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溜め息と涙でできたもの。
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(Side U)
ログが溜まるまでの三日間、モビーディックはこの島から動けない。たいして大きくはないけれど酒場はあるしそれなりに店もある。退屈はしないですみそうだ。
「見てなまえ!これなまえに似合いそうよ。試着してみない?」
「ええー、そのスカート丈が短すぎるよ」
「あら。私達のスカートより5センチは長いわよ?」
「……お姉さんの基準てそこなの?」
ナースのお姉さん達に誘われて買い物に出掛けていた。通販で買うより実物見るのが一番よね。
たまには女同士で遊びましょう?なんて言われたら行くしかないでしょ!ウチであたしを女扱いしてくれる人なんてのは少ないから正直嬉しい。
「あたしはスカートだと下着丸見えになるから止めとく。このショートパンツの方がいいな」
黒地に刺繍の入ったそれを手にして縫製や強度の具合を確かめる。うん、まあ良さそうかな。
「よし、丈夫そうだ。あたし買ってくるね…」
会計に向かう前に聞きなれた電伝虫の音が鳴り、お姉さんは普通に胸元に手を突っ込み谷間から普通に電伝虫を取り出す。二度見してしまった。
……なぜ滑り落ちないのか。神様は不公平だ。ちくしょう。背ならあたしの方が高いのにな。なんで乳って増えないんだろう。
「ごめんなさい、なまえ。ウチから呼び出しなの…お馬鹿さんが怪我したらしくて」
電話を終えたお姉さんが谷間に電伝虫をしまい、申し訳なさそうに謝る。
「え、大丈夫なの?何か買っといて欲しいものあったら代わりにあたしが買っておくよ?」
「…じゃあチョコレートをお願いできるかしら」
「ほら、明日はバレンタインでしょう?毎年恒例でウチのみんなと船長に渡したいから。市販品と溶かすのを買って欲しいの」
「お金、これでお願いね!」
ピンク色の花のお財布をあたしに渡して、お姉さんたちは足早にモビーディックへと帰っていった。
「…えチョコレート?……あたしが選べっての?ハードル高いよお姉さん!」
やばい。女子力低い女になんつー頼み事すんの?渡された財布の重みに耐えられない。しかもあたしの皮財布と違ってきちんとしたレディースものだし。
「…店員さんに聞こう。そうしよう」
重い足取りで島の繁華街でのファンシーなお菓子屋さんハシゴを始めた。
「いらっしゃいませ~」
愛想のいい甲高い声。甘い匂い。可愛い女の子。ふわふわのスカートにピンクの花柄。 店内に溢れ返る『可愛いもの』の中で浮きまくる己の存在に身体がむずむずしてくる。
見渡す限りに視界に入るハートやリボン。
真剣に、それでいて恥じらいを込めてチョコレートを選別する女の子たち。みんな頭一つくらいあたしより小さい。凄い浮いてない?あたし異分子すぎる。
よしさっさと済ませよう。
店員さんにチョコレートを選んでもって少しでも早く買って店から出たい。
「すみません、ちょっと数が多いんだけどいいかな?」
「はい、ありがとうございます!どちらの商品でしょうか?」
「えー…と…」
こっちが聞きたい。あいつら何が良いんだろう?お姉さんから毎年あたしも貰ってたけど。解らない。味?見た目で選ぶの?どのくらい食べるの?
「何でもいいので適当に。数は…とりあえず200くらい」
「え!」
え?何?と思ったらメイド服みたいな店員さんは困った顔して言った。
「…申し訳ありません、当店では200個のチョコレートをご用意するのは難しいです…」
あー、そっか。ここにいる女の子だってチョコ買いに来ているんだし、あたしが買い占めたら悪いよね。
「ううん、ごめん。あたしが考えなしだった。じゃあ…お姉さんのオススメで20個くらい選んでくれない?」
「はい、ありがとうございます!……ええと、これと、これと…あ、これも可愛いのでとっても人気なんですよ!」
いや、お姉さんが可愛いよ。一生懸命だなー、女の子だよねー、……ほんっとあたしと違う。同じような事を繰り返す事、7店舗目。溜息が出た。
「…重い!くっそ、腹立ってきた!ウチの馬鹿どもの為になんであたしが!」
お菓子屋さんってなんで袋まで可愛いやつにすんの?嫌がらせなの!?両手にチョコの山。大小合わせて総計200越え。
いろいろ耐えかねて道沿いのベンチに腰を下ろす。ポケットから電伝虫を取り出してお姉さんに数の確認を。
「…あ、お姉さん?チョコの数って幾ついる?250位買ったけど。このままだと島中のチョコ買い占めそうなんだけど」
『まあ、ありがとうなまえ!それだけあれば充分よ!なまえの分は今年は手作りにしてあげるわね』
「え!いいの?ありがとう!じゃあこれからウチ帰るね」
怪我したクルーも無事だったらしい。これで一安心、あたしも肩の荷が降りる。
「…よし!帰ろっと」
荷物を抱え直してモビーディックの停泊している港に向かい、戻ると早速チョコ作りが始まった。
甘い甘い香りがモビーディックに流れだせば、そわそわとクルー達が廊下を無駄に歩いたり。お姉さんと4番隊のメンバーが籠城するキッチンの様子を窺ったりと忙しない。
オヤジとモビーディックに残っている各隊長の分はお姉さんの手作りチョコが渡されるのだ。
今年は生トリュフらしい。
最近手柄を上げたクルーにも振舞われるので、2月に入ってからのクルー達は戦闘の度に張り切る。ちなみに任務でウチを離れている隊長・クルーの分はナシ。
「お姉さーん、食料庫から生クリーム持ってきたよ。ここ置くね」
「ありがとうなまえ。少し味見していく?」
「うー…、我慢する!その方が楽しみだから」
あたしはチョコ作りを手伝わない。溶かして固めるだけのものもあるのよ、とお姉さんは誘ってくれるけど…あたしが作ったチョコなんて誰が食べんのよ?誰だってお姉さんが作ったチョコの方がいいに決まってる。
廊下ですれ違ったクルーはあたしに気にも留めない。頭の中は貰えるチョコで一杯なんだろう。どいつもこいつも浮かれやがって。見渡した周囲の、落ち着かないクルーの中でウンザリ顔が一人いた。
「…はあ。この匂いは毎度キツイよい」
「ぶははは!毎年恒例のイベントだろ、いい加減に慣れろよなマルコ」
甲板で呻いているのはマルコだ。その横にはサッチ。マルコは煙草で、サッチはコーヒーで一服していてチョコと混ざって届いた。
うわ!嫌だな、近道に甲板通るんじゃなかった。二人を避けるように気配を消しつつ、視界に入らないようにしつつ、そーっと船内を目指した。ヌキアシ、サシアシ…あれ?最後何だった?
「ようなまえ、お前ま~た手伝わねーの?ま、料理も出来ねえんじゃ仕方ねえか」
それなのに。いつもはあたしを無視する癖に、こういう時は声をかけてくる。サッチのヘラヘラした顔を睨んで応える。
「うるっさいなー、サッチこそちょっとはお姉さん手伝えば?」
「だってよー、俺が手伝ったらナースのチョコにならねえもんよ。隊員だって湯煎の手伝いしかしてねえし。それに俺が姿見せとかねえとウチの馬鹿ども勘違いする」
俺が作ったんじゃねえかってな?とか言ってるけど、単にお姉さんのチョコ欲しいって顔に書いてある。サッチのニヤけ顔はうんざり。
あたしが作って、あんたに渡して、そうしたらどうする?受け取らないでしょう。何て言うか想像できる。不味い、汚い、下手くそ。要らないって言うに決まってるじゃないか。
「いやーもー、楽しみだよなあ!なあマルコ!ナースのチョコだぞナースのチョコ!ナースの!!」
「気持ちはありがてえ、とは思うが。…アレ甘いんだよい」
サッチのナースコールなんて聞いてらんない。
あたしはさっさとその場を後にした。
自室に入って財布にお金詰めて、また島に降りる。外はもう暗くて酒場が開いていたので適当に入り、カウンターに座って並んだ銘柄の中で一番度数の高いのを頼んで飲んだ。
娼婦の客引きの声と男たちの小競り合い。怒鳴り声と叩き出される衝撃音。
「騒がしくてすまねえな、ねえちゃん!」
「ううん、ウチに比べたら平和だよ」
あたしはやっぱりコッチ側なんだろうな。昼間のお菓子屋さんなんてやっぱり落ち着かないし柄じゃない。
「ご馳走様。いくら?」
手持ちのベリーが尽きる頃、あたしはお勘定を頼んだ。レジの横には酒場のくせにチョコが売っていた。タバコの箱を模した入れ物に入ったチョコとお酒の入ったチョコ。
「……これも、一つお願い」
「はいはい、まいど!」
あたしは空っぽの財布とチョコをポケットに突っ込んでモビーディックに帰った。見張りに挨拶して中に入るとやけに静かだ。明日のバレンタインに向けて居残り組は寝静まってるのかな。出歩いているクルーは酒場か娼館にまだ居るんだろう。
「……………」
あたしの足はキッチンに向かい一人でそこに立っていた。適当に棚を見ながら探したらやっぱりチョコは余っていた。足りないよりは、とたくさん買ったから。
「溶かしてから、固めればいいんでしょ。簡単じゃない。えーと…」
湯を沸かしボウルにチョコを入れて混ぜると熱でゆっくりと形をなくしていく。甘い甘い匂いが空気に溶けて増す。
トリュフの作り方なんか知らない。だから溶けたチョコをスプーンですくってアルミホイルで作った歪なハート型に流し込むっていう誰でもできる方法にした。なのに。
「…あーあ…汚い形」
甘い甘いチョコレート。味は普通なんだろうな、溶かしただけだし。手順知らないし口溶けとかは悪いのかもしれないけど。
「…ばかみたい。しなきゃ良かった」
あたしはアルミホイルを両手で握った。固まる前のチョレートは呆気なく潰れてぐちゃぐちゃのドロドロになる。バカみたいだ。こんな簡単な事さえ出来ない。サッチだってこんなの食べたくないよね。最低だ。
「…誰か居るのかい?」
ぎくり、と身体が揺れた。一番聞きたくない声だった。他の誰かなら悪態の一つも冗談で言えるのに。
「……何もないわ、マルコこそ何なの?」
溶けていたチョコは熱くて、握り潰した手は痛い。キッチンに籠る匂いであたしが何をしていたかバレバレなのにマルコは知らない振りをする。
「……俺は居残りで不寝番なんでな。眠気覚ましの珈琲飲みに来たんだよい」
棚を漁りコーヒーの粉をカップにいれ始めた。サッチが挽いて置いてあるやつだ。チョコにコーヒーの匂いが混ざって緩和されていく。
あたしはマルコのこういう気遣いが堪らなく嫌い。それを喜べない自分が嫌で堪らなくなるから。
「早く行ったら?不寝番の途中なんでしょ」
ぐい、と無言で手を引っ張られ、なんとか隠していた形の崩れた汚い塊が露わになる。
「…っ触らないでよ!」
アルミホイルとぐちゃぐちゃのチョコを見られて恥ずかしかった。握り締めたから手もチョコだらけ。なんて汚いんだろ。本当にバカみたい。作ったところで誰にもあげたり出来ないのに。
「解るでしょ、失敗したの。ちゃんと始末するから放って置い」
「…疲れには甘いモンが良いって聞くよい。それ俺が貰っていいか」
あたしの言葉にマルコが言葉を重ねて遮り、ぐっちゃぐちゃになったチョコまみれのアルミホイルの塊を奪い取られた。
「ちょっと、何して…!」
「他の奴には黙ってろよい。俺ばっかり先に食ったのバレたらうるせえしな」
「だ、黙ってろって、は?」
あたしの台詞なんだけど?
マルコの手が無理やりアルミホイルを開くと、汚いっていうよりもう食べ物とは思えない状態のチョコがドロリと伸びた。
「…マルコ…!それもうゴミなの!やめてよ!」
躊躇いなく口をつけてマルコはチョコを食べた。チョコを食べるっていうか、アルミホイルから指で削ぎ落として口に入れる。
「………………」
アルミホイルから一通り剥ぎ落とすと丸めてポケットへ入れ、あたしに濡れ布巾を握らせて。
「…ご馳走さん。美味かった。なまえも早く寝ろよい」
シンクにコーヒーを飲み終えたカップを置いて、手を洗いキッチンから出て行った。
チョコ嫌いな癖に。なんなのあんた。不寝番の途中で今までにコーヒー飲みになんか来たことあった?知らないけど途中でそういう事しないでしょ。
「……バカなの?なにあいつ」
あんたに作った訳じゃない。知ってるでしょ?あたしはサッチが好きなんだ。そのサッチは、多分、今娼館で娼婦と腰を振っている。もしかしたらお酒のつまみにチョコを食べたりしてるかもしれない。
頭からその光景を押し出して使った器具を全部洗って片す。
「…………」
冷蔵庫を開けたら綺麗な形のチョコが並んでいた。お姉さんの作った生トリュフ。売り物みたい。マルコはきっと忍び込むクルーの見張り番を頼まれたんだろう。チョコを食べないと白羽の矢を立てられて。
イライラしてきた。本当に何なの?あたしが作るの始めから見てた訳?わざわざ気配消して?部屋に戻ってベッドに入ってもモヤモヤして寝れなかった。
→(Side THATCH)
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