ。ある魔将は穏やかな草原を一瞬で炎噴き出す焦土に変え、ある魔将は腕の一振りで海をも割るという。
ヴィスがそこに並ぶのは……申し訳ないが、想像できない。
僕がそんなことを思っているとは露も知らないだろう、後ろの彼は、ムフムフと若干気持ち悪い鼻息をこぼす。
「ムフ……あと二、三年もすればオレの実力が評価されて……ムッフフ……。ちょうど『氷』の魔将が何十年も空席ですしね!」
「サンドワームに食われかけた奴がなに言ってるんだ。それに、おまえの魔力は火属性なんだろ。あのへっぽこ火球」
「きゃー見てたんですか!? へっぽことは失礼な!」
頭のすぐ上で高い声で叫ばれたものだから、耳が痛い。しかしすぐにムッとしたように言うので、賑やかな奴だな、と思わず笑ってしまった。
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