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Heart breakers.
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(Side U)
桜というピンク色の花を咲かせる樹々が並ぶ春島。柔らかな風に吹かれるとヒラヒラと雪のように花弁を舞い散らせ、なんだか幻想的な雰囲気。
「…ああ春だよなぁー、いいよな春!」
その幻想的な中で胸に本を抱き締めて呟くおっさんが一名。
「何か変なモンでも食ったかサッチ」
マルコは新聞から目を上げてサッチに聞いた。それはそれは嫌そうな声音で。
島に着いたのは昨日。運悪くあたしは船に居残り組だった。今日は船番交代でやっと島を観光できるぞと意気込んで、ぶらぶらしてたところにサッチが見えたから近くに行ったのだ。ところがお目当てのサッチの隣にはマルコが居て、一気に気分が落ちる。二人してその辺で買ったのかでかいサンドウィッチを齧ってのんびりダラリとしている最中。
「いやもう俺は胸がいっぱいで飯なんか喉を通らねえ」
「…サッチは今がっつり食べてたじゃん」
あたしはサッチ達の近くに座り、店で買ってきた品物を開けていた。雑貨屋さんで見つけたウサギのぬいぐるみだ。小さいそれには金具がついていて鞄とかに付けられるという寸法だ。
ちょっと情けない下がり眉が誰かさんに似てたから、つい、似合いもしないってのにファンシーなモノに手を出してしまった。
「…なまえ。お前はそれ、銃につけんのかい?」
マルコがあたしのぬいぐるみを見て尋ねてくる。特に珍しいとも、どうかしたのか?とも聞かずに。
「うっわ、似合わねー!なまえがうさぎ!?ぶはははは!しかも変顔のうさぎ!!」
サッチのアホはあたしを指差して笑い、うさぎを馬鹿にした。変顔?自分の顔見ていえば?似合わないとか解ってるっての!いちいち言わないでよ!
「うるさいなー、あたしが付けたらそんな変だっての?」
サッチを睨むとヘラヘラ笑い顔が受け流す。小馬鹿にしきった面が憎い。
「だってさ、可愛いの似合わねぇもんなまえ。そういう可愛い系のって小さくて可憐な娘がつけてこそ、だろ」
サッチは容赦なく言葉を突き刺す。あたしが傷付くと知っていて、こういうことをわざと言うのだ。解っているけど言われると悔しいし悲しい。
「サッチ。やめろよい。何付けたって個人の好きだろい」
「まーな。自由に勝手に付けりゃいいんじゃね?」
マルコが言うとあっさり肯定するがあたしに詫びたりはしない。サッチの中じゃあたしの位置はマルコより下だ。ああむかつく!八つ当たりだけどマルコのバカ!!
「ふん。似合わないならサッチに本だって似合わない」
「ふふん、解ってねえなお子ちゃまは!この本は特別さ!」
よくぞ聞いてくれました!みたいな勢いでサッチは自慢気に本の表紙をあたしとマルコに見せつけた。
「…それ…童話かい?」
マルコがドン引きするほどキラッキラした可愛い表紙はあたしのうさぎとか言うレベルじゃないんだけど!?新聞を畳み、マルコは身じろぎしてサッチから微妙に離れる。ってかサッチが童話?サッチが童話!!?あたしもポカンと口を開けて言葉を失ってしまった。
「おい!二人してなんつう面しやがる!勘違いしないでよねっアタシの本じゃなくてよ!」
「やめろよいその話し方、気色悪い!!」
マルコの手で後頭部を叩かれたサッチは口を尖らせて子供みたいに拗ねた。
「ちぇ。お前ら二人とも解ってねえ!やっぱり俺の硝子のハートを解ってくれんのはハチミツちゃんだけだぜ!」
「…ハチミツ?」
サッチの口から出た聞きなれない女の名前にあたしは反応すると、ぱ、とサッチは笑う。こんな風に拗ねたり笑ったりとくるくる変わるサッチの顔が好きだ。
「そー、ハチミツちゃん!マジ可愛いの!昨日一目惚れしちゃってさあ~!身長低くて、細くて、髪の毛すげーいい匂いすんのよ!でさぁ、窓辺で本読んだりしちゃって…やべー!マジ天使!」
童話の本を胸に抱き締めてサッチがハチミツという女を褒め称える。崇拝でもしてる勢い。
「お前のそれは病気だよい」
マルコの言葉通りだ。この万年発情期!!また女?しかもまた一目惚れ?島につく度にしてんじゃないの?呆れたマルコの言葉もなんのその。サッチはだらしない顔してにやにや笑う。
「今から口説きに行くんだ、島を発つ前にハチミツちゃんとの美しい思い出作りに俺は行く!」
拳を握り立ち上がり、あたしとマルコに向かって舌を出した。
「じゃーな、鋼のハートコンビ!待っててくれ~ハチミツちゃ~んっ」
語尾にハートマークが付いていそうな感じで叫び、走り去った。あたしとマルコを一括りにしないで!マルコと二人きりとか嫌すぎるのであたしも腰を上げた。
「あたしも行くから。じゃあ」
マルコは何も言わずに少し頷いて新聞を開いた。仕方ないから街にもう一度引き返して買い物でもすることにしよう。欲しいものは特に無いけどマルコと気まずい時間など真っ平ごめんだ。
歩くと腰につけたガンホルダーの辺りで、うさぎが揺れる。少し照れ臭い。
「おぃーす!ただいまー、なあ聞いて聞いて!」
モビーディックに帰って来たサッチはもの凄い童話に詳しくなっていた。世界中の童話を語り出し、それが意外に面白くて周りにクルーが集まり輪ができる。
料理、編み物、ダンスにマッサージ。歌に絵、果てはファッション。毎回毎回、好きな女や娼婦をつくる度、サッチは女の趣味にはまる。女の趣味というより女の気を引くための、趣味だ。元来サッチは器用であらゆる事を身につける。もっと別な事にその労力使えばいいのに。
そう考えたけどサッチの話し方は聞き手を引き込むのがうまくて悔しいが真剣に続きを聞いてしまった。
翌日。サッチはまた女の元へと出掛けて行く。念入りに髪型をチェックしたり、首のスカーフの位置を微調整する。バカみたい。
「サッチ邪魔。鏡、あたしも使いたいんだけど」
「お前は鏡使わなくていいって。なまえカワイーヨ、セカイイチヨー」
「わざとらしいな、むかつく!!」
鏡を独占したいだけの言葉だ。解ってるけど可愛いという言葉に嬉しいとか思う。気が済んだサッチは鼻歌歌いながら街に出て行った。
…ハチミツ、ちゃんか。どんな娘だろう。行かなきゃいいのにやっぱりどうしても気になる。あたしはサッチを追うように街に足を向けた。
「…居ない、か」
一応、本屋を覗いたがサッチの姿はなくてちょっとホッとした。見たいけど見たくない。サッチと誰かがいる所なんて。
「休憩しよ。喉乾いたし」
近くにお茶を飲める店を見つけ、あたしは何か飲もうとそこに入った。ガラス張りで店内から外がよく見える内装の落ち着いた店。コーヒーのいい香りが漂い穏やかな曲が流れている。
いい雰囲気なんだけど混んでいて席がない。どうしようか、別の店に行こうか?
一席くらい空いてないかな?と見渡した店内、しかも外がよく見える一番いい席で優雅にコーヒー飲んでる黄色い後頭部。…マルコだ。
あー、そういえばコーヒー好きだしなマルコ。
相席すれば座ってコーヒーが飲めるけど、あたしはテイクアウトを頼んで店を出た。
「美味しい。座って飲みたかったなー、座れるようなところ空いてないかな」
温かいコーヒーに口をつけながらぶらぶらと当てもなく街を散策。うさぎは相変わらず違和感を醸し出しながら腰で揺れる。
「………っ!」
目の前に急に見えたサッチの後ろ姿にコーヒーを吹きそうになった。声は届かない距離。道沿いのベンチに座っていた。
何か一生懸命にサッチは話している。隣には細いシルエット。座っていてもサッチよりずっと小さくて、細身で…長くてサラサラの、甘そうなハチミツ色の髪の毛。桜の花の様な薄紅色のワンピースを着て、少し離れてサッチの隣にいる。息が止まりそう。…小さくて、可愛い服着て、多分きっと綺麗な顔の子だろう。
サッチと彼女の距離感に苦い気持ちが湧く。
彼女が嫌がらないギリギリの間合いだろう。そういうのを測るのは抜群に上手い男だ。娼婦には遠慮なく腰を抱き、寄り添い歩く。街女にはジョークと世界の旅の、笑える冒険譚。時に花、時にケーキ。期間が過ぎればもう会えないという気持ちが女達の心を溶かすのだろうか?
「さいあく。なにあれ、サッチとは無縁な生き物じゃん。なんで?」
見なきゃよかった、めちゃくちゃ小動物系じゃん。あの野郎!口を噛み締めて踵を返して船に帰った。
「へいへい、今日のお話聞く?とびっきりだぜ!」
その夜。サッチは世界の神話について延々と話した。二日、三日、四日目。帰るたびに様々なお話をサッチはクルーに披露する。
…五日目の夜、ついにサッチは帰って来なかった。ハチミツという女の子と、一夜を過ごしたのだろう。
あたしは甲板で朝まで居たけど六日目…出港の日の昼間にやっとサッチはモビーディックに戻って来た。 見送りに来たハチミツを伴って。初めに見た二人の微妙な距離は、恋人のように寄り添い手を繋ぐ程に縮んでいた。船に乗る前にハチミツを抱きしめてキスをして、しばらくその場で涙ぐむハチミツを宥めていた。さんざんいちゃついた後、ハチミツから本を受け取りサッチはモビーディックに帰って来た。
「……」
あたしは甲板でそれを全部見ていた。
手には飲み口の欠けてしまったコーヒーカップ。大きさがちょうどよくて、欠けても手放せないアイテムだ。すっかり冷えて不味くなったコーヒーを飲み込む。苦い、不味い…冷たい。
「ふん、ふふん、ふふ〜ん♩スイートハート、甘いハチミツ〜」
かなり上機嫌でサッチは甲板を横切り船内に向かって歩く。こっちに一瞥もなく。
あたしは腰に下がったうさぎを引きちぎりサッチに向かって投げつけた。小さなぬいぐるみは当たっても痛みはないだろうけど、うさぎは見事にサッチの頭に直撃した。
「…あでっ?!なんだァ?」
「うさぎもサッチも万年発情期。あんたにぴったりだからあげる」
泣きたい。悔しい。サッチの大バカ、意地悪、最悪のクソ野郎!!サッチが何か言う前にあたしは甲板から出た。コーヒーカップを手に食堂へ。熱いのを飲み直そうと思ったけど一度座ったら立つ気力がなくなった。
「どうせ、あたしはかわいくないもん…!」
…可愛くて小さなハチミツ。彼女はサッチに抱かれたんだ。サッチに可愛いと言われて口説かれて、キスを。考えたくないのにぐるぐる頭の中でさっきの二人が回る。
「!」
コト、と目の前に白いコーヒーカップが置かれた。湯気の立つコーヒーが入った白いカップには黒いウサギのシルエットが描かれている。
「それ、なまえにやるよい。今のと同じ大きさだろい」
「…あり、がとう」
温かいコーヒー、同じ大きさのカップ。わざわざ探して来たのだろうか?マルコが雑貨屋に入ったりして?あんまりにも驚いて思わず受け取ってしまって、次の瞬間後悔した。突き返したり出来ずにコーヒーに口をつける。
マルコはあたしがコーヒーとカップを受け取ったのを見て、ポツリと言った。
「…なまえの方が綺麗だよい」
何がとか誰がとか、一切言わなかったけれど、あたしと誰を比べて言ったのか解ってしまった。
「…悪かった。もう言わねえよい」
ため息を吐いてマルコは立ち去った。あたしがどんな顔をしたのか、自分じゃ見えなかったけど。
「…サッチに、そう言われたいのに…」
カップの中に涙が一粒。僅かな波紋を作って消えた。
想っても願っても。
(あ、マルコー!見ろよこの本!俺の愛の物語!)
(…はぁ。お前殴っていいかい?)
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