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溜め息と涙でできたもの。
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(Side THATCH)
本日はバレンタイン!
食堂でナース達がバレンタインチョコを配ると、待ち望んでいたクルーが満面の笑みで受け取っていく。
「おお、今年はトリュフか」
隊長には手作りトリュフ。ちなみにレシピは俺のだ。分量計算頑張りました!
「お?これはどこの店のだ?美味いな~!」
「ピンクって…なんかいいな…!」
「ナースからチョコっていいよなー」
「ハートの形はたまらねえな!」
チョコなんかいつだって食えるってのにバレンタインって日に、女がくれるってだけでテンションは全く違う。不思議だよな。
「はい。マルコ隊長」
「おう。毎年悪いな」
「一応、隊長の分は甘さ控え目にしましたわ」
「…ああ、ありがとさん」
マルコはと言うと受け取りはするけど他のクルー達の様にすぐに開けて食べたりはしない。後で誰かに横流しするからだ。あーあもったいねーなぁ。
「うんうん、いい感じだぜ!」
これも毎年恒例いつもの風景だ。
俺もナース特製の生トリュフをコーヒー片手に味わっていた。ああ~甘くって美味い。形もちゃんと丸くて綺麗だ、何より可愛らしいラッピングもされている。
「いやあ~、いいよなーバレンタイン!」
コーヒーの苦味とチョコの甘さ。交互に口に広がる幸せ。飲み足りないコーヒーを継ぎ足し、カウンター近くの椅子でまったり食っていた。
ここからは食堂が一望出来てバカ面で楽しそうなウチの連中がよく見える。
「あ、しまった」
…あー、やべ。目が合っちまった。こっち来やがったし。うさぎのシルエットのコーヒーカップ持ったなまえが俺の元にやって来た。
あいつなんでしかめ面してんの?
「ようなまえ~!チョコ食ってるかー?」
「食ってるよ。あたしもコーヒーおかわり!」
棘のある口調。生理か?今日の良き日に何イラついてんだか。
俺は一旦キッチンに入る。仕方ねえからなまえには淹れなおして美味いやつ飲ましてやるか。
「あ、そうだった。これマルコに持って行ってくれ」
俺は小皿に黒いチョコを幾つか乗せてカウンター越しになまえに渡した。
「これカカオのヤツなんだ。甘くねえからマルコにも食えるからさ。みんなが食ってんのにあいつだけ食えねえと悪いだろ」
「…自分で行けば?」
「バーカ!お前なあ、こういうのは女に貰った方が嬉しいだろ?」
解ってねえなあ?マルコはお前に惚れてんだぞ?バレンタインにチョコ、欲しいだろ。チョコっていうかお前から貰うもんなら鼻かんだティッシュでも喜ぶぞ。
男心を理解しないなまえは小皿を押し返して睨んでくる。
「ふん。あたしは女に入らないんじゃないの?」
あたしは可愛いくないし。チョコも満足に作れないし。毎年あげるどころか貰ってるし。なまえの連ねた言葉はあまりに小さな事で呆れた。お前はばかだなあ。
「は?何言ってんの?今年はあいつらのチョコ買って来たのお前だろ?」
「…え?」
知ってんだよ。両手に抱えて袋持って、ウチまで来たの見たし。ナースにこれで大丈夫か?ってオロオロしながら確認してたのも。可愛いもの避けてるのは似合ってねえって思ってんだろうけど。
見てみろよマルコなんかずーっと言ってんぞ。
なまえは可愛い、なまえは可愛いって。 ていうか俺だって知ってる。
「まあ、なんつーか。昨日ナースが手当てした怪我人ってのはな、この俺だ!」
「……はあ?」
チョコの話でマルコからかってたら切れたんだよな、マルコと犬には冗談が通じねえからな。
「いやー、マルコからかってたらマジで顔面蹴られてさあ!鼻血噴いたのよ」
「サッチそんなくだらない事でお姉さん呼びつけたの?」
「だってよー、たまにはナースに手当てされてえじゃん?」
なまえが脱力した。お前マルコのマジ蹴り食らったことねえから悶絶する痛みを知らねえんだ。鼻血で済んだのは手加減されたからだぞ?まあマルコはなまえに手を上げたりできないだろうから。だって手を出すことも出来ねえ有様なんだからさ。
「チョコ。可愛いの買えてんじゃんなまえ」
「店員さんに選んで貰ったんだよ。あたしが決めたんじゃない」
「店、かなりハシゴしたろ。ありがとな」
「なんでサッチがお礼言うの」
そっぽ向いていじけるなまえ。不貞腐れるなよ。頑張ってえらいよ。苦手な事でも突っぱねないで最後までやり遂げただろ。
「お手伝いして偉いじゃんよ、褒めてんだから素直に聞けよなー」
ぐちゃぐちゃと頭を撫でてやった。俺よりずっと低い位置の頭は掴みやすい。
「子供扱いしないでよ!髪の毛ぐちゃぐちゃじゃん!」
「俺から見たらなまえは小せえ子供みたいなもんだ。拗ねていじけて、可愛い」
「……っ!」
真っ赤だ、はは。可愛い。お前さあ。男の趣味悪いよな。なんで俺なんだか。全くお目が高いぜ。
「ほい、じゃマルコにお使いよろしくな~!」
それを頼みたかっただけの言葉だと言うように俺はなまえに皿を突きつける。それでもなまえは、唇を噛んで皿に手を伸ばす。
バカな女だ、『俺が』頼んだから嫌でもマルコの所に行く。
「…仕方ねえな、一個だけな?ほれ、あーん?」
「!」
マルコに持って行けと言った小皿から、カカオチョコを一粒掴むとなまえの顔に突き付ければ呆気に取られて目を見開く。ぽかんとした顔は無防備だ。
「ばーか、マジにしてんなよなまえ。やる訳ないだろー?」
「痛っ!」
べし、と額を叩いてから大笑いしてやる。
今度こそなまえは肩を怒らせカウンターから離れて行った。頼むよ、そろそろ懲りて嫌ってくれ。
「…苦くてお前にゃ食えねえよ」
摘んだカカオチョコを口に入れる。カップを洗って拭いて、棚にしまう。隠しておいた煙草の箱を棚の奥から取り出す。吸うと隊員たちからブーイングをいただくので、隠してある大事な煙草だ。
「…あれっ?」
いそいそと口を開けて固まった。中身がシガレットチョコにすり替わっている。昨日はマルコに見張り番を頼んだから、そう安々と侵入は出来ねえ筈だ。マルコが黙ってキッチンに通す人物、それはある程度決まってる。
オヤジ、ナース、そしてあと一人。
「やってくれたな、なまえ…」
苦笑いが堪えられず、口に浮かぶ。マルコが好きになるのも解るんだ。あいつはアレで、なかなかいい女なんだ。紙を剥がして一本口に突っ込んだ。
「…うわ、甘ェ!」
嗚呼、あと何度
こんな想いを。
(マルコ、これサッチから)
(…ああ、ありがとさん)
(あのさ…お腹、大丈夫なの)
(これよりずっと、美味かったよい)
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