.
ゴールドラッシュ。
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(Side MARCO)
彼女に会ったのはオヤジの船に乗って少ししてから。周りを見る余裕が生まれた頃。
当時の俺は下っ端の下っ端。雑用でさえ俺より上の状態だったが、なまえはすでに戦闘員として働き手柄を上げていた。小さな身体の女の子然とした彼女には懸賞金さえかかっていた。
「ねえねえ、マルコってとっても綺麗な髪の色ね!キラキラしてる」
「俺から見たらなまえの黒い髪の方が綺麗に見えるよい」
立場違えど他の大人に比べりゃ歳は近しい。俺たちが仲良くなるのに時間はかからなかった。
「あのね、この本に出てくる王子様も金の髪なの。読んであげるね!」
「いや俺は絵本に興味は…」
「昔々あるところに黄金と同じ色の髪を持つ王子様がいました」
「聞けよい」
懐かれた理由の一つとして彼女は金髪が好きで、俺の髪も金だというのもあるだろう。
幾千の戦いと時間を過ごして来た。仲間としても家族としても、胸を張って『仲良し』と言えるほど俺となまえは関係を築けていると自負している。
「うっ、うう…グスッ…」
「…ほら。なまえの好きな酒を頼んでおいたよい。飲め」
鼻を鳴らし人目も憚らず涙を落とす女を前に、何度目か解らない慰めの言葉を口にした。
なまえは俺の差し出したカクテルに礼を言ってから自前のティッシュで鼻をかむ。
「ひど、ひどいよぉ…うえーん!また振られたあああ!!」
「…そうだねい」
絶賛絶望の最中である。
回数を口にすれば殴られること間違いなし。なまえの失恋の愚痴に付き合うのは日常の一コマに等しい。
『わたしきっと、恋をするわ。王子様を見つけて物語みたいな恋をするの!』
夢見る乙女の口癖は耳にタコができるほど聞かされていた。
陸の少女としては聞こえはいいが海賊としてはどうだろう?
オヤジの船に乗り十数年。おれはなまえの恋が叶ったの見た試しがない。事実なまえは今夜も俺をとっ捕まえては実らなかった恋の吐口にして嘆く。
「ねえ何で?!男の子って強いのが好きなんでしょ?!わたしこんなに強いのにッ」
なまえは拳で机を叩き突っ伏した。叩きつけた衝撃で並んだグラスと乾物の入った皿が大きく跳ね、今の打撃の重さを知らしめる。
「カブトムシだって怪獣だってロボットだって強いのが好きだって言うじゃない!」
確かに男なら強さを求める奴が多いだろう。俺も勝負なら勝ちたいし一番が好きだ。彼女の言葉も間違いじゃない。
「~~今日だって喧嘩ふっかけてきたおバカさんたちを優しく宥めても聞かないから、全員をやっつけたし彼に怪我一つだってさせてないんだよ!?ボクと君とじゃ住む世界が違うって何?!わたしたち同じ地球人じゃないの?」
すぐにやっつけてデートの続きしたかったのに。いいところ見せたのに。なんでどうしてと彼女は泣く。
そりゃそうだ。女の背に守られて力の大差を目の前で見せつけられプライドをへし折られているのだから。守ってくれてありがとう!好き!とはならないに決まってる。
「うう、うッ、グスッ」
ポケットティッシュはピンクのケースに入り、目を拭うハンカチは刺繍の美しい白いレース。
形のいい脚を薄手の黒いストッキングが覆い仕立てのいい服を身に纏う。彼女は可憐で美しい。
「泣くなよい」
「マルコには解らないわ、だって振られたことないでしょ。上陸するといっつも綺麗な女の人つれてるもの!!」
慰めようと伸ばした手を叩き落とされる。バチィ!とかなりいい音がして骨が折れたんじゃねえかと感じる痛みが走る。こっそり能力を使って癒した。
「いつも連れて歩いてる訳じゃねえ。それに俺だってしょっちゅう振られてるよい」
「ぐす、嘘だ。騙されないから!…慰めてくれてるのよね。ありがと」
しおらしく大人しくしてさえすればなまえは一見、花のような少女だ。身なりや言葉に気を使いナース達に女としての振る舞いを教わり育っただけある。
「わたし諦めないわ!あの物語みたいに素敵な王子様と夢見たいな恋をして、きっと幸せになるのよ!」
…若い時の恋なんて泡みたいなもんだろい。虹色の皮膜に目を奪われて中身空っぽのそれを必死に追う。シャボン玉に似て手を触れたらすぐに壊れるってのに。解りきった結果に必死に手を伸ばす様は見ていて痛々しい。
「そんなに金髪の男が好きなのかい、なまえは」
「王子様、イコール、金髪!絵本で一目惚れした王子様は金の髪ですっごく格好良いの。知ってるでしょう?金髪は正義なのよ?」
気が逸れたのか涙は止まり金髪について力説するなまえ。説明不要なほどに聞かされた子供向け絵本はオヤジの土産の品だった。なんてことをしてくれたんだよいオヤジ。もはや後の祭りだが。
「今回こそ恋人ができると思ったのにな。本屋さんでわたしが手を伸ばしていた本をとってくれたのよ。運命感じたのになあ」
「…まさかそれだけで惚れたのかい?お前は少し惚れっぽ過ぎないか?!」
コック服にリーゼントの、ウチの四番隊隊長を務めるクソ阿呆がウインクしつつハンズアップする姿が脳裏に浮かぶ。兄妹とは恐ろしい。影響受けすぎではないだろうか?あいつの女好きが転じてなまえの金髪好きになっている気がして鳥肌が立つ。
「なによう。マルコだって上陸して女の人選ぶ時、顔とか見た目で決めるでしょ」
「それは金払う時だろい。島に着く度に恋して、相手とやり取りしようなんて効率が悪ィ」
「効率とかの問題じゃないの。ロマンスの問題よ!」
「解らねえなぁ」
「解らないでしょうね」
いつもの軽口を交えて酒を飲む。
なまえを慰めるために入った適当な店だったが食事の味は良かった。
「…なあ。金髪なら身近にもいるだろう」
何杯飲んだか解らない酒の後、口をついて出たのは本心。遊び言葉も誤魔化しもなしの俺なりの告白だ。
「…………」
長い沈黙に店のBGMが間を繋ぐ。
機を誤ったか。いやこの雰囲気で仕掛けないなんて男じゃない。それにいい加減、気がついてもいい頃合いだろい?俺がお前を好きだって。
「身近な、金髪…」
思案げな彼女の声に喉が引き攣る。
誤魔化しに酒を飲むとグラスの中の氷が涼しげな音を立てた。
「…あ!いや、あの…考えなかった訳じゃないの。でもホラ年が離れ過ぎっていうか無理だろうなって諦めてたっていうか」
両手で頬を挟み赤みを隠して見せるその姿に、胸が熱くなる。可愛い。この反応なら手応えありと見ていいだろう。
「そんなに離れてる訳じゃねえだろい」
「そ、そうかな…」
「意外だったよい。てっきり候補には入ってないとばかり思ってた。家族は対象外なのかと」
「そりゃ格好いいもの。姿が見えればこっそり目で追っちゃうし、話ができると嬉しいし、今でも意図せずドキドキする時あるもの」
「…そ、そうかい」
こっちが照れる。そんなふうに思われていたなんて少しも気が付かなかった。なまえはわかりやすい優男の金髪ばかり追いかけるから。
彼女と仲は良いと自負はしていたがサッチや他の家族と大差はない扱いを受けていた…いや。もちろん俺は贔屓しないようにかつ仄かに特別扱いしていた。俺の気持ちはバレていたということか。
「…初めて見た時にね、わたしどうしてもっと早く産まれなかったのかしらって思ったわ。そうしたらもっと年が近かったしチャンスがあったんじゃないかしらって」
グラスのストローを咥え淡い色の甘い酒を飲んで、ほう、と溜息を吐く。
艶やかな唇が照明の下で光るのを見ると吸い付きたくなるのは相手が彼女だから。俺ばかりがなまえを好きで悶々としていたと感じていたのは単に盲目だったって訳か。さっさと言えば良かった。
「なまえが綺麗になるために、綺麗でいるためにしている努力を見てきたんだ。年だのなんだのは瑣末な事だろい。努力は継続が何より難しい」
サッチ特製のクッキーの香りに血涙流しつつ毎日のストレッチ体操やマッサージを欠かさずやって。自分の倍以上もある大男に負けないどころか圧勝してみせる陰で、新入りが吐くほどのトレーニングを隊長に混ざって食らい付く。
刀傷や銃痕を塗り粉で隠し、人気の女優を真似ては鏡の前で百面相してるのを何度見たか。
「…そっか、うん。えへ」
俺の言葉に可愛く笑うと、なまえは自分の胸をそっと押さえる。
「…よし!わたし、頑張ってみる」
「え、今からかい?!今はちょっと…」
この勢い。今すぐにでも告白されそうで焦る。嬉しいが困るな。
言うなら俺からが良いとあらゆる告白パターンと言葉を考えていたのだから。こんな飲み屋に近いバーの酔っ払い共がうるさい場所じゃなくて夢見がちななまえがころっと落ちてくれるような綺麗な風景で雰囲気の良い…。
「…あ、なまえです。遅くにごめんなさい、結婚してくださいオヤジ!!幸せにします!!」
「は?」
懊悩する俺の横でハンドバッグから取り出した電伝虫に向かってなまえはプロポーズをかましていた。見ててマルコ!と言わんばかりにもう片手でこちらにハンズアップしてくる。
違うそうじゃない。
「え?酔ってませんよ、シラフだし本気よ!オヤジの昔の手配書を見た時から波打つ黄金の髪に見惚れたし逞しいところなんて今だって…!だからお願いわたしの王子様になっ…あ!切られた!!」
リダイヤル。リダイヤル。リダイヤル。数十回繰り返しても反応が返ってこなかったらしく苛立った様子で財布から紙幣を抜き取りテーブルに置く。酔ってないと豪語した顔は真っ赤である。
「ごめんマルコ!わたし愛のために今すぐ帰るね!付き合ってくれてありがとう!おやすみ!!」
決意に燃える目で駆けて行った。ヒールの音が遠ざかる。
「…………嘘だろ、この流れでそれはねえだろい…」
気が付かないとかあるか?
カウンターから慰めのようにバーテンダーが酒を出す。奢りだと言われたそれは『飛ぶ』と言われるクソ強い酒。
「…ご愁傷様で」
「うるせえ、同じ女に振られるのが何度目だと思ってる。もっと強い酒を寄越せ!」
やけ酒はなまえから俺にバトンタッチ。一気に流し込んで喉を焼くアルコールの強さに呻く。
バーテンダーはそれ以上は無駄口と口を閉じ、黙々と酒を作って出してくれた。俺はしっかりと酩酊して帰路につきベッドに直行。
「…王子じゃなくて、絵本の姫に憧れてくれてたら良かった」
宝石やドレスを貢いでとことん甘やかして、俺のものにできたのに。
翌日の酷い頭痛を能力で緩和し、水を飲みに廊下に出る。奥の通路から俺の頭をかち割る音量の喚き声が向かってきた。
「ねえオヤジ!お願い!可愛い娘のお願い聞いてくれても良いじゃない?!お前のウエディングドレス姿はいつ見られるんだろうなァって言ってくれたじゃない!オヤジがタキシード着て隣に並んでよ!」
「うるせえ!無理だと言っただろうが!娘なら娘らしく娘のままでいろ!」
大股で歩く山のようなオヤジの後を小走りで小動物…なまえが吠えながら追いかけてくる。
「…マルコ、丁度いい。コレを何とかしろ。お前が適任だろう」
首根っこ掴んだなまえを俺に押し付けるとそそくさとオヤジが場を離れた。
「あっ!待ってオヤジ…、マルコ離してオヤジが行っちゃう!」
手には数冊の結婚情報誌。ご丁寧にいくつもの付箋が顔をのぞかせている。諦め悪く俺の手から逃れオヤジを追おうとするなまえに重いため息が口をつく。
「…どれが着たいんだい」
「え?」
「印ついてるやつ全部か?」
「え?えっと、オヤジと選ぼうと思って…あの、マルコ?」
ページを繰るとピンクや赤のペンでコメントまでついている。返して欲しそうな上目遣いが可愛い。くそが。
「俺は一度も髪を染めたことがない」
「?…うん」
「何色に見える」
「…金色?」
それが何か?とでも続きそうな言葉を遮り、俺はなまえの手を取った。
「俺は海賊だ。王子なんてやる気はねえがおままごとに付き合う甲斐性くらいあるよい。なァお姫様?」
ちゅ、と手の甲に唇を寄せて反応を見る。こういうのは間違いなく好きなはずだ。
「金髪が好きなら、少しくらい俺を意識してくれ。」
窺ったなまえの頬は薔薇色で。震える唇が声を放つ。
「きゃーーーーーーっ!」
「ぶっ!」
間髪入れずの平手打ち。炸裂音のような音がした。
…首が嫌な音を立てた気がしたが、俺の意識は身体と共に飛んでいった。
稲妻、灯台、
輝く黄金。
(サッチ。あいつら早く何とかならねえのか)
(そう言わないでくださいよ、オヤジ!そろそろ秒読みですから)
←