.
color- full.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(※オセロ。続き)
(Side ACE)
「エース。お前最近、付き合い悪いぞ」
講義が終わってすぐに教室から出ようとしたら引き止められた。
「悪い。ちょっと立て込んでてさ」
「エースが居ると居ないで女の子のテンションと集まり方が違うんだよ!前は合コン誘えば参加してくれただろ?」
そりゃ参加と引き換えにタダ飯が食えたからな。参加費タダで良いから来いの誘いに二つ返事で顔を出した。
人数合わせか何か知らないけど、小一時間から二時間程度は飲み食い自由ってのはありがたかった。
初対面の女にアレコレ聞かれたり酔ったとか何とかくっついて来るのとか、我慢すれば飯代が浮く。参加してたのはそれだけの理由。今はとにかく時間が惜しい。
「これからバイトなんだ、俺が万年金欠なの知ってんだろ。端末買い換えたから金欲しいし…」
「嘘つけ!どうせこの間言ってた『彼女』だろ?!」
「付き合うとか面倒くさいとか言っといてコレだよ!!」
「試験前に勉強してないって言って良い点取るタイプだよなエースはよォ!!」
いつも連んでる仲間が集まり囲まれた。うるさい。
「「「で?彼女って美人?どんな子?会わせろよ!」」」
ついこの間…、一週間より少し長い間。
俺は妙な縁でなまえという女の人のアパートに厄介になっていた。
一緒に暮らす時間の中で彼女にどんどん惹かれ、気が付いたら特別になってて。
「…断る!じゃーな!」
「あ、エース!待てこの野郎ッ」
鞄を掴んで駆け出す俺を仲間が追いかけて来るけど、足の速さはこっちが有利。建物内で追っ手を振り切りバイト先に向かった。
従業員入り口から入って着替えてタイムカードを押す。
今日も飲み屋のホールと時々、厨房に入り作るのを許された品を仕上げていく。店長のお許しが出ないと客に出す調理はできないが、調理に入るとその分時給が上がる仕組み。
「…誰が会わせるかよ」
休憩時間に仲間から携帯端末に届いていたブーイングメッセージに答えると、賄いを作ってた店長がこっち見た。
「ん?どうかしたか、エース」
「いや。なんでもないっす」
厨房の横にある簡易机と椅子は、バイト中の飯どころだ。
この店では賄いを作るのはローテーションで、店長の日もある。店を取り仕切る腕前だけあって美味いから当たるとラッキー。
「食い盛りの青年よ!…ほら、上がりにこっそり持って行け。冷蔵庫入れとくから忘れんなよ」
プラスチック容器にポテサラを詰め、店長が笑った。
「ラッキー!店長、ありがとうございます」
ウチの店長の味付けはかなり俺の舌に響く。めちゃくちゃ米が進むし、酒も進むという恐るべき料理の腕の持ち主。
「……」
帰りに酒を買って帰ろう。
なんて思ったら、あの人の顔が浮かんだ。携帯端末を操作してなまえさんにメッセージを送り、画面を閉じて皿を片付けた。
「ご馳走さまでした!よし、俺フロアの手伝い出ます」
俺の今日のシフトは仕込みの16時から酔っ払い第一陣が落ち着く21時。
フロアのシラウオさんと交代して酔っ払い捌きつつ仕事を終わらせた。
「おつかれっしたァー」
遅番の人に声かけて冷蔵庫からポテサラの容器を持って、裏口を出る。
「…『コンビニでいいからお酒買ってきてくれるならいいよ』…やった!」
端末に届いていた返信は『今日そっち行っても良いか?』という俺の送信メッセージへの返事で。
「ってかまた飲むのかよあの人は…懲りねえな」
悪態が出たが口元は緩む。許可を得た事で気持ちが浮き足立つ。家にはいつも帰ったり帰らなかったりだから特に連絡は必要ない。別に俺が居なくても平気だろうし。
「どの酒が良いんだろう。やっぱりビールか…どこのメーカーだ?」
家の事を頭から追い出してなまえさんの事を考える。
俺はあの人が好きだ。気持ちは伝えたのものの『付き合ってください』『はい』とか、畏まってやろうとすると照れが入って言葉が出ない。想像だけで叫ぶレベルだ。
「女友達なら居たけど。彼女とか…~~ああもう!くそ!」
…仲間に彼女が出来たと言ったのは半分見栄で、半分はこれからそうなってやるっていう俺の希望だったりする。
「はいはい、どーぞ」
「…いや、あんたさ。相手の確認してから開けろよ」
チャイムを押してすぐに開いたドアの向こう。不用心にも程があるような呑気な笑顔が出迎えた。
「え、だってエース君来るって言ってたじゃないですか」
「…言ったけど」
壊れた携帯端末を買い直して授業に追いついて、放り出していた分のやる事に追われてた。
メッセージは何度かやり取りしてたけど、なまえさんのアパートを出てから会うのは初めてだ。
そんな昨日も会ったみたいな対応で迎えられるとどうして良いか迷う。変わってない嬉しさと気恥ずかしい気持ちとが鬩ぎ合って、顔が熱くなった。
「うん。じゃあどーぞ」
うん、じゃねえし。女の一人暮らしってもっと気をつけないとダメだろ。
今回は相手が俺だから良いけど変な奴とかだったらどうするんだよ。俺が見てない時に変な奴が来たらどうすんの。
「あーもう。お邪魔します!はい、これ」
数種類の酒と食い物が入ったエコバックをなまえさんに押し付け、靴を脱いだ。
用意してくれていたスリッパは俺がここで暮らしてた時のまま。そんな事でまた嬉しくなる。
「あれ?この袋…もしかしてコンビニで買わなかったの?」
「駅の裏口の、横道を少し行った所のスーパー。あそこ24時まで開いてんだよ」
「へえ、そうなの?」
「そうなの!」
あんたのアパートの近所だろ?!何で俺の方が詳しいんだ…ってそりゃそうだ。この部屋に居た時は飯当番は俺だったもんな。文句を飲み込んで勝手知ったる部屋の中を歩いてキッチンスペースへ。
「なあ、冷蔵庫開けても良いか?」
「…冷蔵庫はお休みです」
「要冷蔵」
もう一つの袋…保冷バッグには店から貰ってきたポテサラと冷やした方が美味いものが入ってる。軽く掲げて見せるとなまえさんは渋々と冷蔵庫を開けた。
「…ビール、ビール、酎ハイ、梅酒、惣菜の残り、プリン、カットサラダ、サラダチキン、栄養剤、野菜ジュース」
「口に出さないでください…」
中身を確認したら案の定。何食ってんだよ、コンビニ大好きかよ。
「なまえさんてさあ、野菜の底値も知らねえんじゃねえの」
「エース君は、コンビニの新商品とロングセラー商品を知らないんじゃないの」
妙な反論をし、なまえさんは冷蔵庫をそそくさと閉める。
「まあまあ、エース君もバイト後なんでしょう、さあ飲みましょう!どれにしますか」
「あんたは座っててくれ。俺がつまみとか出すから、少し待って」
台所に立ち買ってきた材料で簡単なつまみを作り、ポテサラを半分くらい皿に盛りテーブルの上に並べた。
「ふふ。良い匂い、美味しそう!」
なまえさんはグラスと氷と箸を用意して待っていた。それぞれ定位置について好みの酒を取り、栓を開ける。
「「いただきます」」
二十二時の晩酌。乾杯ではなくていただきます、と言うのが俺たちらしいと感じた。
「…はー、美味しい!我慢した後のお酒は最高ですねえ」
なまえさんがビールを一缶、一気に空けた。
「一気はやめろって、だからすぐ酔うんだよあんたは」
「この卵焼き美味しいね!」
作る約束をしてた卵焼きを食べて貰えて、味を褒められて嬉しい。美味いと頬張った顔に胸が鳴るのは、やっぱりこの人を好きだからだろう。
「話聞けよ、酔っ払い」
「あはは」
はっきり年齢を聞いたこと無いけど別に歳なんてどうでもいいよな。女に歳を聞くと死を見るって聞いたことあるし。
ただ、それでも。もっとこの隔たりを埋める方法が…この人が俺を年下扱いしないようにする方法って無いんだろうか。
「こっちのも美味しい。これって何入ってるのですか?」
「俺が作るのなんて簡単なヤツばっかりだ。なまえさんだって作る気あれば作れるぞ。教えようか?」
ぐ、と詰まった言葉を誤魔化すみたいに2本目のアルコールに手を伸ばす。
つまみを食べつつ飲む彼女に倣い、自分用に買ってきたスーパーで半額になってたおにぎりを齧る。
バイト先であった笑える失敗や、新しく出来たテーマパーク、なまえさんの通勤時間に電車から見える変な看板。なんて事ない話ばかりでも会話は弾み、酒も進んだ。
「エース君って美味しそうに食べますよね」
「そっちは美味そうに酒飲むよな。会社の飲み会とか、そういうのもよく行くのか?」
「大人には付き合いってものがあるのですよ…お金ない時とか行きたくないなーって思うけど、これも仕事のうちみたいな感じですね」
「ふーん」
「エース君こそ大学生でしょ、合コンとかサークルとかで飲み過ぎないようにね」
合コンって言葉がこの人の口から出るといたたまれなくなるのって何でだろう。
俺があの場で女の子にされた事を、なまえさんも知らない男にしたりとか、男に言い寄られたりとか…。想像の中で相手の男を殴って店から追い出す。無理。凄え腹立つ。
「……」
「エース君?酔った?」
「酔ってねえよ、俺はあんたみたいにベロベロになるまで飲まねえし」
「あは!手厳しいですね」
なまえさんは冷蔵庫から持ってきた別な酒をグラスに注ぎ、氷を入れてから口をつける。
「…それ、何味」
「飲んでみますか?」
グラスを差し向けられ言葉に詰まった。だってこういうのって間接キスっていうやつだろ、…とか意識してるの俺だけかよ。ソーデスカ!
グラスを受け取り口に含むと独特の味が口内に広がる。こういうの好きなのか。
「うふふ、間接キッスですね」
「…ぶほッ!」
噴いた。飲み違えたせいで咳き込むと、なまえさんが慌ててタオルを差し出す。
「うわごめん、大丈夫?!」
「…ゴホッ…そういうの、解っててやってんの?」
俺を覗き込むようななまえさんを横目で睨むと、解ってない顔してた。冗談は人を見て言え!
「…はぁ、出たよ無自覚…!」
「え、何が?濡れたところ早く拭いた方がいいですよ。ベタベタになっちゃう」
タオルで口と濡れた服を拭いてたら着替えを持ってきてくれた。
「時間も時間だし、このままお風呂どうぞ。泊まっていくのですよね?」
「え、あ、…うん」
「タオルはいつものところにあるから出して使ってね」
洗濯機の横の棚からタオルを出し風呂場のドアを開け、服を脱ぎシャワーを浴びる。並んでるシャンプーやらボディーソープを借りて髪や頭を洗ってるとなまえさんの匂いが充満してくる。
「…くそ」
勃った。なんでこうすぐ反応するんだよ俺の股間は。あの人が無防備すぎる所為だ。
シャワーの温度を水にして頭から被って収めようと努めた。
口煩いジジイの顔とか明日のスーパーの特売とか、講義の小難しい話を延々と頭に浮かべるうちに、ようやくソコはいつも通りに戻ってくれた。
「…ふー、早く上がろう」
温度をお湯に戻して熱を取り戻し、タオルで適当に身体拭いて風呂場から出た。
「シャワーありがとう」
「んー、うん」
机の上の皿は綺麗に洗って片付けられてゴミも無くなっている。
「足りなかったら、冷蔵庫に片付けたから食べてね」
「珍しいな。なまえさんがちゃんと片付けてんのって」
「ふふん。このくらいは、ね」
グラスの残りを飲み干して立ち上がったなまえさんが少しふらついた。
「…危ねえ!」
柔らかい。俺の腕で簡単に掴めるくらい細い。女の身体だ。
「ありがとう、大丈夫だよエース君」
手、離したくない。抱き締めたら嫌がられるかな。キスしたい。もっと触りたい。
「わたしもお風呂に入るよ。エース君は先に寝てて、バイトで疲れてるでしょ」
直積的な言葉じゃないのに手を離せって言われたと解った。
「なまえさん、明日って予定あんの」
「明日は仕事なんです。時間になったら出てくけど、エース君はゆっくり寝ててくださいね」
会話で繋ごうとした僅かな時間さえ無くなった。土曜日なのに仕事かよ。休みだったら一緒に出かけたかった。
なまえさんて何の仕事してんの。今はどのくらい忙しいんだよ。聞きたいことが喉に詰まって力の緩んだ手からなまえさんは離れて。
「じゃあ、おやすみ」
「…おやすみ」
ドアの向こうに姿が消える。
シャワーを使う音が聞こえて、あの中で裸でシャワー浴びてるのかって想像が膨らむ。
「泊めてくれんのに、触るなってのは意味わからねえよ…」
なまえさんは合コンで会う女とも大学で見る女とも、バイト先の客の女とも違う。
モヤモヤとした気持ちのまま電気を消してクッションを枕にして、柔らかい長座布団の上で横になった。
「…………」
聞いていたシャワーの音が止まり、ドアが開き、温かな空気となまえさんのシャンプーの匂いが鼻先をかすめて。
「…おやすみ、エース君」
ふわり、と毛布が身体にかかる。優しい声に優しい手。俺にないものばっかり持ってて惜し気もなくくれるのは何で。
「っ!」
俺は全力で寝たふりを続けながら彼女が寝室に入るまで神経を尖らせていた。
じりじりと熱が上がる。こんなに近くにいるのに、ドア一枚を越えられない。毛布を握りしめて息を吐く。
「…なんでそんなに寂しそうな声出すんだよ、あんた」
放っておけなくなる。鼻水垂らして大泣きして『寂しい』と言った弟の素直さが俺にもあの人にも、きっと足りない。
…いや。俺よりもあの人の方が、もっと。
→(Side U)