元人間だけど魔王軍で働いてます。
思ってもいない単語が出てきたものだから、僕は目を見開いた。
勇者。それは、魔王を殺せる唯一の武器――聖剣に選ばれた人間。
「勇者がいたのは三十年前じゃなかったか? ドラン、僕より歳上だったんだな」
そう、勇者がいたのは三十年も前のことだ。僕は生まれていないどころか、親が出会っているかどうかだってわからないぐらい、昔のこと。
まさかドランがそんな長生きなリザードマンだったとは。てっきり、同年齢か、もしくはもっと幼いと思っていた。
「どういう意味ダヨォ。オイラのこと、ガキっぽいって言いたいのカァ?」
ドランが不機嫌そうに目を細め、睨んでくる。
今にもこちらに噛みついてきそうな獰猛な見た目だが、彼の陽気な性格を知っていると、威嚇されてもちっとも恐怖を感じられなかった。
僕は笑って誤魔化す。
「悪い悪い。着いたら是非とも魔都を案内してくれ。ドラン先輩」
「オッ! イイゾ! カワイイ後輩のタメに、サンドワームの炭焼きを奢ってヤルッ!」
「い、いや……サンドワームは遠慮する……」
見たことはないが、気色の悪い魔物であろうことは十二分に察せる。荒野で行き倒れるような状況ならともかく、魔都と呼ばれるほどの大きな町に行くのだから、もっとろくなものを食べたい。
「じゃあ俺に奢ってくれよ。ドラン」
トフィリスがドランの頭上から覗き込んでくる。
ドランが嫌そうにトフィリスを見上げる。
「エエ……。おまえ可愛げナイからヤダ」
「なら、ヒューイは可愛げがあるのか?」
「エルフはカワイイってカアチャン言ってタ! 嫁に連れてこいって言ってタ!」
「男だが?」
トフィリスを睨むドランを、さらに僕が睨む。
そんな僕らを見て、トフィリスは片眉をあげてなんとも言えなさそうな顔をする。そして彼は僕らから目を逸らして、幌の外を見て、
「ん?」
遠くを見るように目を細めた。
彼につられて、僕とドランも同じ方向を見る。
馬車の走行方向から見て左には、波打つような砂の丘が続いていた。その丘の頂点に、黒点があった。点は動いてる。少しずつこちらに近づいてきているようだった。
「なんだ?」
トフィリスが腰のポーチから単眼鏡を取り出す。
彼が単眼鏡を覗こうとしたとき。
丘の向こうで、砂の柱が立ち上がった。爆音と共に打ち上がった砂が、煙となって曇り空を覆う。
荷台の木枠に掴まって身を乗り出したまま呆然とそれを見つめていると、肩を掴まれ押し飛ばされた。ドランのほうに倒れ込みながら顔を上げると、奥で静かにしていた獣人の軍人が、身を乗り出して砂柱を確認していた。獣人はすぐに荷台の奥へ戻り、騎手へ叫ぶ。
「サンドワームだ! もっとスピードをあげろ!」
馬車の速度があがる。
その間にも、砂柱は次々に立ち上がっていた。柱は馬車と並行して立ち上がるが、徐々に遠のいているように見える。
「コッチには来なそうだナ……?」
「そうだといいが……」
砂柱を見つめながら、ドランの呟きに応える。
あんな大量の砂を吹き上げるなんて、どれほどの巨体なのだろう。ワーム系の魔物は見たことがあるが、せいぜい丸太ほどの大きさだったはずだ。それとも、死地という異様な環境は、魔物も変化させるのだろうか。
「軍馬だ。軍の紋が入った鞍をつけてる」
ふと、トフィリスが単眼鏡を覗きながら言った。
ああそう言えばと丘の手前へと目を向ける。黒点は先よりずっとこちらに近づいてきており、四足の獣の姿がわかる。馬と呼ぶにはうねった体格をしているが、後ろ脚で砂を蹴って駆けている。頭を振りながら走っていることから、パニックを起こしているようだった。
騎手の姿はなかった。
僕は荷台の木枠に乗り上がる。
「ヒューイ、なにをする気だ?」
それに気づいたトフィリスが単眼鏡を下ろし、険しい表情をする。
彼に向かって笑ってみせる。
「アレをあのまま走らせとくわけにはいかないだろう? 軍の備品だからな。それに、騎手がいたはずだ。様子を見てくる」
「あのサンドワームに近づく気か? 無謀だ。そんなことする必要だってないだろ」
「まだ砂飛沫があがってる。獲物を追いかけてる証拠だ。なに、無理そうなら諦めるさ。先に行っててくれ」
そう言っているうちに、軍馬が馬車に近付いてきていた。少し遠いが、僕は荷台を飛び出して馬に飛び乗る。
馬の胴に腹と腕でしがみついて、暴れる手綱を掴んで無理矢理鞍に乗り上がる。手綱を操り、馬を落ち着かせる。少しずつ馬の速度が下がる。
「ヒューイ!」
離れていく馬車の荷台から、トフィリスが叫びながら何かを投げてきた。布で巻かれた長い得物だ。馬を操ってなんとかそれを片手で受け取る。衝撃で布が外れ、鉄製の槍があらわになる。
「――――!」
すでに馬車は遠く離れていた。トフィリスがなにか叫んでいるが、声は砂柱の立つ爆音にかき消されてしまう。しかし声は聞こえずとも、内容はなんとなく分かる。ドランも手を振っていた。
槍を高く掲げて彼らに応えながら、僕は馬を丘へと走らせた。
勇者。それは、魔王を殺せる唯一の武器――聖剣に選ばれた人間。
「勇者がいたのは三十年前じゃなかったか? ドラン、僕より歳上だったんだな」
そう、勇者がいたのは三十年も前のことだ。僕は生まれていないどころか、親が出会っているかどうかだってわからないぐらい、昔のこと。
まさかドランがそんな長生きなリザードマンだったとは。てっきり、同年齢か、もしくはもっと幼いと思っていた。
「どういう意味ダヨォ。オイラのこと、ガキっぽいって言いたいのカァ?」
ドランが不機嫌そうに目を細め、睨んでくる。
今にもこちらに噛みついてきそうな獰猛な見た目だが、彼の陽気な性格を知っていると、威嚇されてもちっとも恐怖を感じられなかった。
僕は笑って誤魔化す。
「悪い悪い。着いたら是非とも魔都を案内してくれ。ドラン先輩」
「オッ! イイゾ! カワイイ後輩のタメに、サンドワームの炭焼きを奢ってヤルッ!」
「い、いや……サンドワームは遠慮する……」
見たことはないが、気色の悪い魔物であろうことは十二分に察せる。荒野で行き倒れるような状況ならともかく、魔都と呼ばれるほどの大きな町に行くのだから、もっとろくなものを食べたい。
「じゃあ俺に奢ってくれよ。ドラン」
トフィリスがドランの頭上から覗き込んでくる。
ドランが嫌そうにトフィリスを見上げる。
「エエ……。おまえ可愛げナイからヤダ」
「なら、ヒューイは可愛げがあるのか?」
「エルフはカワイイってカアチャン言ってタ! 嫁に連れてこいって言ってタ!」
「男だが?」
トフィリスを睨むドランを、さらに僕が睨む。
そんな僕らを見て、トフィリスは片眉をあげてなんとも言えなさそうな顔をする。そして彼は僕らから目を逸らして、幌の外を見て、
「ん?」
遠くを見るように目を細めた。
彼につられて、僕とドランも同じ方向を見る。
馬車の走行方向から見て左には、波打つような砂の丘が続いていた。その丘の頂点に、黒点があった。点は動いてる。少しずつこちらに近づいてきているようだった。
「なんだ?」
トフィリスが腰のポーチから単眼鏡を取り出す。
彼が単眼鏡を覗こうとしたとき。
丘の向こうで、砂の柱が立ち上がった。爆音と共に打ち上がった砂が、煙となって曇り空を覆う。
荷台の木枠に掴まって身を乗り出したまま呆然とそれを見つめていると、肩を掴まれ押し飛ばされた。ドランのほうに倒れ込みながら顔を上げると、奥で静かにしていた獣人の軍人が、身を乗り出して砂柱を確認していた。獣人はすぐに荷台の奥へ戻り、騎手へ叫ぶ。
「サンドワームだ! もっとスピードをあげろ!」
馬車の速度があがる。
その間にも、砂柱は次々に立ち上がっていた。柱は馬車と並行して立ち上がるが、徐々に遠のいているように見える。
「コッチには来なそうだナ……?」
「そうだといいが……」
砂柱を見つめながら、ドランの呟きに応える。
あんな大量の砂を吹き上げるなんて、どれほどの巨体なのだろう。ワーム系の魔物は見たことがあるが、せいぜい丸太ほどの大きさだったはずだ。それとも、死地という異様な環境は、魔物も変化させるのだろうか。
「軍馬だ。軍の紋が入った鞍をつけてる」
ふと、トフィリスが単眼鏡を覗きながら言った。
ああそう言えばと丘の手前へと目を向ける。黒点は先よりずっとこちらに近づいてきており、四足の獣の姿がわかる。馬と呼ぶにはうねった体格をしているが、後ろ脚で砂を蹴って駆けている。頭を振りながら走っていることから、パニックを起こしているようだった。
騎手の姿はなかった。
僕は荷台の木枠に乗り上がる。
「ヒューイ、なにをする気だ?」
それに気づいたトフィリスが単眼鏡を下ろし、険しい表情をする。
彼に向かって笑ってみせる。
「アレをあのまま走らせとくわけにはいかないだろう? 軍の備品だからな。それに、騎手がいたはずだ。様子を見てくる」
「あのサンドワームに近づく気か? 無謀だ。そんなことする必要だってないだろ」
「まだ砂飛沫があがってる。獲物を追いかけてる証拠だ。なに、無理そうなら諦めるさ。先に行っててくれ」
そう言っているうちに、軍馬が馬車に近付いてきていた。少し遠いが、僕は荷台を飛び出して馬に飛び乗る。
馬の胴に腹と腕でしがみついて、暴れる手綱を掴んで無理矢理鞍に乗り上がる。手綱を操り、馬を落ち着かせる。少しずつ馬の速度が下がる。
「ヒューイ!」
離れていく馬車の荷台から、トフィリスが叫びながら何かを投げてきた。布で巻かれた長い得物だ。馬を操ってなんとかそれを片手で受け取る。衝撃で布が外れ、鉄製の槍があらわになる。
「――――!」
すでに馬車は遠く離れていた。トフィリスがなにか叫んでいるが、声は砂柱の立つ爆音にかき消されてしまう。しかし声は聞こえずとも、内容はなんとなく分かる。ドランも手を振っていた。
槍を高く掲げて彼らに応えながら、僕は馬を丘へと走らせた。
