元人間だけど魔王軍で働いてます。
僕は槍を逆手に持ちかえて、投擲の姿勢を取って強く握り込む。魔力を込める。
鉄の柄が、ギ、と音を立て軋む。メキ、ピキ、パキ、と槍の表面に急速に霜が生えていく音を聞いた。
槍を投げる。
槍が、空中に白い放物線を描く。過剰に込められた魔力によって、槍が通り抜けた空間の水分子を凍らせ、空に軌跡を描いた。
カンッと一つ音がして、槍が、ワームの長い体の中腹、甲殻の上部に刺さる。正確には、槍の刃先が着弾の衝撃で凍り、甲殻の表面に貼りついた。
僕はワームから離れるように、馬の手綱を引いた。
同時に、ワームがひときわ高く跳ねあがった。頭部から体の中腹まで、ぐぐぐと体を起こしていく。そして、その巨体が砂漠に倒れた。
砂の高波がワームを中心に広がる。見上げるほどの高波が落ちてきて、僕は咄嗟に馬にしがみついて耐えた。
馬は波を物ともせず走り続ける。
僕が体を起こすと、砂埃で視界が悪かった。しかし、砂埃の奥で巨大がしずかに横たわっているのが見える。
僕はそのまま馬を走らせた。ずいぶん静かになった世界で、馬が砂を蹴る音だけが聞こえる。
ワームの頭のほうまで来ると、その先で、砂に埋もれている軍人を見つけた。半分ほど埋もれていて、背中にすっかり砂をかぶっている。くすんだオレンジ色の頭髪が見えた。
馬を減速させ、彼のそばに降りる。
「おい。平気か? 生きているか?」
肩をさすってみようかとしゃがみ込むと、
「――ぶはっ!!」
彼が勢いよく上体を起こした。
若い男だ。年齢は僕と同じくらいだろう。
顔や短く刈られた髪にはまだ砂が貼り付いていたが、そんなことを気にする余裕もないようで、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。髪と同じオレンジ色の瞳が忙しなく左右を見て、やがて僕を捉える。
突然、彼が僕の肩を掴んできた。
「いっ、いぎ、生きでる、オレ、生ぎてるっ?」
「ああ。落ち着け」
彼の肩を軽く叩きながら、軍服についた砂を払ってやる。背中の砂も落としてやっていると、上着の裾から太い毛の束が生えていることに気づく。
毛束は野生の獣のように硬く、その色味は軍人の頭髪と同じ。ふと視線をあげて男の頭を確認すると、三角系の『耳』が髪に紛れていた。――獣人族だ。それも、かなり人間に近い。
僕が観察しているうちに、軍人の呼吸はずいぶん落ち着いてきていた。彼は砂に横たわったワームを見て、目を瞬かせる。
そして、再び僕を見た。その口がわなわなと震える。
「……ダークエルフ、の」
おそらく彼は、僕の灰色の肌と長い耳を見て、そう言った。
しかし「の」とは、なんだろう。「の」とは。
僕がわずかに考え込んで、砂を払う手を止めると。
その手を、突然掴まれた。
「天使さまぁぁぁ!!」
軍人はそう叫んで、みっともなくぼろぼろ泣き出した。僕の手を両手でがしっと掴んで、額を擦り付けている。
「死ぬかと思ったぁぁぁもうダメだとぉぉぉ! ダークエルフの天使さまぁぁぁありがとおぉぉぉ!」
魔族のくせに天使をありがたがるなんて、おかしな奴だ。
勢いに気圧されながらも、
「ええと……。とにかく、落ち着け。僕は天使じゃない。おまえと同じ魔王軍人だ。ほら」
なんとか彼の手を外させて、僕は左二の腕の腕章を掴んで見せた。
それを確認した彼は、徐々に興奮が落ち着き始めて、
「ほんとだ……。ボロっちいけど、軍服だ……」
と低い声で呟いた。
彼の綺麗な軍服とは違って、僕の軍服は色褪せている。布地はすっかり柔く薄くなっており、シワも出来ていた。
地方勤務の軍人は待遇が悪い。こうして本部勤務の軍人と対面すると、支給された軍服にすらそれが如実に表れているのをひしひし感じた。彼の新品のような軍服にはきちんと右肩に階級章が縫い込まれていたが、僕の軍服には階級章はない。僕のもとに来る前に何人もの軍人に貸与されたのだろう使い古された軍服は、付け替えも面倒だと思われたのか、階級章を外されたまま支給されたのだった。
階級章を見るかぎり、彼の階級は一等兵のようだ。まだ従軍して二、三年の新人だ。どうりで軍服が綺麗なわけだ。
「ボロくて悪かったな。本部勤務サマと違って、地方勤務の田舎者にはボロしか支給されないもんでな」
僕が悪態を吐きながら立ち上がると、彼も慌てて立ち上がり、へこへこと頭を浅く上下させる。
「ああっ、すみませんすみません。そういうつもりじゃ……」
彼はその先を言いかけて、ハッとして口を閉じた。手早く、軍服の砂をもう一度払う。そして、僕に向かって敬礼を取った。表情が引き締まると、ずいぶん精悍な顔つきの若者に見えた。
「ヴィス・カヴァル一等兵。本部第二十七部隊、ルディーテ小隊所属です。助けていただき、ありがとうございました」
鉄の柄が、ギ、と音を立て軋む。メキ、ピキ、パキ、と槍の表面に急速に霜が生えていく音を聞いた。
槍を投げる。
槍が、空中に白い放物線を描く。過剰に込められた魔力によって、槍が通り抜けた空間の水分子を凍らせ、空に軌跡を描いた。
カンッと一つ音がして、槍が、ワームの長い体の中腹、甲殻の上部に刺さる。正確には、槍の刃先が着弾の衝撃で凍り、甲殻の表面に貼りついた。
僕はワームから離れるように、馬の手綱を引いた。
同時に、ワームがひときわ高く跳ねあがった。頭部から体の中腹まで、ぐぐぐと体を起こしていく。そして、その巨体が砂漠に倒れた。
砂の高波がワームを中心に広がる。見上げるほどの高波が落ちてきて、僕は咄嗟に馬にしがみついて耐えた。
馬は波を物ともせず走り続ける。
僕が体を起こすと、砂埃で視界が悪かった。しかし、砂埃の奥で巨大がしずかに横たわっているのが見える。
僕はそのまま馬を走らせた。ずいぶん静かになった世界で、馬が砂を蹴る音だけが聞こえる。
ワームの頭のほうまで来ると、その先で、砂に埋もれている軍人を見つけた。半分ほど埋もれていて、背中にすっかり砂をかぶっている。くすんだオレンジ色の頭髪が見えた。
馬を減速させ、彼のそばに降りる。
「おい。平気か? 生きているか?」
肩をさすってみようかとしゃがみ込むと、
「――ぶはっ!!」
彼が勢いよく上体を起こした。
若い男だ。年齢は僕と同じくらいだろう。
顔や短く刈られた髪にはまだ砂が貼り付いていたが、そんなことを気にする余裕もないようで、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返している。髪と同じオレンジ色の瞳が忙しなく左右を見て、やがて僕を捉える。
突然、彼が僕の肩を掴んできた。
「いっ、いぎ、生きでる、オレ、生ぎてるっ?」
「ああ。落ち着け」
彼の肩を軽く叩きながら、軍服についた砂を払ってやる。背中の砂も落としてやっていると、上着の裾から太い毛の束が生えていることに気づく。
毛束は野生の獣のように硬く、その色味は軍人の頭髪と同じ。ふと視線をあげて男の頭を確認すると、三角系の『耳』が髪に紛れていた。――獣人族だ。それも、かなり人間に近い。
僕が観察しているうちに、軍人の呼吸はずいぶん落ち着いてきていた。彼は砂に横たわったワームを見て、目を瞬かせる。
そして、再び僕を見た。その口がわなわなと震える。
「……ダークエルフ、の」
おそらく彼は、僕の灰色の肌と長い耳を見て、そう言った。
しかし「の」とは、なんだろう。「の」とは。
僕がわずかに考え込んで、砂を払う手を止めると。
その手を、突然掴まれた。
「天使さまぁぁぁ!!」
軍人はそう叫んで、みっともなくぼろぼろ泣き出した。僕の手を両手でがしっと掴んで、額を擦り付けている。
「死ぬかと思ったぁぁぁもうダメだとぉぉぉ! ダークエルフの天使さまぁぁぁありがとおぉぉぉ!」
魔族のくせに天使をありがたがるなんて、おかしな奴だ。
勢いに気圧されながらも、
「ええと……。とにかく、落ち着け。僕は天使じゃない。おまえと同じ魔王軍人だ。ほら」
なんとか彼の手を外させて、僕は左二の腕の腕章を掴んで見せた。
それを確認した彼は、徐々に興奮が落ち着き始めて、
「ほんとだ……。ボロっちいけど、軍服だ……」
と低い声で呟いた。
彼の綺麗な軍服とは違って、僕の軍服は色褪せている。布地はすっかり柔く薄くなっており、シワも出来ていた。
地方勤務の軍人は待遇が悪い。こうして本部勤務の軍人と対面すると、支給された軍服にすらそれが如実に表れているのをひしひし感じた。彼の新品のような軍服にはきちんと右肩に階級章が縫い込まれていたが、僕の軍服には階級章はない。僕のもとに来る前に何人もの軍人に貸与されたのだろう使い古された軍服は、付け替えも面倒だと思われたのか、階級章を外されたまま支給されたのだった。
階級章を見るかぎり、彼の階級は一等兵のようだ。まだ従軍して二、三年の新人だ。どうりで軍服が綺麗なわけだ。
「ボロくて悪かったな。本部勤務サマと違って、地方勤務の田舎者にはボロしか支給されないもんでな」
僕が悪態を吐きながら立ち上がると、彼も慌てて立ち上がり、へこへこと頭を浅く上下させる。
「ああっ、すみませんすみません。そういうつもりじゃ……」
彼はその先を言いかけて、ハッとして口を閉じた。手早く、軍服の砂をもう一度払う。そして、僕に向かって敬礼を取った。表情が引き締まると、ずいぶん精悍な顔つきの若者に見えた。
「ヴィス・カヴァル一等兵。本部第二十七部隊、ルディーテ小隊所属です。助けていただき、ありがとうございました」
