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Hate.
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(Side U)
纏わり付くような湿気。
黒い雲がかかる中、船は冬島の端に着いた。下ろし階段を下り皆ゾロゾロと島に降りていくのを横目に、あたしは辺りを見回して注意深くある人を探す。
……いた。目的の人物、リーゼント頭。一定の距離を置いてついて行く。
島に着くと目指すのはとりあえず繁華街だ。食べ物、お酒、賭け場、…目的は人それぞれ。
各々の目的に向かって分かれて行くのを見つつサッチに声をかけた。
「…ねえサッチ、酒場行こう。奢るから」
「あ?…あー、なまえかよ」
名前を呼ぶと困り眉の顔が振り返る。上陸に浮かれる色を添えた目が笑って細まった。
「悪ィなぁ~!俺、予定あんのよ」
「予定ってどうせ娼館でしょ?いいじゃん付き合ってよ」
「それが島一のおねえちゃんで予約したからさぁ。じっくり楽しみてぇんだ。酒はベッドで彼女と飲むから」
そう言ってサッチはまた歩き出す。あたしは隣に並んで食い下がった。
「その前にあたしと飲むぐらい平気でしょ?」
「やだね、お前飲むと絡むから。別な奴誘えって」
「けちサッチ、バカ、短小」
「誰が短小だっ!見たことねえ癖に!」
軽く頭を小突かれて胸が鳴る。ああ好きだ。好きだなぁ。一緒にいたいなあ。
「…おいコラ。ついて来るなって、なまえ!こっから大人タイムなんだからよー」
犬を追い払うみたいに手を振るサッチにムッとすると、ポツリ、と顔に雫があたった。
「あ、雨だ」
「だな。…って、こりゃいい降りだ!」
道沿いの店先に駆け込んで雨宿りする。あっと言う間に雨脚は強くなり路面を叩き出した。
「あーもう!仕方ねぇなあ」
電伝虫を出し、電話をかけるサッチから少し離れる。会話を聞く趣味はない。ショーウィンドウを鏡に見たて自分の身なりを整えてみた。
女にしては伸びすぎた身長は普通の男と並ぶとでかい。
ヒールを履くと追い越す時だってあるけど、サッチぐらい背があると私と並ぶとちょうど良いくらいになる。ひょろひょろと背は伸びたのにお尻とか胸の成長は芳しくなく、もう少しあったらこの男に有利に働くのにとヤキモキする。
「なまえ」
サッチがあたしを呼ぶ。この声が好きだ。名前を呼ばれるだけで身体の芯から震えるんだよ。
「これ、傘使え。買い物すんなら要るだろ?女の子が濡れたらダメだしな」
持っていた傘をあたしに持たせた。バカみたいに女に優しいのが好きだ。あたしにだけじゃないのがヤダけど。
「これあたしが使ったらサッチ困るじゃん」
平気と笑う。笑った顔も好き。煙草の匂いが好き。邪険にするくせに、結局は優しくしてくれるのが好き。
「ねぇサッチ、やっぱり一緒に…」
「お、来た来た!」
あたしの言葉を遮ってサッチは手を挙げた。
さっきまであたしに向いてた笑顔は逸らされる。サッチの視線を追えばそこには豪奢な美女。
「悪いな、雨ん中!」
「いいのよ。こちらこそ雨の中ありがとう」
…ああ、娼婦か。香水の甘い香りが漂ってくるみたい。雨なのに綺麗なワンピースに華奢なヒール。あたしと全然造りの違う女を凝縮したみたいな人だ。
サッチは女の傘に入り満面の笑み。これからの事が楽しみで仕方ないって顔。
「じゃ。俺行くわ」
「………」
黙ってサッチを睨んだけどサッチはそのまま女の体に手を回して寄り添いながら歩いて行ってしまった。行き先は勿論ホテルだろう。くそったれ。
「…バカサッチ。下半身野郎」
一人軒先に残されたあたしは小さく毒を吐いた。それは雨の音にかき消される。
叶わない恋だと始めから解ってた。サッチを好きになったら苦しいだけだって解ってたのに気付いたら手遅れ。何したってサッチのことばっかり考えてる。それなのにサッチはナースのお姉様にセクハラするのにあたしには触らない。
『あ?俺ァ子供に興味ねぇからー』
『おっぱいもーーちょっとでも膨らんだらな?ははは』
嫌な事いっぱい言われた。ニヤニヤ笑って馬鹿にされるしガキ扱いは今だに抜けない。
『…何言ってんのなまえ、抱かねえよお前なんか…あー、でもそうだな。今金無いんだよな俺』
『一回十万ベリーでしてやるよ。どうする?』
なんて嫌な男だろうと思うのに、こんな奴と思うのに。どうしてこんなに好きなんだろう。なんだか泣けてきた。ちくしょうアホサッチめ!
傘を借りたけど使わずに店先から出た。すぐに雨はあたしを包み、頭から足までずぶ濡れになる。悔しかった。あと何回泣いたらいいんだろう?
誘って振られるのは数えたくないほどの回数だ。モビーディックに帰ろうと歩く。雨には雪が混じり、みぞれがあたしを包みこむ。
多分、鼻とか真っ赤だろうな。でもいい。泣いてるの誤魔化せるから。
「ぶっは、お前ずぶ濡れじゃねえかなまえ!」
モビーディックに着くと居残り組にずぶ濡れを笑われた。傘に穴が開いてたのと言い返して甲板から船内に入った。
「…っ!」
少し歩いた直後、ばさ、と頭からバスタオルがかけられた。誰かなんて見なくても解る。
「……なんで居るのマルコ」
「お前が濡れたまま歩いてくんのが見えたからだよい」
そう言ってあたしの頭や身体を拭いだす。肌や髪を痛めないような優しい手つき。サッチなんて犬でも拭くみたいにゴシゴシしてくるのに、何でこんなに違うんだろ。
「…見えた?見てたんでしょ、どうせ」
「………」
マルコは黙る。それが答えだ。あたしの口は止まらない。
「いつから見てたか当てようか?あたしが甲板からサッチ追いかけるところからでしょ?」
マルコは黙ったままあたしの顔にタオルを当てる。多分泣いたって気付かれた。タオルごとマルコの手を振り払う。
「~~やめて!何で?何であたしなの!マルコなんてモテるんだし他の誰でもいいじゃん!」
いつものあたしの八つ当たりだ。マルコは黙ったままあたしの八つ当たりを受ける。怒らないし、言い返してこない。どんな酷い事を言っても手を上げない。
「…ちゃんと拭いて早く着替えろよい。風邪ひく」
「引いたらサッチが気にしてくれるもん。放っておいて」
腕を掴まれ風呂場の方向にマルコはあたしを引っ張る。
「バカみたい、マルコ」
「…なまえは俺の事を言えないだろい。いい加減にサッチはやめろよい」
「~っ、うるさい!そっちこそ!あたしなんか、見ないでよ!あんたがあたしを見るからサッチはあたしを見てくれないんだ!!」
ぼたぼたと涙があふれて頬を伝う。マルコは困った顔をしてあたしの頭を撫でる。その手を精一杯の力で降り払う。ばちんと大きな音がした。
「触らないでよ、マルコなんか嫌い」
「…悪い」
謝らないでよ、あたしが悪いのに。
マルコは嫌い。優しいのが嫌いだ。サッチに信頼されてるのが嫌いだ。あたしを好きなところが嫌で嫌でたまらないの。マルコはいい奴だ、サッチがそう言う度に『だからマルコの惚れてるなまえに手は出さねえ』って言うんだ。
嫌い
嫌い
大嫌い。
(なまえが俺を嫌いなのは、知ってるよい。だけどちゃんと風呂入って着替えてくれ。…頼むから)
(一人で行くから離して。…タオルありがとう)
(…ああ)
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