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百夜通い。
なまえ
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(Side MARCO)
海軍との交戦中、狙いを俺に引きつけようと悪魔の実の能力を使った。青く光る不死鳥は闇夜では格好の的。狙い撃ちにされたが能力があれば再生可能。その思いが油断を生んだ。
海楼石が混ぜられていたらしき弾丸が腹に二発当たり、ぐらついたところに猛攻を受けた。
…ああ、オヤジに怒られるなこれは。苦い思いで海軍から離れどこかで止血しようと近くの島に降りた。
山中なら人も少ないだろう。一つポツンとある建物を見つけ、窓が開いているのが見えたのでそこへ降りた。窓から中に入ると女が一人立っていた。闇色の腰まで届く真っ直ぐな長い髪。身につけている服はイゾウの物と似ているが真っ白だ。
「あんたには何もしねえ。…朝まで匿って貰えねえか」
女はすぐに刀を構え俺の出方を観察してきた。怯えも叫びもせずに。人を呼ばれると厄介だ。早く何とか話をつけなくては。
女の服装と侵入した部屋をざっと見た限り、この女が『神仏の類』に仕える立場なのだと察した。この手の奴らは何処でも似たような雰囲気を醸し出しているから何となく解る。騒ぐようなら口を塞ぐか気絶でもさせてしまえばいい。
黙って俺を匿うなら損はさせねえと盗った指輪の一つを投げ与えたが、あっさりと投げ返される。
「それは私には必要の無いものです。……明日の8時まで誰も来ません。ですからそこにいてくださっても結構です」
自分一人とわざわざ教えたのは俺に殺されない自信があるからかい?神様とやらが自分を護ってくれるとでも?この女に興味が湧きその名を聞きたくて俺の名を告げた。
「……なまえ、です」
変なものを見る胡乱げな目をし、女は『なまえ』と名乗り返した。後は勝手にしろと言わんばかりに俺を放置し寝床に入り…さっさと眠りに就いた。
この女の、神とやらに対する信心を壊してやったら面白えだろうなァ。意地の悪い思いが浮かび俺も身体を横たえた。
「…なまえ、か。変な女だよい」
笑いそうになり堪えるのに苦労した。
朝日が昇ってくるのを待ちながら身体を休め、光に紛れ窓から飛び立ち、高度を上げウチへと戻った。
翌日の午後。
甲板から飛ぼうとしていた俺に仲間が声をかける。
「あれ?マルコまた出掛けんの?」
「傷が開くぞ」
「朝には戻るよい。野暮用だ」
ポケットには繊細な細工のルビーのネックレスが入っていた。あの指輪より値打ちモンだ、きっとあの涼しそうな顔に欲を灯らせるだろう。
海賊の血とも言える好奇心が騒ぎ、なまえの元へと向かった。
「夜までまだ時間があるな…少し歩くか」
昼過ぎにウチを出たが島に着くのは夕方過ぎだった。傷さえ癒えれば楽な距離だ。
「随分とデカイ商船が来るもんだな…」
そう広くない島だが、港には船旅と思われる連中や小型の商船が停泊している。
オヤジの刺青は目立つのでシャツの前を閉めて商船の荷駄から拝借したハットを被り、紛れるように島の中をぶらついていたら島の奴らと飲み屋で打ち解け、その場の数人で酒を片手に盛り上がった。
「なんだ、あんたは学者さんかなんかか?」
「いや。俺はこの辺りの風土について調べてる海軍の調査員だよい。なんか面白え話とかねえかい?」
まあ俺の言うことは全部嘘なんだが。海賊、しかも白ひげのクルーとバレるとうるせえからな。
面白え話じゃねえが、と前置きし隣のおっさんが声を潜めた。
「…この島の夏祭りは、毎年伝統に則って『獅子舞』を奉納するんだ。選ばれた神子は獅子の衣装を纏った役相手と剣舞を披露するのさ」
「へえ、夏祭りかい!面白そうじゃねえか」
年初めの舞い始めがあり、その年に成人の儀を迎える「乙女」の中から神子が選ばれる。
選出は舞の上手さと優美さ、剣捌きなど項目は多く、選ばれる乙女はまさに羨望の的…らしい。
「おい、その話は止めろよ」
「いいだろう!…だってよ、こんなのはあんまりにも可哀想じゃねえか」
「?」
おっさんを咎める髭面。構わずに酒を呷り、おっさんは続けた。
「今年選ばれた神子ってのがな。顔は十人並みなんだが、舞も剣舞もべらぼうにうめえ娘なんだ。もちろん全員一致で彼女に舞い手は決まったのさ」
「それの何が悪いんだい?」
諦めたように溜め息をつき、髭面も酒を呷るとおっさんの言葉を引き継ぐ。
「島一番の金持ちの娘がなぁ、納得いかねえと文句をつけたんだよ。自分の方が美しいのに舞い手が自分じゃないなんてどうしても許せねえ、ってな」
「…それで?」
「あのくそったれはおめえの娘のワガママの為に、本物の獅子を買い付けやがった!!あんたも見たろう、港にあったデカイ商船を!」
話を聞く中で、何故かなまえと名乗ったあの女の顔が浮かんだ。
「…『神子様はその身に神を降ろし、獅子を刃一つで調伏する』ならば、是非とも神子様の実力を拝見したい。何せ選ばれた神子様は大層な腕前らしいのでな、って事でよ」
「…神子役の子が本物の獅子と闘う羽目になってんだよ」
合点がいった。直訳すると『よくも恥かかせてくれたな、死んで償え』って事かい。
「おかしいじゃねえか!俺はあの娘が昔っからどれだけ剣の鍛錬して、舞の訓練して来たか知っている!怒鳴り飛ばされても同じところを何度やり直させられても、何時間もだ!小せえ頃から毎日欠かさず積み重ねてきた努力を見てきた!!」
空になったコップを、どん、と乱暴に机に叩きつける。割れても構わないと力の入れ方で。
「なあ、あんたがあの娘に舞の稽古付けてたのは皆が知ってる。だけどよ…変な気を起こすなよ?」
「そうだぞ!…抗議に行った親父さんは逆に『神事を穢す気か!』ってイチャモンつけられて斬りつけられたし、奥さんはすっかり気を病んじまって海に…あのくそったれ、歯向かう奴には容赦しねえ」
いつの間にか俺たちの周りには人が増え、しんみりと酒を浴びるように飲んでいた。
「可哀想になあ、なまえちゃん。神子に決まってからこの方、一人ぼっちであんな山中の崖っぷちのお社に閉じ込められてよぉ…」
「夏祭りまで逃がさねえつもりなのさ!助けが入らねえように完全に山道塞いでやがるしな…」
崖っぷちのお社。やはりなまえが件の神子なのだと確信した。落ち着き払った態度と目つきは命の覚悟をしてのものだったのか。
「…貴重な話をありがとさん」
金を置いて飲み屋を出た。外はすっかり夜で、暗闇の中で金色の月が煌々と俺を照らしている。あの意志の強そうななまえの黒い目が浮かんだ。自分の事を神様が何とかしてくれるとでも信じているのだろうか?
「ふん。暇つぶしにはもってこいだ。泣きっ面で縋り付くなら助けてやってもいいよい」
気に入らねえ。汚れを知らぬような涼しそうな顔も、欲など無いというような態度もだ。どこまで平気なふりしてられるか確かめてやる。
「すっかり通い鳥じゃねえかよ、マルコ」
「毎日欠かさずどこ行ってんだお前」
「ばーか、女に決まってんだろ?!そうだろ?マルコ!どんな女なんだ?」
毎日決まって甲板から出て行く俺を捕まえ詰め寄る。からかわれる程熱心に欠かさずに出て行くからだろう。苦笑いして仲間に手を振り甲板から発つ。
「もう夏だな。陽射しが痛え。…そろそろなまえも泣きべそかく頃だろい」
夜が来るたびに顔を見て話す。宝石なんかに見向きもしねえ目が俺の持ってきた花を見ると和らぐ。
「こんばんは、マルコさん」
声を聞かせて、微笑んで。
花一つで淡い笑みを見せるなら、もっとたくさんの花があれば…こいつはもっと笑った顔をするのか?
「この花には手が届かないと思っていましたが…ふふ。ありがとうございます」
最初に望んだ泣きっ面どころか、彼女は柔らかく笑むばかりで。祭りの日が近付くほどに焦燥に駆られていったのは俺の方だった。
花以外に願いは、欲しいものは無いのか?と何度も聞いた。助けてくれと一言、言ってくれるだけでいい。俺には叶えてやれる力がある。
オヤジや仲間の話もたくさん聞かせた。海に連れて行ってくれと言われたくて。
だけど彼女は一度も俺の手を取らなかった。
泣き言一つ溢さない。
「くそ!何で言わねえ、このまま死ぬ気かい?」
珍しい品だと言われ上陸した島で買い求めた花のお香を差し出すと、その夜初めてなまえが俺の手を握った。
海の男と全く違う白くて細い折れちまいそうな手。服越しに伝わる温かな熱に息が苦しくなる。
堪えきれずに抱き寄せた身体はもっと柔らかく小さい。力を込めたら潰してしまいそうだ。
「…思ってたより、マルコさんは逞しいのですね」
耳元で聞こえた声に焼ききれそうな痛烈な思いが抑えられなかった。なまえが欲しい。
いつの間にか夢中になっていた。どうしても手に入れたい、この女を。
「なあ、花以外に欲しいもんはないのか」
もう通う理由などどうでも良かった。
ただなまえに会いたかった。きっとあの日、彼女がお茶をくれた夜にはもう手遅れだったのだ。
俺の思いも虚しく彼女は最後まで強かった。結局一言も弱音を吐かず、一粒の涙も見せなかった。
ただ花のように凛として窓辺に立っていた。今生の別となりそうな夜の中でも。
祭りの夜。
俺は島民に紛れて舞台を観に行った。色とりどりの夏の花で飾られた山車が松明に導かれ舞台へと向かって粛々と続いていく。
不思議と蝉の声は一切聞こえない。汗の滲む気温の中、土を踏みゆく使者の足音がいくつも重なり、神子の到着を待っていた観衆は黙してそれを迎える。
笛の音色。鈴の音色。太鼓の織り成す神事の曲が鳴り響く。篝火で照らされた堅牢な囲いの中へ神子が到着すれば、いよいよ獅子が放たれた。祭事の装束を纏ったなまえは目尻と唇に紅を差し、毅然として囲いの中で白刃に手を掛けた。
獅子の咆哮に怯んだのは囲いの外の連中だけで、なまえは篝火に刃を煌めかせながら立ち向かっていった。
衣装に縫い込まれた鈴がなまえの舞い踊る動きに合わせ軽やかに、時に鋭く響く。
周りは一言もなくなまえの姿に心を奪われた。
いくら鍛えても所詮は少女の腕。そう考えていた俺の予想は大外れだ。爪や牙は掠るだけでもなまえの身体を抉り取るのに、紙一重でかわしていき、逆になまえの白刃は獅子の身体に触れる度、少しづつだがその動きを鈍くしていった。
獅子となまえが攻防を繰り返し、押しては引き、間合いを詰めては互いの命を削り合う。
「…っ!」
あの矮躯のどこにこんな力があるのだろう?
見事だった。この舞台は単なる獣による私刑ではない。獅子による獰猛な攻撃はなまえの身のこなしの優美さで『舞』として成り立ってさえいるのだ。
「……くそ。余計に欲しくなる」
肩で息をするなまえは汗だくで、不謹慎だが乱れた髪も服も、とても色めいて見えた。
数日前あの身体を抱き寄せた感触が蘇り疼いた。
「…は!」
彼女の気合いの乗った一撃がついに獅子を屈服させた。どうと音を立てて巨体が地に伏す。
固唾を飲んで見守っていた観衆は大歓声で何度も彼女の名を呼び讃えた。
「見事だったぜなまえー!」
「きゃー神子様ー!」
「なまえー!よくやった!」
お祭りムード全開に変わった雰囲気の中、一際目立つ一段高く拵えられた席にいた男が目に付いた。あれが例のアホンダラだろうな。馬鹿そうな顔してやがるよい。
そいつが銃を取り出すのが見えて、俺は人をかき分けて柵を乗り越え舞台に飛び出した。彼女の前に飛び出すのと銃声が鳴り渡るのはどちらが速かったのか。
「…きゃああ!マルコさ…っ、どうして…!」
「俺よりお前に怪我はねえか?なまえ」
青い炎が舞い上がり身体を不死鳥に変えた。弾丸が貫いた身体はすぐに癒える。不満は服に空いた穴だ。後で縫わないと。
銃で撃たれたら致命傷。それは陸の常識だが俺は悪魔の実を食らった化け物だ。傷を診ようと服を開いたなまえの手が止まる。
穴の開いた服の先、肌の上には数ひとつないのを確認した目が大きく見開かれた。
「…っ、マルコさん!」
気味が悪いと叫ぶでもなく、感極まって声を詰まらせなまえがぶつかる強さで抱きついてくる。見たかったと思っていたなまえの泣きっ面をようやく拝めたが、嬉しさより違う気持ちが大きい。大丈夫だの代わりに震える背を撫でた。
「確かに当たったのに…何だあの化けも…」
「見ろ!神様だ!神様が降臨されたぞ!!」
「…そうだあれは神様だ!なまえを、見事な舞を奉納した神子様をお連れにきたんだ!」
「あの光る御姿は間違いねえ!」
「神様!」
俺を見たアホンダラの『化け物』という言葉を遮り一人の男が叫ぶと周囲もそれに倣い俺を指差し神様だと連呼する。
「おい神様!なまえはなかなか見所のある奴なんだ、…大事にしてやってくれ!」
一番大声で一番先に俺を神と呼んだ男と目が合った。それはあの飲み屋で共に酒を飲んだおっさんだった。なまえの努力を一等褒めていた強面が『頼む』というように力強い目が俺に訴えてくる。応えるように上空を旋回し、抱きついていたなまえを連れ島を離れた。
口々にどうか元気で、と叫ぶ声が遠ざかり俺の光を紛れさせるように花火が打ち上げられる。
「…綺麗…まるでお花のようですね」
火の粉を避け大音量と至近距離の花火の中をすり抜けた。花火とはよく言ったものだ。空を彩る光はまさに大輪の花。花弁を広げ咲いて散る。
「マルコさん。申し訳ないのですがどこか近くの島に降ろしてください」
島からどんどん離れていく俺にしがみついたままなまえが言った。
生きても死んでももう島に居られないと覚悟していたと。夜の逢瀬で俺から聞いた海の話に大層心惹かれていたと。もしも獅子を調伏出来たら島を出ようと決めていたのだと。
その声は社に押し込められた神子ではなく年相応の少女の好奇心に満ちていた。
「マルコさんはこれからどこへ?」
「ああ?…俺はウチに帰るよい」
「そ、そうですよね。ごめんなさい、私…」
「お前も一緒だ」
「……え?…きゃあ!」
強く羽ばたき速度を上げるとなまえの抱きつく腕にも力が篭った。ぐんと視線が上がり風の強さが増す。
「祭りが終わればお前はもう神子じゃねえんだろい」
ああ気分がいい。やっぱり海はいいよい。
見せてやりたかった。広くて厳しくて大きな海を。教えてやりたいことがたくさんあるんだ。
「これからは神の子じゃなくて、俺と一緒に海の子をやればいいよい」
「…マルコさんと?」
早くウチに帰りたい。見せてやりたい、オヤジに、仲間に。
朝も夜もなくなまえと話したい。
笑った顔も泣いた顔も、全部余さず俺に見せてくれ。
もっと、ずっと、これからも。
(あ、あの!マルコさん、…私、また会えたらあなたに伝えたかった事があるのです)
(ああ?…奇遇だな。俺もなまえに言いてえ事があるよい)
リクエストありがとうございました!
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