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絶たれる退路。
なまえ
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(Side U)
「ありがとうねぇ、すまないねぇ、助かったよ」
曲がった腰を更に曲げて何度もお礼と謝罪を繰り返すご老体に、わたしは顔を上げるように伝えた。
「気にしないで。それより怪我してない?大丈夫?」
上陸した島の、賑わう港市場から少し入った路地裏。人通りが少ないってのに『邪魔だ』とお年寄りを突き飛ばした挙句、売り物を足で蹴っ飛ばし、ガラスの入れ物に入っていた品物を壊しやがったクソ野郎がいたのだ。
事もあろうに、このわたしの目の前でのクソ行為を決行した馬鹿愚かをぶっ飛ばすなと言うのが無理な話で。
「お嬢さんは強くて優しい子だね、今時珍しい」
「そう、わたしって強いの。優しくはないけどね」
まだ意識の残っていたらしい残党の頭を蹴って地面と仲良しにしてから、仕上げに財布を抜き取っておく。
「はい。壊された品物って幾らか解らないけど、精神的慰謝料も含めて…って事で」
紙幣を適当にご老体へ握らせる。
まあ、残りはワタクシの軍資金として買い物代に消えますけれど。そのままクールに去ろうとしたら腕を掴まれて引き止められた。
「待っておくれ…勇敢なお嬢さんにこれを」
ご老体は無事だった売り物の中から小瓶をいくつ袋に入れて差し出す。
「見た所、お嬢さんは恋をしておるね?ワシには解るんじゃ」
「!!」
言い当てられて心臓が大きく動く。頭頂で跳ねる金色の髪が脳内に浮かび慌てて追いやった。
「ホッホッホ、当たりだね。相手にコレを試してみるといい。特別調合の薬草水さ」
「…薬草水?」
袋の中には10本ほどの色とりどりの小瓶。何の薬なんだろう?自信たっぷりに告げられた効能を聞き、わたしの中の好奇心は見事に刺激された。
「飲んだ相手がお嬢さんを思う心があるほど、これは効果が出るんじゃよ」
……まあホラ!せっかくのご好意はありがたくいただいても良いんじゃないの?ていうかこんなの試したいに決まってる。お礼を受け取りご老体と別れ目的の人物を探して島を練り歩いた。
「あ、マルコ!やっと見つけたよ、もう何やってんの!!」
「…藪から棒に何だよい。お前と何か約束してたかい?」
陽はとっくに傾いて島は夕陽色に染まっていた。
「約束はしてないんだけど、ええと…そうだ!今からお酒飲まない?」
「飲まねえよい」
「奢るから!ねえいいでしょう、とにかくマルコと飲みたい気分なの!」
突然の誘いに対し、胡乱げな目を向けられ速攻で断られた。背を向けて歩き出したマルコのシャツを掴んで百メートル程の距離を誘い続けて付いて歩いたら、やっと足を止めてくれた。
「……~~ッ鬱陶しいよい!うるせえ解ったお前の奢りだからな!!」
「やったー!実は目ェつけてた小洒落たバーがあるんだよ!行こう行こう!」
げんなりした顔のマルコを半ば引きずって、わたしはお目当ての店へ辿り着いた。寂れている訳じゃないけど落ち着いててゆっくりできそうで、店内も外観通りに大人の雰囲気ムンムンだった。
「…お前にしては良い店だねい」
「でしょ?!早く飲もう!あ、メニューください!」
「……雰囲気台無しにしてくれてありがとさん。お前はどこに居ても騒がしい奴だねい」
溜息つくマルコの仕方ないなって顔が好きだから、そういう行動取ってるなんて白状しませんけど。カウンターではなく二人掛けのソファ席を選んだのは、その分距離が近くなるからだ。
恋人っぽくない?なんてね。
メニューに目を通したのはわたしだけで、マルコは好みの銘柄を店員に伝えた。
「で?お前は何企んでるんだよい」
「…あれ、バレてた?」
「バレバレだよい」
一杯目を空け二杯目に取り掛かってからマルコは直球で来た。まあマルコを騙そうってのは難しいし騙されてくれる優しさもないだろう。
「これ、よく効くって聞いたんだけど」
わたしは鞄からご老体特製の『恋惹薬』なるものを取り出してテーブルに並べる。
「…香水瓶?じゃねえよな」
「身体にイイんだって。ぜひマルコにと思って」
嘘は言ってない。本当のことも言ってないけど。
「十本もかい」
「多い方が効くって言ってたよ」
…やっぱり飲んでくれないかな?瓶を手で弄んだマルコは一つを空けて香りを確かめる。怪しんでる。
「お前は俺にこれを飲んで欲しいのかい?回りくどいことするな」
だってマルコはわたしを好きになったりしないし。薬飲んでその気になってワンナイトカーニバルでも良いから思い出欲しいって思っちゃったんだよ。言葉に詰まったわたしを見て、マルコは溜息を吐いた。
「はぁ、お前は昔っからそうだよい」
肝心な事をいつも言わない。呆れたのか諦めたのか小瓶に口を付け中身を飲んでくれた。
効くのかな?効くと良いな。どのくらいで効果出るのかな?騙して申し訳ないけど効いて欲しい。わたしの期待と好奇心に満ちた視線の先で、マルコは二本目の小瓶に口を付けた。
「…………」
「…………」
三本、四本…小瓶の中身は次々に干されていき、ついに残り一本となった。マルコはいつもと変わらぬ顔のまま。ご老体には申し訳ないががっかりした。あーあ、つまんないの。マルコのちょっと艶っぽいところが見られるかと期待したのに。
「ねえ、美味しい?」
自棄になって尋ねると、残りの一つの蓋を開けたマルコがこちらを横目で見た。
「コレの味かい、そうだな…」
伸びた手がわたしの顎を強く掴んで、痛みに呻く間に唇が重なった。
「んんっ!?」
とろり。口の中に薬草の味とマルコの口の中の温度を伴った舌が入り込んで。
「…ん、んぁ…」
流し込まれた液体を嚥下した途端に燃えるように身体が熱を持つ。至近距離で濡れた唇を舐めるマルコの顔があった。
「…いつもの元気はどうした?一口しか飲んでねえくせに」
「…こ、これ…ッ!マルコこんなの飲んで、平気なの…」
強い酒を飲んだ時より強い酩酊感と思うように動かない身体、何よりも芯から蕩けるようなこの感覚。
「これが平気に見えるのか」
「え…?」
わたしの腕を掴んだマルコの手は熱くて強くて、わたしを見るマルコの目は獣のようだった。
「薬を盛る前に、俺に言うことがあるだろい、それは今から部屋でゆっくりと聞かせてもらうよい」
顎から首を指で辿られただけで身体が跳ねる。
ゾクゾクと鳥肌が立って震えそう。
「…薬って、解ってて…何で飲ん…ッ」
立てないわたしを担ぐと、マルコはお会計を済ませ夜の街に歩き出す。
「決まってんだろい、お前が後で言い訳できるようにだよい」
同じ薬を倍以上飲んだとは思えない足取りで宿に連れ込まれ、ベッドに転がされ、そして。
覚悟はいいか?
(…ま、待って、なんか身体が、変…いま触らないで…)
(もう待たねえ。これ以上、何年待たせる気だよい)
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