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元人間だけど魔王軍で働いてます。

死地を越えて


 ガコンッという大きな衝撃で、僕は目を覚ました。
 ぼやけた視界は薄暗い。何度か瞬きを繰り返して、目を慣らしていく。
 狭くて薄汚い荷台の中だった。眠る前はすっかり暗かったはずなのに、今は幌の隙間から弱い光が差し込んできている。
 目が光に慣れず、瞼の奥が痛む。そっと視線を荷台の奥へと向ける。
 荷台のほとんどは、木箱や麻の大袋が満載だった。馬車は絶えず揺れていて、荷からはガシャガシャと鉄の擦れ合う音を鳴らし続けている。箱や袋の中身はどれも、鉄製のなにかだ。
 この窮屈な荷台では、横になれるはずもない。僕は膝を抱えて小さくなって眠っていたのだ。意識がはっきりしてくると、体の節々が痛んだ。とくに尻が痛い。
 少し体勢を変えようかと、常に振動し続ける床から尻を浮かせる。すると強い痛みが走って、たまらず呻いた。
 そんな僕を見てか、向かいに座っていた男が笑う。
「起きたか。こんなボロ馬車でよく寝れるな」
 男は愉快そうに、歯を見せて笑う。頬の肉が動くと、頬に生えた青い鱗もいびつに歪んだ。鱗は右の頬から耳の裏、首へと続いている。男の姿は人間とほとんど変わらないが、その鱗が、彼が人間ではないことを物語る。聞いた話では、たしか、魚人族らしい。
 同乗者はこの魚人族だけではない。他にも何人か、もしくは何匹か、荷を背もたれ代わりに座り込んでいた。僕の隣には全身毛皮の獣人が背を丸くしていて、獣特有の白目のない瞳が、鬱陶しそうにこちらを見る。
 僕は彼らの邪魔にならないように、僕に許された一人分の狭い空間の中で、凝り固まった筋肉を伸ばす。尻や腰を叩いたりしながら、腕を回したり、背を逸らしたりする。そうして体をほぐしながら、ふたたび魚人族の男を見やる。
「トフィリス。僕はどのくらい寝ていた?」
「五時間ぐらいかな。ずいぶん疲れてるな」
「当たり前だ。もう六日もこの荷台の中だぞ。番兵のほうが楽だ」
「ははは。そう言うな。栄転じゃないか。もう辺境の砦で日がな一日突っ立ってる必要もない」
 うんざりした僕とは反対に、魚人族の男――トフィリスは機嫌がよかった。彼はそのまま楽しげに話し続ける。
「大規模な人員補充とはいえ、軍本部への異動なんて、大出世だ。数日荒馬車に揺られるぐらい、なんてことないだろ?」
 彼の言うとおり、この馬車に乗っている者は皆、本部への異動辞令を受けた軍人たちだった。
 もともと僕もトフィリスも、大陸のはるか西、辺境の砦に配備されていた。深い森に建てられた砦は、まわりに集落もなく、魔物の巣もなく、穏やかそのもの。番兵として門を守る日は、たしかに暇だ。しかしそれだけではない。遠くで戦いが起これば応援として駆り出されることも多かった。時には、連日、戦場と戦場を梯子したこともある。都合よく使い倒される下っ端というわけだ。
「勤務地が変わったって、下っ端は下っ端のままだろう。本部勤務のほうがもっと過酷かもしれないぞ」
「ヒューイは後ろ向きだな。俺は楽しみだよ。魔王のお膝下、魔族たちの中心――魔都に行けるのが」
 トフィリスはそう言って、ぐっと掌を握る。先までの穏やかな笑みは消えていた。握った拳を見つめるその目には、強い意志が宿っている。どこか張り詰めていて、暗い、冷たさを感じた。
 はっと息を飲んだ。
 そして今度は僕のほうが笑ってみせる。
「本部勤務になれば、給金が上がる。治療費も稼ぎやすくなるな」
 僕がそう言えば、トフィリスが顔をあげた。驚いたように何度か瞬きする。
「覚えてたのか。そんなこと」
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