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元人間だけど魔王軍で働いてます。

 反射的に、僕も敬礼を返す。
「ヒューイ・オーバスだ。階級は……おまえと同じ、一兵卒みたいなものだ。西のドロスの砦から来た」
 互いに敬礼を解くと、彼は眉を上げた。
「うわあ。めちゃくちゃ大陸の端っこじゃないですか。あ。もしかして、人員補充で?」
「ああ。魔都に向かう途中だった」
 そこまで答えて、今度は僕が彼に質問する。
「それより、おまえ、なぜ一人でサンドワームに追われていた? 単独任務についていたわけじゃないだろう。隊は?」
「ここら一帯の魔物掃討任務で、何小隊かで死地を走り回ってたんですけど、その……」ヴィスが言い淀む。バツが悪そうに目を逸らして「はぐれちゃいまして」
 僕は言葉を失った。
 ありえない。隊からはぐれるなんて。軍人としてありえない。それも本部勤めの軍人だ。僕がいたようなド田舎のろくに訓練も受けていないならず者の集まりとは訳が違うはずだ。それとも、本部の軍人も地方と大差ない質なのか?
 そんな思考が顔に出ていたのだろう。再びこちらを見たヴィスがハッとして、身振り手振り説明しようとする。
「いや! あのですね? これにはれっきとした理由があって……、ああッ!?」
 すると彼が、僕の斜め後ろを指差した。
 軍馬だ。
「こいつ! こいつですよ! こいつのせいで隊からはぐれたんです! 言うこと聞かないで勝手に走り出すし、おかげでサンドワームに出会でくわすし、挙げ句の果てにオレを振り落とすしっ!」
 ヴィスは目尻に涙を浮かべながら、高い声で、矢継ぎ早に不満を並べる。
 一方、非難された馬は、歯を剥き出して嘶いた。白目が見えるほど目玉を下げて、つまり見下して、「ああ? なんか文句あんのか。こらぁ?」とでも言っているようだった。
 少なくともこの馬は、僕が手綱を握っている間は、従順だった。ワームが起こす砂飛沫だって、ものともせずに走り続けた。よく調教された軍馬だ……と思う。どうして僕と彼とで、こうも態度が違うのか。
「おまえの乗り方がよっぽど下手だったんじゃないか? もしくは、おまえのことが気に入らないか」
「ライハーの好き嫌いでサンドワームの餌にされてたまるかってんですよぉ!」
 すっかりヴィスは憤慨して、馬に向かって足を踏み鳴らす。
 しかし、相手にされない。馬は歯を剥き出してヒッヒッヒッと短く呼吸し、まるでわらっているようだった。
「ライハー?」
 僕が問うと、ヴィスは馬といがみ合うのをやめてこちらに笑顔を向ける。
「ああっ、地方じゃ珍しいですよね! ほら、死地ってほとんど砂漠じゃないですか。ライハーは砂漠でも走り回れるから、本部だとバイコーンの次に飼育されてるんです。まあ、バイコーンほど速くないですけど……。そのくせプライド高くて、格下と思った相手をとことん見下すっていうクソみたいな性格してて〜」
 そのとき、馬もといライハーが、唾を飛ばした。
 上機嫌に説明していたヴィスの顔に、べっちょりと粘度の高い唾がかかる。彼は笑顔のまま、数秒、固まっていた。
「……ああ。よくわかった」
 僕がそう応じたときには、ヴィスは顔を袖で拭いながら、ライハーに威嚇していた。グルルルル……と獣が唸るような音を喉から出している。なるほど、狼か犬系統の獣人か。
 ライハーは、ヒン、と嗤って頭を振った。もうヴィスに興味がないのか、ライハーは僕のほうにやってきて頭を寄せてくる。首を撫でてやると、もっと撫でろと要求するように頭を押しつけてきた。
 横から、盛大なため息が聞こえてくる。「くっ。畜生のくせに」などとわけのわからない呟き声と共に砂を踏み締める音が離れていくので、そちらを見ると、ヴィスがワームに近づこうとしていた。
 沈黙したワームは、いまだにばっくりと大口を開けていた。ひとがすぐそばに立つと、その巨大さがよくわかる。ワームの口はまるで洞窟の入り口のようだった。
 ヴィスがワームを見上げながら、
「しっかし、これ、ヒューイさんが殺ったんですか? すげー」
「あまり近づくな。喰われても知らないぞ」
「死んでないんですか!?」
 途端に彼は跳びあがって、脱兎の如く戻ってきて、僕にしがみついてきた。目は怯えた様子でワームを見ている。僕より体格のいい男がそうして震えているのは、なかなかに格好悪い。これは馬に見下されてもしようがない。
 呆れつつも、彼を引き剥がす。
「氷属性の魔力をぶち込まれて、低体温で動けなくなっているだけだ。このまま死んでくれたらありがたいが、この巨体じゃ、そこまでは望めんだろう。じきにまた動き始める」
 槍を回収したい気持ちもあったが、槍を抜くとワームが体温を取り戻して動き出すかもしれない。……軍本部に着いたら槍を新調してもらおう。ついでに軍服も。
 そんなことを考えながら、僕はライハーの鞍に跨る。
「ヴィス・カヴァル一等兵。後ろに乗れ。おまえの隊を探して、合流しよう」
「え、乗せてくれるんですか!」
「おまえが手綱を引くと暴走するんだろ、この馬は」
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