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百夜通い。
なまえ
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(※96,669リクエスト/まる様)
(※お相手マルコで海賊)
(※夏祭りの絡む話)
(Side U)
新緑の深まる季節。
部屋の大窓を開け放ち簾を巻き上げた。風はまだ冷たいがその分、頭がすっきりする。
窓枠がまるで絵画の縁のように星々の散らばる空を切り取って見せてくれる。焚いてあるリラックス効果のある香が外気と混ざり揺れた。
「…………………」
見上げていた空の中、輝いていた星が一つ流れた。流れ星が消える前に願い事を三回唱えると叶うと聞いたことがあるけれど、瞬き程のその間に唱えられる人などいるのかしら?皮肉めいた思いに口が歪みそっと目を閉じる。
直後、瞼を貫き届いた強い光に驚き目を開いた。
「……すまねえ、騒がないでくれよい」
大きな光の塊が空から私の元へと降りてきた。それはよくよく見れば青く輝きを放つ鳥のようだ。気のせいじゃなければ言葉を話す変な鳥。
「あんたに何かする気はない。朝まで匿って貰えねえか」
鳥と思った青い炎は一瞬で人の形に姿を変える。着ている服が所々赤く染まっているのは怪我のせいだろう。血の匂いがする。
「…あなた、どうやってここへ?」
ここは切り立った岩壁のお社だ、島でも祭事に関わる特別な者しか近寄らない。
この男が現れたのは窓の外。切り立つ岩壁は人が登り下りできる訳がない。妖の一種?それともまさか神様なの?
側にあった直刃に手を伸ばし柄を握った。怪しい奴なら斬って捨てる。御神刀だもの妖くらい斬れるだろうといつでも抜けるように腰に力を入れた。
「陽が昇ったら出て行く」
窓のすぐ下に座り込み浅い呼吸を繰り返す。よく見ると唇も切れているし、広がる服の染みがまだ出血が止まっていないのを知らせてる。
「宿代だ。金に変えれば良い値段になるはずだよい」
男はポケットを探り何か取り出し私の方へと転がす。コン、と硬い音を立てて転がってきたそれを見ると青い石のついた指輪。刀を腰に差し指輪を拾い上げ男に投げ返した。
「それは私には必要の無いものです。明日の八時まではここに誰も来ません。ですから、…そこにいてくださっても結構です」
投げ返した指輪を片手で受け止め私の言葉に小さく笑った。
「…叫びもしねえし、変な女だねい」
「あなたこそ」
「マルコだ」
「……なまえ、です」
本名だろうか?解らないけれど私も相手に倣って名を告げた。
「恩にきる。ありがとさん、なまえ」
男をそこに残し寝床に入って目を閉じた。特別何かをされるでもなく、何かを取られるでもなく…朝日が昇れば出て行くとの言葉通りに男は消えていた。
窓の下に残る僅かな血痕が無ければ夢だと思いそうな出来事だった。濡らした布で跡形もなく拭き取り、私はいつも通りの生活を始める。
そして、また今日も陽が落ち月が昇る。ゆらりゆらりと香の揺れる部屋で神のご加護を乞う呪いを延々と唱えていた。
「……、匿うのは昨日だけと聞きましたが」
気配に振り向くとあの男が昨晩と同じように窓の桟の上に居た。昨晩に続き窓を開けておいたのは失敗だったな。
「それが終わるまで待ってようと思ったんだが…邪魔してすまねえな」
男は私に向かって何かを投げた。室内の光を受けてキラキラと光る何かを受け止めると赤い石のついた首飾りであった。
「私には必要の無いものです」
昨晩の繰り返し。男に向かって投げ返すと男は片手で受け取った。
「……なまえは何色が好きなんだい?」
「あなたを匿ったのはほんの気紛れです。お礼が欲しくてやった訳ではありません」
「借りを作るのは好きじゃねえんだよい。後で尾を引く」
面倒な人だな、妖のくせに。必要がないものだと言ったのに。少し考えて口を開く。
「……ならば。この崖の中程に咲いている花を、取ってきていただけませんか?」
「花?」
「はい。昼、窓から覗くと見えるのですが。降りる事は叶わないし手も届かないので」
言葉の途中で男が背中から倒れるように崖に落ちた。椅子の背もたれへ身を預けるような自然な仕草で。
「……っ、うそ……!」
窓に駆け寄り下を覗こうとしたら、崖下から光が溢れる。
青と金の混ざる炎。眩い光に包まれた不思議な鳥が嘴に花を咥えて現れた。唖然として固まる私を横目で見て、首を振って、ぺ、と花を室内に落とす。それは私が欲したあの花だった。
「一本じゃ少ないだろう、また取ってきてやるよい」
「え?」
足元の花から目を上げたらそこには誰も居なかった。声だけ残して影さえない。
「あの不思議な鳥…声がマルコさんと同じだったわ」
金の髪の妖。青い炎を纏う美しい鳥。腰を屈め花を拾い上げ花瓶代わりにコップに活けた。
朝が来てもその花はそこにあり、美しく花弁を開き佇んでいた。夢ではないと主張しながら。
…その日から、私の決まった日常に新しい時間が加わった。起床し水で体を清め、日中は鍛錬に精を出す。夕食を済ませ湯で身を清めた後は、白い浴衣に身を包み香を焚く。この社に来てから変わらない毎日の流れ。
そうして陽が落ち、月が真上に届く頃。
「…今夜は何も唱えてないのかい?」
先日から夜毎、花を咥えた鳥が私を訪ねてやって来るようになった。
「お呪を唱える時間をずらしました」
あなたが来るから仕方なく。
花を嘴から受け取ると青い鳥はマルコさんへ姿を変え、窓の桟に膝を立ててしゃがむ。
「…この花が好きなのかい?」
「ええ。必要なの」
最初の一週間は花を受け取るだけだった。
マルコさんは花を室内に落とすと、すぐに立ち去ってしまうから。花が十本になった頃もう充分だと声を掛けた。お礼にはもらい過ぎだと。
「充分かどうか決めるのはなまえじゃねえ、俺だよい」
そう言って、ふん、と鼻で笑われた。お礼をされてるのか何なのか解らなくなるような言葉に戸惑ったが、飽きれば来なくなるだろうと自分を納得させ与えられるまま花を受け取る。
二十日目の夜。
「もうコップに入り切らねえだろい、花瓶持ってきてやったぞ」
昨晩二つ目のコップを用意したのを見ていたのだろう。マルコさんは花器を取り出して窓の下に置いた。毎晩来てくれるものだからコップの花は絶えることなく…枯れる前に新しい花が補填される。部屋の中が随分と華やかになってきた。
「じゃあな」
花器と花を残して踵を返す。青い炎に包まれた鳥が飛び立つと部屋はシンと暗くなる。一人なのだと突きつける静かさに小さく息を吐いた。
三十日目。
「崖の花はもう咲いてないんだ。これで勘弁してくれよい」
見た事のない花を一輪。窓の桟に乗った鳥が花を咥えたままモゴモゴと話す。
「…綺麗な花ですね。この花は初めて見るわ」
「来る途中に取ってきた」
マルコさんはいつも社の中には入ってこない。
窓の桟に腰かけたり立ったりだけで、入ってきたのは最初の晩だけだった。そして私が花を受け取るのを確認するとすぐに行ってしまう。
夜明けを待たずに帰るのはもう追っ手がいないから?
「……、?」
私は差し出された花を受け取らず、代わりに用意しておいたお茶を淹れたカップを差し出した。
「いつも貰うばかりだから。今夜は、その…花のお礼にお茶でも、と…」
お礼にお礼だなんて変な話だけれど、私はこの律儀な妖が訪ねて来るのを心待ちにするようになってしまった。三日に一度、必要物資を届けに来る世話人以外は誰も来ない。
寂しさなど感じている余裕がある生活ではないけれど、マルコさんと居る僅かな夜の時間は私の心を慰めてくれた。何よりあの花は手が届かず眺めるだけだったから。
「…………」
湯気を上げるお茶を見てマルコさんは人型に変わった。無言で睨むように目を眇める。
「毒など入っていません」
「……………」
窓の桟、マルコさんのしゃがみ込んでいるその横に落ちないようにカップを置いた。入りたくないのならそこで飲めるようにと。
「この島の、この山で採れた新茶を私が煎じました。夜風で冷えた身体が温まります」
先に飲んで見せてもマルコさんは無言だった。カップを取ろうとしない。務めを控えた身の上で馬鹿なことをしたな、と私がそう思った時。
「………………はぁ。笑うなよい」
「え?」
マルコさんはカップを持った。飲んでくれるんだ、と変に安堵した。
「…ふぅ」
マルコさんはカップに口を寄せる。暗闇と月を背中に背負って。
「…ふー」
月明かりが輪郭を縁取り、金色の髪が美しい。なんて変な頭だと思ったのも見慣れてしまえばマルコさんらしいとさえ感じる。私はそっと溜息をつくマルコさんを眺めていた。
「…ふー、ふー、ふー、……あち!」
「!?」
カップを傾けたマルコさんが肩を揺らした。
「……っふは!あはは!」
「~~だから笑うなって言っただろい!」
どうやら彼は猫舌だったらしい。溜息だと思ったのは息を吹いて冷ましていただけで…飲みたくない訳ではなかったようだ。
マルコさんは散々ふーふーした後でちょっとずつお茶を飲み、口元を緩めて見ていた私を睨んだ。
「…ごちそうさん。次はぬるく淹れてくれ」
次?次もあるのか。くすぐったい約束だ。
この夜から私たちの時間にはお茶が加わり、会話もどんどん増えていった。
四十六日目。
「この部屋には虫が入ってこねえな。窓全開の癖に」
「ここは特殊な…特別なお社ですからね。お香も虫除けから精神安定とか種類がたくさんあります。つけましょうか?」
「同じ煙なら、俺には煙草がいいよい」
五十二日目。
「なまえはこんな所に篭ってて嫌にならねえのか」
「日中は舞の稽古をしてますし、夜は精神統一に当ててますから暇はありませんよ」
六十九日目。
「じゃあマルコさんは海で生活してるの?ずっと?」
「ああ。船で仲間と暮らしている。いろんな島を旅して回ってるんだよい」
「この花が咲いていたのはどんな島?」
「…そうだな……酒が美味い」
「うふふ、お酒好きなのですね。ここの御神酒を飲んでみますか?」
「いいのかい?」
九十一日目。
「お茶をどうぞ、冷えてますよ」
夏が近いので少し前から冷茶に変えた。マルコさんは受け取ると喉を鳴らして飲み干すので、お代わりを進めた。
「よく冷えてて美味いな。今日は何茶だい?」
出会った夜から数えると、もう三ヶ月が過ぎた。新緑の季節を過ごし初夏を迎え、夜も暑い日が続いている。日中は嫌でも汗をかくし蝉の大合唱も始まった。
ああ、もう祭が近いわ。片手で数えられるほどに。私が指を折って数えていると顰めっ面で祭はいつだ?とマルコさんが尋ねた。意識して笑みを浮かべて答える。
「…九日後です。気が向いたら見に来てください。歴代の舞神子の中で私は一番だと言えますから」
恐怖も緊張も妨げにすらならない。夏祭りで私の名が語り継がれる瞬間を、きっと誰もが固唾を飲んで見守るわ。
「ねえマルコさん、昨日の続きを聞かせて。自由の海の話を」
「…ああ。どこまで話したかねい」
「オヤジさんが押し寄せる大軍を一振りで薙ぎ払ったところよ」
「そうだったな!…あれは惚れ惚れする。なまえにも見せてやりてえよい!」
あなたの船とこの島…あなたの家と私の社がどのくらい離れているのか解らない。あなたについて知っていることだって少ないわ。
…でもあなたが家族だと言う仲間やオヤジさんの話をするとき、優しくなる声が好きよ。
九十二日目。
「仲間から貰った。今晩はこれを淹れてくれ」
マルコさんは窓から手を伸ばし私に向ける。今夜は花ではないみたい。掌を受け皿に差し出すと丸い物体二つが転がる。
「カップに淹れて、そのままお湯を注いでみてくれ」
「はい」
言われた通り沸かした湯を注ぐと、ふわり、とカップの中で花が開き部屋には花の香りが漂った。
「…すごい…お花が咲いたわ!」
「…なまえのそういう顔が見たかったんだよい。もっとして欲しい事はねえか?」
九十三日目。
「…何かねえのか、して欲しい事」
「じゃあ、昨日の話の続きを聞かせてくださいませ」
九十四日目。
「なあ、なまえ。花以外に欲しいもんはねえのかい」
「…ええ。今夜もお花をありがとう、マルコさん」
九十五日目。
「なまえ、少し花以外にも考えてみろよい。抱えて飛んでやろうか?山もいいかもしれねえが海はもっといいぞ」
「…そうですね。ではお言葉に甘えて考えてみます」
九十六日目。
「仲間から貰った。花香だよい」
窓から差し出される手。私は窓に近寄りその手を掴んだ。私の手とは全く違う節くれ立った固くて大きな手。夏の気候のせいではなく頬が熱くなる。
「…あ!」
腰に腕が絡み、私はマルコさんに抱き締められていた。
「…思ってたより、なまえは細いな」
「…思ってたより、マルコさんは逞しいのですね」
私たちは暫くの間、言葉も無く互いの身体を抱きしめ合った。
九十七日目。
「…探してきて、くれたのですね」
マルコさんが差し出したのは初めてくれた、あの夜と同じ薄紅色の花。私は花にそっと唇を寄せた。
「…なまえ、俺は」
「明日は一人にしてください。花以外のお願いです。祭に集中したいの」
「………了解」
ありがとう。いつも私の心をいつもあなたの花が照らしてくれた。言えませんでしたが、私はあなたの事が大好きです。さようなら。
…九十八日目。
久方振りに一人のマルコさんの来ない夜を過ごした。乾燥させ取っておいたマルコさんがくれた花の数々。それを細かく砕き御神酒と練り調合する。この花の花弁はアルコールと混ざると神経を麻痺させる薬になるのだ。神事に使う宝刀へとたっぷりと染み込ませた。
「マルコさん。また会えたらその時は…」
貰った花の香を焚いて目を閉じた。瞼の裏に浮かぶのは私の神様。青と金色に輝くあの、美しい鳥。この胸を焦がす私の炎。
…さあ私の晴れ舞台が始まる。皆々様どうぞ最後までご覧あれ。
→(Side MARCO)
