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roast honey.
なまえ
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(Side ACE)
「エース!何かオヤジが呼んでるぜ」
「解った、すぐ行くよ」
負けかけていたカードを放り出すと、仲間から文句が飛ぶ。タイミングのいい呼び出しに感謝だな、巻き上げられずに済んだ。俺は片手を上げて謝りオヤジの部屋に走った。
ドアをノックして了解を得てから入室。これを守らないと物理で追い出される。オヤジに座れと言われたのでその場で胡座をかいた。
「オヤジ、何か用事か?」
「なまえと連絡が取れなくなった」
「いつから?!」
「三日前だ。例の品を取り返したと連絡を寄越したが、引き取りに来てくれと言った後、音信不通だ」
「まさか捕まったりとかしてねえよな…」
オヤジの船で出会った海賊、白ひげ海賊団の一人であるなまえは、潜入や敵の誘導や上陸予定の島の偵察に長けていた。女一人での行動は相手の油断を誘うし、演技や変装もかなり上手い。
これから仕事だと普段と全く違う女に変わるなまえの姿には何度も驚かされている。
「状況は不明だ。エース」
オヤジに呼ばれ、飛んでいた意識が戻る。目が俺を射抜いて言った。
「お前が迎えに行ってやれ」
「すぐに出ていいのか?」
なまえがどんな状況下に居るのか解らないのなら下手を打つわけにはいかない。隊長よりは目立たず雑用よりは腕っぷしがあると指名されたなら受けるのは当然で。
「マルコに連絡してやり方を聞け。エース、俺の娘を頼むぞ」
最後の一言に思わず黙った。
『なまえ』に何かあったら相手を再起不能に潰せと聞こえたから。薄っすらと滲む殺気と覇気。家族思いのこの人らしい。
「…了解、オヤジ。なまえは必ず連れて戻る」
俺は背を伸ばしオヤジを見上げ、オヤジの息子になってから初めての任務を拝命した。
その足で部屋に戻り荷造りしつつマルコの電伝虫に連絡を。
『…そうか。なまえが助けを求めるくらいだ、手を抜けないヤマだと思え』
大まかに説明すると事情を聞いたマルコの声が静かに応える。
「俺、オヤジのところで諜報とか奪還とかやるのは初めてなんだ。何かアドバイスくれよ」
『お前は行き当たりばったりが多く、誤魔化しや嘘が下手、すぐ顔にでる。感情に流されやすい上にメラメラの実と背の刺青が阿呆ほど目立つ。断言するが諜報には向かねえよい。俺にはオヤジがどんな考えでお前を指名したのか解らねえ』
腹が立つような指摘をいくつも刺され、その上、ため息まで吐かれた。反論できなくて唸る。
『よりによって俺が出てる時になまえが窮地だなんてついてねえよい!…エース、難しい事は言わねえ。今から言う事は死守しろ』
メモを取れとまで言われ、俺は紙とペンを用意してマルコの言葉を聞いた。
『まず服は脱ぐな、オヤジの刺青見られたら一発でアウトだ。悪魔の実の能力も極力使うなよい。目立ちすぎる』
「解った。他は?」
『…俺がなまえと組む時は、恋人か夫婦装うのが鉄板だよい。手を繋いだら恋人で、腰を抱いたら夫婦設定の合図で…』
「は?」
思わず聞き返した。恋人に…夫婦?寄り添う二人を脳内に描くと胸が詰まる。変な感じだ。
「マルコ、いつもなまえと組んでる時はそんな事してんのか?」
『お前も今からやるんだよい。エースとなまえで夫婦設定は無理がある、今回は恋人の線でいけ。なまえに合わせりゃいい』
いや、行けとか言われても!と反論する前に畳み掛けられた。
『俺の部屋のベッドの隣の棚に入ってる服を使え。変装用にいつも使ってる服と眼鏡だからなまえが見ればすぐに気付くよい。余計な所を荒らしたら後で蹴るからな!』
言うだけ言ってマルコは通信を切りやがった。掛け直しても繋がらない。というか、多分コールを無視してる。
「くそ!!…こ、恋人?とか無理だろ…!」
頭をかきむしってメモを丸めて燃やし、マルコの部屋に行って服と眼鏡を拝借した。レンズに度は無い。恐らく伊達眼鏡なんだろう。
モビーディックに積んである小型船で近くの島まで送ってもらい、手配されていた客船のチケットを受け取り、一般人に混ざり船を乗り換えた。
「ご利用ありがとうございます!小さいけれど高速船ですよ、船縁で風と景色の流れを楽しんでくださいね!」
楽しむ余裕なんか無い。気持ちが焦る。早く早く、少しでも安否が知りたい。
「ああ、ありがとう」
落ち着けと言い聞かせ案内された部屋に入りベッドに転がる。俺の目指す島への到着は明後日とのことだった。ストライカーで飛ばせばもっと早く着くのに。イライラして仕方ねえ。
「ありがとうございました!またのご利用を!」
客船から降り立ち、港を一瞥する。
着いたのは夕暮れ時だったけど、旅人や異国の行商、市場で買い物をする島の人が溢れていた。普通に見えるけど、なまえに何か起きているんだ。この島で。
「…何処にいるんだ、なまえ」
ああくそ、早く手がかり見つけないと。でもこの大勢の中から見つかるのか?火でも出せば一発出目立てるしなまえも気がつきそうだけど、出したらダメなんだよな。辺りを見渡しつつ歩く。
「…なんか美味そうな匂いするな」
腹が減ってて、ついそっちに歩を進めてしまい人とぶつかった。
「あ、悪い…うわっ!?」
「良かった!マル…」
俺の謝る声に誰かの声が被り、しがみつかれた。
「「え?!」」
驚いた声が重なる。
視線の先にいたのは緩く波打つ亜麻色の髪、色白の肌に散る薄いそばかす。モビーディックで見慣れた素のなまえ。見つかった。無事な姿に安堵で力が抜けそうだ。
「良かった、今からなまえを探そうと…」
「…マルコ、じゃないなんて…」
小さな呟き。聞こえなきゃ良かったけど俺は耳がいいからな。マルコじゃなくて悪かったな。俺だって役に立つってあんたに認めさせてやるから。みてろよ。
「なまえ」
俺はなまえの腕を掴み、歩みを止めてから手を握った。マルコの教えてくれた『恋人設定』の合図のつもりで。
「!?」
凄え驚いた顔された。変な事をしちまった気になって顔が熱くなる。だってなまえと手を繋ぐなんて初めてなんだ。
「…ええと、ひ、さし振りだな!元気にしてたか?」
俺の意図を汲んだようになまえははにかんだ。
「…ええ。来てくれてありがとエース。眼鏡似合わないね!こっちよ、宿に案内するわ」
手を繋いだままなまえは歩き出す。思ったより小さい。まずい。手に汗が出て来た。宿までの道のりが長く感じる。
「…結構狭いな」
「一人用だからね。今、椅子を…」
「いいよ。床に座るし」
俺は荷物を床に置いて机を移動させ、出来たスペースに腰を下ろす。
「現状説明からでいい?」
当たり前みたいになまえも床に座った。椅子に座らねえのは、俺と目を合わせて話せるように?
「ああ」
「取り返したモノはこの筒の中に保管してあるわ」
なまえは首から下げていたネックレスを服の下から取り出して見せた。白地に黒い花柄のタンクトップ。鎖骨が見えて首には細いネックレスが揺れている。
「なんだ、もう仕事は終わってんのかよ。じゃあ早く帰ろうぜ」
「…わたしはまだこの島にいる。エースは地図を持って先にウチに帰って欲しいの」
手元に鞄を引き寄せ、旅客船のチケットを取り出す。
「優先券よ。これを提示すればいつでも客室が確保出来る。この島を経って、次の到着先に同盟を組んでいるセロリという海賊が待機してる。連絡を取って…」
俺はなまえの説明を途中で遮った。
「これ一人用だろ。なまえが使う予定で取っていたんじゃねえのか」
「わたしはまだやる事があるの。エースはオヤジに回収を頼まれてきたのでしょう?だから…」
「嫌だ。俺の任務はなまえを連れて帰る事だ、一人でなんか帰らねえ」
なまえは口元に左手を当てる。苛ついてる時の癖だ。
「…なあ、それ。いつ入れたんだ?」
「え?」
白いタンクトップから伸びる、色白の細腕。
口に当てた左手、その薬指には黒い星型の刺青が入っていた。手の甲まで星が点々と散っている。
「ウチに居る頃は無かっただろ、オヤジの刺青以外は」
「……何の事?刺青なんか入れてないわよ?」
不思議そうになまえは首を傾げる。そんな目に付くところにあるのに?見えてないのか?
「…いや、ごめん。ちょっと眠くて変なこと言ったみたいだ」
俺にしか見えてないのか?お化けの刺青??なまえが助けを求めるような原因、これが関係してるのだろうか。
「とにかくだ。俺はなまえと一緒じゃねえなら帰らねえ」
「意固地」
「どっちがだよ」
俺たちは睨み合った。引く気は無い。
目を先に逸らしたのはなまえだった。
「…はぁ。マルコなら良かったのに」
「俺が来たのがそんなに嫌かよ」
「マルコだったらコレだけ持って先にウチに戻ってくれたのに」
なまえの手がネックレスを掴むと小さく金属が擦れる音がした。
「マルコだってなまえを置いて帰ったりしねえ」
「エースは解ってない。マルコってそういう人よ」
「解ってないのはなまえだろ」
俺はなまえの手を握った。星が散る左の手だ。逃さないって意味を込めて。
「この島でやる事が残ってんなら、待つよ。だから帰るのは一緒にだ」
「………」
その日は押し問答してても仕方ない、という事になり、俺たちは床に就いた。
「もっと詰めて。狭い」
一つしかないベッドでは当然、身体はくっつく訳で。俺となまえは背中合わせに引っ付いて転がっている。
「……やっぱり俺、床で寝る」
柔らかいし何かいい匂いするし…心臓が早いのがバレる気がして落ち着かない。
「…ふふ。明日から恋人ごっこ出来るの、そんなので?」
「ウッ!」
ベッドから降りようとして固まり、渋々と戻る。なまえは笑った。
「おやすみ」
「…おやすみ」
変だな、仲間と雑魚寝なんかよくするのに。女だからだ。なまえが。別になまえだからじゃねえさ。そう言い聞かせて眠りに就いた。
結局、なまえは頑として帰ろうとはしなかった。俺が迎えに出て三日が経ったが相変わらずだ。
なまえと恋人の振りをしながら手を繋いで買い物をし飯を食い、ブラブラと歩いたり話したりして宿に帰る。
「…俺、こんな風に女と過ごすのって初めてだ」
なまえと飯を食いながらポツリと告白した言葉に、苦笑いが返ってきた。
「よく言うよ。エースはモテるくせに」
皿を持つその手、星は当初よりずっと濃く増え、今は肘まで達していた。薬指の一等星から始まったそれは数を増やしながら上を目指し伸びていく。
「なあ、俺は上手くできてるか?」
星が増えるたび俺の不安も増えた。良くない事が起きていると、何かが警鐘を鳴らしている。
「…俺は、なまえにちゃんと優しく出来ているか?」
女を抱いたことはある。何度も。
娼婦とか、冒険の途中で会った女とか。だいたい一晩限りの関係で、身体を繋いだだけだったけど。
「エースは良い子だなあ、はは」
なまえの手が俺の頭を撫でた。びっくりして、それから、顔が熱くなる。
「~~子って言うな!撫でるな!歳なんかそう変わらねえだろ!」
焦げるように黒く、また一つ星が肌に散った。夜空みたいに。
「ふふん、経験の差よ!…エースは優しいよ、わたしとモビーディックの皆が保証する」
これがどんな感情なのか解らない。
込み上げてくる思いは止まらず身体が震えた。
バレたくなくて何か話そうと思ったのに、口を開いても喉が詰まって言葉が出なかった。
「…なまえ」
「何?帰らないわよ」
「違う。手、貸してくれ」
差し出された手をそっと握る。手首を掴むと脈が感じられて、互いの体温がそこだけ混ざる。
「俺はなまえが気が済むまで付き合うし、何かあるなら言ってくれ。手伝う」
育った島で出会った兄弟やジジイ、マキノや山賊の奴ら。あいつらとは違う。育った島を出て集めた仲間たちとも。オヤジの船で出会えた家族たちとも。
「…上手く言えねえけど、なまえの事は大事な仲間だし…多分、結構好きなんだと思う」
「ふぅん?…多分、ね」
他人を好きになるってどんな感じなのか俺は知らない。聞いたところによるとフワフワと気持ちいいもんらしいけど、今みたいに腹がチクチク痛むこの気持ちは何て言うんだろうか。
「恋人らしく、キスでもしておく?」
「っ!」
島での二人きりでの生活はほとんど四六時中なまえと一緒で。揶揄われてるのかとなまえを睨むと赤く濡れた唇が目に飛び込んできて、喉が鳴る。
欲が溜まってる訳じゃない、筈だ。誰でもいいから女を抱きたいという要求が湧いてる訳じゃねえ。
「マルコとも、いつもしてたのか?」
「え?…んんっ!」
俺はなまえの唇に自分の唇を押し付け、舐めた。頭の中に同じようにキスをするなまえとマルコが浮かんで、焼けるように腹が立って、舌を突っ込んでいた。
→(Side U)