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近くて遠いこの場所で。
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(Side U)
「…はぁー、あたし、ここで何してんだろう…」
野菜を延々と刻みつつ口からは重いため息が出る。ここ最近というもの少し暇があると嫌な考えを浮かべてしまい、憂鬱な気分になった。
「あー?なんか言ったかぁ?」
隣でフライパンを振って延々とオムライス作り続けている仲間が汗だくの顔をこちらに向けた。
「別に、何もないよ。はい玉ねぎ追加分」
「サンキュー!洗い場に置いといていいから手を洗ってジャガイモの方手伝ってくれ」
「了解」
午前十時半。お昼ご飯に向けての仕込みと調理は午後二時まで続く。
とある海、大海賊率いる海賊船の上。人数分の食事を作るのはめちゃくちゃ時間がかかるし、下手な戦闘より疲れる。
「忙しい方がいいけどさあ」
口の中で声を殺してジャガイモの皮を剥く。この船に乗った頃は皮も分厚くしか剥けなかったし指を切ることも多々あったものの、今となっては一つ剥くのに五秒という記録を打ち出し皮も極力薄くできる。
「なまえの皮剥きの速さは本当、見惚れちまいそうだなァ」
「そりゃどーも。サッチ隊長はそこのてんこ盛りの魚介類をさっさと処理して」
言うまでもなく隊長の手の動きは絶好調で、無駄なく的確に処理されていく。鼻歌、怒号、包丁がまな板を叩くリズミカルな音に脂が食材を焼く音。今日のモビーディック号のキッチンも変わらず賑やかだ。
「皮剥きの腕は上がったよね、役に立つからいいけど」
…この先自分がどんな努力をしても、悪魔の実の能力や隊長たちのような戦闘力が身につかないと身に染みた時の悔しさ。あの思いは今も暇さえあれば胸を焼く。オーブンの中の肉の塊のように。
マルコに勝つには力が足りず、料理の腕はサッチに敵う人はいない。数多いオヤジの家族の中で、この広い海の上で、一番になるなんて。
…あたしには何一つない気がした。
「じゃあ夕飯組、あとは任せたから」
「おう!なまえもゆっくり休憩に行ってこい」
今週は朝昼当番だ。夕飯組とバトンタッチしてキッチンを出る。
「なまえ、お茶用意しといたから良ければ飲まないか」
「ついでに何か甘い物ない?」
夜まで寝ようかそれとも調べ物をしようか迷ったけど、後者を選択。サッチ隊長からのご褒美をありがたく頂戴して資料室に向かった。
勉強はいい。頭を占めてくれるから余計な事を考えずに済むから。
「ええと、十年前の海域図がこの辺に…あった!」
紙は古く茶色くなっているが文面も図解も読み取れる。自分で解りやすく要点をまとめてメモを取っていく。
「…………」
これが何に役立つのか解らない。
ただ、あたしは知識を得るのが好きなのだ。古い記録から今日までの海のご機嫌や年月をかけて変わっていった地形と海流、領海。
並べていくと天気や気候にも癖みたいなものがあるようで、季節や天候を重ねていくと海の機嫌も見えてくる。
「…統計的に見るとそろそろ…ああでも今年の天気の傾向からして…」
抜けている年の海図と文献は次の島で本屋を巡って探そう。八十二年前の夏と六十七年前の春辺りが知りたい。
広げた資料を綺麗に元どおりにしてから資料室を出て航海士に渡す。
「はいこれ、今回の海域まとめたやつ」
「待ってたぞ、なまえ!お前のは読みやすいし細かい情報が多くて助かる」
「そう?こんなの趣味みたいなもんだよ。大袈裟」
頼まれたんじゃない。黙々と書き込むあたしのノートを見た航海士がとても参考になると言ってくれたので、時々まとめたものを渡すようになっただけの事。こんな事でも褒められると嬉しい。あたしって単純だよなあ。
「…うー、あとは夜まで寝よう」
頭を使って疲れた。戻った自分の部屋、ベッドに倒れこんで惰眠を貪る事に決めた。目を閉じると昔のこととかアレコレと思い出してしまう。
眠りに落ちる前の微睡みの中で今よりもずっと年若かった自分と、マルコとサッチの姿が浮かんだ。
「………おい」
うるっさいなー。見てわかるでしょ、あたしは寝てるんだけど。
「…い、なまえ…」
しつこい呼び声に目を開けるとマルコの顔があたしを見下ろしていた。
「…なに…寝てたんだけど…」
部屋に勝手に入ってきてる辺り緊急事態なのかもと身体を起こす。
「急用?」
「ああ。俺も休憩時間なんだよい。今から賭けに混じらないか?」
「……は?」
それを言いにあたしの部屋に無断侵入した挙句に寝ていたあたしを起こした訳か?!
「他のやつとやれば。あたし眠い」
毎日どこかで必ずやってる賭け事。
小金稼いだり夕食の酒を取り合ったり、掃除当番代わったりと賭ける対象は様々。寝直そうとマルコに背を向けて寝返りを打つと声だけが聞こえた。
「今回は景品にお前が探していた『海の国歴史語り』の初版本が出てるよい」
「オッケーすぐ行く!」
寝ていた格好にシャツを引っ掛けて出ようとするとマルコに阻まれた。
「下着みてえな格好で出るなよい、着替えろ」
「いや、いつも半裸の人に言われたくないけど」
「着替えろ」
有無を言わさぬ圧力に折れて仕方なく着替えてからマルコと甲板へ向かった。なんなのお母さんかよ。天気がいいから日陰あたりに場所取りして酒を飲みつつ賭けに興じてる奴らの顔が目に浮かぶ。
「待たせて悪かったな、なまえも引っ張ってきたよい」
「おう!待ちくたびれて酒が進んだぞ、早く座れ!」
すでに空になった酒瓶が並び、お皿にはツマミらしき乾物が乗っていた。準備万端って訳ね。成程。
「っしゃ、毟り取ってやる。何やるの、ポーカー?」
「いいや。今回はこれだ」
空いたスペースに広げられた迷路に似た絵図と転がるダイス、数枚の絵柄の違うコイン。
「それで人数が欲しかったのね」
ダイスを振って出た数字の分だけ駒であるコインを動かし、止まった場所に書いてある指示に従い進んだり戻ったり、参加者に何かしたりされたりするというゲームだ。
「手作り感凄いね、誰作?」
「おれだ!上手いだろ、この辺とかこだわって描いたんだぞ」
手作り感が満載のそのゲームはオリジナル感がある程に面白いし、イカサマもやりにくい。
「なまえを含めて、今回の参加者は八人だ。最初に上がった奴から欲しいモンを手に入れられて、ビリの奴には罰ゲーム」
並んでる景品はなかなかの品が揃ってるけど、例の本もバッチリある。絶対手に入れてやる!
「あたしは食事のリクエスト権を賭ける」
「なまえがサッチに言えば100%通るからな、上等だ!」
四番で仕事をしている隊員の特権とも言える、この行使権というのはなかなか人気の権利で。このように賭け事で使うには有効だ。
ダイスを振る順番をクジで決めてからスタート。
「ぎゃああ!スタートに戻るってこれ何回目だよ、てめえクソみたいなマスばかり作りやがって!!」
「うるせえ!こっちは甲板十周のマスに三回、腕立て百回に二回も当たってんだぞ!」
そう、このゲームの恐ろしいところはこれだ。上手く一番を走っていてもあっさりビリに落ちたりするし、順風満帆に進むと見せかけてとんでもない落とし穴に突き落とされる。
「…三回その場で回って猫の鳴き真似…なにこれ」
あたしも止まったコマの指示を読んでうんざりした。
この『人生ゲーム』とは言い得て妙な命名だと思う。あたしはバック転を三連続決めてから『ニャア』と鳴いてやった。
「聞こえねえなあ、もっと猫っぽく頼むよい」
マルコがニヤニヤ笑いながらダメ出しをしやがったおかげで、あたしは三回も猫の鳴き真似をする羽目になった。
「次は俺の番だねい」
ダイスを振ると出た目は一番大きな数字で、止まったコマはお酒を一杯飲むと書いてある。
「……マルコってさー。いやいい。何でもない」
運に文句をつけても仕方がない。
…モビーティックに乗って家族になったのは同じ時期なのに、マルコもサッチも隊長で、あたしは四番の隊員の一人。鍛える努力も学びも血反吐出すほどやったけど距離は開く一方。
「…あああー、もうほんと、あたしの人生ってクソだわ」
振ったダイスの数字は一番小さく、しかも止まったコマは一回休み。呻いて転がると仲間たちが笑った。
あたしの番を一回飛ばして順番は巡り、マルコがまたダイスを振る。
「…ぶっは!」
「ギャハハ!そこは大当たりだぞマルコ!」
マルコがコインを進めた先。止まった指示は『好きな相手に愛を込めてプロポーズ!』だった。
「どうする?降りてもいいんだぞ」
ゲームをいつ降りても自由だけれど、降りれば最下位は決定。さあどうする?!と盛り上がってきた。
「降りねえよい」
マルコが言うと仲間から好奇心いっぱいの目が向く。もちろん私も大注目だ。
「そうかそうか!で?誰にプロポーズする気だ?!」
「ナース長のモルヒネか?」
「薬師のベラドンナに500!」
「オレは相手に断られるに100だ!」
新たな賭けが発生。ウチの連中何にでも賭けたがる奴多すぎる。まあ解らなくもないか…『あのマルコが』一体誰に?と思わずにいられないだろう。
「じゃあ、あたしは…」
「なまえ」
ナースの誰か、もしくはよく顔を合わせて連絡も取り合う情報屋とかの名を上げようとしたらマルコに遮られた。
「はいはい、冗談だって。怒らないでよ」
賭けの二乗が気に食わなかったのか?
怒られるのは嫌なのでホールドアップして降参の意を示すと、片方の手を掴まれた。
「いや、だからなまえだよい」
「「「は?」」」
マルコ以外の参加者の声が仲良く重なる。全員の注目の中であたしを見つめて言い放つ。
「オヤジの息子になって、なまえと家族になってから。お前がいつ涙を流すのか見ていたら十年が経っていたよい」
しれっとした顔でマルコが言う。何言ってんだこいつ正気かよ。
「おいおい、マルコ…まさかお前…」
「顔は全く好みじゃねえし、クッソ意地っ張りだし、俺もどうかしてると思うんだがなァ」
「…クッソ腹立つ冗談をどうもありがとう!」
いくら賭けのルールだからって手近で済ますなよ、ムカつくな。手を振り解こうとしたけど思ったより強い力で握られていた。
「今となっちゃァ不思議なもんでな。泣かねえなら、俺が泣かしてやろうと思うようになった」
「なっ、な、何言って…!」
マジな声と顔で迫られると顔が熱くなりどもってしまう。待て待て、いや違うでしょ。
「…と、まァ。こんな形で愛を語るのは不本意だからねい。後で仕切り直しをさせてもらうが、今はこのくらいでいいだろい」
「っ!」
マルコはあたしの手にキスをした。騎士が姫に誓うような口付けで、まるで軽いリップ音をこの場の全員に聞かせるように響かせて。
「夕飯食い終わったらなまえの部屋に行くから、いい子に待ってろよい」
「ううう、うるさい!いい子って何?!待たないよ!」
今度こそ手を振りほどいて、キスされた手の甲をゴシゴシと擦った。唇の感触が残っていて変にドキドキする。
「……あー、そっか!」
成り行きを見守っていた仲間の一人が手を叩いて、納得したように言った。
「賭けを始める前に、マルコがなまえを探しに行ったのはカモにするつもりと思ってたんだけどよ」
目で景品を示して言葉を続ける。
「マルコが出した景品。売れば良い値がつくって事らしいが、なまえの為にわざわざ用意したんだろ。こんな本を欲しがるなんてのはマルコかなまえくらいだもんな」
「え、それってマルコが出したやつなの?!」
あたしを部屋に呼びにきた時は、さも偶然あったぞ、みたいな言い方してたのに。
「泣きっ面を拝む機会はなかったが、笑った顔が可愛いのはよく知ってるからねい。自力で勝ち取った誉の嬉しそうな顔は格別だしな」
「!!」
「そもそも、つまらねえ事で悩む暇があるなら俺の事でも考えてりゃいいんだよい」
はっきりと名前を出してないのに、あたしの事を言ってる気がした。どっと心臓が跳ねる。
「~~うおおおお!やってられるか!」
「ふっざけんなよマルコ!この賭け、すでにお前の一人勝ちじゃねえかよ!」
「何でおれらがコイツの告白に利用されてんだよ!」
大ブーイングと共に物理的にひっくり返されるゲームの紙。コインもダイスも四方八方へと散り散り。
「…ええっと、…あ!あたし仕事に戻らないと!」
さりげなく本を掴んでダッシュで逃げた。本当は夕食当番じゃないけど胸倉に本突っ込んでキッチンまで止まらず走った。
「どうした、そんなに俺に会いたかったのかよ可愛いななまえ」
「うるさい違うよサッチ…隊長!」
賭けの品物パクって逃げてきたからマルコが追いかけて来ると思ったけど、来ない事に安堵した。
油とか汁がつかない場所に隠してから食事の手伝いを始めると仲間は変な顔してあたしを見たけど、サッチは何か察したらしくキッチンの奥での作業を指示してくれた。
夕食の間にキッチンを抜け出して気配を人混みに紛れさせつつ、人目をかなり気にして部屋にたどり着く。
「…それでは!」
高揚する胸を押さえつつページをめくり中身の文字に目を通す。初版だと内容が若干違うから、そこを見つけると楽しい。
……はずなのに。いつもすぐに内容にのめり込めるのに今日は少し勝手が違う。思考の隙間にチラチラとひとりの男の顔が過る。
「…っひ、」
あたしの部屋のドアがノックされた。勿論、無視である。ノックの相手がマルコだったら、あたしはどうすればいいのか。あのマルコの口から口説き文句が出るなんて何かの間違いに違いない。
目に留まる
声が聞こえる
手の届く距離。
(……わああ!ちょ、何でドア蹴破るの?!マルコ最低!)
(鍵が閉まっていたからな。いい子に待ってろと言っただろい)
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