絶望的ロマンチック。

なまえ

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リクエスト主様




(※140,000リクエスト)
(※まる様/お相手海賊マルコ)
(※凜として強い♀の見せる弱さや女らしさにもの思う)
(※♀は海賊マルコに絶賛片思い中)
(Side U)





私はビスタ隊長と共に新入りを連れて物資の確保に出ていた。モビーディックを離れて二週間。無事に目的の島に着いたのは良いのだけれど…。

「よりによって、あの男」

地に伏す新入り十数名。私ともう一人を残し、新入りたちは全て気絶した。残りの一人も立っているのがやっとという状態。
男は黒いマントを翻しつつ覇気を出しながら悠々と歩いてくる。手には酒瓶。一見するとその辺の気の良さそうなおっさんでも、中身は極悪と知っている。
私は一歩前に出て残った新入りに頼んだ。

「君、動けるよね。隊長呼んできて」

まるさん、無理だ一旦引こう!相手が悪ィ!!」

「私たちの船長は誰?」

「!!」

「あの男に背を見せて逃げたとあれば、オヤジに顔向け出来ないわ」

持ち堪えるから行って、と背を押して言う。新入りは私の声に押されよろけつつ駆け出した。黒マントはそっちに視線をやったけど追おうとはせず、きっちりと私の間合いの外で歩みを止めた。

「…ご用件がお有りなら私がお聞きします」

ヒリヒリと痛むような覇気に全身が震えそうだ。柄を握る手に力を込め抜き放ち、愛用の剣を黒マントに据える。

「そうカリカリするなよ、まる!白ひげのところの船が来てると知って、挨拶をと思っただけだ」

風に赤い髪が揺れる。その爽やかな言葉に一瞬黙った。挨拶?こっちの人員全部気絶させといて?

「…四皇・赤髪の挨拶なんて物騒なもの要りません」

怖い。一つ睨んだだけでこの有様。早く居なくなって欲しい。赤髪が本気を出さなくても私との実力の差は明らか。

「…っ!!」

「お、止めたか。お前また腕を上げたな」

手にしていた酒瓶を足元に置いたと見えたその直後。予備動作なく始まった赤髪からの斬撃。なんとか受け止めたけれど、どっと冷や汗が吹き出る。重い、腕が痛い。死ぬ。無理死ぬ。

「…う、…ッうぐ!」

こちらに向かい刃が次々と繰り出される。
片腕になって尚、この重さ。化け物め。相手は遊び半分だというのにその剣を受けるだけで精一杯だ。一瞬でも気を緩めると手どころか首まで飛びそう。

「へえ!じゃあこれならどうだ?」

「っ!?」

剣撃の重さと速さがさらに増す。刃がぶつかり合うと手が痺れ、鍔迫り合いになれば力負けする。何度か隙を突こうとするけれど赤髪はそれを紙一重で避けていく。
間合いを詰め、離れ、刃をぶつけ合う。赤髪の次の手を予測し体重を乗せ剣を振りぬく。斬撃を避け黒いマントが踊るように翻る。鳥の羽みたいに。

「…はっ!」

「…っと危ねえ!」

ほんの僅か、私の刃が赤髪のマントを切り裂いた。三本傷の入った目元が愉快そうに細まった。

「なあ、まる。お前うちに来ないか?」

「…はい?」

何を言っているのか、この男は。私を何処の船の乗組員だと思っているの? 挨拶きたって言ったその口で勧誘するな。揉め事を嬉々として起こさないで欲しい。

「名案だろう!お前をもっと近くで見ていたい。だからうちに来いよ、な?」

鍔迫り合いのまま押される。何という力か。両手を使い耐えても耐えきれず、私は膝をついた。
赤髪はオヤジと戦争する気はない筈だ、…私を殺しはしないだろう。これで遊びだと言うのだから信じられない。私の抵抗が無いと解ると赤髪は距離を縮める。肌が触れそうなほどに。

まるなら強いし可愛いし、大歓迎だぞ。宴も開いてやるよ」

「…まあ、いい男に、誘われて…悪い気はしませんね…」

「そうかそうか!だっはっは!!」

呑気な会話とは打って変わり状況は劣勢。
何とかして隙を突きたいがそう簡単に突かせては貰えない。

「…実は私、貴方の顔ってわりと好みなんです」

「…え?っうお!」

咄嗟に出た言葉が思った以上の効果を上げた。好機を逃さず力点をずらして態勢を変え、鍔迫り合いから逃れる。正眼に剣を据え赤髪と向き合った。

「ですが、謹んでお断りします」

敵わないと解ってても引く気は無い。私が『船長』と呼びこの身を投げ打つのはあの方一人。
私の心中を察して、いっそう楽しげに赤髪は破顔した。覇気に殺気が混ざる。それは背筋が凍りそうなほど冷たかった。








「よく堪えた、まる!」

斬られることを覚悟した瞬間。黒いマントが飜えった。今度は二つ分。

「隊長!」

刃の打ち合う音が響き私を背に庇うようビスタ隊長が立っていた。

「オレんとこのが随分と世話になったな、赤髪!」

仲間の応援が間に合った。安堵で膝から崩れそうになるのを耐える。ビスタ隊長だ、もう大丈夫だ。

「…残念だ。花剣ビスタのお出ましか」

肩を竦めた赤髪は、あっさりと腰の鞘に刃を納める。やり合うつもりはない、ちょっとまると遊んでいただけだ。柔和な顔を見せても獣の本性は隠せない。

「仕方ねえ。今回は引く…『またな』まる

土産だと酒瓶を残して背を向ける。
ビスタ隊長は一瞬、追いたそうに見えた。けれど現在の任務や状況がその思いを引き留める。
歩き去る赤髪の姿が見えなくなってからやっと隊長は剣を納めた。

「離れて悪かった。まさか赤髪が来てるとは…」

「はい。私もです…」

残りの仲間たちを助け起こしていく。皆あの覇気にやられてしまいぐったりしていた。

「明日の正午に島を発つ。そこからモビーディックに合流する。手分けして物資確保だ」

「はい」

「赤髪相手によく持ち堪えた。腕を上げたな、まる!」

素直に受け取り礼を言う。赤髪に言われたよりずっと嬉しい。剣の師と仰ぐ隊長からのお褒めの言葉に今し方の恐怖がゆっくりと溶ける。

「隊長。ウチに帰ったらまた剣の稽古つけてください」

「ああ」

手分けして物資調達を終えた後、ビスタ隊長は小一時間ほどを私たちにくれた。自由に買い物していいと。
せっかくなので私は目に付いたものを食べ歩きしつつ、乙女心に従いお買い物させていただいた。

「新しい靴も欲しいな…あら、これ素敵」

ぶらぶら歩いていて見かけた靴屋のディスプレイ。その横には足の爪先を彩る塗料が並んでいた。青い小瓶を手に取り眺める。この色、なんだか不死鳥の時のマルコ隊長の色と似てる。

「…綺麗な色だけど、駄目ね」

私は青い小瓶の隣にあった『恋のおまじない!魅惑のレッドカラー』の謳い文句に釣られてしまい、真っ赤な小瓶を一つ購入した。
こんな拙い言葉にさえ縋る、愚かな気持ちにため息ひとつ。頭を振って買い物を続けた。





翌朝の予定時刻。私たちは島を発った。
野菜や果物なんかの生物を積んでいるので全速前進だ。

「あ、戻って来たぞ!お帰り!」

「おつかれさん、待ってたぜ!」

「おう。物資は手分けして保管庫に持って行ってくれ」

仲間たちの出迎えと労いを受けると、帰ってきたんだなと思う。

「あの、まるさん…」

「島ではすみませんでした!」

赤髪の覇気にやられた新人たちが揃ってやって来た。揃いも揃って何を言うのかと思えば謝罪の言葉を口にする。

「オレ達、揃って気絶しちまって…役立たずで…」

強面でも筋骨隆々でも、私と彼らじゃ踏んだ場数が違う。ウチを出る前はどこか『女』として私を見ていた新人達の目が変わっている。

「ふふ、赤髪に感謝ですね」

「は?」

「悔しい?この船に居ると、これからこんな思いを毎日するよ」

黙って私の言葉を聞く男たち。私もウチに来たばかりの頃は打ちのめされない日はなかった。悔しくて情けなくて泣く夜がいくつもあった。まあ今もだけど。

「私も隊長もいつでも相手になるわ。その悔しさ忘れないで」

「「「…はい!!」」」

揃った返事に微笑みを返す。皆、強くなってね。簡単に死なないでね。一緒にオヤジの夢を追おうね。と心中で呟く。

「じゃあひとまず、物資の振り分け。私も着替えたら行くわ」

オヤジに報告は隊長が行ってるから私は部屋へと足早に向かった。

「ふー。やっぱりお家が一番、ですね」

外出用の服を脱ぎ、着替えをクロゼットから取り出す。着替えたら荷物の振り分けを手伝わないと。

「…………」

が、その途中で私は硬直した。なんとウエストが入らないのだ。何度確認してもサイズはいつものと同じ。ウチを発つ前は確実に入っていたものなのに。

「~っ、えっ、なん、縮んだ?!嘘!!」

お腹を引っ込めても入らない。嘘でしょ。嘘って言って。贅肉というわけではなく筋肉だとしてもサイズアップは喜べない。
こうして逞しくなった分、赤髪の剣技に耐えられたのだろうけれど!!女心と戦士の気持ちが殴り合いをしている。

「落ち込むわ…まさか入らなくなるなんて…」

これ動きやすくて丈夫で気に入っていたのに。溜息を吐いて脱いだ。早速新しく買った服の出番が来るって訳ね、やったー…。

「…ナースのお姉さんは、こんな事ないんだろうなぁ」

柔らかで細い身体に美しい顔。
骨格からして違うのでは?と妬ましくさえ思ってしまう。仕方なく腰を色紐で縛るスカートを選び身につけた。軽い素材で動きやすく、かつ下着も透けない優れもの。これならサイズが増えようと見た目からは解らないはず。

「どうせなら胸がきつくなれば嬉しいのに」

女らしさなんて気にしていられないって解ってるけど、捨てきれない。せめてもの慰めに島で買ったばかりの塗料を足の爪先に乗せた。

「おい、まる!いるか?」

「はい!今行きます」

部屋のノックに慌てサンダルを履き手伝いの催促に答えた。
ウチに戻れば、いつも通りの日常が待っていた。起床、朝ごはん、掃除、トレーニング、昼食は軽めに。ビスタ隊長に手合わせを頼んで扱かれ、そして新入りたちとも手合わせする。
夕食と賭け事。この時間が一番賑やかだ。

まる、これサッチの所に頼む」

「了解です、ビスタ隊長」

お酒を飲んでいたら隊長から封筒を渡された。新入りにやらせないという事は大事なものだという事。この時間帯ならサッチ隊長は…多分ナースのところかな。おつまみ片手に飲んでそう。当たりをつけて私は席を立った。食堂を出てすぐ、誰かとぶつかった。互いに急いでいたのか勢いがついていた。

「わ!ごめん…ッ、マルコ隊長!すみません!」

「悪い、避け損ねたよい」

手から落ちた書類が私たちの足元に散らばった。勢いよくぶつかった相手の顔を見て焦って言葉を丁寧にする。

「…それ、足。珍しいな」

「え?…ああ、そうですか?」

廊下は薄暗いのに、しゃがみ込んで視界が下がったからかマルコ隊長は私のペディキュアに気が付いた。まさか気づかれると思っていなくて反応がうまく取れなかった。

まるは赤が好きだったか?」

「…流行ってるみたいなので、たまには私も流行に乗ってみようかと思いまして」

大御所のモビーディック内では頻繁に顔を合わせる訳じゃない。ましてや私とマルコ隊長は別の隊だし。 挨拶くらいはしても会話となると頻度は格段と落ちる。

「流行か。まるも気にするのかい、そういうモン」

…ああ眠そうな目も変な眉毛も、浮かれた頭も全部好き。ぶつかったのは申し訳ないけど話ができて嬉しい。

「ふふ、これでも私、女ですからね」

格好いいな。見惚れてしまいそう。声が聞けて嬉しい。名前を呼ばれて幸せ。この思いを口にする事が出来ないけれど、それでも。

「そういえば、ビスタに聞いたよい。島で赤髪に会ったそうだな」

「はい。驚きました」

「…大変だったな」

「ええ。向こうは遊びなのでしょうが…やはり緊張します」

「……」

「?」

拾った書類を私に差し出したマルコ隊長はどこか微妙な表情をした。

「…まる。お前、困った事があったら言えよい」

「…あり、がとうございます。マルコ隊長」

受け取る手が少し震えた。マルコ隊長の手と触れたから。私は一礼して医務室へ向かった。心臓は痛いくらい鳴っていた。








晴れた日の午後。
私は新入りの数名に請われ、甲板で体術の稽古をつけていた。

「で、太ももに力を入れて…こう締める」

「…うお、柔らか…~~うぐっ!」

絞め技をかけてくれと頼まれ力の入れどころを説明しつつ技をかけていたら、相手を絞め落としてしまった。

「うわ!ごめん、…医務室に」

「おれが連れて行きます!…あの、戻って来たらおれにも今の技教えてくれませんか?!」

「いいわよ」

仲良きことは美しい。なんてね。新入り同士で協力しあって技を磨きあってくれたらいいな。

「いいお天気。洗濯でもしようかしら」

汗で張り付いたシャツが気持ち悪い。稽古が済んだらシャワー浴びて着替よう。伸びを一つして息を吐いたら、背後から声がかかった。

「寝技より、まるは剣技が得意じゃなかったかい?」

手に洗濯物を持っている。乾いた分を取りに来たんだろう。医務室はリネンの洗濯物が多いから大変だろうな。

「稽古をつけるのって自分の訓練にもなりますから。教えてくれと頼まれたならできる限りで応えますよ」

「…あいつら戻って来たら、俺も技を教えてやるよい」

「いいですねー、きっと喜びますよ!」

マルコ隊長って新入りにいつも優しい。面倒見がいいし、周りの事にもよく気付く。私が居なくてもマルコ隊長が教えるならその方が良いよね。
そろそろ服も湿って張り付いて気持ちが悪い。後は任せてシャワーでも、と思ったらマルコ隊長が洗いたてのバスタオルを私に差し出した。

「汗が凄いな。これ使えよい。洗ったばかりだから綺麗だよい」

ハンドタオルもあるのに何故バスタオルを?そこまで汗まみれなのかと恥ずかしくなった。汗臭いと思われたら嫌だな。顔に当てるとふわふわの感触に息が漏れる。

「…ありがとうございます、洗ったら戻しておきますね」

「もうすぐ次の島だな」

「はい」

「なあ、まる。用事がねえなら一緒に島を回らねえか。酒くらい奢るよい」

突然の誘いに息を飲む。汗が引っ込んでしまう。

「……他には誰が?」

「俺と二人じゃまずいのかい」

いつも通りの態度と声音を必死で取り繕い応えた、…つもりだ。内心は心臓がドンドコ太鼓でも叩いてる有様だけれど。

「いいえ。ただマルコ隊長が私を誘うなんて珍しいなと」

いつもは一番の隊員か他の隊長と連れ立って飲み歩いて娼館に行くのに。どうして私を?

「次の島は本屋が多いんだ。まるは言語関係に強ェだろい」

探してる文献を見つけたら翻訳してくれ、と頼まれた。勉強しておいて良かった。マルコ隊長の役に立てるならどこでも行くわ。

「ふふ、良いですよ。喜んで」

「助かるよい。じゃあ到着時刻に甲板でな」

「はい」

何を着て行こう?どんな髪型にしようか?上陸が待ち遠しくて、心が弾む。
ナースに服を借りてみようかな?私室の鏡の前であれこれとクロゼットから引っ張り出しては当ててみる。一頻りファッションショーした後で、私は我に返った。

「………」

張り切りました!という格好の自分が鏡の中から見返してくる。これは駄目だろう。いかにも楽しみにしているのがバレバレだ。

「…髪型だけ、ちょっと変えようかな」

控え目を心掛けて髪飾りだけはちょっと良いものをつけることにした。

そして当日、約束の時間に。
私はマルコ隊長と連れ立って島へと降りた。

「行くか」

「…マルコ隊長、本屋街はあちらでは?」

デートみたいだなんて浮かれて事前に調べた島の地図と照らし合わせると、隊長が足を向けたのは本屋街とは違う方向。

「いいだろい、ちょっと散歩だよい」

マルコ隊長は立ち並ぶ食べ物や服飾、雑貨の露店通りを歩いて行く。長く居られる方が嬉しいから否定はせず、他愛ない話をしながら歩いた。

「なあ、まるは何が好きだい?」

「何とは?食べ物ですか、それとも…」

「何でもだよい。俺はまるの好きなモンをあまり知らねえからな。教えてくれ」

立ち並ぶ品物を見てはマルコ隊長が私に質問を浴びせる。

まるの好きな食いもんは?」

まるの好きな色は?」

まるの好きな場所は?」

尋ねられる度に私の胸が弾む事を、この人は知らない。

「今日のマルコ隊長は、質問が多いですね」

「…答え難いなら答えなくてもいいよい。単に俺が知りてえだけなんだ」

それは私に興味が湧いたから?そうだったら良いな。好きになってくださいなんて言えないけれど、今日をきっかけにもう少し仲良くなれたら。

「それならマルコ隊長の話も聞かせてください」

「…俺の好きなもんは多くねえ。オヤジと、家族くらいなもんだよい」

ぶらぶらと歩いた後はカフェに入った。テーブルを挟み、マルコ隊長の質問は続いた。

「コーヒーと紅茶はどっちが好きだい?」

「コーヒーです」

「そうか、俺もだよい!」

…知っています、という言葉はコーヒーとともに飲み込んだ。にこ、と笑った顔が愛おしい。
子供みたいにオムライス食べてるのが可愛い。
お昼を食べた後は本屋巡り。店内で互いに声を潜め、その小さな声の届く距離で話した。

(…これを読めるかい?)

(南の海の昔話…神話の本です)

(こっちは?)

(北の島にある遺跡の文字に似てますが…)

ふ、とマルコ隊長がまた笑った。顔を近づけられ心臓が大きく跳ねる。

「…ありがとさん、まる

吐息交じりの小さな声が耳朶に触れた。腰が痺れそう。いそいそと数冊の本を会計に持って行く後ろ姿を追い、店を出た。

「助かったよい」

「いいえ。お役に立ててよかったです」

名残惜しいがこれでお役ご免だ。それでは、と立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。

「…っ!?…ま、マルコ隊長?」

「あ、いや…まるは何か用事があるのかい?」

「え?」

「無いならもう少し付き合ってくれ」

どうして?嬉しさの中に疑問が混ざる。
覚えのない幸運はしっぺ返しを連れてくる。手放しで喜べないのは素直さが足りないせいかな。

「…用事は無いです。ただ少し、服とか買おうと思っていまして」

「何が欲しい?買ってやる。今日のお礼だ」

マルコ隊長は私の腕を離さない。大きな手のひらは私の体温より温かくって、じわじわと体温が上がっていく。我が事ながら単純すぎる。

「…まるの誕生日はいつだ?プレゼントするよい」

どうして自分に奢ってくれるのか?って顔をした私にマルコ隊長は名案を思いついた顔をして言った。

「…私は自分の誕生日を知らないのです。親の顔も知りませんし」

ウチの仲間たちも似た境遇の人はごまんといる。珍しい話でも無い。誕生日が解らなくても困ることってそんなにないし。

「…それなら、今日がまるの誕生日だよい。来年の同じ日、また俺が祝う」

「!」

ぐい、と手を引かれて人混みの中を歩き出す。
眩暈がする。マルコ隊長と手を繋いでいる。今日が誕生日って、祝ってくれるって。来年も。身体ごと浮き上がったみたい。

「…はぐれると悪ィから」

軽く握られた掌。敵を殴り吹き飛ばすあの手が、今はこんなに優しい。
私はきつく唇を噛んだ。そうしないと涙腺が緩んで醜態を晒してしまいそうだった。
手を繋いだままで、私たちは日が落ちるまで一緒に過ごした。

「いいのですか?その、…女の人の所とか行かなくても」

長期間の禁欲を強いられる航海。
多分、仲間たちは自慰で済ましているのだろうと予想しているけれど、ひとたび島に着けばこぞって女を買いに行く。新入りでさえ女を買いに行くのに。

まると飲みてえ気分なんでな」

雰囲気のいいバーのカウンター。ムーディな音楽。お世辞だと言い聞かせても嬉しかった。良い雰囲気過ぎて心臓が勝手に駆け出し始めるくらいには。

「…まるがウチに来てから、結構経つよな」

「数えてませんが、結構経ちます」

私が注文したお酒がテーブルに乗り、マルコ隊長はそれを見て溜息を一つ。

「……まる。大事な話がある。お前の答えが何でも、俺は構わねえ。正直に言ってくれよい」

「っ!」

真摯な目に射竦められる。照明に光る髪がキラキラと眩しい。まさか。嘘。私の気持ちが伝わった?仲良くなりたいって、その先の関係になれたらって望んだことが。

「…お前、赤髪をどう思う?」

「…………は?」

赤髪?何故あの男が出てくるのか。話の流れが全く解らず間抜けな声が出た。

「前に会ったろう、あいつと」

「はい」

「…赤髪の船に勧誘されたとか」

「…されましたけど」

マルコ隊長は自分のグラスに口をつけ一息ついてから言った。首元に毒蛇が巻き付いてじわじわと締めてくるような嫌な息苦しさに、歯切れ悪く応えると毒牙がブッスリと貫いた。

まるが赤髪の船に移るんじゃねえか、って噂があるんだよい」

…ああ、そうか。なるほど。おかしいとは思ったの。思ったのに見ないふりした。嬉しくて目が眩んだ。バカみたい。そりゃそうだよね良い雰囲気なんかあるわけ無かったよね。マルコ隊長の一連の行動が腑に落ちた。

まるは赤髪の奴に惚れてるって話だよい」

何を浮かれていたのだろうか。この人が私を好きになるなんて、そんな事ないのに。馬鹿な夢を見てしまった。くだらない希望を持ってしまった。

「…そんな噂があったなんて、少しも知りませんでした」

「すまねえ。あまりいい噂じゃねえし、…最近、まるの身の回りで赤いモンをよく見たから」

赤、それは赤髪を連想するものであったのか。この人にとって。私があの男に恋焦がれる証だと思われたのか。

「…そんな理由ですか」

手元のグラスの中身を飲む気になれなかった。
ブラッディ・マリー。それはトマトを使った真っ赤なお酒。トマトは美容に良いと聞いたから選んだだけなのに。

「気を悪くしないでくれ。まるを信用してねえって訳じゃ無かったんだよい。何というか、真相解明を他の奴に頼まれてだな…」

マルコ隊長は私がウチから赤髪のところへ鞍替えしないか見張っていたに過ぎない。浮かれていた分、落胆は大きかった。

「…ふふ。ご希望にお応えできなくて申し訳ありませんが、私がオヤジの元を離れるなんてあり得ませんよ」

「そうだよな」

あからさまにホッとした顔をするのね。この人はいつだってウチの事とオヤジが第一の人だ。知ってて好きになった。そういうところも好きだった。

「…あははは!何だか気を遣わせてしまったみたいですね、あはは!」

あと何度。
あと何度こうして届かぬ想いに涙を流さねばならぬのか。馬鹿笑いに紛れさせたけれど目から涙が溢れた。あははと態とらしく笑い声を立てて見せればこの人の安堵を得られるだろう。

「~~笑い過ぎだろい、まる!…ははは、まぁ確かに笑える話だよな」

堪えようとしても次から次へと溢れる。まるで私の気持ちそのものだ。悔しい。どうして私じゃ駄目なんだろう。悲しい。どうして私は選んでもらえないんだろう。
私がもっと女らしかったらあなたは気にしてくれたのかしら。私がもっと逞しかったらあなたは背を預けてくれたのかしら。消えてしまいたい。あなたが好き。死んでしまいたい。あなたは私を見ない。

「ああもう、本当に可笑しい…」

笑い過ぎて涙を浮かべたとマルコ隊長は素直に受け取ってくれた。私は手の甲で涙を拭い取る。手元のグラスを今度こそ掴み呷った。ああ、なんて最低の夜だろうか。






→(Side MARCO)
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