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アイ・スクリーム・サンデー!
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(Side U)
時計を見上げるとあと十分で定時を二時間過ぎる。本日は土曜日、そして現在午後七時五十分であります。
忙しいからと休日出勤を申し付けられる事、早二ヶ月。たまにでも休みたいと断ろうものなら上司やお局様からのイヤミがチクチクと刺さってくる。お前らは休んでるだろなんでこっちが休むと嫌味言うの?私からも嫌味の進呈いたしましょうか???
バシバシとキーボードを叩きながら残り五分を乗り切ろうとする私のデスクに上司がやって来た。
「なまえちゃん、毎週毎週土曜日の仕事に来るねぇ。暇なの?仕事ばっかりしてると彼氏にフラれちゃうよ?」
「…ははは、ソウデスヨネー」
は?休めば休んだで文句言うでしょ??来なくていいなら来ないんだが?
彼氏ね、ええ勿論振られましたよ先週ね!ちゃん付けしてこないでよキモいっつーの。
『あのさ、仕事忙しいってそんな忙しいの?俺と会う暇もないぐらい?事務なんか座ってPC打つだけだろ?…電話も億劫な程疲れんのかよ』
ですってよ!貴方の会社の事務がどんなかは存じませんがね、私の勤務先は事務員と書いて奴隷と読ませるレベルなんだよ!!一から十まで仕事内容説明してやろうか?ちくしょう!
「なまえちゃんもさぁ、早く結婚しないとね、売れ残っちゃうとほら、可哀想だから」
上司の語尾に八時のベルの音が重なった。閉じるだけにしてあったPCを閉じて立ち上がる。
「お疲れ様でした、お先に失礼します」
飛び出しそうな罵詈雑言を必死で飲み込み、引き攣った愛想笑いで挨拶を。
会社の玄関に向かいながら上司に対して頭髪関係の悪態を百回程唱えながら早足に歩いた。
「…はー、寒。お腹すいた」
屋内にいる時はそう感じない気温も、一歩外に出ると容赦なく身体を冷やす。
あーイライラする~ケーキ食べたいな、ケーキ!今ならホールとか食べられそうな気がする!でもケーキ屋さんもう閉まってる時間だしコンビニでも行く?
「いや。この苛立ちとストレスはもっと良いものじゃなきゃ解消できない。贅沢しよ」
よし夕飯がっつり食べよう。何か美味しいもの食べてお酒も飲んじゃおう。明日は休みだし。
八時以降の食事は太りやすいとかもう知らんわ!それに彼氏も居ないし気にならないもんね!
虚しい言い訳を脳内で並べ立て、ヒールを鳴らしながら食べ物を目指して歩く。
さてどこのお店にしようかな、土曜日だからどこも混んでる。出来たらすぐに席に着いて食べたいんだけど。
「なんかイイ匂い…どこから?」
いくつかの行きつけの店を思い浮かべていた私の鼻にご飯の匂いが届いた。釣られて普段は歩かない薄暗い路地に入り込む。
「…へぇ、こんなところに店あったんだー」
大通りから路地に入り薄暗い道の中に光る一軒の飲食店。ドアの横に出されたメニューの看板を見るとメインはイタリアンだった。
各種ピザ、パスタ、サラダ、…それに何故か煮物や焼き魚なんかの和食もある。
ぐー、と私のお腹が主張する。お酒も種類多いし、ここにしよう。ノブに手を掛けていざ店内へ。
「いらっしゃいませー!一名様ですか?」
チリン、とベルが鳴り店員と思しき男性の声が掛かった。店内はテンポのいい、でも煩く感じない曲がBGMにかかっている。
「あ、はい。一名です」
「…カウンター席でもよろしいですか?」
そう広くないみたいで、テーブル席は埋まっている。なかなか繁盛している店なんだな。
「はい、大丈夫です」
「では好きな椅子にどうぞ!」
私は平静を装ってカウンター席の一つに掛けた。なるべく見ないようにと思うけど、つい目は店員さんに向かう。
……どうしよう、この人、リーゼントなんですけど?飲食店でリーゼントってどうなの?その首に巻いてあるバンダナ?意味あるんですか?髪の毛に巻かないんですかっていうか地毛ですか?
「はい、メニューとおしぼり。決まったら声掛けて下さいね」
気さくな話し方でメニューと温かいおしぼりを渡された。どうみてもやっぱりリーゼント。
大丈夫かこの店。早まったかなー?でもこのご飯の匂いはかなり美味しい匂いだしなぁ。
メニューに目を通すとイタリアンと和食が半々ぐらいある。お酒は赤白ワイン、定番のビール、カクテルが少し。十種類の日本酒の銘柄が並んでいた。種類が多すぎる。
「…注文お願いします。プロシュートサラダとチョリソーとトマトのピザのハーフ、カボチャソースのニョッキ。飲み物はグラスワイン。赤で」
がっつり行こうと思っていたのでイタリアンにした。店員さんはにっこり笑って注文を受けてから、品を作り出した。
私はそれとなく店内を見て客層が男のみの状況だと気が付いた。もしかして大盛りとか激辛とかそういう系の店だった?
携帯端末を出して店の情報を得ようとしていたら明るい声が降ってきた。
「はいどーぞ、ノンアルです。これ飲んで待ってて下さい」
目の前に置かれる切り子のグラス。可愛い!こういうの一つは欲しいよね。食前酒が出るなんてこだわってるな。
「ありがとうございます」
携帯端末を置いてお礼を言って飲む。美味しい。お腹に染みる。早くご飯食べたいなあとソワソワしていると隣の男の人が話しかけてきた。
「…おねェさん一人ですか?」
「はぁ、まあ一人ですね」
「この店に女の子来るの珍しくてさ、急にごめんね。でもこいつの作る飯マジうまいから期待してていいよ」
店員さんを指差して言う。常連さんなのだろう。気安い態度と言葉は場慣れしている。
「それは楽しみですね」
「おい、そこ!ナンパ禁止!…はいお待たせ、プロシュートサラダです」
私と男の人を阻むみたいに店員さんがサラダを出した。
瑞々しい野菜がプロシュートを纏い、粉チーズが雪みたいに散っている。シンプルなお皿がいい引き立て役になっていて、ごくりと喉が鳴った。
「ナンパじゃねぇよ!おねェさんの話し相手になってるだけじゃん。つーかお前が作るの遅いからだろ」
「うるせぇ、今日はバイトが休みだって言ったろ!俺一人だぜ?お前の注文後回しだからな!」
コントみたいな会話を流し聞きしつつ、サラダをフォークで刺す。勿論プロシュートを巻き込むのを忘れずに。
「…ッ、美味しい!」
オリジナルのドレッシングかな?ほんのりと酸味のある味が生ハムとよくあっていた。野菜独特の苦味もいいアクセントで食感も良い。
「お、ありがとうござい…」
「あー、それ、生ハムの兄貴の力だね!サッチお前早くピザとニョッキをお出ししろ!もたもたすんなよ」
「ってか、まずワインだろ?はいっおねーさん、どーぞ~!」
いつの間にか空いていた筈の両隣りに見知らぬ男の人が座っている。そして左の人がボトルを持って私に向ける。
「え、あの…それ貴方のじゃないんですか?」
「うわ、優しい!良いんですって、さ!飲んで飲んで!」
「…じゃあ、お言葉に甘えて」
勧められたままにワインをグラスについで貰った。口に含むと広がる程よい苦味。私がいつも飲んでる安物とは違う高いワインの味がする。うわー…美味しい~!この店入ってよかった!
「ねぇねぇ、お姉さんこの辺で働いてんの?」
「あ、名前聞いていい?俺はハルタ」
「うわOLさんだよ、イイよなぁ!見ろよこのスーツ姿!仕事帰り?お疲れ様」
「ワイン好きなんスか?もっと飲みます?」
ご飯待ちをしている私に次から次へと話しかけてくる店内の客。 ここホストクラブだっけ?何この男子校みたいなノリ。
「えーと、あの」
いつの間にか周りを囲まれてる。社会で揉まれたおかげで人見知りはしないんだけど、夜だし飲み屋さんだし、ちょっと怖い…。
「おら!散れ散れっ!お姉さんが困ってんだろ!」
店員さんが大股で厨房から出て、来て周りの男の人達の頭をバシバシと台拭きのようなもので引っ叩きつつ追い払う。
「すいません、相手にしなくていいですから!こいつら酔っ払いなんで!」
困ったように笑いながら、テーブルに私が注文したピザとニョッキ、グラスワインを並べた。
「何かあったら気軽に声掛けてな?こいつらウザかったら殴っていいですから」
…一番怖そうな容姿のくせに何か一番親切な人だ。さすがは店の主人って感じ。
「いえ、大丈夫です。楽しいですよ。素敵なお店ですね」
いただきます、と手を合わせて夕飯に取り掛かる。もう我慢できないんで会話もそこそこに、私はお皿に手をつけていく。
「いやぁ、素敵なお店だなんて~!」
「…うわ、美味しい!!なにこのピザ!モッチモチ!」
ピザの生地はモッチリ、トッピングはジューシーで口に入れると味が広がる。とても美味しい!ニョッキもかぼちゃの風味が活かされていてワインによく合う。
「でしょー?おねェさん解ってらっしゃる!こいつ…サッチっつーんですけどね。半分イタリアの血が流れてるんでピザとパスタが本気で上手いんすよ!」
「女にだらしないとことかホント血だよなぁ。声掛けないと失礼とか思ってるところあるもんな」
「けどイタリアンの店してんのに場所が悪いから全っっっ然っ、女子来ないの!あははははは!ざまぁ!」
さっき店員さん…サッチさん?に追い払われた男の人達はまた私の周りに集まって来た。もれなくアルコールが回っているようで陽キャに磨きが掛かってる。
「……お~ま~え~ら~!!散れっ!会計倍にすんぞ!こちらのお嬢さんが食事できな…」
サッチさんの言葉が止まった。私のテーブルの上のご飯がペロリと無くなっていたからだろう。
「追加、いいですか?」
「あ、はい、どーぞ」
さっきはイタリアンだったし今度は脂分少ないような和食を…とメニューに目を通す。
「卯の花の小鉢、おでん三種盛り…お刺身の盛り合わせをお願いします。あ、それから八海山を」
真面目ぶってるせいか飲まないように見えるらしいんだけど、実のところ私はお酒は強い。
会社の飲み会に参加の時は女子らしくカルーアミルク(えへっ)とか、カシスオレンジ(てへっ)とか言ってるけど、正直あんな甘くさいジュースもどきよりポン酒が好きなんだよね。辛口最高。
この店に知り合い居ないし多分もう来ないし。好きなもの飲ませていただくわ。明日は休みは免罪符。
「…やべぇ、惚れるわー…」
「は?」
「あ?!いやいや!ありがとうございます!お待ち下さい!」
サッチさんがカウンターの向こうに戻った。私のオーダーに取り掛かる音が聞こえてくる。
「お姉さん、日本酒飲める女子なんだー、ヒュー、いいねぇ!おれと一緒に飲もうぜ!」
「女子は寄り付かないかわりに俺たちみたいなのが集まるから、酒のツマミも種類多いんだ。ウコンも用意されてるし酒飲みには堪らない店だよ」
「無駄にメニューにデザートあるしな」
「あー、まだ女子狙いなんだろ?諦めりゃいいのになぁ!ぶははははは」
カウンターの向こうからたまにサッチさんの制止の声が掛かったり、見知らぬ男の酒をさんざん飲んだり。初対面のはずなのにアルコールのせいか私も大笑いしながら騒いだ。
「なまえちゃーん、ビール飲まない?」
「なぁなぁ、なまえちゃん!好みのタイプってこの中なら誰?」
「炭酸はあんまり好きじゃないな、ごめんなさい。好きなタイプは…ターミネーターやってた頃のシュワちゃんです」
下らない話に花を咲かせて、気づけばサッチさんも注文がはけたのか私の隣に座っていた。最低な気分で店に来たのに。なんて気分がいいんだろう!
「よーし、んじゃ乾杯~!」
意味のない乾杯は何度目だろうか。アルコールが回ってちょっとした事で店の皆が爆笑する。私も何が可笑しいのか腹が捩れるほど笑った。
「うわははは、乾杯っ!」
「乾杯~っ!あははは!」
うう、身体が重い…。
ベッドの上で寝返りを打つと頭がぐらりと揺らいで、こみ上げる吐き気。この感覚はよく知っている。二日酔いだ。
「…うぅ、おえ、今、何時…」
今日は日曜。休みだし一日ゆっくり寝てよう。
目を開けるのもおっくうで手探りでベッドの横に置いてある目覚ましを求める。
「…っ、うお!?」
時計、時計………?おかしいな?棚はすぐ手に触るぐらいの位置にあるのに。手に触るのは時計じゃなくて違う感触。
「いや、あの…起きてんの?」
何か固い感触…いや柔らかい?変な感触を確かめようと何度か撫でてから思った。
…今、誰か喋ったよね?恐る恐る目を開けるとベッドのシーツの色が違う。枕も私のじゃないし目に映る部屋は見たこともない内装。
「……………あれぇ?」
二日酔いの頭では状況を理解するのに時間が掛かった。なまえは混乱している!と頭の上に文字でも浮かんでいるようだ。
「…あのですネ?俺は嬉しいんだけど、あんまりくっつかれるとちょっとヤバいから…」
戸惑った声の方に目を向けるとチンピラ…じゃなくて、いやチンピラなんだけど!明るい茶髪の長髪の男の人が隣に居た。
普段なら喋るのも憚られるみたいな…正直『ヤのつくお仕事の人』って感じの怖そうな人が半裸姿で寝そべってる。
「……えーと、起きてる?寝ぼけて…っ、いやあの、くすぐったいんですけどね?」
…私の手はその腹筋を撫でていたみたいで、スポーツをやってるようなガッチリとした身体のバキバキに割れた腹筋を弄っていた。
視線を上に上げると男の人の困ったみたいな目線とかち合う。
「ーーーーーっわあああ……~~っ、うぇぇ」
慌てて身体を引いてその反動でまた吐き気に襲われえずいた。世界が回るっていうか脳みそ引っ掻き回されてる。死ぬ。
「うわ、大丈夫か?急に動くとまだ辛いだろ?寝てななまえちゃん」
男の人がふらついた私の身体を支えた。
この人誰?なんで私の名前知ってんの!ここ何処?今何時?あれ私の服は?スーツ着てたのに今ジャージの上しか着てないよ?いやパンツは履いてる!大丈夫!…なのか?ブラしてないんだけど!もしかしてあれかな、ワンナイトカーニバル的なあれですか?!でも下半身に違和感ないよ?無いよね?昨日飲みすぎたんだやっぱり!途中から記憶飛んでんだけどこんなの初めて…、ってこんな初めていらなーい!!
「…おーいなまえちゃん?大丈夫?」
男の言葉は無視して、私は尋ねた。
「つ、つかぬ事をお聞きしますが…どちら様でしょうか…?」
「……あれ、覚えてないのか?」
「…大変申し訳ありませんが、さっぱりです。あの、お兄さんのお名前は…」
男は呻いて天井を見上げた。その後私に向き直って話し始めた。
「………俺はサッチと言います。実は名乗るの、三回目。昨日の夜はなまえちゃんと激し~い一夜を過ごしたってのに。そりゃないよ?」
「はっ…激しい一夜…!?」
やっぱりやっちゃったんだ!!しかも激しく!?昨日の記憶がないから嫌な予感はしたけど最低…私バカ過ぎる、こういう事だけはしないように気をつけていたのに!
サッチさん?は遠い目をして言葉を続けた。
「…珍しく俺の店に女の子来て、しかもいい食いっぷりにいい飲みっぷり!話してみればよく笑うし…可愛いなぁなんて思ってたらさ…いつの間にか八海山の瓶半分空いてるんだよな。伝票見たらグラスワインも三回お代わりしてるし、周りのアホ達からも注がれまくってめちゃくちゃ飲んでるし」
…あ、ちょっとその辺りは覚えてる!
そっか、サッチさんってお店の店員さん…いや店長さん?だった気がする。リーゼントじゃないから解らなかった。……うーん、リーゼントじゃなくてもちょっと怖い系の外見かも。
でも喋るとクルクル表情が変わって怖さが和らぐ。
「…で。デザートに出したアイスクリームサンデー食べながら梅酒飲んで潰れちゃってさ。送り狼申し出るアホ達を蹴散らして店閉めた。タクシー呼ぶのになまえちゃんの住所聞こうとしたら…」
一度言葉を切って、やっぱり覚えてない?とまた聞かれた。すいません、と謝り続きを促すもしかして私から迫ったんだろうか?別れたばっかだしなぁ。それにしても初対面の男に迫るとかアルコールって怖い。
「……俺の店で食ったもん、俺の店で全部出しちまってさー」
「……えーと……つまり私は、サッチさんの店で吐いたんですか…」
出した?私が?サッチさんじゃなくて?頭の中で言葉を咀嚼して出した答えに強く頷かれた。
「た、大変申し訳ありませんです…」
ベッドの上で土下座して謝った。何やってんだ私。最悪。いややってなくて良かったけどこれは無いでしょ、最低!!
「いいって、頭上げてくれ。スーツとブラウスは吐瀉物まみれになっちまったから、洗っておいた。帰ったらクリーニング出した方がいいぜ。あとこれ鞄。貴重品確かめてくれるか?」
サッチさんは手を伸ばしてチェストの上から私の鞄を取り差し出す。
「な、何から何まで…本当すいません…」
財布を取り出してとりあえず中身を確認。札の枚数をざっと数えてカードの有無も。
「昨日のお代、私払いましたか?おいくらでしょうか。弁償するものがあれば併せて教えてください」
記憶にある分だけでもかなり飲み食いした。
いざとなったらこのクレカの出番である。
「はい、レシート。毎度ありがとうございます」
両手で掴み名刺を渡すみたいにしてレシートを寄越す。帯のように長いレシートは合計で五千七百二十四円也。食ったなー…はは。お財布から六千円を出して渡す。
「お会計は一先ずこれでお願いします。おつりはいいです」
「いいの?お釣り出せるぜ?店、下だし」
「…下?」
「ああ。ここ、店の二階で俺の居住区。昨晩はなまえちゃんを担いで階段登りました」
「…うそ」
担いだ?私を!!散々飲み食いした挙句にゲロった私を?………最悪…絶対重かったよ私!
「あああ~、私もうお酒飲まない…」
「俺も二日酔いの朝って毎回それ思うわ!はは、一緒だななまえちゃん!」
見た目は明らかに一昔前のヤンキーさんな癖に、サッチさんってすごいいい人!怒ってもいいところですよ?!
てか…彼女とかいないのかな?私を部屋に入れて大丈夫なのかな。
「あのー…一応、確認してもいいですか?」
「んー?」
「………昨日の夜って、何も、なかったですよね?」
ワンナイトカーニバル的なアレは。と意味を込めて聞いたら、サッチさんは意地悪く笑った。
「…なまえちゃんって、美乳なんだな?」
「~~~~~~~~~~~っ!」
やったの?やっぱりやっちゃってたの?!
声にならない叫び声を上げた私を見てサッチさんは吹き出して笑い始めた。響かないように気を遣ってから控えめな笑い方をする。
「ぶは、ははは!大~丈夫っ!潰れた女に手ェだすような真似はしてねぇよ。だけど着替えさせたの俺だからさ、そん時におっぱい見ました。すいません」
「あ、いやいや!こちらこそありがとうございますですから…」
真面目に頭を下げてくるサッチさんに慌てて私も頭を下げた。
「ベッドもジャージもありがとうございました。ジャージは洗って返します。改めてお礼に来させて下さい」
そう言ってベッドから降りようとすると手首を掴まれた。ここにいるようにと。
「店開くの夕方七時だし、まだ寝てていいよ」
「え、でもこれ以上ご厄介になるのも…」
「仕事大変なんだろ?残業と休日出勤で疲れてるって言ってたじゃん。……他人のベッドじゃ寛げないかも知れねぇけど、二日酔いですぐ動くの無理だろ?居なよ…ね?」
なんだってこんなに引き止めるんだ?
ってか私は仕事の愚痴まで吐いたのか!格好悪…まさか彼氏の話とかしてないだろうな。
「えーと…長居するとサッチさんの彼女に悪いかなー…なんて」
語尾が尻すぼみに小さくなった。
サッチさんに睨まれたからだ。マジ怖い!本物さんみたい!
「…彼女、出て行ったっつったじゃん。そしたらなまえちゃんが『それは寂しいですねぇ、私も彼に振られて寂しい独り身なんですよ。じゃあ寂しい独り身同士、寄り添って寝ましょう!』って添い寝してくれたんだぜ」
「お、覚えてな、」
ぐ、と手首を握るサッチさんの力が増す。ちょっと痛い。
「誰かと同じベッドで寝るの、久しぶりでさ。…暖かくて気持ちよかった」
…私もです。言わないけど。人肌を覚えると無くなった時の喪失感が半端ない。
「なぁ、もうちょっとでいいから。部屋に居てくれ」
睨んだ目は懇願するみたいに変わって、でも手首は掴まれたままで。
「………じゃあ、もう少し寝させて下さい」
昨晩サッチさんに散々迷惑かけた後ろめたさも後押しして私は部屋に残ると折れれば、ホッとしたみたいに手が緩んだ。
改めて二人でベッドに寝転ぶ。アルコールの抜け切らない頭でもこの状況は恥ずかしい。
サッチさんのベッドはセミダブルだけど私はジャージの上にパン一だし、サッチさんは上半身裸のジャージの下だけ。大丈夫だと思うけど、襲われないよね?
見た目に似合わず紳士的だと感じるけど、他人とベッドの上。不安がない訳じゃない。
ぎし、とベッドの軋む音に身体が強張った。
「…身体、大丈夫?」
「へ?身体…ですか?」
「忙しくてあんまりまともな飯、食ってないんだろ?インスタント以外の夕飯久しぶりだって昨日聞いたから」
「…がっついて飲み食いして、すいません」
余計な事喋りすぎだよ私は!酔っ払い怖いね!
ぎし、とまたベッド小さく軋む。サッチさんが寝返りを打って私の方へ距離を詰めた。
「…あ、あの、……あっ!」
近いです、と言う前に抱きしめられた。
「ごめん、ちょっと抱きしめさせて。昨日の後始末長引いて、俺、あんまり寝てない…」
「え、あの、サッチさん?」
「……おやすみ」
私の肩の辺りに顔をうずめて、両手で私の身体を抱きしめる。
元彼より腕もがっちりしていて、服一枚隔てた先で触れ合う身体の固さにクラクラした。
昨日の後始末…多分私のだよね?睡眠時間を削らせてしまったんだ。そりゃ眠いよね、なんて思ってる僅かな間に寝息が聞こえてくる。
顎髭が頬に触るとくすぐったい。
…サッチさんが言った通り久しぶりの添い寝ってやつは暖かくて気持ちがいい。心臓の音と寝息を聞いているうちに、すっかり私も寝入ってしまった。
二度目に目を覚ますとサッチさんはいなかった。掛けてあったスーツに着替えると吐瀉物の臭いがちょっとした。
「…あ、顔…メイク落ちてる?」
今更ながら口の中が濯がれていた事とメイクを落としてくれていた事に気がついた。サッチさんマメ過ぎる。すっぴんで過ごしてたのか私。顔やばくなかった?
慌てて鞄からメイクセットを取り出して顔を作っていたら、部屋にサッチさんが戻ってきた。
「…あれ、すっぴんも可愛いのに」
「…すいませんサッチさん。化粧中なんであんまりじっくり見ないで下さい!」
「気にしなさんなー、ブチまけた仲じゃん?腹減らない、なまえちゃん。そろそろ何か食えそう?」
上機嫌に簡易テーブルにトレーを載せて私を手招く。頭はしっかりリーゼントにセットされ、小ざっぱりとした柄シャツにデニム。髪型一つで人の印象ってすごく変わるものだな。
ファンデと眉だけは書いてからテーブルについた。お皿にはカットされた果物と、…ゼリー?半透明な緩いゼリー状のモノがガラスの器に盛り付けられていた。
「なんか腹に入れた方が頭回るから。季節の果物と二日酔いに効く、特製ジュレ」
「…サッチさんって本当マメですね」
ジュレ?なにそのオサレメニュー。ゼリーとは違うんだろうけど違いがわからないアレだ。
朝からすごいな。料理作る人ってみんなこうなのかな。
「…おいしい」
「よかった!食える分だけでいいから無理して全部食わなくていいよ」
サッチさんも自分の分を食べだす。二人ご飯ってやっぱり良いな。早く新しい彼氏探そう。
「あ”ー、あの。ありがとうなまえちゃん。久しぶりに良く寝れた」
「いいえ、こちらこそ大変お世話になりました。ジャージは綺麗にしてからお返しに伺います。改めてお礼に来ます」
「いいよ、ジャージなんか」
「ダメです。サッチさんが親切な方で本当に助かりました。お礼をさせてください!」
自暴自棄に飲み食いして、バカ騒ぎして、見知らぬ男に犯られるかもしれなかったのに。
「…お礼はいいからさ、また来てくれよ、俺の店に。潰れるまで飲まなくていいように愚痴りにおいで。ダメな元彼のかわりにおにーさんが何でも聞いてやるから」
別れたばかり、手厚い看護に優しい言葉。チャラい見た目の癖に、変に紳士。……参った、ヤバいわ。この人私の好みだ。
「そんな事言ったら、本当にまた来ますからね?」
「本気だよ、待ってる」
スプーンで掬ったジュレが無様に落ちた。それを拭く振りをして俯いた。赤面した顔を隠す為に。
大声だして
叫びたい!
(あ、なまえちゃん!これ持って行ってくれ。おやつに食って)
(うわっクッキー?あ、ありがとうございます…)
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