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Antico emozione.
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(※108,801リクエスト/まる様)
(※海賊マルコで片思い)
(※切なくて甘いハッピーエンド)
(Side MARCO)
「ありがとう、こんなに気分のいい夜って久し振りだったわ!」
お世辞だろうがベッドでの事を甘く褒められるのは悪い気はしない。事後に身支度を整え始めた俺に、娼婦が名刺を取り出し、手渡してきた。
「マルコさん、まだ島にはいるの?また声を掛けて…ね?次はもっとサービスするから!」
「ああ、ありがとさん。金はここに置いておくよい」
聞いた値段より少し多めに置いたのは、次の誘いに乗る気は無いという手切れ金の意も込めてある。ホテルから出てから我慢していた煙草に速攻で火をつけ深く吸い込んだ。
「…ふー、全然発散出来ねえ」
さっきの娼婦に聞かれたら殴られそうだが事実なので仕方がない。
「自制心と冷静さには自信があったんだが…返上しねえとだよい」
もう一度深く煙を吸い込んで、吐き出す。この欲望も紫煙と共に抜けてくれたなら良かった。
夜道を歩きつつ、酒を飲むかモビーディックに帰るか考えているうちに交差点についた。
…足は自然と左へ向かう。モビーディックが停泊している港の方へと。
船番に挨拶して船内に入ってからは、寝てる奴らに気を使い気配を消しつつ私室を目指す。
ふ、と仄かな明かりが曲がり角を曲がってきた影に気が付き身を揺らした。
「あれ、マルコ!こんな時間に戻るなんて珍しいね」
「…まる!」
今夜はまるが不寝番だったのか。忘れていた。何も悪い事などしていない。海賊なんだ、むしろ悪行働いた所でどうという事でもない。それなのに。
「ウチのベッドの方が寝やすいんだよい」
心臓が煩く跳ねる。言い訳するにしても、もっと何か違う事を言えるだろう。まるを前にすると俺はいつもの自分を保てなくなる。
「あはは、よく言うよ!マルコは任務で一緒になった時とか何処でもすぐ寝てたじゃない」
まるが笑うと薄暗い廊下が華やぐように明るく感じる。
「…ふふ。マルコいい匂いするね。シャワー浴びたでしょ。ゆっくり泊まってくれば良かったのに」
「!」
彼女は『女と寝てきただろう』と暗喩し、喉を鳴らして笑う。バツの悪い俺を残し、お休みと手を振り夜回りに戻っていく。
「……」
言いようもない罪悪感が湧く。敵をいくら打ちのめしても感じないそれを、いつもまるに抱いている。自覚したのはいつだろう。もう思い出せない。その位長いんだ。
「好きだ、なんて言える訳ねえだろい」
何年家族をやって来たと思ってる。まると。言ったところで彼女の持ち前の優しさで丁寧に断られるのが関の山だ。屈託無いまるの笑顔が見られなくなるなら黙っていた方がずっとマシだよい。
「新しいピアスつけてたな。島で買ったのか…」
俺は部屋に着いたらそのままベッドに倒れこんだ。寝てしまおうと思って目を閉じたのに浮かぶのは、今会ったばかりの女の顔。僅かな明かりを跳ね返し光るピアス、淡い笑顔。
些細な事まで見てしまう自分の浅ましい視線に、まるが気付いていなければいい。
「……~~やっぱり酒でも飲んでくれば良かったよい、くそ!」
胸の中でまるに詫びつつ、腰布を緩め出来た隙間に手を入れ股間を擦った。抱いた娼婦の感触とまるの顔。それだけで充分だった。
「…はぁ、…くそ!」
脳内で思う様まるを好きなように扱い、果てた後に残るのは虚しさと情けなさ。テイッシュをゴミ箱に投げ捨て毛布をかぶって目を閉じた。
翌日は島には降りずウチの中で買ってきた本や敵船から奪った海図に記された宝の隠し場所の謎解きをして過ごした。
「マルコ居るか?開けろ」
時計を見ると出航まであと15分といったところだ。けたたましいノックの音に驚きつつ部屋のドアを開けるとイゾウが居た。
「どうかしたのかい?」
隠しようもなく不機嫌丸出し、というよりは珍しく本気で怒っている顔をしている。その後ろには顔色の悪いまるが立っていた。
「時間がねえ。手短に要点だけ伝えるぜ」
イゾウは俺のシャツの胸ぐらを掴んでずんずんと歩き出し、俺は転ばぬよう引っ張られるままに歩く。
「マルコ、お前はまるとしばらくこの島に残れ。こいつの病気が治ったら飛んで追いついてこい」
病気だと?!まるが!思わず後ろを振り返ると引きずられるように歩く俺の後をまるは大人しく着いて歩いてきていた。
「イゾウ、少し止まってくれよい!病気ってどういう…」
「この中身を取り出してまるの中に入れれば元に戻るらしい。頼んだぜ」
どん、と突き飛ばされると、そこは出航準備の整った甲板の端で。
「イゾウ隊長、私は」
「黙れ。お前にいつ意見を求めた。これは隊長命令だと思え馬鹿者!」
まるが口を開いた途端にイゾウの鋭い叱責が飛んだ。張り詰めたような空気が痛い。
「…後の説明はまるに聞くよい。まる、降りるぞ」
イゾウがここまで強引に、そして怒り狂うような何かが起きているのだろう。それならばひとまず言う通りにした方が無難だ。騒ぎを野次馬していた奴らをなんでもねえと散らして島に再び降りた。まるを伴って。
まるは無言だったがモビーディックが俺たちを置いて出航してしまうと、諦めたように溜息を吐いた。
「…酷い。本当に置いて行かれた…」
「用事が済めば俺の背中に乗せて飛んで戻ってやるよい。それより…まる、病気ってのは…」
まるは俺の顔を見て、ちょっと笑った。
「はぁ。仕方ないか…。マルコ、お茶でも飲みながら話そうよ」
…この様子から見ると命に関わるような大病には思えない。ほっと胸を撫で下ろしまるの選んだ珈琲店に入った。それぞれ頼んだ飲み物がテーブルに揃うと、まるはカップに口をつけて話の続きを始めた。
「ウチに来る前のツテがこの島にあって、ちょっと術をかけてもらったの。イゾウ隊長はそれを病気扱いしてるだけなんだ。大袈裟なんだよもう!」
俺も倣ってカップに口をつけると中身は酷く熱くて舌を火傷した。
「…、熱ッ!」
「え、そうなの?」
「……同じ珈琲頼んだろう、お前のは熱くねえのかい?」
「解らない。今、私は痛覚ないんだよ」
「は?」
痛覚がない?なんだそれは、どういう…。
「これ。この瓶の中身が私の痛覚。閉じ込めてもらったの。だからホラこの通り」
話を必死で飲み込もうとする俺の目の前で、まるはピアスを外すと無造作に爪と指の境目に差し込んだ。
「…この阿呆!何やってんだよい!」
手を掴んで刺さったピアスを抜き取り、イゾウに渡された鞄を探る。入っていた医療キットでまるの指の手当てをした。神経の多い指先は痛覚も当然鋭い。
…まるが今やったように、爪の間に尖ったもんを刺す拷問を何度か敵にやった覚えがあるが、大の男でも声を上げる。
「大丈夫だよマルコ。少しも痛くないんだ。本当に」
イゾウの言っていた言葉が蘇る。病気だと。
「…なんで、痛覚消す必要があるんだ。どこか痛むのかい?」
「そう。ずっと我慢した、もう限界」
「怪我でも注射でも刺青でも、お前の泣き言聞いた覚えはねえよい」
「あはは、そりゃそうだよ!そんなの知られたくないじゃない」
言うわけないでしょう、と明るい笑い声。それなのに何処か寂しげな雰囲気が漂う。
「…この島に上陸するって決まってから術師にすぐ連絡した。あとちょっとのところで気付かれるなんて失敗したな」
彼女の笑い方は病床で死期を知る者の諦めたような笑顔に似ていた。
「イゾウが気付かなきゃそのまま黙ってるつもりだったのか」
「うん。もちろん」
言葉が重くのしかかる。少しも気が付かなかった。気が付けなかった。彼女の変化に、異変に。
「…その瓶こじ開けてまるの腹に戻せば痛覚も元通りって事かい?」
仲がいいつもりだった。まると。彼女の事をよく見ていたし、よく知っているつもりだった。全部が全部、俺の独りよがりだったのだろう。
「凄いねマルコ、そういう事だよ。隊長は冷静だね」
俺は少しも冷静じゃねえよい。正解~、と戯けたまるから俺は目を逸らす。実際のところ焦りと自責でめちゃくちゃだ。
「イゾウの話とまるの話を組み合わせただけだよい」
掌で包める程の大きさの透明な瓶。中には万華鏡のように角度によって色を変える液体が入っている。綺麗だ。俺はそれを掴んで力を入れてみた。
「これがまるの痛覚…」
「あ、それ物理的な力じゃ割れないよ。殴っても撃っても斬っても無駄無駄無駄ァ!」
俺の考えを読んでまるがニヤニヤと笑う。
「そうかい。じゃあこの蓋についてる呪符みたいな紙っきれも燃えねえし剥がせねえんだろうな」
「名推理。さすが暗号解読得意なだけあるね、マルコ!」
小さく拍手してみせるまる。この状態の何が楽しいのか。
「ふふ。そう難しい顔しないでよ。イゾウ隊長に持たされたお金にも限りがあるんだし…適当に遊んで無くなったらウチに帰ろう」
まるはすっかり冷めた珈琲を一気飲みして席を立つ。俺も胃に珈琲を収めて後を追った。
「どこ行く?結構長くこの島に居たから店も道もだいたい解るけど」
「まるの知り合い…術師の所に案内してくれ」
先行していたまるは歩く速さを抑え俺と並んだ。
「ダメ。人見知りだから私以外となんか会ってくれないよ」
「何かねえのか、この瓶割る方法は…、っ!」
隣からまるに手を握られ、僅か息を飲む。
珍しい、いや、こんな事は何年も居て数えられるくらいしか無い。
「痛みは感じないけれど、感触が無い訳じゃないんだよ。こうやって手を繋げば指とか掌から皮膚の触感は伝わるの」
子供のように手を軽く揺らし、話す気配も、離す気配もなく歩くまる。
「体温なんかは解るのかい?」
まずい、なんか手汗をかいている気がする。
強く握りたいけど怖い。
…でも離れて欲しくはない。
「うーん、温度は解らないんだ。だからお風呂に入ってもつまらないのが難点だよ」
葛藤で苦しんでいる俺とは違い、まるはまるで酒でも飲んだかのように上機嫌だ。
「…口開けてみせてくれ、さっきの珈琲で火傷しただろい」
「…マルコって、本当に油断ならないね。ちょっとヒント出すと解いてくんだもん。危ないな」
猫のように目を細め、まるは火傷を確かめさせてはくれなかった。
「あ、本屋行ってもいい?」
「…はぁ。それどころじゃねえだろい、まる…」
こんな場合じゃなければもっと楽しめたのに。
俺はまると島の店を見て回っても飯を食っても、どこかうわの空だった。
「…るこ」
「あ?…悪い、今なんて?」
「……今日泊まる宿、どうするって聞いたんだよ」
反応の遅れた俺に呆れもせず、まるは肩を竦めて幾つかの候補を挙げた。
「…いや、そんなに金使っていられねえだろい。まるの病気がいつ治るか解らねえんだ」
料金を見るとそれなりの値段で、俺はまるの候補を全て却下した。
「だから病気じゃないって。このお金尽きたらそのまま帰ったらいいんだし、好きな所に泊まろうよ」
「駄目だよい。あっちに安い宿あった筈だ」
見て回り安くてそれなりの設備のある宿に連泊の手続きを取る。
「…マルコ、マルコ!…部屋、一つしか取らないの?」
「……節約だって言ったろい。嫌なら早く瓶を開けろ」
フロントで焦ったように俺のシャツを引いて小声で確認取ってくるまるに、可愛いなと思いつつ言い訳を口にする。
反論しようとし、口を開いたまるは、言葉の代わりに少し息を吐いて口を閉じた。
……俺とまるの、奇妙な2人暮らしが始まった。
→(Side U)