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アラベスク。
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(Side U)
四皇である男に近寄ろうなんて思った事は無かった。野蛮で汚い海賊なんか大嫌い。
それなのに海に出たのは…単に攫われたからに過ぎない。
中途半端に腕が立つせいで追い払うはずの海賊共に目をつけられた。
無理やり海賊団に入れられ、暴力で縛られ、恨みは降り募った。
ある時、無謀にも白ひげ傘下の海賊に手を出したバカ船長を隙を見て刺し、騒ぎに紛れて船に火をつけた。死ぬつもりだった。
殺さなければ死ぬ、追い詰められて海の屑を殺す生活は毎日が不毛で。もう生きる事に飽いていた。
『くそ船長ぶっ殺して船ごと沈めようなんて、いい根性してるね彼女!』
共に海に沈む予定だったわたしを勝手に助けたのが、白ひげ傘下の船に乗り合わせていたサッチという男。
『…こんな所で散るには勿体ねえよ。その根性の活かし所に連れて行ってやる』
恩着せがましく『命の恩人』面で借りを負わされ、連れて来られた白ひげ海賊団。
目が醒めれば大火傷でそこら中痛くて包帯ぐるぐる巻き。
『目ェ覚めた?俺はサッチ!君の命の恩人だ!』
嬲られるのか慰み者か、はたまた拷問でもされるのか。わたしの人生ってヤツの果てなき運の悪さを改めて呪った。
「なあなまえ。これは俺の親切心っていうかさー、忠告っていうか…まあ聞けよ」
「あんたみたいなクズのいう事は聞きたくないですよ」
殆どモビーディック号に在中している四番隊は、ここの料理番。
連れ込まれて三週間が過ぎ、痛みと包帯ぐるぐる巻きはまだ取れないけれど、多少は動けるようにはなっている。
「睨むなよ、勃っちまう」
「へえ、堪え性のないクズなんですね」
隊長を務めるのがこのあり得ないくらい女大好き野郎のサッチという男。
「ぶっは!…ホント俺よりさ、マルコには気をつけろよ。あいつはお前みたいな奴が好きなんだ」
夕食に向けて下拵えを進めるキッチン。
身元不明、生死不明に近い大火傷。それでも何故か、わたしの扱いは前の海賊共とは比べようもない程に優遇された。
「…人の尻触りながら言うことじゃないんじゃないの、サッチさん」
「なまえは俺の下に付いて三日も経つのに他人行儀だな。サッチで良いって言ってんのにー、あ!そうだお兄ちゃんって言ってみ?」
「言いません」
「照れるなよ可愛いな」
悪態を吐こうがこの通り。逆に不安になる。
手枷足枷付けられた方がまだいい。牢に入れるでもなく、強姦もされない。どうして、が逆に不安と不信を根深いものにする。
「すまねえ、珈琲あるかい」
カウンターからキッチンに声がかり、意識が戻る。見れば『不死鳥』と名高いマルコという男が、聞いた噂とは真逆の穏やかな笑みで立っていた。
「食堂にポット設置してあんだろ、勝手に持ってけよ」
「空になってたよい」
手にしていたポットをサッチさんに突き出す。
「ええ?!…飯まで水でも飲んで待てよ、今は仕込みで手一杯」
そう言ってポットをシンクに置いて、追い払うように手を振る。キッチンは基本、四番以外は立ち入り禁止。
なぜなら冷蔵庫や貯蔵庫の食料やお酒をつまみ食いしようとする人が後を絶たないためだ。
「邪魔はしねえ、挽いてある粉を出してくれりゃ勝手に飲むよい」
ぱち、と視線が合う。
眠そうな目が細まると余計に…なんと言うか、警戒心を解いてしまいそうな呑気そうな顔に見える。
「…どうぞ」
「ありがとさん」
わたしは棚からコップと粉を出し、お湯を注いで渡した。
「他の人も来ると面倒なので、お湯と粉は食堂に出しておきます」
不満そうに顔を歪めたサッチさんに一言告げ、キッチンを出た。
「ありがとさん、なまえ。美味いよい」
「…お礼はさっきも聞きました」
すぐそこの椅子で早速飲んでいたマルコさんに二度目のお礼を言われ戸惑う。
「忙しいのに淹れてくれたろい」
「…仕事なので」
居苦しくて頭を軽く下げ、逃げるようにキッチンに戻った。
「あ!もう、また水仕事して!サッチ隊長、なまえは医務室に返して貰いますよ!」
「え、あの」
包帯交換の時間よ!と海賊船の医療班と思えぬ美女に服を掴まれた。
「悪い、時間見てなかったわ!なまえの飯持って行ってやるから、医務室で寝てていいぜ」
ちゅ、と額にキスをされてげんなりした。気色悪い。 額を擦るわたしを見てサッチさんは笑った。
「服を脱いで、包帯はわたくしが外しますわ。せっかくの皮膚が剥がれてしまいます」
「お願いします」
日に数回、医務室で傷の手当てと包帯交換がある。皮膚が張り付く包帯に鋏を入れ、器用に外していく。
「うふふ、貴女の皮膚はまるで花の咲くアラベスク模様みたいね。美しいわ」
美しい?初めて言われた。
お前は醜い、使ってやるおれに感謝しろ。そう言われて来たのに。
「…はあ、単に傷だらけなだけじゃないですかね」
わたしがそう言うとナースは赤い唇に弧を描く。うふ、という妖艶な笑みで。薄っすらと確実に漂う芳しい香りがする。
劣情を掻き立てるような濃密な色香のナース長の手つきは、限りなく優しく適切で。
「痛み止めを打ちますわね、また熱が上がって来ましたわ」
「薬は不要です」
「不要なのは、なまえの心配する気持ちでしてよ。失礼」
注射針が腕に刺さる。
液体が体内に入ると、良い子ねと微笑まれる。
こんな風に扱われるのはいつ振りだろうか。奴隷でも物扱いでも、邪魔者扱いでもない。
「ねえなまえ」
「何ですか、モルヒネさん」
「マルコ隊長には警戒を怠らずにね」
おしまい、と包帯を留めつつ、モルヒネさんは言った。
「…あの人の何がそんなに、」
「おい、終わったのか?」
わたしが尋ねる声にカーテンの向こうから渋く低い声が聞こえた。
「ええ船長、どうぞ?」
待って、と言う前にカーテンが開く。
声ですぐに解った。この船の船長、エドワード・ニューゲートが姿を現した。
「………」
わたしは無言でシャツを羽織る。
身体を誰かに見られるのに抵抗はない。もう慣れた。
だけどこの男が恐ろしくて堪らない。猛禽類よりも鋭い目も、拳一つで世界を終わらせる力も、わたしを見透かしているような笑い方も。
「っ!」
下を向き目を合わせずにいたわたしの顎が、大きな指に掴まれ、上向かさせる。
「俺が話しているんだ、こっちを向け小娘」
「………すみ、ません…」
声が震えた。金色の恐ろしい目がわたしを観察し、ふん、と鼻を鳴らす。
「傷の具合は」
「順調に回復をしていますわ、船長」
わたしの代わりにモルヒネさんが答えてくれる。
「…面といい身体といい…あいつの悪い癖が出そうだな」
「?」
鋭い目に僅か、諦観が滲む。
あいつと言うのはもしかして、マルコさんなのだろうか?
「なまえ、お前は俺の娘になれ」
「……手厚い看護に、三度の食事。寝所まで提供してくださった事には、感謝しています」
さっきよりはまともな声が出た事に少し安堵した。
「ですがわたしは、死を選んだ身です。海賊も続ける気は無い。次の島で降ろすか海に投げてください」
「お前に選択肢なんかやってねえぞ。単に決定事項を教えてやっただけだ」
場の空気が酷く硬質化して感じた。覇気だろう、苦しいまでの重圧に喘ぐ。
「船長。医務室でのオイタは貴方でも許可いたしませんわ」
モルヒネさんは平気なのか?
肩を抱かれたら身体の軋みが消えた。
「ふん。モルヒネ、こいつを教育しておけ。あまり目を離すな」
「了解、船長」
エドワード・ニューゲートは去り際にベッドに何かを投げて寄越した。
「!」
わたしが使っていた武器とグローブ。
枷をつけないどころか、武器の携帯まで許すなんて。
「さあ、お夕飯までお休みなさいませ?なまえ…」
唖然としているわたしに、スプレーが一吹きされた。あっという間に意識が飛ぶ。
目が覚めるとサッチさんが夕食を持ってきてくれた。
「食えそうなやつ食って、無理なら残せよ。残ったら俺が食うし」
スプーンとフォークを渡して、毎食同じ事を言われる。
「…それ、毎回気持ち悪いです」
「海での食料はお宝に匹敵する。食べ残しは出さねえ主義でね。ほらお茶も飲めよ」
口に入れる食事は今は固形物も食べられる。温かく熱すぎない素晴らしい温度の食事は身体も温めてくれる。
「サッチ、長居するなよ」
「急かすなよ船医。よく噛みよく消化が大事なんだからな!」
わざわざ医務室で共に食事をするのは見張りも兼ねているのかもしれない。
「サッチさん。食べ終えたら自分で片付けられます。もう歩けるしそこまで監視しなくても暴れたりはしません」
約束する、と口にすると船医とサッチさんは顔を見合わせた。
「…んんー、合ってるけど見当違いだぜなまえ」
「気を張り詰めてるくせに結構鈍い奴だな」
それぞれから感想を述べられ、無理はするなと釘を刺さしてから二人はナースの一人に言付けしてから医務室を出て行った。
「何があるって言うんだ?あのすっとぼけた顔の人に」
チャラ男のサッチさんに言われたくらいじゃ無視しても良いと思っていたけれど、ナースに白ひげにまで『マルコに注意を』と重ねて言われると気になってくる。
ベッドに横になり寝返りを打つ。医務室は静かで良いな。
「…っ!」
力の入れ方がまずかった。寝返り打った背中に引き攣るような痛みが走って、わたしは小さく呻いた。
「…起きてるのかい?」
「!」
間近で囁かれた声に身を強張らせた。人の気配なんて無かったのに?!
「そう警戒をしないでくれよい」
ゆらり、と青い炎が揺れ、その後にランプにオレンジ色の火が灯る。
ライターの蓋が音を立てて閉まった。ランプは枕元の棚に置かれ、わたしたちの姿を朧げに浮かび上がらせる。
「……いつの間に医務室へ?」
揺れる薄暗い照明の具合か。マルコさんの表情が微笑んでいるのに薄ら寒い。
「食堂で暴れて怪我をした阿呆が居てな。ナースを呼びに来たんだよい」
声などしなかったのに?しかもナースの気配も感じない。医務室にはわたしとこの人だけと言う事だ。
「悪いな、きっとすぐに戻ってくる。手荒にするつもりはねえから…言う事を聞いてくれ」
ゾッとした。マルコさんの手がわたしのシャツのボタンをはずし始めたのだ。
「…ふ、それでいいよい。なまえは良い子だねい」
「…っく、…う…」
動けずにいると凍りそうな笑みで褒められる。
包帯だらけの身体だけれど、マルコさんの手は露出した肌の上を這い回り始めた。
「怖がるな、身体が強張る。触り心地が変わっちまう」
ゆっくりと丁寧に、まるで虫が這うような感触に肌が粟立つ。
「どうも俺は昔から傷跡が好きでな。特にこういう火傷跡や縫い跡なんかは堪らねえ」
「あの、っ!ちょっと待ってくださ…っあ!」
ぬるりと舌が肌の上…もう治った傷口を嬲る。
感触を大切に確かめるように。
「これは刀傷だな、こっちは弾痕。ああ珍しいな!これは何で抉られた?」
「マルコさん、やめ…っうあ!」
ギラギラと欲に燃えた目で見られる事はあったけど、この人が弄り回すのは傷跡だけ。
「…思った以上に綺麗だ。なまえ、お前の身体はどこもかしこも美しいよい。ずっと撫で回していたい」
「?!」
この人今何て?わたしは汚いだの気持ち悪いだの、…醜いとしか言われた事ないってのに。
「…時間切れか、また、今度な」
手早くわたしの服の乱れを直し、マルコさんは何事もなかったような顔でカーテンの向こうに消えた。数秒後ナースが顔を出し、洗浄布をくれた。お風呂にまだ入れないわたしの夜の日課。
「…どうしたの?なまえ。何だか顔が赤いわよ?熱かったかしら?!」
「…いいえ、その、…ちょっと予想外だったもので」
「?」
それからというもの、マルコさんは人の隙を突いてはわたしの身体を見たがった。そしてわたしも、それを誰かに言ったりはしなかった。
「なまえは本当に綺麗だよい。今までのどんな奴より堪らねえ。今日はこの辺、舐めてもいいかい?」
「…はあ、まあ、…少しなら」
「ありがとさん、…ん、ふ…」
「~~っ!音を立てないで下さいよ!」
うっとりとした目や、傷跡を愛でる彼の手や、蕩けそうな甘言はいつしかわたしから抵抗を奪った。
捻れた
性的嗜好。
(んあ、っマルコさん、噛むのは無しです!)
(キスマークならいいかい?)
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