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Stella cadente.
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(Side U)
青い空に、真っ白な雲がいくつか浮かんでいる。気持ちのいいお天気。
私はママに手を引かれながら早足で家に向かっていた。
「いい?なまえ。しばらくは港に近寄ってはダメよ」
「どうして?明日、ラズリーと貝殻を探す約束をしたのに」
海から離れる私たちとは逆に、港に歩いていくのは治安官とおじさんたち。
「…これから黒い旗の船が来るの」
「大きなお船?」
「そうね…大きいかもしれないわ」
時々この島にやって来る船は異国の果物や本、この辺りでは見ない不思議で気になる品を積んで売りに来るのだ。
「いつものお船じゃないの?私、本や雑貨を見たいわ」
家に着くとママは玄関の鍵を閉める。
あれ?まだ明るいのにカーテンまで閉めちゃった。変なの。
「船には悪いモノしか乗ってないの!…絶対に港に近寄ってはダメよ、約束して、なまえ」
ママはとても怖い顔。
私は良く解らないままに、返事をする。
「解ったわ、ママ」
その日はずっとお家の中。
次の日も、また次の日も。お外はいい天気なのに。窓から外を眺めて溜息。他のお家も、お店も、閉じているところが多いみたい。閉じこもりの生活は三日間も続いて、私はお家の中にいるのが飽きていた。四日目の朝、ママは早くから誰かと電話で話していた。
「…ええ、はい。そうですか…よろしくお願いします、どうか気をつけて」
お話が終わったママに、私はおはようと挨拶をする。ママは笑っておはようと返してくれた。今日は機嫌がいいみたい。
「ママ。朝ご飯を食べたら山に行って来てもいい?」
考え込むママの腰に抱きついてお願いする。お外に出たくてたまらなかった。
「山なら海とは反対方向よ?ちゃんと銃を持って行くから」
「…なまえの銃の腕は確かに良いけれど、あまり深くまで入ってはダメよ?」
「はぁい!」
「それから!こっそり港に行こうなんて考えない事!治安官や街のおじさんたちが…『お仕事』してるから邪魔しちゃダメ。約束して」
「解ってるわ、港には行かない。ママの好きなお花も摘んでくるわね!」
「…ふふ。お昼までに帰ってくるのよ」
「はぁい」
私に扱えるよう改造した特別な猟銃を背負い、籠を持つ。狩の威力はそのままに反動と重さをギリギリまで減らした銃は私の宝物。いつもの装備で私は山への道を歩いた。歩いてる人は少なかったけど、知り合いのおばさんに挨拶をして山に入った。こんにちは!
「…はぁ、…ふぅ」
大きな木々の間を抜け、一つの樹によじ登る。太い枝を選んで、枝から枝に飛び移る。岩を迂回して蔦をよじ登って、着いた先は広い丘。ここは前に鹿を追いかけていて見つけた場所。
「…見えた!あれが港に着いた船ね!」
山の中の崖の上。
草とお花のたくさん生えているここからは島が一望出来る。私だけの秘密基地である。えっへん!
「…うーん。黒い旗は見えるけど、模様は見えないわ」
目を凝らしても無理みたい。港に停泊する船は、他の漁船よりもずっと大きい。何が乗っているのかな?気になるなあ。
「…~~♪」
私はお気に入りの歌を口ずさみつつ、崖から離れる。そしてお昼寝用に作った草の山に倒れこんだ。一眠りしよっと。
「…わあ!」
草とは違う何か柔らかいモノに触ったと思った瞬間、光が弾けた。青い光と黄色の光が混ざってキラキラした何かが飛び出してくる。
「きゃ…ビックリした!」
それは鳥だった。見たこともない形の光る…燃えているみたいな鳥。反射で構えた銃を下ろして息を吐く。危険な動物じゃないみたい、よかった。
飛び出した鳥は少し離れたところへ、ふわりと降り立った。私がそっと近寄ると、近寄った分だけ離れる。銃を持っているから警戒されてるのかな?火薬の匂いに反応したのかも。
「こんにちは、鳥さん。どこから来たの?撃たないよー!」
足を止めて話しかけると鳥さんも足を止めた。
「キラキラしてて綺麗ね、鳥さんもお昼寝してたの?踏みつけてごめんね」
言葉が通じてる訳じゃないと思うけど、鳥さんは浮き上がり草のベッドに降りた。羽根と身体を丸めて目を閉じる。
私は鳥さんが逃げない距離まで近付いて同じように寝転がった。
「あのね、その草のベッドね、私が作ったのよ。気持ちいいでしょ?今日は鳥さんに貸してあげるわ」
鳥さんは片目を開けて私を見て、また閉じた。可愛いお目々。触りたいなあ。
「…………」
スヤスヤと寝てる鳥さんを観察した。
不思議な毛並み…炎みたいに揺れてるわ。 触ったら火傷するかしら。起こさないようにして、私は辺りに咲いているお花を籠に入れていった。
「…残念。赤いお花、咲いてないわ。ママが好きなのに」
空を見上げて太陽の位置を見ると、もうすぐお昼になってしまう。草の方を見ると不思議な鳥さんはまだ居た。何だか良いものを見た気になって、私は上機嫌で山を降りた。
「…はぁ、はぁ、…ふう!」
おでこの汗を手の甲で拭く。港へはまだ行っちゃいけないみたいだし、お友達とも遊べない。と、なれば。私のやることと言えば山で狩をしたりお花を摘むことくらいだわ。
「…鳥さん今日もいるかしら?」
草のベッドに、そうっと近づいてみたけれど鳥さんの姿はない。
「…………」
「………あれ?」
変わりに、変な頭のおじさんが頭の上で腕を組んで枕にして寝転がっていた。
「すみません、こんにちは」
「……」
寝てるのかな?お返事が返ってこないわ。それとも声が小さかった?
「…あの、おじさん寝てますか?」
もう一回話しかけてみたらおじさんは目を開け大あくびして言う。
「…失礼なチビだねい。俺はおっさんなんて呼ばれる歳じゃねえよい。まだ十代だ」
「あら、私だってもう十歳よ。チビだなんてそっちこそレディに向かって失礼だわ!」
ぷ、と噴き出してからお兄さんは身体を起こした。
「ふは、そうかい」
「…この辺りで大きな青い鳥さんを見ませんでしたか?」
辺りを見渡して鳥さんを探しつつ私は尋ねた。今日はいないのかな。
「…青い炎の鳥だろい」
「そう!どこにいるか知ってる?」
「おう。俺が食っちまったよい」
「えええ!!」
変な頭の人が悪い顔をして笑った。
あの鳥さんがこの人に食べられちゃったなんて…!ショックで固まる私を見ると、変な頭の人は大笑いした。
「…ははは、はは、冗談だよい!」
騙したんだ、酷い!
ムッとして黙り込んだ私と目を合わせるように屈み、その人は言う。
「…本当はな、あの鳥は俺なんだよい」
「そうなの?!凄い!お兄さんは鳥さんだったの!」
「…………」
凄い凄い!不思議な鳥だと思ったけどこの鳥さん、人になれるんだ!
「あのね、あのね!私とっても鳥さんとお話したかったの!今日は人間だから話せるよね?」
「…変な子供だよい」
私が鳥さんのシャツを掴んで引っ張ると、鳥さんはちょっと困ったように眉を下げた。
「鳥さんは何処から来たの?ずっと遠く?」
「あっちの方だよい」
「空を飛ぶのは気持ちいい?たくさんの島を見た?他にもお友達はいる?お友達も燃えてるの?」
「…質問ばっかりだねい」
「うん!だって私、鳥さんと仲良くしたい!」
昨日は近寄ったら逃げた鳥さんは、私がシャツを掴んでも逃げたりしなかった。
「空を飛ぶのは気分がいいよい。たくさんの冒険をして来たし、これからもする。友達は…まぁ、そうだねい。いい奴が何人もいる」
鳥さんは私の聞いたことに全部答えてくれた。嬉しい、もっとたくさん話したい!
「…あ!そうだ私、お花を摘んで帰らなきゃ…」
もっといろいろ聞きたいのに時間が足りない。あの道を下るのは時間がかかるから、もう帰らないとお昼を過ぎてしまうからお母さんに怒られちゃう。
「鳥さん、またね」
「…………」
返事は返してくれなかった。
掴んでいたシャツを離して、私は回れ右して駆け出した。
「…はあ、はぁ…鳥さーん!いるー?」
「また来たのかい」
「えへへ!良かった、またお話したかったの!」
崖の上の丘。この草のベッドを気に入ったのかな?鳥さんはまた寝転がっていた。
「おいチビ助」
「あのね私、なまえって言うのよ。仲のいいお友達はみんな名前で呼ぶわ」
「じゃあ呼ばねえ」
私は仲良くしたいのに、鳥さんはそうじゃないのかな…。悲しくなって俯いたら鳥さんの声がした。
「…ここにはよく来るのかい?」
「うん。ここは私の秘密基地なの。お花がいっぱい咲いてて綺麗でしょ?その草のベッドは私が作ったのよ」
私は鳥さんの横に寝転がった。
キラキラの髪の毛。太陽みたい。触ったら嫌がられてしまうかしら?
鳥さんは空を見上げて言葉を続けた。
「島の奴らは、誰もここに来ないのかい」
「きっと来られないわ。あっちは絶壁の崖で下は海だし、私が登ってきた山の中は動物の道だもん」
内緒だけど、鳥さんには教えてあげるね。そう前置きして秘密の道を教えてあげた。
「…よくもまあ、チビが猟銃を背負ってそんな道通ってきたもんだねい」
「鳥さんはお空の道を通るんでしょ?知ってるわ、勉強したのよ!昨日は草の中で寝たの?」
「いや。あっちの樹の方で寝たよい」
私は鳥さんが樹の枝で眠るのを想像してみる。夜だとキラキラ光る羽根は、もっと綺麗なんだろうな。お星様みたいに見えるのかしら。
「…それ。撃つのは上手いのか」
「私、近所のライトお兄ちゃんより上手なのよ。兎だって鹿だって捕まえられるんだから!」
胸を張ってから慌てた。怖がらせてしまったら大変だわ!
「あ!大丈夫よ、私は鳥さんの事を撃ったりしないわ!本当よ!」
森のお友達を撃ったなんて、びっくりさせてしまったかもしれない。食べる分だけを感謝して山から分けて貰っているんだと、たくさん説明した。
「…ふは、ははは!いや、悪い!…俺は撃たれても平気なんだよい。特殊でな」
鳥さんは起き上がって、何かを掴んで私の上に降らせた。
「…きゃあ!…わあ、お花だー!」
「代わりに摘んでおいてやったよい。昼には帰るんだろう」
鳥さんは親切な鳥だ。
お花を摘む時間が減った分、お話する時間は増えた。私とお話ししたいって思ってくれたんだわ。
「あのね、私ね。子鹿もリスも、うさぎも好き。でも鳥が一番好きなの」
「へえ」
「……でも、きっと鳥には嫌われてると思う」
背中にくくっている猟銃の紐を弄りながら、私は鳥さんに言う。
「…まだ銃が上手くなかった時にね、捕まえようとして、…鳥をバラバラにしてしまったの」
酷い事をした。
あれ以来鳥を狩った事はない。
手のひらに乗るような小鳥だったのに。私が壊した。甲高く囀る声が綺麗で、きっと森でも人気だっただろうに。
「…まあ、そんな人も殺せるような猟銃で鳥撃てば、バラバラにもなるだろうな」
「!」
鳥さんが笑う。私は胸が痛くなった。弾け、羽根が散った時の事を思い出してしまって唇を噛んだ。
「…腹減ったなあ。何か食いモン持ってねえか」
頭の上に鳥さんの大きな手が乗っかった。髪の毛の間を指が通り抜けていく。
「…グスッ、鳥さんはごはん何食べるの?虫?」
泣きそうだった目を擦って鳥さんの方を見ると顰め面された。
「…虫なんか食わねえよい。腹壊しちまう。ホラそろそろ帰る時間だろい」
「…うん…」
籠を持って立ち上がる。鳥さんはごろんと横になる。お昼寝の姿勢だ。
「またね。鳥さん」
…返事は、今日も無かった。
「…っ!」
作戦成功!
こっそり近寄って草のベッドで寝ていた鳥さんに、お花の雨を降らせたら飛び起きた。
「昨日のお礼よ!見て、今日は鳥さんにごはん持ってきたの」
私は籠の中から容器を取り出して鳥さんに渡す。
「……パイナップルかよい」
「図鑑を貸してもらって、何を食べるのか調べたの。鳥さんと同じ鳥は見つからなかったけど、果物とかお花の蜜が好きだって書いてあったわ」
お魚は港に行けないから獲れなかったけど、お家にあった果物…パイナップルと蜂蜜を持ってきた。
「…好きじゃなかった?」
「…いや。ありがとさん」
鳥さんはパイナップルを手で掴んで食べて、蜂蜜をスプーンで掬って舐めた。
「美味しい?」
「甘えよい」
鳥さんと過ごして、もう四日目。
仲良しになれたみたいで嬉しい。私も蜂蜜を舐めて甘さを味わった。ご飯の後は二人でお昼寝。鳥さんは寝るのが好きみたい。
「見て、鳥さん。お花の冠よ」
私がシロツメクサで作った花冠を鳥さんにあげた。
「…器用なもんだねい」
鳥さんは近くに咲いていたお花を一つ摘んで、私の髪に付けた。
「お礼だよい」
「!」
胸が大きく鳴った。ああ、私。鳥さんが好き。もっとお話したいし一緒に居たい。
ねえ鳥さん。まだ何処かへ旅立ったりしないでね。きっとよ。
次の日の朝。
私はママが起きるよりずっと早く起きて、こっそりと家を抜け出した。早く行けばその分、鳥さんと過ごす時間が増えるから。
「…ふう。鳥さんは…まだ、来てないのかな?」
獣道を越え、私は崖の上から空を見上げる。
良いお天気。青くて綺麗。鳥さんが来るまで、ちょっと寝ていよう。
私は草むらに転がった。ベッドは鳥さんが使えるように開けておくんだ。
→(Side MARCO)