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海で生きるものたち。
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(Side ACE)
この言い表せない気分を、あいつなら何て言うんだろう。
「なー、なまえ」
「…………」
放置されてかれこれ、三十分。堪え兼ねてかけた言葉はシカトされた。
「なまえ」
「…………」
「おーい、なまえ、なまえ、なまえ、なまえ」
名前を連呼していたら、やっとこっちを向く気になってくれたようだ。
「エース、静かにして」
無表情で淡々とした声。怒ってんのか、それともどうでもいいのか。なまえの気持ちは表情から判断できない。
「話し相手しろよ、暇なんだ」
「構う暇がない」
「いつ暇になんの?」
「この辺のが片付いたら」
この辺、と指された箇所には山積みの紙と本と箱。何でこんなにやる事があるのか。俺は暇なのに。
「…終わるのかよ、これ」
「終わらせるの。だから静かにしてるか、部屋から出て行って欲しい」
そう言ってまた机に向き直ってしまう。
邪魔をしたいわけじゃなくて、俺は単になまえと居たいだけだ。もっといろいろ話したいと思うのに『忙しい』の言葉で断ち切られる。仕方なく口を噤んで彼女のベッドに横になった。
「わたしのベッドで寝ないで」
「広くていいな、このベッド。大部屋は賑やかでいいけど狭い」
この部屋のベッドは大部屋のと違ってデカイから寝やすい。やっぱ個室っていいな。
「…エースって犬みたい」
「犬?どうせならもっと強そうなのにしてくれよ」
何で女の枕っていい匂いするんだろう。なまえの匂いがいい匂いなのか、女全部がそうなのかは知らねえけど。
快適なベッドで枕を抱いて転がっていたら凄え眠くなって、俺はそのまま寝てしまった。
「……んがッ」
は、と目が覚めた。
同時に身を起こして辺りを確認。山積みの仕事は三分の一に減ってて、部屋の照明が点いていた。何時だろう?電気点けてるってことは外はもう暗いんだろうな。
「…何読んでんの」
棚の前で何かを読み耽っているなまえに声をかけてみた。
「読み途中だった小説」
「仕事は」
「休憩中」
なまえの口数は少ない。残り数ページのそれを読み終えると、本の隙間から何かを抜いた。
「何それ」
「しおり」
近寄って覗き込むと紙の切れ端だった。
メモ書きがしてあって、癖のある文字で『薬棚の右から二、上から七』と記されている。
「…意味わからん、腹減った」
腹の虫が音を立てて同意する。飯の時間まだかな、今何時だ?今日のメニューなんだろう。肉だといいな。
「食堂へ行ったら?もうすぐ夕食時間だ」
「なまえも行こうぜ、オヤジの近くの場所取りしよう」
オヤジを引き合いに出して誘えば動くはず。
俺の作戦通りなまえは仕事のキリもいいからと言って、部屋を出てくれた。
「この間のアレ美味かったよな。野菜の可能性を知ったって言うか、ピーマンとは思えない味だった」
廊下を歩いて食堂に向かう途中、喋るのは専ら俺で、なまえは相槌を打つか短い言葉で返すだけ。ちょっと距離を置いて並んで歩く。
「俺、掌くらいあるハンバーグ食いたい。タワーみたいに積み上げてさ、チーズ山ほどかけたやつ。あー、でも湖みたいなソースの中に浮かぶ島みたいなハンバーグもいいな…」
普段から口数が少ないのだと気がつくまでは嫌われてんのかと思っていたけど、慣れてしまえば気にならない。ほんのちょっとの動作で何考えてるのか予想するのはゲームみたいで面白いし、予想が当たると次も当てたくなる。
「サッチー!今日の飯何だ?肉か?」
「ざーんねーん、今日のメインはお魚でーす!」
食堂に着いてカウンターからキッチンの中に声をかけると四番の隊員がフル稼働で動いてる。
足を踏み入れた時点でいい匂いしてたけど、目の前で繰り広げられる飯作りの光景はさらに腹を刺激する。
「なー、腹減った。なんか食うものくれ」
こっちを見たサッチが笑ったから期待したのに、ダメだと言う。
「良い子で待ってろよエース!空腹は最高のスパイスと言ってだな…」
「そんなスパイス無くてもあんたの飯は最高に美味いだろ」
けち。そう言うつもりだったのに、カウンターの中からチョコレートバーが飛んできた。
「…飯を褒められんのは好きだぜ、口が上手いじゃねえの末っ子!」
サービスなのか二つも飛んできたのでお礼を言って引き下がることにした。
「ん、なまえ。サッチから貰ったから一つやるよ」
瞑想でもしてんのか、目を閉じて姿勢良く椅子に座っていたなまえの前に座り、チョコレートバーを差し出す。よく見ると結構長い睫毛が動いて目が開いた。
「わたしは食事の前に食べるとご飯が食べられなくなるから、要らない」
「…仕方ねえな。一つの半分なら良いだろ、ほら。なまえは小せえからもっと食った方がいい」
袋を開けてチョコレートバーを半分に割り、なまえに差し出して、俺は残りに齧り付く。
「わたしは小さくない」
「小せえだろ」
「身長なら平均値の範囲だよ」
「平均なんか知らねえよ、なまえは俺より小さいって言ってんだ。手ェ出してみろよ」
掌を出すように言ってお互いの手を合わせて大きさ比べをする。
ほら見ろ!俺より一回り以上なまえの手は小さい。きっとなまえの手首を握れば俺の指が余裕で回るだろう。
「ほら、身長も手も俺の勝ちだ」
合わせていた掌が動き、握手するようになまえの手が俺の手を握る。
「…ふん!」
「ぐえ!」
組み合った手。
机を挟んで肘をついていた体勢から腕相撲の形になり、なまえが俺の手の甲を机に叩きつける。
「力比べはわたしの勝ち」
「……~不意打ちだ!」
「油断大敵」
「うぐ!」
言い負かされて悔しい。もうひと勝負!と挑んだが、食堂のベルが鳴り飯の支度が整ったことを告げた。
「あっ!飯だ飯だ、行こうなまえ!」
俺はなまえを急かしてカウンターに走った。できたての見るからに嗅ぐからに美味そうな飯がバイキング方式で並ぶ。皿に山盛りに取りながらよだれが出そうだ。
「ほら魚のデカイところ。お前もっと食えよ」
「エースは自分のだけ取って」
自分のトレーに入れるついでになまえの持つトレーにも魚やおかずを乗せると逃げるよう距離を取られた。そしてさっさと離れて席の方に戻る。
食事開始のベルが鳴ると人が増えるからオヤジの席の近くへ行きたいんだろう。人の影になまえの姿はすぐに埋もれた。あいつは小せえからすぐ見えなくなる。
「いただきます!!美味い!」
アレもコレもと取っていたら席はあっという間に埋まってて、結局なまえと席は離れてしまった。
後で酒持ってオヤジとなまえの所に行けばいい。まずは飯だと口に詰め込む。
「……ぐがー」
睡魔に飲まれるのはあっという間。飯を食うと眠っちまうのは俺の癖だ。気がつくと寝ているので自分じゃどうにも出来ない。
「エース、起きろよい、おい!」
「…ブホッ」
意識が戻ると周りの奴らはもう飯を食い終わり、酒を飲んでる方が多かった。俺を叩き起こしたのはマルコで、呆れた顔して隣に座る。
「その癖なんとかならねえのかい。顔中に食いもんついてるぞ…あ!この野郎!!」
手近にあったマルコのシャツで顔を拭ったら拳骨が落ちた。
「~~いってえ!!何するんだよ!」
「こっちの台詞だよいッ!」
汚れたシャツを脱いだマルコは酒の栓を開けてそのまま口つけて飲み始める。
「マルコが飲んでるの、この間の島でまとめ買いしたやつか?」
「そうだよい。なまえが選んできた銘柄なんだが当たりだったな」
マルコはちょっと笑って、酒を飲みながら本を読み始めた。細かい字がいっぱい並んでるのを見るとオエって思う。
「部屋で読まないのか」
「…この賑やかな声を聞きながら読むのが良いんだよい」
静かな方が読みやすいってなまえは言ってたけどマルコは違うみたいだ。俺は本とかほとんど読まねえから解らないけど。
「…なまえってマルコの女だったりするのか?」
考えてみるとなまえとマルコの共通点は多い。本が好きだし、同じ隊で隊長と隊員。なんだかんだ会話によく名前が良く出てくるし。
「いいや、どうしてだい?」
この大きな船の多くのクルーの中で男に囲まれた女が居ると邪推してしまう。女を船に乗せるのは縁起が悪い、と言う奴らは結構いる。
一人の女を取り合って潰れちまった海賊の話を耳にしたこともあるし、そんな面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だ。
「二人して一緒によく居るし、無言でやり取りしてるし、意思の疎通が凄えからてっきりそうなのかと」
「まあなまえとは付き合い長いからねい。他の奴に比べりゃ多少はな」
ページをめくりつつマルコは言う。目がゆっくりと文字を追いながら穏やかな声で。
「…狙うなよ、アレは昔っからサッチのだ」
「はあ?!サッチ?ウソだろ!!」
食い物吹き出しそうになった。
出かけたモノを喉の奥へと飲み込んで冗談だという言葉を待つが、返ってきたのは大真面目なマルコの面。
「女にだらしない…いや、女に弱いって聞いてるけど。なまえにまで手ェ出してんのかよ」
「あー、それは…」
一際大きな歓声がマルコの言葉をかき消した。
声の方を見ると人だかりが出来てて、その中心に飛び出したリーゼント頭が見える。賭けでもしてるのか笑い声と怒鳴り声が混ざり合って賑やかだ。
「…エースはなまえが気に入ったのかい」
「初めは嫌われてんのかと思ったけど、なまえはいい奴だしいい匂いするし、近くで見てると楽しい」
「そうかい、仲良くしてやってくれ」
「おう、ごちそうさまでした」
手を合わせて食事を完了。
俺も酒飲もう、と席を立ったら誰かにぶつかった。
「っと!急に立つなよ末っ子!」
「俺は末っ子じゃねえよ、そう呼ぶなサッチ」
騒ぎの主が移動してきたらしく、マルコの隣に座ってマルコの酒を奪って飲んだ。
「…これ味が薄くねえ?」
「お前が濃いやつ飲み過ぎなんだ、控えろ。あと勝手に飲むなよい」
本を閉じてマルコが席を立って、サッチの座る椅子を軽く蹴っ飛ばしてから食堂から出て行った。
「サッチ、ちょっとそこに居てくれ。片付けてくる」
「ん?あー、じゃあついでに酒持ってきて。足りねえ」
空ビンを俺の持つトレーに乗せて笑った。
俺は食い終わったトレーをカウンターに返却して、四番の奴に一言告げてから貯蔵庫の酒を貰い、席に戻った。
「ほら酒」
「お、ありがとなエース」
乾杯をしてから二人でグラスを傾ける。喉をアルコールが通る独特の熱を感じて息を吐く。
「…なあ、なまえってサッチのなのか?」
俺はなんと聞けばいいか迷い、うまい言葉が見つからず、疑問をそのまま口にした。
一瞬キョトンとしたサッチがゲラゲラと笑い出す。
「なんで笑ってんだよ」
「いやー、ぶははは!…それマルコに聞いたんだろ」
「そうだけど」
白状すると俺はなまえを結構好きになっていた。仲間として見ようとしても、時々、どうしても彼女の中に女を見つけてしまう。
女だからと侮ってるわけじゃないし、女らしさで言えばナースの方がどう見ても色気で勝ってる。ただ、なまえが気になるし困ってたら助けたいと思う。これが恋情かは知らねえけど。
「ふふん、なまえは俺のだぜ。悪いなエース」
「なまえはアンタのどこがいいんだろうな。変な頭なのに」
「俺は頼れるお兄ちゃんだからねェ、そりゃもうなまえだってメロメロってもんさ」
メロメロ…言い方がおっさんくさい。まあサッチはおっさんなんだけど。
…しかしあの動じない顔を崩して、サッチを男として頼ってるなまえなんて想像できない。
「手を出すなよ。なまえにちょっかいかける奴には、お兄ちゃんちょ~っと厳しいぜ?」
ニヤついた顔に鋭い色が混ざった。あくまで兄貴と言いつつも確実に有言実行すると目が言っている。
「なまえはあんたが何人も取っ替え引っ替えしていて、何も言わねえのかよ」
なまえも見てた筈だし、俺より付き合いが長いんだからサッチの女にだらしねえところなんか山ほど知ってる筈なのに。
仲間としては頼りになるが良い男とは言いがたい。むしろ逆を爆走してる。
「なまえにとって俺より良い男なんて、オヤジくらいしか居ねえよ。なんならなまえに聞いてみろ」
自信たっぷりに言い放つ。腑に落ちない気分で、とりあえず相槌を打つ。
サッチと酒を飲んでいたら他の奴らに囲まれ、くだらない話で大笑いした。
俺は話しながらなまえの事が頭の隅から離れなかった。
→(Side U)