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大海を知る。
なまえ
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(Side ACE)
見渡す限りの青にオレンジ色が混ざり出す夕刻。広く遠くに見える水平線。鳥の姿が黒い影になりつつある。
「…やべえ、なんか早速死ぬかも…」
地図を見て俺は呻いた。村にあった古い地図だからか?あるはずの島が見当たらない。
小さな船には一週間分の食料しか積んでねえのに、俺は現在八日目の夜を迎えようとしていた。五日で着くはずの島が影も形もねえ。どういう事だ。
「だあああ腹減ったぁぁあ!!」
とりあえず叫んだ。体力使うと解ってても叫ばずにいられない。腹減ったら魚採って食えばいいんだけど肉が食いたい。肉!肉!!肉!!!
「…ん?あそこ何か光ってる…?」
さっきまでは何も無かったのに、海の上で光線の様な光がチカチカと輝いていた。あそこに誰かいるのかもしれない。
「…こりゃあ冒険の匂いがするな!」
小舟をその光へと進めた。あわよくば肉にありつけるかもしれないと期待を込めて。
「こりゃあ、また、なんというか」
近づくにつれて光の正体は明らかになった。ゆっくりと回転する光線…灯台の明かりだった。それはいいんだけど。
「頭残して埋まってんじゃねえか、これ」
それは辛うじて海面から頭を出している面白灯台だった。触れる程近寄ってみたら窓があって、伸び上がって覗くと中に人影が揺らめいていた。俺はその窓ガラスを軽く叩いて中の奴の意識をこっちに向ける。
「あらまあ珍しい。迷子?」
窓が開き、室内の光を背にして現れたのは女だった。長い亜麻色の髪がふわふわと揺れてる。
「どうもこんばんは、初めまして。俺はポートガス・D・エースです」
小舟の上で立つ俺より10センチ程高い窓に頭を下げて挨拶をした。
「あはは、ご丁寧に!私はなまえ。この島の灯台守よ」
窓枠に頬杖をつき笑うなまえ。マキノと同じくらいに見えるけど…ここで暮らしてんのか?一人で。
「夜はあまり動かないほうがいいわ、特にそんな小舟じゃあね」
「あんた今、島の灯台守って言ったけど。どこにも島なんか…」
ぐぐぐー、と静かな夜に俺の腹の音が響いた。
なまえの後ろから漂ってきた美味そうな飯の匂いの所為で。
「…………………………」
「ふふ。お腹空いているのね?良かったらお入りなさい」
窓からなまえが手を差し出す。白々と室内の灯りを背負って伸びた手は小さくて、掴んだら折れるような頼りなさ。
「ドアはもう海の中なの。ここから入って」
「じゃあ、失礼っ…と!」
断って窓枠に手を掛けて飛び込んだ。折れそうで不安な手を取るより飛んだ方が早い。
「あら。器用だ事」
「へへ、どーも!」
「そこ座って。干し肉とスープしか無いけど、食べる?」
机、椅子が二脚。棚が三つあって何かいろいろ入ってる。壁は堅牢な石造りだ。ベッドは無くハンモックが天井に掛かってて、天井の穴の上まで梯子がついてる。そう広くない部屋の中で、一番目を引くのは天井に続く大きな竃のようなもの…。
「…女の部屋をあまりジロジロ眺めるのは失礼じゃないかしら?」
テーブルの上に湯気を立てる皿が置かれ、なまえも椅子にかけた。途端に意識はテーブルへ。
「悪い、珍しくてつい…うまそうだなこれ!いただきます!」
肉だ肉!!魚も美味いんだけどやっぱり肉食うと力が出るよな!臓腑に沁みる味がする。
「お代わりいる?」
お茶を飲みながらなまえは俺が食うのを見ているだけ。すでに食事を済ませたのか、それとも自分の分を俺へ?
「いいのか?あんたの分は…」
「あんたじゃなくてなまえ、よ」
「なまえの分はいいのか」
「…呼び捨て?まぁいいわ。お皿貸しなさい」
なまえは干し肉を挟んだパンと魚のスープを振る舞い、お茶を出してくれた。
「あー美味かった!なまえ、どうもありがとう!」
「どういたしまして」
俺は鞄から地図を取り出してテーブルに広げた。なまえがテーブル向かいから覗き込む。
「俺、この島に行く予定だったんだけど。島が見つからねえんだ。あんた…じゃなくて、なまえ。新しい地図とか持ってたら見せて貰えねえか?」
「あら。この島ならここよ?」
「は?」
にっこり。なまえは笑う。どこか楽しそうな雰囲気に怪訝さが募る。
「さっきも言ったけど島なんか何処にも見当たらねえよ」
「…君、海に出てどれくらい?」
「八日」
「そう、それじゃあ海の事何も知らないのね」
なまえは地図の一角を指差す。スルスルと動いてわかりやすく教えてくれた。
「君が今居るのは、ここ。この島はこの地図には載っているけれど…」
コンコン、と指がソコを叩く。今まさに俺となまえがいる場所を。
「海に沈んだわ。この灯台を残して全てね」
「沈んだ?島がかよ!」
俺は椅子から立ち上がって窓の外に顔を突き出し下を見た。夜空に星と半分の月。真っ黒な水面からは何も見えない。
「半年ほど前から毎日少しずつ沈んでいって、今じゃこの有様」
他人事みたいに肩を竦めるなまえ。
沈むって言ったか?ここが?あんたどうすんの?沈むんだろ?疑問が一気に湧いて頭が眩む。
「残るはこの灯台だけって訳」
「ここは運良く残ったのか」
「いいえ。じきにここも海の中よ。だから君も明日には発ちなさいね」
何が楽しいのか、笑顔で女は衝撃の言葉を吐いた。明日?海の中だって?嘘だろう。
「…あんた船は?」
「持ってないわ」
「……今日まで食いモンとかどうしてたんだよ」
なまえは笑顔を絶やさない。だけど俺の質問に答えてくれなかった。
「もう寝たら?ハンモックを貸してあげる。夜は私の仕事の時間だから」
窓辺から離れようとしたなまえの腕を掴んで引き止めた。どうして?が頭の中でぐるぐると回る。
「他の奴らは?島に住んでた奴とか居たはずだろ!何であんただけここに…!」
窓の下にはおれの小舟が浮いている。水面は俺が船から飛び上がれる程度だった。聞かされた言葉通りここはそう長くない。
なまえは俺との距離を詰めると、ちゅ、と頬っぺたにキスをした。その柔らかい感触に腕を掴んでいた力が緩んだ。
「!?」
「寝物語をせがむなんて、子供ね。続きを聞きたいなら上にいらっしゃい。私の仕事の合間に聞かせてあげる」
するりと俺から離れて部屋の梯子を登って行った。何か気恥ずかしい思いで頬っぺたを擦ってからなまえの後を追った。
「おお、凄え!!」
天井の穴を越えて見えた機械の塊に驚いた。でかい歯車や小さなポンプ、ギシギシと音を立てて回転するてっぺんの機械。
「狭いから気をつけて。機械には触らないでよ」
「ああ、うん」
キョロキョロと辺りを見回してしまう。面白え面白え!!秘密基地か?巨大ロボットに変身とかしそうだぞ!
「これどうやって動い…、え!?」
「燃料が私なのよね、この灯台」
なまえの方を向いて俺は固まった。
身体から炎が吹き上がり真昼の太陽さながらに明るく、熱を伴って燃えていたのだ。腕を竃の様な燃料ポンプに突っ込むとギシギシと音を立てて機械は動きを早める。
「君は悪魔の実って知ってる?私はメラメラの実を食べた化け物よ」
言葉が出なかった。人が燃えてる。でも喋ってるし、さっき食い物くれた奴だし、…燃えてて温かい。
「…あんたに触ると熱いか?」
「ふは、…変な子!火傷するから触っちゃダメよ」
触らない程度に近寄って、なまえの側に座った。焚き火に当たってるみたい感じがする。
「…ここに置いてかれたのか、なまえ」
「私が残ると言ったのよ。新しい地図が出回って皆が海路に馴染むまで、この灯台が無いと遭難しちゃう」
君みたいにね、と笑う顔に悲壮さは無くて。パチパチと爆ぜる音が機械の軋みに混じって聞こえた。
「灯台沈んだら、なまえはどうすんだよ」
「どうもしない。私も一緒に海の中だろうし…っきゃあ!」
肩を掴んだら掌が火で焼けた。慌てたようになまえが声を上げて炎が消える。
「馬鹿!火傷するって言ったでしょう!」
「バカはなまえだ、沈む前に出ればいいだろう!」
「出来るなら…出来るのならそうしてたわ。でも、もういいの」
余裕そうだったなまえから笑顔が消えた。火と一緒に消えたみたいに。
「悪魔の実を食ったって言っても、火を出さないようにしてりゃいいだろ。そうすりゃ他の島に行っても暮らせるさ」
なまえの身体の火が消えると炉の中の炎だけになる。少し薄暗い。
「…悪魔の実を食べるとね、海に嫌われるのよ。だから私泳げないの」
「じゃあ俺の船に一緒に乗ればいい」
近くの島まで連れてくよ、と言ったらなまえは薄く笑った。
「…海賊に殺された弟がこの下に、海に沈んでいるの。寂しがり屋だから置いて行くのは忍びないわ」
「!」
「君も海賊になるつもりで海に出たのでしょう?…今夜君を中に入れたのは、私を殺してくれると思ったからよ」
俺は自分よりいくつも歳上のこの女に、何故か引っかかるものを感じて耳を傾けた。悪魔の実、火に変わる身体の変な女。沈んでいく灯台に一人ぼっちの女。 うまく言葉にできない。
なまえは俺の掌を取り、傷の具合を見た。下に降りて消毒と薬を持ってきて処置をしてくれた。
「大丈夫?…痛いでしょ?」
「痛くねえ」
「そう。良い子ね」
「子って言うな」
「ふふふ。あら、ごめんなさい?」
「~~~っ!早く続きを話せよ、なまえ!」
からかわれているようで腹立つ。睨んでも凄んでも笑って流される。
「弟に少し似てるわ、君。…島が沈み始めてから食料とか備品を買い出しに行くのはいつもあの子の役目だったの。泳げない私の代わりに船で近くの島に行ったりね」
なまえが俺を見て手を伸ばした。髪を指が梳く。俺と弟を重ねているみたいで振りほどけなかった。
「…二月前、君みたいに古い地図を持った海賊がここに来た。あいつら私を犯そうとしたわ。もちろん火を使って応戦したけれど」
髪から手が離れて炎に変わる。照らされたなまえの顔にゆらゆらと影がうつる。
「あいつら私に敵わないと解ると弟を撃ち殺してあの窓から投げたの。……助けてあげられなかった」
炎が消えた。隣にいるなまえが何だか泣きそうな気がして落ち着かない。女が泣いた時にどうしたらいいのかマキノから聞いてねえし。
あの窓ってのは俺が入ってきたあの窓だろう。
窓を叩かれた時どんな思いで開き、俺を中に入れたんだろうか。
「ふふ、こんなのよくある話よ。海賊なんて下衆の集まりだもの」
「俺は…」
口を開いたけど何を言っていいのか解らなかった。なまえの顔が寄ってきて、あれ、とか思ってたらキスされた。
「…う、わ!何すんだよ!!」
「え?…あら…ふぅん?もしかして初めてだった?」
「~~いや、別にっ」
バカにしてやがる!何なんだよ、今泣きそうな顔してた癖に!
「君が窓を叩いた時、死のうと思ったの」
身体を寄せられて胸が跳ねた。甘い匂いがした。肉の匂いとは全然違うのに腹の奥がギュウっと捻れるような変な感じ。
「だけど無理ね。こんな子供にそんな真似させられない」
カッと頭に血が上った。俺は力任せになまえを押し倒して睨んだ。
「ガキ扱いすんな、俺は子供じゃねえぞ」
「子供だわ。だって私を可哀想だと思ったでしょう?」
図星だった。なまえは押し倒されたのに抵抗しない。火さえ出さない。
「海の事も世間の事も知らない。何より…私を救えると思ってるでしょう」
「っ!!」
せっかく押し倒してくれたけど、やり方解るの?下から妖艶な顔が問う。
「…はぁ。どきなさい」
「……………」
「…どかないと、私が君を犯すわよ?」
「…なっ!…~~うわ!…っやめろ!っ痛え!!」
股間を揉まれて焦って飛びのいて、柱に頭を打った。
「あは、あはははは、ふふ、あはっ!」
俺を見てなまえが大笑いする。くっそ、情けねえ!
「…はー、可笑しい!こんな笑ったの久しぶりだわ!」
「そうかよ、良かったな!」
「君、海賊になったってきっと長生き出来ないわ。優しいから」
「俺は優しくなんかねえ」
「殺さない、犯さない、奪わない。君は優しいよ。海賊なんてやめたら?」
目尻に浮いた涙を指で拭うなまえの言葉は重かった。海に出て八日目。早速死にかけて、確かに俺は何も知らねえガキなんだろう。だけど。
「……あんたさ」
「なあに?」
「一緒に来いよ、俺と」
あんたを放っておけねえと言ったら、ぷ、とまた吹き出された。
「行かないわ」
「…死ぬぞ、ここに居たら!」
顔が近寄る。またキスされるかと身構えたけど、唇は触れなくて。代わりに柔らかい腕が俺を抱き締めていた。
「島に来てくれた最後の人が君で良かったな」
いや顔に胸が当たるんだけど!柔らかいんですけど!!そろりと腕を動かして、俺の頭を抱くなまえを抱き返す。どこもかしこも柔らかい、ぐにゃぐにゃで間違えたら潰しそうだ。
「誘ってくれて、ありがと。でもごめんね」
「そんなに死にてえのかよ」
「弟がこの下に居るの。置いて行ったら寂しがるわ」
強い女だ。大人だからなんだろうか?涙の一つも恨み言一つも漏らさない。その夜、俺はなまえとくっついて過ごした。寝ていいと言われたけど眠る気になれなくて、なまえの炎で燃える炉の力で回る灯台の光を一晩中眺めていた。
空が白み始めたころ、なまえは今夜の仕事はお終い!と言って、俺を促して下に降りた。
「窓から下、見てご覧なさい」
「…!!」
朝日に照らされた水面、そのずっと下に目を凝らすと、いくつもの建物が沈んで見えた。
「…見えた?」
「ああ…本当に島だったんだな」
なまえの弟の死体は見えなかった。流されたのか、もう溶けてしまったのか。
「なあ、気は変わらねえのか」
「…あのね」
俺は徐々に明るさを増す灯台の中でなまえと向かい合っていた。
「悪魔の実の能力者が死ぬと、その実はこの世界のどこかに、また生まれるらしいの」
なまえの手が俺の両頬を包む。
いつかマキノもこうして頬を包んでくれた。あの時と違うのに目に宿る色はよく似ている。
「私が死んだら世界のどこかにある『メラメラの実』を探して君が食べて。君は優しいから強くならなきゃいけないわ。カナヅチになっちゃうけど力は強力よ」
「ここから出れば死なずに済むだろ!なあなまえ…」
「君と一緒には行かない。だけど、君がメラメラの実を食べたなら。…そうしたら、私も君と一緒に旅をしてる事にならないかしら?」
「………っ!」
苦しい。このまま別れたら死ぬって解るのに説得できない。俺がどんな言葉を伝えてもこの人はうんって言わないだろう。
なまえの身体を抱きしめた。謝りたいのか怒りたいのか解らなくて。
「君が迷わないように、夜は私が照らすから…真っ直ぐ前見て行きなさい」
「…必ず探して、俺が食うよ」
「ええ」
「……じゃあ、俺、行く」
腕を緩めるとなまえは一歩引いた。俺は窓枠に乗り下に繋いであった船を見下ろす。水位は昨日とさほど変わってない様に見えた。
「さようなら」
なまえが言う。ヒリヒリと身体が痛む様な気がした。海は穏やかで、波が静かに揺れている。
「…なまえ!」
「?」
何か言いたい。ここで一人ぼっちで、命を燃やして夜を導く彼女に。
「……俺、昨日、キスしたの初めてだった。凄え柔らかくて、驚いた」
「…あはっ!そう、初キッス奪っちゃってごめんね…ありがとエース!」
最後に笑い合い俺は船に飛び降りた。後ろは振り向かなかった。
暫く進んでから船に地図と食料が入っているのに気づいて、思わず空を仰いだ。拳を握ると掌の火傷が痛む。現実だと言うみたいに。
夜になって、光が遠く見えた。それは、星よりも月よりも力強く煌めいて。
この身を焦がして。
(…居たぞ、火拳のエースだ!)
(捕まえろ!!)
(やれるもんならやってみろ!)
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