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(Side U)
『新しい端末を買った』
そんな報告がわたしの携帯端末に届いてから、エース君とのメッセージのやり取りが続いていた。話の内容は日常的な挨拶や食べ物の写真による飯テロだ。
『今日そっち行っても良いか?』
軽い近況報告が主だったところにブチ込まれた重い一撃。わたしは端末画面を見て固まった。
「どんな顔して会えば良いのやら…」
彼がアパートを去り際に残した『好きだ』というあの言葉。あんなの真に受ける程の可愛らしさはわたしに無いけど、揺さぶられたのは事実で。
「…この時間に聞いてくるって泊まり?終電に帰るの?」
時間は二十時を少し回っている。
今はバイト?それとも近くにいるの?短い文章から読み解こうと疲れた頭を無理やり動かす。
「まあいいか、冷めちゃうし食べよう」
とりあえずカップ麺の蓋を開け箸をつける。食べ終わるまでの数分で答えを決め『コンビニでいいからお酒買ってきてくれるならいいよ』と送信。
「よし。これで時間は稼げるかな」
食べ終わったカップを水で軽く洗ってゴミ箱に入れ、急いで投げてあった鞄を回収し、脱いだシャツとスカートとストッキングをまとめて洗濯機に放り込む。
「ええと、前にエース君用に買ったスリッパとクッションどこにやったかな?あとはゴミ片付けて…」
わたしが奔走する間、返事は届かなかったからバイトしてんだろうなと予想を立てた。
二十一時過ぎに『三十分後くらいに着く』と短い返事が届き、息を吐いた。
仕事後のやる気のない状態で、部屋を少しでも整えることができた自分を褒めたい。
チャイムが鳴ったのは言葉通りの時間で、ドアを開けるとエース君が立っていた。
「…いや、あんたさ。相手の確認してから開けろよ」
懐かしいしかめ面。良かった、怪我をしてない。ケンカはもうしないで欲しいな。
入ってと重ねて進めると仏頂面で挨拶をする。
「…お邪魔します!はい、これ」
エース君は昨日も会ったみたいに変わりなく、すんなりとアパートに入ってきた。
あまりにも普通で『好きだ』と告白されたのは夢だった?と思えてきた。
あれって人として好意的に思っております。ってところだったんだろうな。勘違いするところだった。危ない。
「ほら駅の裏口の、横道を行った所のスーパー。あそこ二十四時まで開いてんだよ」
渡されたエコバックには頼んだお酒以外にも乾物系のつまみが入ってて、何やら他にも袋を持っている。
「たくさんありがとう、いくら?お金払っ…」
「要らねえよ」
「え、でも」
睨まれて口を閉じた。これも宿代の代わり?口が悪いけど相変わらず律儀な子。
それ以上はお金のことに触れず、わたしはエース君とのやりとりを楽しんだ。
テーブルには酒の肴に混ざり卵焼きがあって、今度作りに来るという約束を覚えていてくれて感動した。社交辞令だと思ってた。
出来立ての卵焼きはふわふわで温かくて。本当に美味しかった。実家にいた頃にお母さんが作ってくれたのを思い出す。
「エース君って美味しそうに食べるよね」
エース君のバイト先であった笑える失敗や、新しく出来たテーマパーク、通勤時間に電車から見える変な看板。小さな話題なのにどうしてこんなに楽しいんだろう。
「そっちは美味そうに酒飲むよな。会社の飲み会とか、そういうのもよく行くのか?」
飲み会…会社の飲み会って楽しくはない。仲のいい同期数人ならまだ良いけど。しかも明日って休日出勤なんだよね行きたくないなあ。寝てたい。
「大人には付き合いってものがあるのですよ…お金ない時とか行きたくないなーって思うけど、これも仕事のうちみたいな感じですね」
「ふーん」
興味なさそう。仕方ないか、仕事の話なんてつまらないか。
…しかしエース君って顔はいいし身体も引き締まってそうだしモテるに違いない。
「エース君こそ大学生でしょ、合コンとかサークルとかで飲み過ぎないようにね」
複数の女の子に囲まれるエース君…違和感なく思い浮かべられる。争奪戦待ったなし。
「時間も時間だし、このままお風呂どうぞ」
子供じみた冗談にエース君がお酒を吹き出して、その流れで晩酌会はお開き。お風呂をお先に勧めた。
シャワー浴びてる間に利用済み食器類とゴミを片付けておくと、出てきたエース君が綺麗になってるテーブルを見て少し目を見開いた。
「珍しいな。なまえさんがちゃんと片付けてんのって」
「まあこのくらいは、ね」
お酒買ってきて貰っておつまみと卵焼きを作って貰って、さらに後片付けまでさせるなんてできないでしょ。まあワタクシ年上ですし?
最後にグラスに残ってたお酒を飲み干して立ち上がったら、疲れた身体に染み込んだアルコールのせいでよろめき、転びそうになった。
「…危ねえ!」
「っ!」
固くて強い腕。わたしの身体を軽々と抱き締める力は男の人のもので、心臓が跳ねた。
「ありがとう、大丈夫だよエース君」
男の人に触られるのっていつ振りだろう?疲れてるせいか妙な考えが浮かんでうんざりした。この子相手に考えたくない。
男はしばらく無理。次があるか解らなくても、誰かと居て辛いより一人で寂しい方がマシなの。
「わたしもお風呂に入るよ。エース君は先に寝てて、バイトで疲れてるでしょ」
こんなに近いと無理やり直したメイクがバレるし、汗とか酒臭かったりするのじゃないかとヒヤヒヤする。
「なまえさん、明日って予定あんの」
「明日は仕事なんです。時間になったら出てくけど、エース君はゆっくり寝ててくださいね」
お風呂に逃げ込んで溜息を吐く。鏡の中のには疲れた顔。
「あーあ。仕事、行きたくないな」
メイクを落として髪と身体を洗って乾かして、肌を整えて。お風呂を終えてドアを開けると弱い照明の下でエース君は眠っていた。
わたしはこの子みたいに一生懸命に生きてるのかな。煌めく若さに、一日も一週間も仕事に追われて過ぎてく日々を無様だと突きつけられるみたい。
「…………」
ここが気の休まる場所であるうちは、いつでも来てくれていいんだよ。
言いかけた偉そうな言葉に自己嫌悪して口を噛んだ。鬱陶しい嫌な大人になりたくない、この子の目にはわたしはどう写っているんだろう?
「…おやすみ、エース君」
小さく挨拶だけして、いつも使っていた毛布を身体にかけて自分のベッドに向かった。
「なまえさん!遅刻すんぞ早く起きろよ!」
「?!」
張りのある男の子の声に一瞬で目が覚めた。そうだ、エース君が来ていたんだ。
「…お、おはようございます…」
「うん、おはよ。目覚まし止まってから何分経ってると思ってんだ、顔洗って飯食って支度しろよ」
きちんと挨拶するところとか、きっとお家でもそうなんだろう。
出来ていた朝ごはんと起こしてくれたことにお礼を言って、速攻で仕事用のメイクと服を装備する。
「じゃ、エース君も好きな時に帰って大丈夫だからゆっくりしてて」
「ん。いってらっしゃい」
「…イッテキマス」
しまった、声がちょっとニヤついた。
エース君に見送られるのやっぱり嬉しい。合鍵はドアを閉めたらポストに入れておいて欲しいと頼み、会社に向かった。
久しぶりの『いってらっしゃい』に気分は上々。仕事も捗ったので、帰りに本屋で資料用の本を探す余裕ができる浮かれっぷりに我ながら笑える。
「そうだ、なまえさん。資料を探しに行くのなら俺も行っていいかい?」
同じく休日出勤していた経理のマルコさんが、わたしの付箋メモを見てそう言った。
「わざわざマルコさんが一緒に来なくても、タイトルと出版社教えてくれれば大丈夫ですよ」
「あの本は絶版しててネットじゃ高いし、中古屋で探すのは骨が折れるよい。それに俺も本屋に用事がある」
それじゃ一緒に、という事になり中古本の店を二店舗巡った。
探し物と同じ本は無かったものの近い内容の本が見つかり、購入。レジで出して貰った領収書をマルコさんに渡し、休み明けに処理をお願いした。
「へえ、なまえさんあのシリーズの読者なのかい!嬉しいねい」
「学生の頃にハマって図書館で読み漁りましたよ、もう未完なのが悔しくて!」
マルコさんが実費で買った小説は、わたしが学生時代に友人とのめり込むように読んだ作品で話が弾んだ。さすが同年代である。
今度飲みに行こう、作品について語ろうと約束して別れた。
わたしはその足でコンビニに寄り、新作チェック。疲れた自分を慰めるべく甘い物を二つ購入しアパートに戻った。
「…ふー」
鞄が重い。脚がむくんで痛い。肩痛いし早く服脱ぎたい。
ただいまと言いつつアパートのドアを開けたけど薄暗くておかえりの声もない。
…そっかエース君はもう帰ったんだな。今度はいつ来るのかな。
「……うぅ、疲れたあ~」
まず鞄を床に置いてストッキングとスカートを脱いで開放感を味わう。
歩きながら片手でブラのホックを外し、ベッドに投げてある部屋着を取りに裸足で歩いた。
ガチャ、と音がしたので何かとそっちを見たらドアを開けて入って来たエース君と目が合う。
「……あれっ、帰ったんじゃ…」
「…~~なんつー格好してんだよ!あんたは!!」
エース君は声を荒げて勢いよく回れ右。わたしに背を向けドアとご対面。
「え、今帰ってきて着替えようと思って…」
「じゃあ早くして。俺、ここにいるから」
こっち見ないエース君に急かされて部屋に入って急いで部屋着を着て、鏡の前で顔を確認してからリビングへ。
音で部屋から出て来たのが解ったのか、顔だけでこっちを見てわたしの姿を確認し、エース君はやっと靴を脱いだ。
「…おかえり」
「あ、はい!ただいま…です」
うわあもう、やばいやばい!!
大人のワタシ!とか演出した昨日の努力が水の泡!!見苦しい格好を晒した挙句、スカートとストッキング脱いだまま投げてあるし!!
「エース君もおかえりなさい」
「……、ただいま」
エコバックを持って台所スペースに向かう途中、ちら、と投げっぱなしのストッキングとスカートと鞄を見てため息を吐かれた。辛い。
「えーと、買い物行ってたの?」
「晩飯作ろうと思って。あんた今日は早いんだな」
「仕事早く終わって、休日出勤だし、帰って良い事になったんです」
「へえ、そう」
怒ってる。困ったな。そりゃ怒りもするか。片付けろはエース君に何度も言われてるし。
一緒にいる時間は楽しい方がいいのに。笑ってくれるような楽しい話題、楽しい話題…。あ、そうだ!
「エース君、本とか読む?漫画とかでも良いんだけどね」
映画のディスクを見せた時、夢中になって観てくれた。もしかしたらオススメの本の話で雰囲気改善できるかも。
「一緒に居たおっさん誰」
返ってきた言葉は今の会話の続きじゃない。おっさんの本?違うよね?
「…おっさん」
少ない情報から必死に推理して資料を探す手伝いをしてくれた同期…マルコさんの事だろうと当たりをつけた。
どこで見たんだろう?気付かなかった。声かけてくれたらいいのに。
「金髪の背の高い人?」
「そうだよ、そのおっさん。誰」
マルコさんとわたしは同い年。
マルコさんがおっさんて事は、つまりわたしもおばさんって事で。面と向かってバッサリ言われると胸に来るものが桁違いだ。辛い。
「…同じ会社の同期の人です。資料探すのを手伝ってもらって今日は帰り際に一緒に本屋へ…」
年齢というものをヒシヒシと感じつつ、気にしてない振りして会話を続けた。
「仲良いのか」
「…え、普通?」
「普通って何」
何と申されましても…。普通は普通だよ。謎の質問攻めに戸惑いつつ、コンビニで買ってきたものを思い出して袋を掴んだ。
「あ!それよりも、これ食べない?わたしのオススメなんだけど…うわ!」
腕を掴まれ抱きしめられコンビニの袋が落ちた。中身は無事だろうか。
掴む力が強い。そんなにぎゅうぎゅうされたら苦しいよ。
「こういうの、おっさんともすんの」
「…しませんよ。普通って言ったじゃないですか」
マルコさんと抱き合うとか想像するだけで違和感しかない。
元カレが別れる時にあまりにも…あまりにもだったもんだから、男はもうしばらく無理だと決めたし。
「じゃあ俺とだけにしてくれ。俺はあんたの普通なんて要らない」
「え」
腕の中から解放して欲しいのだけどエース君の力は緩まない。
「前に好きになるなって言ったけど、無理。何かにつけてあんたの事ばっかり考えてる」
「え?」
「……、なんつーか、俺、あれから一人でする時はなまえさんで抜いてた」
一瞬、何の話か解らなかった。一人で何だって?
「あんたの顔とか声とか、思い出しながら何回も抜いた」
一人でする、抜く…それは、つまりアレだよね?わたしで?なんで?!
「……なまえさんは、一人でする時、誰の事考えんの?」
「……いや、それは、あのですね…」
何故わたしまでシモの事情を告白せねばならぬのですか。下手に刺激するとこのまま流れで押し倒される可能性がある。
かと言って誤魔化しても納得し無さそう。
「…っ、いたいよ、エース君…」
ぎゅう、と抱く腕の力が増して苦しい。
「なまえさんが好きだ。俺の彼女になって…ください」
わたしよりも苦しそうな声が耳に触れた。早く脈打つ鼓動は、わたしか彼か。
「……何か言えよ」
この真っ直ぐな心に、言葉に、返す言葉が浮かばず、わたしは目を閉じた。
逃げる為の言い訳も美辞麗句も、年の差の一般論も、彼はきっと燃やしてしまう。育ちそうな気持ちも燃えてなくなってくれたらいいのに。
この熱があなたの孤独を溶かすなら。
(…もう来るなとか言わないのか)
(言わないです)
(あんた寂しがりだもんな)
(!!)
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