(Side U)




前回の上陸から約2ヶ月。
モビーディックの目指す航路の関係で、食料調達係たちの他は船上での生活が続いていた。

「…あー！やっと島に着く！もうこんなに長く海の上だと飽きちゃうよ」

待ち望んだ船内アナウンスで島が見えたと聞いた時は、私は思わず万歳してしまった。
海を旅する、オヤジのそばで過ごせるのは楽しいのだけれど。やっぱり足で土を踏む感触は忘れたくないと思う。

「エース！ねえ、島に着いたら一緒に歩かない？」

ごった返す甲板の降ろし階段で、見つけたエースの変な柄シャツを引いて声をかけた。

「俺、行きたい場所があるんだ」

「…あ、ごめん。娼館？」

上陸の嬉しさから舞い上がって『男の事情』とやらを考慮できなかった事を詫びるとチョップされた。

「ば、バカ！違うっての！！」

「痛い！！…じゃあエースに着いていっても平気？」

「…良いけど、文句は言うなよ」

なんだかホッとした。私はエースの事が好きだけど、娼館に行かないでなんて言える関係じゃない。ただの仲間としか思われてないもんな。
混雑した階段を抜けるとそれぞれの目的地に分かれてクルーたちが散らばっていく。

「人が多いね、この島って何が美味しいのかな？」

「あっちのも、そこの店のも美味そうだ！後で片っ端から全部食って歩こうぜ」

「全部なんて無理だって、私はエースみたいに底なしの胃袋じゃないの！」

港近くの客引きの活気ある呼び声、建ち並ぶ店を眺めつつエースと歩く。

「いい匂い…あれはどんな味かな？」

「甘ったるい匂いがする。あんなのばっかり食ってると太るぞお前」

エースの肩を軽く叩いて抗議しておく。
船の上とは空気も足から伝わる感触も、すれ違う人も違う。何気ない会話がこんなに楽しい。

「……ねえ、どこに行くの？繁華街って逆方向じゃないの」

「こっちであってる。良いから着いてこいよ」

地図と周りの景色を照らし合わせ進むエース。
たどり着いたのは壁にファンシーな生き物が描かれた大きな建物。

「……あのさ、ここって」

「水族館」

頭がどうかしたのかエースは？いつもなら真っ先に食べ物屋さんに直行なのに？！船の上で散々海を眺めて海賊やってて陸地に降りないまま二ヶ月も過ごし、やっと着いた島で一番に行くところが水族館！！？

「ほら。お前の分の入場券」

「え、わ、ありがとう」

当たり前みたいな顔して私の分までチケットを買ってくれて、進路に従って歩いて行く姿を見たらため息も出なかった。

「…………エースってそんなに魚が好きだった？」

この水族館のウリだと思われる大水槽に張り付いて額がくっつきそうなくらい近寄って眺め続けるエース。そんなエースを眺めつつ三十分が経つ。うんざりしつつも私はエースに話しかけた。なにこれ楽しいの？いつまで水槽前にいるの？

「ん？ああ、美味そうなの居たか？」

「…はぁ、話聞いてた？」

エースの目は水槽から離れない。何かを見つめるように探すように、じっと分厚いガラスの向こう側に向けられたまま。

「俺、能力者になるまでは海中の魚を獲ったり素潜りして珊瑚とか貝とかを金に換えたりしてたんだけど。メラメラの実を食ってから全部できなくなったから」

言われてみれば、悪魔の実の能力者が海中を遊泳するなんて自殺行為でしかない。

「…もう一回近くで泳いでる所を見たい魚がここにいるって聞いたから。ガラス越しでも良い、見たいんだよ」

オヤジを愛し海の子だと言ったところで、海水に浸かれば身体は自由に動かなくなる。海に身を投じれば周りを見渡す余裕などなく、深く深く落ちて行くだけ。

「…そっか。じゃあ今日はゆっくり眺めて目に焼き付けて行こう！」

私はエースから視線を大水槽に移す。
ガラスの向こう側では大小の魚たちがヒラヒラと舞うよう泳いでいく。その姿は作られた海だとしても。不思議ととても美しく自由に見える。

「…あ、見つけたッ！ホラあそこにいるヤツだ！あの岩陰から出てきて上の方に泳いでいくの、見えるか？！」

エースが指を指し示す方向に目を向けて、言われた特徴の魚を探す。

「え？…あー……あのでかい魚？」

「違う、その少し下だ！鱗がいろんな色に光って見える…ひらひら泳いでるヤツ」

ああ、あれか。不思議な色合いで、光の具合で纏う鱗の色が変わって見える。

「…あれが、エースが見たかった魚なんだね」

大きな魚に紛れて泳ぐその魚。エースが自分の目でどうしても見たいと熱望した魚。

「美味そうって言うより、光ってて綺麗だろ」

「うん」

二人で並んでその魚を目で追う。私たちの視線など気にもせず優雅に、ゆったりと行く。

「…あいつ、お前と同じ名前の魚なんだ」

隣でポツンと言葉が弾けた。

「え？」

海を閉じ込めたような大水槽。室内の光が反射してこちら側の景色をガラスに薄っすらと写していた。私のマヌケ顔とエースの照れて赤らんだ顔もガラス面に写り、その上を魚たちが舞うよう泳ぐ。

「もう見られないって思ってた。なのに…モビーディックで、ひらひらと海の中で見たのと同じに綺麗に泳いでた」

「？！」

ぐい、とオレンジ色のテンガロンハットの鍔を引いて顔を隠し、エースは水槽から離れた。強く私の手を引いて。








海でも陸でもこの手に掴む。

(へへ、やっと捕まえた)

(えっ、エース、それって…)



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