このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

橙の巫女






 少女は広場を離れると、村で一番大きな家へと向かっていた。代々の村長一族が暮らしている家だ。
 今、その隣には、家と同じほどの大きさのテントが設置されていた。

 テントの周りには、巫女を護衛していた巫術士たちと似た装束の者たちがおり、荷を馬車へ積み込んでいた。少女がテントに近づいても彼らは一瞥するだけで、とくに声をかけてくるようなこともない。

 テントの布の切れ目に手をかけたところで、少女は足を止めた。


「それ、捨てておいてちょうだい」


 聞こえてきた女の声は冷たい。しかしそれは先ほどまで村人たちの歓声を受けていた、あの美しい巫女の声に違いなかった。

 少女は音を立てないよう、そっと、中へ入る。

 テント内には、巫女の玖紅利とその侍女がいた。玖紅利は寝台に腰掛け、かんざしを引き抜いて髪を手櫛で直している。
 侍女の手には、先ほど玖紅利が村の子どもから受け取ったカゴがあった。侍女が少女のほうへ歩いてきて、目が合う。


「ち、ちょっと待って」


 少女は慌てて侍女を止めて、そうして玖紅利のほうを見やる。
 鬱陶しそうに髪を梳いていた玖紅利も、少女を見返した。彼女の顔に笑みが浮かぶ。しかしそれは先の巫女としてのやわらかな笑みではなく、ひとを嘲るような笑い方だった。


「あらぁ。玖黄利お姉様じゃない。勝手に入ってこないでくれる?」

「あ、ご、ごめんなさ……」


 玖紅利の悪意がこもった視線に、玖黄利は思わずたじろぐ。しかし謝罪した口をすぐに引き結んで、玖紅利に負けないようにと眉間に力を込める。


「恩玲さんが持ってるの、さっきあの子から貰ったものだよね? なんで捨てさせようとするの」

「なんでって? 見ればわかるでしょう。そんなもの、何が入ってるか分からないじゃない。その辺の雑草ならともかく、土でも混じっていそうだわ。……ああ、恩玲、手が空いたのなら髪の金箔を取ってちょうだい。気になってしょうがないわ」


 玖紅利に呼ばれて侍女は素早く彼女の後ろへと回り、腰の道具袋から櫛を取り出して玖黄利の髪を梳き始める。


「どうしてそんな酷いことが言えるの? あなたに受け取って貰えて、あの子あんなに喜んでたのに……」


 玖紅利は鬱陶しそうに玖黄利を見た。


「わたくしは高狼女貴になる巫女なのよ。わかる? この世を統べる高狼麒麟こうろうきりん、その妻よ」

「それは、選妾祀で見初められたら、でしょう? それに今この話とは関係ない……」

「ああっうるさいわね。なあに? わたくしに説教がしたいわけ? 信力もろくにない、無能なあなたが? 舞の一つでもできるようになってからにしなさいよ」

「あ……」


 玖黄利の表情が淀む。
 それを見た玖紅利はしたり顔でにやけながら、指先で宙をなぞる。すると、指の先からチカチカと火の粉が舞い、そこから火の蝶が三羽生まれる。蝶たちはチリチリと空を焦がしながら、玖黄利へと飛ぶ。
 蝶が頬に触れれば肌を焼かれる痛みで、玖黄利はたまらず悲鳴をあげた。咄嗟に腕で払うも、蝶たちはそんな彼女をからかうように避けて、彼女の髪や肌に触れようとする。


「橙家の恥晒しね。そんな単純な式霊も消せないくせに、指図しないでちょうだい。……帰了火子」


 玖紅利の祝詞と共に、蝶たちが細かい火の粉となって弾けて消える。


「ああそうだ。なんだったら、お姉様に差し上げるわ、ソレ。お姉様は好きなんでしょ、そういうソボクなお菓子? アハハッ」


 玖紅利は声をあげて笑っていたが、しばらくすると疲れたようにため息をついて、玖黄利を睨め付ける。


「ねえ早く出てってくれる? あなたがいると気が散って休めないわ」
3/3ページ
スキ