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桜吹雪の花道を。
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(Side U)
長い退屈な式が終わった。
卒業式の主役といえば三年生であり、わたし達一年にとっては欠伸を噛み殺しひたすら睡魔と闘いながら式辞を聞くだけ。
しつこく練習した歌を歌い、体育館の中央に作った花道を三年生が歩いて出て行く。
クラスで話を少しした後、わたしは部活の先輩に会いに行った。部活のみんなでお花を買って先輩に渡すと決めていたから。
校内放送はエンドレスに贈る言葉を流し続ける。先生の趣味なのか?卒業の曲なんてたくさんあるんだし、せめて違う曲もかけて欲しい。
部室にやってきた三年生に二年の先輩とわたし達一年で用意した花を渡していく。予算の都合で小さな花しか渡せなかったけどわたしはロビン先輩に渡す役をクジで勝ち取っていたのでむちゃくちゃ嬉しかった。
「ロビン先輩。一年間ありがとうございました!先輩のおかげで毎日の部活が凄い楽しかったです!大好きです!」
「フフ、ありがとう。なまえは一生懸命にいつもメモ取っていたわね。これからも、頑張って」
…~先輩!!好き!笑顔で握手をしてくれた。
あちこちで撮影会したり、先輩達と最後の戯れをしているとポケットに入れた携帯端末がブルブルと振動する。メッセージかと思いきや電話だった。部室の端に寄ってしゃがんで出る。
「…もしもし?学校で電話はやめてよエース!何?」
『悪ィ、けど急ぎだから。今すぐ鞄持って裏口!』
「は?…ちょっと待って…」
一方的に言うだけ言って切りやがった!わたしまだロビン先輩と喋りたいのに!
行きたくないけど、急ぎってなんだろ?精一杯ロビン先輩に好きです!たまには遊びに来てくださいね!と言い募り部室を後にした。
靴を履き替えて裏口から出るとエースがすでに待ち合わせ場所で待っている。
「遅えよなまえ」
「急いだよこれでも!なんなの?」
「お楽しみ、お前もついて来いよ」
理由を教えずに歩き出すエース。意味わかんない。とりあえず一緒に行ってみたらコンビニに着いた。そして駐車場に、いた。
「…サッチ先輩!」
「よっす!」
にへ、と笑ってサッチ先輩は手を挙げた。すんごいバイクに跨ったまま。デカイ、それにピカピカで明らかに買ったばかりに見える。 いつも原付で登校していたのにどうしたんだろうかこのでっかいバイク!
「んじゃ、行こっか。なまえちゃんどっち乗りたい?」
卒業生全員に配られた制服に付ける花は外してあったけど、まだサッチ先輩は制服姿だ。いつもの制服に見慣れないゴツいバイク。なんか違和感。
「あの、どこ行くんですか?ってか『どっち乗る』って何…」
「俺の方かサッチの方か、だよい」
何ですか?と言っている途中で停まっていた車の窓が開いた。中から顔を出すのは見知った先輩の一人。
「……マルコ先輩!?」
「おう」
うわぁ私服!マルコ先輩の私服とか初めて見たんだけど!?つーか車?車だよどうしたんですかそれ!!
「マルコ先輩、車運転出来るんですか!?」
「まぁ免許取ったからな」
「いやそうですけど、…うわー…!!」
眩しい!何ですかむちゃくちゃ格好良いんですけど!どうしよう!
「俺はバイク乗りてえから、サッチ後ろ乗せろ」
「じゃとりあえず行きはエース乗せてくわ。マルコあっちまで競争しようぜー」
「お断りだよい。なまえ、隣」
運転席から腕を伸ばして、内側から助手席のドアを開けてくれた。エスコート?!これエスコートですよね?!
「うわあ、…ありがとうございますお邪魔します!!」
エースはサッチ先輩のバイクの後ろに乗りヘルメットを被った。サッチ先輩もメットを被りエンジンを吹かした。綺麗にターンしてコンビニの駐車場を出て行く。
「シートベルト締めたかい?」
「あ、はい!すみません!…はい締めました!」
手が震えそう。マルコ先輩がエンジンをかける。左手がギアを操作する。どうやら古いマニュアル車のようだ。滑らかに車は動き出した。
「…………」
やばい、やばいやばいやばい!超緊張する!!
車って意外と近いんだけど!密室!二人きり!何か、何か喋らないと!
マルコ先輩がエンジンをかけてから車内には音楽が流れていたけど、洋楽で聞いた事が無い曲だった。会話の糸口、蜘蛛の糸にしがみつくよう質問に変える。
「マルコ先輩、これ何て曲?」
「Someday」
「サムデイ?」
「Nickelbackっていうバンドのヤツだ…悪い、煩かったかい?」
音はうるさく感じなかったし、マルコ先輩が好きな曲ならタイトルが知りたいと思っただけなんだけど。先輩の手が伸びて音量を調節するだけでなんかドキドキする。
「いや大丈夫です、うるさくないです。格好良い曲だと思って…えっと、先輩達はクラスで集まりとかないんですか?」
「四時にファミレスでやるんだよい。時間までお前らと遊んでおこうと思ってな」
「えっと、マルコ先輩の車ってマニュアル車なんですね」
「よくマニュアル車だって解ったねい」
「エースに借りた漫画で見ました!豆腐屋の息子が峠を攻めるやつ!」
その漫画なら俺も読んだ、と先輩は肩を揺らして笑う。車の中を眺める振りで先輩の運転姿と私服を見た。何処かで着替えたのかな?
ブラウスにカーディガン、濃い色のデニム。足元は見えない。でもトレンチコートを羽織っているのがやばい格好良いんですけど!似合う!
「これは俺のじゃねぇんだ、オヤジの古い車だよい。借りてきた。借りるついでに着替えてきたんだけどな。車は傷付けたらぶっ飛ばされる」
「あはは!お父さんのですか?」
「サッチのバカは早速、買ったみたいだけどな。あいつ就職決めたからって阿呆だろ」
「…やっぱりアレ、新車なんでしょうか」
「バイト代、バイクの為にずっと貯めていたって聞いたよい」
マジすかサッチ先輩!進路は就職なんだと聞いていたけど、バイク買っちゃって大丈夫なのかな?いくらしたんだろう?
「マルコ先輩は大学ですよね。県外の」
「ああ。春から一人暮らしだよい。飯とかどうするか頭痛え」
…作ったりしてくれる彼女は?おそらく否だ。
マルコ先輩もサッチ先輩もモテるのに、特定の誰かの話を聞いたことが無い。なんというか女子同士で牽制しあって抜け駆けしたらヤバイみたいな暗黙の掟みたいな感じがあった。彼女欲しいとサッチ先輩は毎日言っていたけど、ついに出来なかった。あれは無理でしょ。女子のグループ抗争みたいになってたもん。彼氏持ち枠として私はギリギリ除外されていたおかげでいじめられたりはなかったけど。
男子にも女子にも、気さくに接してくれる二人だったから。式の後に後輩にも同学年にも囲まれていたみたいだったし卒業に合わせた告白とかありそうな気がするのに。
「とりあえず野菜炒めとかチャーハンとか…無難なところからやってみるよい」
「大丈夫です、先輩。焼けばだいだい食べられますから」
「そうだな」
初めは緊張したけどマルコ先輩と話しているうちにいつもみたいな楽しい雰囲気になってきた。
「そういえば何処に行くんですか?」
「海」
…海!!?あっさり言われたけど、海?なんで??…深く考えない事にしよう、うん。
せっかくマルコ先輩と笑っているんだし。行き先なんて些細な事でしょ。
お喋りしているうちに海が見えてきた。先輩の車は一回もエンストしなかったし、乱暴な運転じゃなかった。ジャリジャリと砂を踏む音がして車は海にたどり着いた。
サッチ先輩とエースは先に着いていたみたいで、あのピカピカのバイクが停まっていた。
二人はというと、広い砂浜でしゃがみ込んで何かやっていた。マルコ先輩とわたしは車から降りて二人に近付くと、男二人で真剣な顔で流木を使って棒倒しをしていた。
「…おい、阿呆二人組。何やってんだよい…」
「あ、マルコ!今いいとこだ邪魔すんな!」
「勝ったらサッチがジュース奢ってくれんだよ」
春だけど、海風は強くて寒い。しかもわたし制服だしスカートだし、風で捲り上がりそうで両手で前後ろを押さえて歩いた。転びそう。
「…なまえ、着ておけ」
「うぇえ?!あ、いや大丈夫です!」
マルコ先輩がトレンチコートを脱いでわたしに寄越した。大丈夫と繰り返して断ったけどマルコ先輩はわたしに羽織らせた。
………どうしよう、凄いいい匂いするんだけどこのコート!香水?わからないけど女子力ならぬ男子力?の高さにトキメキが止まらないんですけどー!!
「やっだー、マルコちゃんてば超紳士~!……あ、やべっ!」
「っしゃあ!俺の勝ち!ジュースジュースジュース!」
こちらに気を取られたサッチ先輩は負けたらしい。エースがガッツポーズして跳ねた。
「くっそー、マルコの所為だぜ!」
自販機に向かって歩いて行ったサッチ先輩を見送り、エースは「いい感じの棒」を手にして私を手招く。
「なまえ、なんか描こうぜ!」
「マルコ先輩ー、見て見て!どっちが上手い?」
「あんまり波打ち際行くなよい、波被るぞ」
注意しながらもマルコ先輩も一緒に落書きを始めた。トレンチコート脱いだ先輩は、改めて格好良い。さっきは運転していて見えなかった足元は編み上げのごつめのブーツを履いていた。靴まで格好良かった。
「ほら、エース!お前コーラだろ!」
サッチ先輩の叫ぶ声がしてペットボトルが飛んできて、エースが見事にキャッチした。
「……っぶわ!手前ぇサッチ!振っただろ!!」
キャップを開けた途端に吹きこぼれたコーラにエースは叫ぶとサッチ先輩が指差して笑う。
「ざまぁ!…ほい、なまえちゃんは紅茶。マルコは粗茶」
「え?ありがとうございます!やったー」
サッチ先輩は私たちにも飲みものを奢ってくれた。ホットのそれを両手で包みお礼を言う。
「うおー!海っ!…寒ィっ!!なぁマルコの車に入ろうぜ、春の癖に寒過ぎ!」
温かい飲み物で手を温めつつマルコ先輩の車に入ってしばらくお喋りをした。車の時計は容赦無く進む。
「…そろそろ戻らねえと遅刻するよい。帰るか」
「だな。帰りはなまえちゃんこっちな?」
「わたしバイク乗るの初めて!安全運転でお願いしますね、先輩!」
帰り道、エースはマルコ先輩の助手席に。
わたしはサッチ先輩のバイクの後ろに乗った。
「あれ?これでいいんですか?」
「ん?あー、ちょっとごめんな」
ヘルメットの被り方がわからずモタモタしてるとサッチ先輩が紐みたいな部分を調節してくれた。
「…よっしオッケー!カモンなまえちゃん!」
「えーと、…では」
スカートがちょっとなぁ、と思っていたわたしの気持ちが解ったのかマルコ先輩はコート着ておけと貸したままにしてくれた。先輩のコートは丈がわたしには長く、バイクに乗ってパンツ丸出しはまぬがれた。
それではいざ、とバイクに乗ろうとしたら予想以上の密着に凄い照れる。え?なんなのコレ!抱き着くの?
「…掴まってねぇと危ねえよ?」
「で、デスヨネー…」
えーいもう!恥ずかしくないし!サッチ先輩だし!思い切って腰に腕を回してギュッと抱きつく。腕を回してみるとがっしりとした身体がよくわかってドキドキした。
「では出発~!」
バイクのアクセスが唸り、初バイクドライブが始まった。
…が、正直むちゃくちゃ怖い!ヘルメットはサッチ先輩のとガタガタぶつかりまくるし右折とか曲がるとき倒れる気がして怖い!景色見るとかマジ無理!ジェットコースターどころじゃない!サッチ先輩にしがみつくこの自分の腕が命綱!!
「先輩先輩先輩、ちょ、ちょっと休憩!怖いですー!!」
信号待ちで止まった時にわたしは半泣きで申し出た。
「えっ?大丈夫?」
慌ててサッチ先輩はバイクを道路脇に寄せて停めてくれた。しがみついた腕を離して、バイクから降りた。身体がガクガクする。
「スピード出さねえようにしたんだけど…酔った?」
「いや酔った訳では無いです、想像以上にバイク怖いですね…」
「なんか、ごめんな。俺なまえちゃんと乗りたくて無理やりこっち乗っけちまって」
「いえいえ、バイク興味あったんで乗れて良かったです!格好良いバイクですねサッチ先輩のバイク」
「マルコにゃ阿呆って言われたけどな。ずっと欲しかったヤツだし、褒められると凄え嬉しい!高かったしな!」
休憩としてお喋りをした。サッチ先輩の話はいつも面白くて笑える。
「サッチ先輩は着替えて来なかったんですね、マルコ先輩は着替えてきたのに」
制服のままの状態を指摘したら、サッチ先輩はちょっと口ごもった。
「んー、うん。なんかさ、制服とかずっとダセェって思ってたんだけどさぁ。いざ着なくていいってなったら……なんか名残り惜しくなっちまった。海と卒業は、男をセンチメンタルにするんだよ。ははは!」
おかしいよなと茶化すように言った後、サッチ先輩は通り過ぎて行く車を眺めながらポツリポツリと話す。
「…今の仲間は殆ど全部進学だけど、俺ァ就職だしさ。自分達で決めた自分達の将来だけど、バラバラになっちまうんだよな。仕方ねえけど」
「…サッチ先輩は、なんで就職にしたんですか?とりあえず専門とか行っても良かったんじゃないですか?」
わたしは高校生になって一年が経ったのに、なんか全然大人になった気がしない。
「ん?とりあえず進学っておかしいだろ?俺はやりたい事決めてたし。料理作って生きてくって。だから就職先も料理屋だし、稼いで学んで、資格も取って…必ず自分の店を出す」
「凄いですね。わたし夢とか決まってないし進路とかどうしたらいいか解らない」
二年、三年になったら先輩達みたいに『将来』とか『進路』とか解るようになるのかな?サッチ先輩はいつもふざけた事したり変な事を言って笑わせてくれるけど、実は凄くしっかり考えている人だ。
「マルコはオヤジの後継ぐのが目標だしな。あいつのオヤジさんは厳しいからなー、はは!苦労するだろうな、諦めないんだろうけどさ」
…マルコ先輩は大学で経営とか外資とか、外国語とかを専門に学ぶそうだ。話を聞いていて自分の子供っぽさとか足りなさに悲しくなってきた。視線は自分の足元だ。歩く道、か。実感が湧かない。
「まー、そんな感じ!俺は夢に向かって突き進む!…けど、ちょっと心残りがあるんだよな」
「何ですか?」
「結局彼女が出来なかった!!」
「あははははは!」
「いや笑い事じゃねえんだよなまえちゃん!文化祭の時とか他校の彼女連れて来たヤツ、マジで殴ったからな!」
帰り道にイチャイチャしながらデートしたかったとか、教室で隠れてチューしたかったとか、サッチ先輩は『心残り』について教えてくれた。
「…あのさ」
「はい?」
「なまえちゃんにお願いがあるんだけど」
「…なんですか、改まって?」
こっちに顔を向けたサッチ先輩は真面目な顔をしていて背中を思わず伸ばしてしまった。
「…写真、撮らしてくんない?」
「写真?」
「ダメ?」
「いや、ダメとか無いですけど…」
「じゃあいい?」
はい、と返事をしたらサッチ先輩は真面目な顔を崩していつもみたいに笑った。
「やった!ありがとな、なまえちゃん!一緒写っていい?」
制服から携帯端末を取り出して嬉しそうに言った。大真面目な顔をするから何かと思えば写真だなんて。
「ぶは!いいっすよ、一緒に撮りましょう!」
カメラを起動させると、端末画面にわたしとサッチ先輩が写る。
「…あ!」
ぎゅ、と肩を抱かれて身体がくっついた。カシャ、とシャッター音がして写真が撮れた事を知らせる。
「ちょっと先輩!今のやり直し!絶対変顔した!」
「大丈夫大丈夫、可愛い可愛い!」
「嘘だぁ!もー、撮ったのわたしにもくださいよサッチ先輩」
ブーブー言うわたしにサッチ先輩はヘルメットを被せた。そろそろ行こうという事なんだろう。
「いや、ありがとなマジで!最後にいい思い出出来たわ、制服着て二人で写真!」
…最後に、という言葉が重く心に沈んだ。再び走り出したバイクは、最初よりはマシだった。
他の先輩に見つかったら〆られるんじゃない?と一抹の不安があったけど、マルコ先輩のトレンチコートとヘルメット着用で誰だかは解らない…といいな。うん。
一番最初に居たコンビニに無事に到着。
マルコ先輩の車が駐車してあって、わたしとサッチ先輩が着くとエースが助手席から顔を出した。
「俺らの勝ちだな、遅えぞサッチ!」
「どこで道草食って来たんだよい」
…エースは肉まん食べていた。車に近づいてマルコ先輩に借りたコートを返す。
「マルコ先輩、コートありがとうございました。暖かかったし助かりました」
「いや。スカートでバイクは、なぁ?」
ええ全く。せっかく二人で言葉を濁したのにエースがぶちまけた。
「パンツ見えるもんな!ほらなまえの鞄」
…うっさい!バカ!先輩の前でぱんつ言うな!
マルコ先輩の車に置きっぱの鞄をエースが取ってくれた。
「マルコ!サッチ!バイクも車も、海も面白かった。ありがとな!」
エースは先輩に向かってそう言うと、サッチ先輩はエースの頭をぐちゃぐちゃと撫でた。
「おう!お前も元気でやれよ!…つーかあんま呼び出しくらう真似すんなよ、もう庇ってやれねぇから」
マルコ先輩も車から出てきてエースの頭を同じくかき回すみたいにした。
「留年するなよい、エース!お前頭が悪いから心配だよい。いい点取らなくていいから赤点取るな」
「う、うっせーな!いでっ!蹴るなよ、痛!」
サッチ先輩にヘッドロックかけられているエースを見て、マルコ先輩が笑った。ぐるぐると、さっきの『最後に』という言葉が回る。
…そうだ最後なんだ。式の時は眠いなって思ってただけなのに、寂しさが波のように頭から私を襲った。鼻の奥が急に痛くなって、わたしは急いで口の中を噛む。泣きそうだった。
「…そうだ、なまえ」
マルコ先輩がわたしに向かって一枚のCDを差し出した。
「さっき聴いてた曲が入ってるヤツだよい」
目の前のCDはケースに細かい傷がいくつかついている。きっとマルコ先輩がたくさん聞いたんだろうな。
「俺の中古で悪いがお前にやるよい」
頭の中に運転してた時のマルコ先輩や、学校の廊下で会った時に頭を軽く小突かれたこと、体育祭でぶっちぎりで走って一位になったところが思い出される。
「そのバンドの、マルコのお気に入りだよな。いつも聴いてたやつじゃん」
サッチ先輩。
文化祭の音楽コンクールでソロ歌ってた。バリトンボイスがめちゃくちゃ格好良かったのに盛大に歌詞を間違えてた。バレンタインで山ほどチョコ貰ってお腹壊して翌日保健室で寝てた。
昼休みになるとエースとか下級生とバスケかサッカーか野球して騒いでた。
走馬燈ってこんな感じなんじゃないかと思うぐらい、一気にいろいろと思い出が巡った。目が熱くて喉が痛くて、噛み締めた口の中も痛い。
…瞬きした途端に決壊した。
「……お、い!なんで泣くんだよい!」
「…えっ…うぅ……っうぐ」
必死に我慢したんだけど、目から涙がボロボロと流れ出した。
「あーっ!マルコがなまえ泣かしたぁ!」
「は?いや、…俺かい?わ、悪いなまえ…無理に貰えって訳じゃ…」
エースにそう言われたマルコ先輩がオロオロとCDを引っ込めようとしたので、その手を掴んだ。
「ちが、…違うんです。なんか、いろいろ…っうぐ、…」
泣くのを堪えようとしてしゃくりあげ、うまく話せないのがもどかしい。
「…寂しいです、もう学校行っても…っうう…先輩達、いないなんて…!」
「いやほら、あれだ!確かに俺ら学校に居ねえけど、アドレス解るんだしいつでも連絡して?な?」
「なまえ、休みになったらエースと一緒に遊びに来い、その時には車で何処か連れて行ってやるよい」
泣き顔を両手で隠しながら何度も頷く。先輩は優しい。優しいから、いなくなるのが悲しくてさみしくて、涙がなかなか止まらない。
「…なまえ、泣くなよバカ!お前涙腺弱すぎ。マルコ達困らせんな」
「ごめ、ごめん…」
エースにそう言われて、わたしはグイグイと目をハンカチで拭った。
「…マルコ先輩、サッチ先輩。卒業おめでとうございました!お世話になりました!新しい場所でも頑張って下さい」
二人に向かって頭を下げて今までのお礼を伝えた。エースがわたしの腕を掴んでいた。
「…じゃあな!絶対また遊べよ、マルコ!サッチ!…ありがとな!!」
先輩達は最後にわたし達に笑顔で『またな』と言ってくれた。
とぼとぼとエースと二人、帰路につく。泣いたわたしを気遣ってかゆっくり目に歩いてくれた。
「…泣き虫」
「うっさい」
「鼻水出てんぞ」
「エースは先輩の優しさ見習え」
「は?俺、充分優しいじゃねえか」
鼻をぐずつかせながら歩いていく。
ひらり、ひらりと桜の花びらが風に乗って舞い落ちる。
「…あいつら居なくて寂しいなら、俺とその分遊べばいいだろ」
「うん」
「…ゴールデンウイークになったらマルコの所にも一緒に行ってやる」
「うん」
「……他の男の前で、あんま泣くな。嫌なんだよ。二人の時ならいいけど」
「…うん。~~ううう…先輩ー!やっぱりもっと話したかったー!行っちゃやだよ~うわぁーん!!」
繋いでくれたエースの手を握り返して私は思い切り別れを惜しんだ。
恋慕ではなく思慕。
(あー面白くねぇ!なぁキスしていいか?)
(今顔やばいからやだよバカ!)
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