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潜熱。
なまえ
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(Side ACE)
夏休みまであと少し。
日陰なんて全くないグラウンドで、俺は誘われたサッカーに勤しんでいた。今日はいつもより人が少なくて、タッグを組んでボール蹴ってゴール目指す。みたいな強行ゲームになってたけど。
「あ」
雨の匂いがした気がして目を向ければグラウンドの端っこにある花壇に人影が一つ。園芸部員である彼女が大蛇のようなホース引きずって水を撒いていた。思わず足が向かう。
「また一人で水やってんの?」
クラスが違えど、俺と彼女はどちらからとも無く話をする。同じグラウンドにいるせいだろう。どっちかって言うと俺の方が声をかけるのが多いが無視されたことは一応無い。
「私の他にやる人がいないの!仕方ないじゃない」
幽霊部員のみでギリギリ部として成り立つ園芸部。見向きもされなかった花壇に季節の花が顔を出すようになったのは彼女が入部してからだ。
「エースってこのクソ暑いのによくサッカーとか出来るね。頭おかしい。こっちは水遣りするだけでくたばりそうなんだけど」
鍔広の麦わら帽子はきっと私物だろう。黄色のリボンがついている。土いじりするのに体操着じゃなくて制服なのはなんでだ。汚れるぞ。
汗ばんで僅かに透ける白いセーラ服と思いの外焼けない白い腕が眩しくて…あんまり見ちゃいけないような気持ちがして目を逸らした。
「夏なんて何したって暑いだろ」
「うるさい半裸族。虫は多いし暑いし汗でベトベト。おまけに汚れるし先生もやる気ないし、ああもう!」
本ッ当に最悪。全くもって花は見るだけに限る。世話が面倒だ。園芸部に入った奴の言葉とは思えない暴言を俺はここで毎回聞かされる。
「はいはい、じゃあ何で園芸部入ったんだよ」
俺が抜けて休憩に入ったのか、サッカーやってた仲間たちは僅かな日陰を求めて木の下で転がってる。横目で彼女を窺うとホースの届く範囲の花壇に振り撒き、ある程度終わると手元のレバーでホースの口を閉めて止めた。ここだけ雨の匂いがする。
「…いいでしょ、べつに」
さんざん文句言いながらも世話して育てた立派な夏花。高い背の向日葵を見上げ彼女は目を閉じる。頬が赤い。
何となくお互いに黙っていると蝉の大合唱に原付バイクのエンジン音が混ざり始めた。音がするや否や、彼女は素早い動きでポケットから汗拭きシート取り出して腕や額を拭いとる。空気が動くとふわりと石鹸の匂いがした。
「おー、今日も頑張ってんなァ」
「サッチ先輩!」
太陽より熱い眼差しを向ける相手が、緩い速度の原付に乗って駐輪場から降りてきた。二つ上のサッチだ。
校門に続く道はフェンスを挟んで花壇が並ぶ。
草花を育てる趣味もない彼女が園芸部員やってる理由を知ってんの俺だけだろうな。彼女がサッチを目で追うように、俺も彼女を目で追っていたから。
ちんたら走ってたサッチはフェンスの側に原付を止めてヘルメットを外す。彼女は暑いだの汚いだの文句言ってた顰めっ面が幻だったみたいな笑顔を浮かべた。
「セーラ服に麦わら帽って良いよなァ、大好き!」
「うふ、そうですか?…そんな大好きなんて…!」
決まったスポーツやってるわけじゃないくせに、白の半袖から見えるサッチの腕は筋肉で太い。俺より背も高いしガタイがいいからムカつく。
「うへー、向日葵ってこんなにデカくなるんだな!俺くらいありそうだぜ」
手で庇を作り向日葵と背比べ。言われて気が付いた。サッチの身長とほとんど同じ高さにまで育ってる。…見上げて目を閉じた彼女の姿が重なって息が詰まった。
「麦わら帽子にセーラ服の君と向日葵。なあ記念に写真撮っていい?」
「!」
サッチは彼女に携帯端末を向け『可愛い、最高』とか言い出し、彼女はスイカみたいに真っ赤な顔でてれてれと頬を緩ませる。
「ん、よく撮れた。それにしても一人でここまで育てるの大変だったろ?」
「…え、どうして一人だって知ってるんですか?」
「そりゃあもう。君だけが荒れた花壇の世話してるの、この道からからよく見てたからね」
「!!」
グラウンドからこの道はよく見える。それは逆も然り。道を歩けばグラウンドもよく見えるって訳か。
「…サッチ。バイトの時間いいのかよ」
「うわ!やべ、もう行くわ!」
横から口を挟むとサッチは大慌てで原付に乗ってエンジンかけて走り去る。片手を振るのに中指たてて返すと隣の彼女は膨れっ面だ。
「ホース片付けるんだろ、手伝う」
「そーね。ありがと」
晴れ男が去ってもグラウンドは暑く茹だりそうで。雑な返事に不満の滲んだ笑い顔。
…そっと吐いた息の重さを君は知らない。
芽吹かぬ種に日照雨。
(なあ、もう帰るんだろ。アイス食って帰ろうぜ)
(嫌よ。太るじゃない)
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