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なまえ
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(※オセロ。続き)
(※color- full.続き)
(Side U)
「…すみません。もしよろしければ修理の施工例としてビフォーアフターの写真を撮らせて貰えませんか?」
料金の方サービスさせていただきますので。動かなくなったエアコンの修理に来てくれた業者の人が大真面目な顔で続けた。名前を出さないしプライベート空間が映らないようにします。修理でどのくらい変わったのか社のホームページにぜひ載せたいと言うのだ。
「そんなに酷いのですか、この室外機」
「はい!もうダメの見本みたいな絵面です、この配線の汚れ具合と埃のつき方なんて秀逸ですよ!やろうと思って出来るもんじゃ…ゲフン!いえ、あの修理自体は本日中に終わる程度ですので!!」
空調機の本体はフィルター掃除とか機体に備わっているクリーニングをしていたけれど室外機は何の手入れもしていなかった。
買い替えの覚悟をしていたが、修理で済むのなら金額はかなり変わってくる。その上で料金のサービスまでしてもらえるならとわたしは二つ返事で了解した。だから汚れ具合が秀逸なんて悲しい言葉は聞いてない。記憶から消そう。
「…名前とかでないなら、はい。お願いします」
「ありがとうございます!うわぁ、本当に良いですよ!スパナさん見てこれ痛ってえ!!」
「おいお前もう少し言い方なんとかしろって言ってるだろッ、お客様すみません失礼な事を」
わたしより少し年上そうな修理の人は一緒に来ていた上司らしい人から失礼な言い方をするなと平手で背中を叩かれ叱責られつつも、キラキラした目で写真を数枚撮っていた。
地獄の夏にエアコンなし生活もやっと終わり。仕事の忙殺期間も終了し、威力を取り戻したエアコンの冷房。部屋が天国に変わったと拝むほど快適になった。
「すずしい〜!やっぱりお家が一番…」
長年愛用の部屋着でクッションを膝に、お預けだった映画ディスクコレクションを漁ってセット。場所を取ると解っていても特典欲しさに買ったものもあれば特装版に惹かれたもの、純粋に何回も観たくなる名作は現物として手元に置きたい派である。配信サービスも勿論いくつか登録済みだ。抜かりはない。
部屋の照明を暗めにして鑑賞開始…したところなのに。序盤の方で携帯端末がメッセージ着信を告げ、サイレントモードにしておかなかったのを悔た。画面を確認すれば送り主はエース君だった。
空調機は無事に直ったと、今は涼しい部屋で映画を観てると返せばメッセージではなく通話着信を端末が告げる。リモコン操作し映画の続きを見るのを諦め電話を取った。
「はい、こんばんは。今夜見てる映画のタイトルですか?ウォーター少女と夏の休日っていう…」
耳元で聞こえる声が心地いい。多忙期間も落ち着いてメッセージや電話のやり取りが増えたのが嬉しくて、ちょっとした話題一つで胸が暖かくなる。
『え、8月に入ったらすぐに連休?!』
「はい、しかも三連休です。この間の休日出勤連勤の件で、上司から班内で順番に有給使って良いって連絡があったので」
先の同僚入院でうちの課全員で仕事を振り分け分担し忙殺された日々。喉元過ぎれば…なんて言葉もあるが最中は阿鼻叫喚地獄で休み返上であった為、上司からのお疲れ様ご褒美が発動した。課内でそれぞれ相談して休みを取れるよう計らってくれたのだ。もちろん私もありがたく平日三連休を組み込ませていただきました。盆正月以外で平日の三連休なんて…なんて贅沢!!!
サマーセールの梯子する、久し振りに子供と出かける、エステの予約を捩じ込んだ、とりあえず寝る…等々、同僚たちと休みの予定を話し合ったが、わたしはもちろん溜め込んだ映画と新作チェックからの旧作振り返りで部屋に引き篭もる気満々で、すでに鑑賞予定リストを作成しお酒を少しずつ揃えて心待ちにしていた。
『じゃあさ、俺がなまえさんの予定に合わせるからどこか行こう』
「…えーと。どこか、とは?」
流石にコンビニやスーパーへの買い出しの話じゃないことぐらい解る。解るが例年増す暑さの中、外に遊びに行くなんて選択肢はない。出なきゃいけないなら短時間で済ませたい。むしろ日が落ちてからやっとコンビニへよろよろと向かう程度だ。空調機をつけた部屋の中で食べるちょっとお高いアイス。これに勝るものなんて冬にこたつで食べるアイスくらいだよ。
強い日差しの外に出るなんて自殺行為じゃないか?早めにアイスと食料、お酒を買い込んで冷蔵庫に詰め込んでおけば休み明けまで一歩も外に出ないなんて事も可能である。
『部屋じゃなくて、いやなまえさんの部屋に行きたくないとかじゃなくて!……二人で出かけたいっていうか、…デートとかそういう感じのやつしたいんだけど』
エース君も一緒に映画大会に参加しますか?と誘うつもりの言葉は出る前に飲み込まれた。勢いよく言い出したくせに徐々に言葉は頼りなく音量を下げ、最後には拗ねたようなものに変わった。
デート。デート?わたしとエース君が?びっくりして言葉を詰まらせ携帯端末越しの無言が痛い。
『…何。俺たち恋人なんだろ、デートしたいのは別に変じゃねえだろ』
「あ、はい!…デートしたいって言われるのが新鮮でした。驚いたというか」
元カレとも買い物に行ったり映画に行ったりはした。だけど『デートがしたい』などとはっきり口にされた事はないし、連れ立って行った先でもあまり良い思い出がない。
上映中に寝るのはまだ我慢できたが、携帯端末を操作するし途中で飽きたと帰ってしまうこともザラで。待ち合わせにまともに来た事が無かったし、約束してないのに急に迎えに来られて支度も中途半端に連れ出され、連れ回され、自分の用が済めば放り出すように解散。
…だめだ。元カレにいい思い出がひとつもない。あんなに雑な扱いしてきたくせに別れる時は大層揉めた。今まで記憶の奥にあったソレはエース君と付き合うようになってから時々ヘドロの泡のように浮かんで、鬱屈を含んで弾ける。気が滅入るので思考の外へと追い出して、続く沈黙を断ち切るよう明るい声を心掛けて口を開いた。
「デート嬉しいです、したいです」
『そ、そっか。良かった!あとで行先の候補送るから。なまえさんの部屋行った時に話そうぜ』
そんな話をした2日後、時刻は21時を回ったところ。完全復活した空調機は快適に部屋を冷やしてくれている。
半泣きで駆け抜けた多忙も落ち着いたとあれば、平日でもお酒が進むのは当然の話で。空になったビールと酎ハイに炭酸水のボトル、余白の目立つおつまみの乗った皿が今夜のテーブルを彩っていた。
「送ったURLのやつ見てくれたか?」
「拝見いたしました」
「何で急に敬語」
タコの唐揚げを片付けたエース君は自分の携帯端末を弄って画面を見つつ話す。
こちらに向けられた画面にはプール施設の広告PR動画。流れるプール、波のあるプールに飛び込み台もあるらしいが一番目を引くのは巨大なウォータースライダー。
「プールだったらここのスライダーが気になっている。ちょっと遠いけどさ、泊まれば一日中だって遊べるぞ」
「うん、凄いねこの…『高さと長さの異なる四つのコースを完備』っていうの。随分と広い施設なんだね」
曖昧な答えを返してもエース君は次の画面を見せてここはナイトプールっていうのがある、夜でもプールに入れるんだぞ!しかも光る!と説明を始める。夜にプールとか危なくないのだろうか。光るプールなんて行ったことないし知らないけど。
楽しそうに語るのをビール片手に聞き流しつつも、どうやって断ろうかとばかり頭を占め、安請け合いしたのを後悔していた。
エース君が送ってくれた行先候補は巨大スライダーが売りのプール、ナイトプール完備のウォーターアミューズメントパーク、この辺りでよく名を聞く鉄板の海水浴場の三ヶ所。
夏男みたいな彼には似合いの場所だと思う。ただし隣に自分が並ぶとなれば話は別だ。候補地の情報を見れば見るほど広告の水着女子や人が犇めき合うような施設に想像だけで気が重くなる。あとこの夏休みシーズンに今から泊まれる安価な宿が空いてるとは思えない。
「なまえさんどこがいい?」
この夏真っ盛りに海?プール?冗談じゃない。やっと冷房で快適なお部屋で過ごせるようになったばかりなのに外?
そもそも人前で服を脱ぎたくない。温泉とは訳が違う。身体のラインを露わにし肌を衆人環視に晒す水着なんて着たくない。紫外線だって浴びたくない。
「確か今は学生の夏休み期間ですよね、わたしと行くよりお友達と行ったほうが楽し、」
「あんたと行きたいから誘ってんのに何で友達と行かなきゃならないんだよ」
海もプールも一日着衣で水着にならないで過ごすのは無理だ。出来なくはないけど行く意味ある?そもそも水着が恥ずかしいなんて言えない。誰もお前の水着姿なんぞ気にも留めないと失笑ものだろう。上下分かれてるビキニ系は選べるわけがないしワンピースタイプもわたしが着たら痛いと思う。かと言って競泳用で挑むほどガチ泳ぎが目的ではない。何よりだらしない身体だと思われたら立ち直れない。お腹とか二の腕や太もも、気になる場所しかない。夜に明かりを落として肌を晒すのと日中に不特定多数の中で肌を晒すのでは大違いなのだ。
「もしかして泳げないのか?俺の弟もカナヅチだけど、怖がらずに行ってるぞ。でっかい浮き輪も借りられるし、それでも怖かったら俺が手ェ掴んでおくからさ」
な?と笑う顔が眩しい。
三兄弟だと聞いているけど歳が近いのかも知れない。仲がいいんだな。似てるのかな。大はしゃぎで楽しそうなイメージがすぐに浮かぶ。ああでも女の子とも行ったのかも。大学の『お友達』がたくさんいる人だから。
「…あの、ええと…そう、ですね」
思考ばかりが先行して怒涛のように流れるのに、口からは曖昧な言葉が出るだけ。わたしも誤魔化すのをやめて素直な気持ちを口にできたらいいのに。自分の思い通りにならないと苛立つ元カレと違って、エース君はこういう事できっと怒ったりしないだろう。それでも誘いを断るのはやっぱり怖くて、目線が合わせていられずに下がった。
「山も良いよな。バーベキューとかキャンプとか、釣り道具も一式ウチにあるからレンタルしなくても行けるぞ」
学生の選ぶ行き先だなあ、なんて思うのは失礼かな。釣りの道具とかキャンプの道具まで揃ってるんだ、凄いな。キラキラのピカピカ溢れる若さの青写真。海もプールもバーベキューも大学の友達と楽しく思い出作って過ごしてきたんだろうな。想像に易い。
だけどわたしには向かない。アウトドアは無理だ。学生時代に半強制参加したので身に染みている。精神的にも体力的にも途中でリタイアする確率が高い…、いや無理してでも行くべきなのでは?せっかくデートに誘ってくれたのにあれも嫌だこれも無理だなんてもう誘ってもらえなくなるかも知れない。わたしが我慢したところで死ぬわけじゃないし、それにわたしがちゃんと相手の言うことを聞けていれば『彼ら』は他の人のところへ行ったりしなかっただろう。だったら我慢すれば現状を壊さずに済む。
「…で、なまえさんはどこに行きたい?二人で行くんだからあんたの行きたい場所も教えてくれよ」
「え、っ、いひゃいれす…」
海でも山でもエース君の好きな方へ、と口に出す前に予想外の言葉が聞こえた。顔を上げると手が伸びてきてテーブル越しにわたしの頬を両手で引っ張った。不鮮明な発音で抗議すると今度は両手で頬を包まれ顔を固定される。
「あのさあ。困ったら相談するって約束したばっかりだろ。今困ってんじゃねえの」
「…はい」
「プールと海と山じゃない場所がいいのか?」
「……、はい」
「うん。じゃあ別の場所に行こうぜ」
振り絞った返事をすればエース君はにっこりした。怒ってないし不機嫌そうでも、ガッカリした風でもない。いつの間にか強張っていた身体が深い安堵で緩んだ。
「…怒らないんですね」
「は?何で怒るんだ。怒る場所あったか?」
わたしの顔から手を離すと、対面から隣へと移動してきた。肩が触れる距離に腰を下ろして首を傾けこっちを覗き込む。散歩に行く?と催促してくる犬の仕草に似ていた。
「どんな場所だったらなまえさんは楽しい?どこによく行く?」
「……、映画館とか、水族館とか、昔は好きでよく行きました。あと特別展示とかやってる時の美術館とか博物館に行ったり…」
全部つまらないと元カレに一蹴されたラインナップだ。好きなものを退屈だと、料金払って行くほどじゃないとその都度貶され続ければ気持ちも萎れ、多忙を理由に遠ざけた場所。
「一緒に行ってもエース君はつまらないと感じるかもしれません」
「つまらないかは行ってみなきゃ解らないだろ。俺はなまえさんが好きなもの知りたいし、なまえさんが好きなもの見てニコニコしてるところ見たいから」
「っ、あ、はい、そう、ですか??」
ドッと顔に熱が集まるのを自覚する。何て事を言うのだろうか。とんでもなく恥ずかしい事を言われた気がする。
「美術館とか博物館の展示会?気になるやつとかあんの?俺、ほとんど行った事ないしああいうところの記憶があんまりない」
「検索しますね……『世界の呪物、呪符展』…これは人気の特別展で過去にもやっていました。あとわたしの休みと開催日が重なるのは『毒展』ですね、こちらは大規模ではありませんが、別の体験型展示と抱き合わせにすると割引が入るみたいです」
「体験型ってどんなの?」
「実際に展示に触ったり音が出たりするので、静かに見るというより話しながら見て回れます。ただ、枚数限定らしい前売りが完売してるのでチケットは当日買う必要があります」
タブレットを使ってエース君も興味を持ってくれそうな展示を検索開始。携帯端末より見やすい大きな画面を二人で覗き込む。エース君はお皿に残っていたおつまみを片っ端から片付けて、わたしは残っていたお酒を胃の腑に流し込む。
「あ、この映画館『ホラーナイト』やってる…8月中は館内のシアター一つをホラー作品のみ上映?…過去の有名作品からB級映画までやってますよ、うわ懐かしい!これ!この作品公開当初に映画館に見に行ってあまりにトンデモ展開でエンドロール見終わって照明付いても終わり?これで??って信じられなかったやつ!これ上映するんだ?!えっ嘘!復刻版の物販とパンフが数量限定販売予定って書いてある!」
怒涛の情報にテンション爆上がりした。何これ行きたい。絶対行く。
あの頃は元彼を誘っても断られるのは間違いなく、一人で見に行ったやつだ。作中曲は不気味さと仄暗さで嫌な気持ちにさせる最高作だったのに、シリアルキラーのデザインと演出があまりに陳腐でコメディか?と首を傾げた一作。サントラのCDだけは今も棚の中にしっかり残っている。
「…なまえさんって怖いやつとか結構平気だよな。映画のディスクもえぐいホラー作品が入ってるし」
「はい。海外産の絶叫なんぼのシリアルキラーもデザイン次第では好きなのですが、やっぱり国内産の陰湿ドロドロ忍び寄る精神面に来るホラーは重さが違います。予算じゃ海外産に軍配が上がりますが気味の悪さ日常に落とし込む怖気の走る恨みや悪意の表現は素晴らしいと…、すみません。話し過ぎですね」
突っ走ってしまった。興味のない話を延々と聞かされるのは嫌だろうと謝れば、軽く肩を当てられた。
「何で謝んの。どうせなら昼に博物館の方行って、夜に映画館でホラー見ようぜ。な?そうしたら両方行ける」
両方。どっちも行きたいと思っていたから、行けなかった方は一人で行くつもりだったのに。どっちも行ってくれるんだ。わたしと一緒に。
「…はい、ありがとうございます。買えるチケットはまとめて予約しておきますね。博物館はどの展示がいいですか?」
「うん。どういたしまして、展示は…うーん、毒のやつがいい。体験型展示ってやつも行きたい」
唸って出した答えの後にチケット代は必ず後で払うから受け取れよ、と釘を刺す。わたしが払っても構わないのだけど。そう言うとエース君は嫌がるのを知っているので、後で受け取りますと伝えた。年上だし払うのはこっちで良いと思うのに。
「じゃあ話まとまったし片付けたら帰る」
「え、泊まって行かないのですか?」
「うん。まだ終電間に合うし、そっちは明日も仕事なんだろ」
おっしゃる通り。今日は週の真ん中木曜日。
あっさりと隣から離れてテーブルの上を手際よく片付けシンクへ洗い物を持って行くと、慣れた手付きでスポンジを踊らせる。わたしも慌てて手伝いをと腰を浮かせば「あんたは空き缶の片付け、あと水飲んで座ってて」とコップに入った水を持たされた。
「じゃあまた電話する。お邪魔シマシタ」
「はい。おやすみなさい」
玄関で丁寧に挨拶をして蒸し暑い夜に消えて行く背中。名残惜しく見えなくなるまで見送った。
「…わたしが変なのかな」
人手不足の仕事も解消、空調機も機能改善して快適な部屋を取り戻した後、エース君が遊びにきたのは今日で2回目だけど泊まらずに帰って行く。というか週末を避けて部屋へ来ている…ような気がする。平日でも前は泊まって映画見て帰ってたのに。
静けさが耳につき気分の落ちる孤独感が湧いてくる。さっさとシャワーを浴びて寝る支度をして入ったベッドの中、端末を操作して映画のチケットを購入。画面を写した写真をエース君の端末へと送り購入しましたと報告も添える。
「待ち合わせは博物館の最寄駅でいいかな。暑いから近くのお店の方がいいのかな」
デートだと思えば単なる待ち合わせ一つに胸が騒ぐ。嬉しい。楽しみだ。早く八月になればいいのに。端末を操作してスケジュールにデートと記録する指が何とも面はゆい。
「よし。寝よ……、いやダメだ。水着は回避したけどお出かけ服って何着ていけばいいの?」
そういえば手持ちは仕事着と適当な外出着、あとは部屋着(着古しレベル松竹梅)だけ。友達と出かける服とデートじゃ訳が違う。寝るつもりだったのに頭も目も冴えてしまい、ベッドの上に座り直す。
「デート服…検索…、えっこれが今の流行??待ってよくわかんない…」
年齢、デート服、普段着、思いつく単語を使いネットの波に揉まれ、画像を見ては呻くのを繰り返すうちに夜は更けていった。
眠くて起きたくなくても朝は決まった時刻にやってきて出勤は待ってくれない。ぼんやり頭にカフェインを、胃にはエース君の作り置きのおかずを入れて茹だる暑さの中を会社まで。この季節の皆さんは一体どんな服着ているのかと、道ゆく女性の着こなしを注視しないよう気をつけて歩いた。
「おはよう、ロビンさん。今日も暑いね」
「おはよう、なまえ…あら。疲れた顔をしているわ。夏バテ?」
「ううん。昨日ちょっと調べ物があって夜更かししたの」
仲のいい同僚と始業前のお喋りタイム。会社の冷房はトイレで汗拭きシートを使った肌を心地よく冷やしてくれるが、後から寒さとなって襲いかかる。席に膝掛けやカーディガンを用意しているのは私だけではない。現にロビンさんは早々に長袖のカーディガンを羽織っている。朝から暑いのに涼しい顔して微笑む姿は汗ひとつ化粧崩れの片鱗一つ感じられない。
「……、突然ですがロビンさんっていつもオシャレですよね。お洋服とかどこで買ってるか聞いても良いですか」
「?特に決まったブランドが好きなわけではないから、出かけた時に気になった服があれば試着して買うわ」
サラッと返されて撃沈する。まず気になる服が解らない時点で詰むし、店に入って試着して店員さんと話すなんてスムーズに出来る自信がない。最近はずっとネットで適当に服を買っていた。サイズで失敗したのは部屋着に回してたし。実店舗なんて靴下やストッキングを帰り道の量販店でまとめ買いするくらい…、あ靴は試着してた。何で靴だと大丈夫なのだろう。服飾の余計な謎がまたひとつ増えた。
「ううん…気になる服っていうのが、よく解らないの。何かもう何着てもおかしい気がしてきて」
「ふふ。昨日の夜更かしの原因?お昼にじっくり聞かせてもらおうかしら」
始業ベルが仕事を始めろと鳴り響き、ロビンさんは爽やかな残り香を置き土産に本日の業務を開始した。
私もミスをしないよう服の事は頭から追い出して昨日の続きを手に取った。
「それで。どんな服を探しているの?」
食堂の一角。手作り弁当持参のロビンさんとビビさん、出勤前に毎日購入するコンビニのおにぎりとサラダと飲み物を広げる私のいつものお昼メンバーが顔を揃えた。
「かれ、…ゴホン!し、知り合いと出かける事になったのだけど、何を着たものかと悩み始めたら頭が迷子で。それで何かアドバイスを貰えないかなと」
「基本的に好きな服で構わないと思うけど」
ビビさんが小首を傾げる。部署は違うが同期の彼女は入社当初からの仲。長い髪を綺麗にセットしていつも上品な装いだ。ビビさんはロビンさんとは違い決まったブランドの服を好んで買うと教えてくれた。
「そうね。好きな服が解らないって言ったじゃない?だったら消去法でいきましょう」
食事を終えれば飲み物片手にお喋りタイム再び。それぞれが端末を手に画像検索を始めた。
「消去法?似合わない色とか避けるって事?」
夜更かししてまでカラーチャート診断やブルベにイエベ、顔のタイプ診断までやったと白状したが、二人は笑ったりしない。真面目な顔で向き合ってくれた。
「目的地に沿って、合わないものを除外するの。登山へ行くのとホテルのアフタヌーンティーに行くのでは服装って変わるじゃない?」
「そうね。似合う色って自分が思うのと他から見た印象と違うものだから。店員さんとか誰かに見てもらうと良いかも」
何て頼りになるんだろうか。心強い!オシャレさん二人からのありがたいアドバイスを高速入力でメモに残しながら聞く。
「行き先は映画館と博物館なの。多少歩くけど基本的に屋内メインです」
「私が博物館に行く時は床質が気になるから靴から決めるわ。ヒールの靴って結構コツコツ音が出るでしょ?静かな場所だと気になっちゃうから靴底が硬くないものを履くようにしてるの」
「屋内メインなら冷房対策もね。外との寒暖差で汗がすごく冷えるから」
すごい。全然考えてなかった。二人から試着はしたほうがいいと念押しされ、話の流れで今日の仕事帰りに一緒に服を買いに行く事になった。恐縮する私に『セールも始まってるし夏服を買おうと思っていたところだ』と美人二人の輝く笑顔を浴びて仕舞えば、よろしくお願いしますと首を垂れるより他はなく。
「ねえ、これ素敵よ。きっとなまえに似合うわ」
「いい色。店員さんを呼びましょう、なまえはそれを持って試着室へ」
「すみません。これの色違い持ってきていただけますか?」
「…ワンサイズ下が良いわね、見た感じ少しここが緩いわ」
「次あっちの店行きましょう!あのマネキンの服ってなまえの雰囲気に合うと思う」
予算を先に聞かれ、昨晩ネットで揉まれた際に見ていた平均価格帯を告げると迷いなく二人はアパレルショップへと足を向けた。
一人じゃないから大丈夫だと言い聞かせ後に続いたキラキラのテナント群にビビっていられたのは最初だけ。怒涛の時間だった。
サッと店内を見渡した彼女たちはすぐに幾つかの服を持ちわたしを試着室に押し込め、店員さんと話し、時に靴や鞄やアクセサリーを手ににこやかに話した後はまた別の店へ。同じことを繰り返すうちに緊張感はそのまま使命感へと姿を変えた。しっかり考えて選ばなくてはと。
「うん…なまえの身長のバランス的にスカートはこのくらいの丈が良いわね」
「どう?今日試着した中でどれが一番、なまえの中でしっくりきた?」
もう解らないとか言ってる場合ではない。こんなにたくさんの候補を上げてくれて、しかもこの店はネットでも買えるから試着してサイズ感が解れば事後購入も可能だという事まで教えてくれたのだ。
自分が選ばなかった色やデザインの服を着てみると思っていたより滑稽には見えなくて。この色にはこの系統の色が合わせやすい、似たようなものを持っている?と手持ちの服と合わせることまで考慮してくれる二人はもう女神だった。拝む私に『自分も買ったから』『お友達とショッピングって楽しくて好きよ』と購入済みの袋を軽く掲げて見せる姿には後光が差して見えた。二人には晩御飯をご馳走して、たくさん話して帰路についた。
「これで安心!靴と鞄は手持ちのやつを使えそうだし、アクセサリーは……、あった!これで良いや」
随分と使っていないアクセサリーがあったと引っ張り出して確認して、金属部分も傷んではいなかったので着用決定。
部屋に帰ってから買ったものを早速開けてタグや値札を外して、全身鏡の前でもう一度試着。鞄と靴の中で一番仕事っぽくないものを選んで合わせてみる。
うん。大丈夫おかしくない!デートっぽい!と強く頷き、わたしは来る決戦の日に備えた。
そして迎えた当日。
今日のデート服という名の戦闘服は、ウエストをベルトで締める夏らしい爽やかな色のノースリーブワンピース。上下の色合わせやバランスを考えなくても一枚で一気にそれっぽく見える素晴らしいアイテムだ。
汗染み隠しと日焼け防止・冷房対策を担うレースカーディガンを羽織り、足元は靴裏がゴムのオープントゥサンダル。仕事鞄の中で一番小さい白い鞄。いつもは腕時計を付ける手に眠っていたブレスレットを装着。
メイクはまあ、どう足掻いても色味やマスカラを変えてみたところで見違えるような大差はなし。冒険して失敗して時間が無くなるなんてパターンは避けたいので致し方なし。
髪の毛はコテで巻くなんて技は習得してないのでストレートアイロンで寝癖を引っ張った。ヘアアレンジができないのでサラサラになるトリートメントだけはしっかりつけた。
必須アイテムの日傘を手にいざ出陣である。
「よし。この電車に乗れれば予定通り十分前に待ち合わせの駅に着く」
時計がないと不便だな、携帯端末をいちいち出さないといけない。付けてくれば良かった。
遅延もなく時間通りに駅に到着。さてどこで待てば見つけやすいだろうか?と視線を巡らせた先に、オレンジ色のキャップが目に留まる。どことなく見た雰囲気の青年。
思わずもう一度携帯端末を確認した。十分前なのにもう来てる事に驚きだ。早くない?慌てて改札を目指した足は不自然に緩み、行き交う人の邪魔にならない場所へ向かう。
「……すごい。女の人に声をかけられてる。あれって漫画とかドラマの中だけじゃないんだ!」
どう見ても逆ナンである。初めて見た。凄い。本当にあるんだ。しかもネットでたくさん見た『若い子の今流行りの服』を着こなす明るい髪色の女の子だ。夏らしく形のいい腕も足も惜しみなく出した服装。ブランドロゴの入った携帯端末くらいしか入らない小さな鞄にはキラキラと大きなバッグチャームが光ってる。何を話しているのかは聞こえないけれど、女の子の方がしきりに話しかけている様子が離れた場所からでも良くわかる。
「!」
変に感動して眺めていたらエース君がわたしに気が付いたようだ。女の子に短く何か言ったような仕草の後、大股でこっち向かって来るので焦って改札を抜けて合流する。
件の女の子はムッとした顔でその場に留まっていたけれど、近付いたわたしを一瞥すると踵を返して行ってしまった。鼻で笑われたような気がするのは気のせいだろか。まあ、あの子に比べたらわたしの付け焼き刃の格好なんて笑っちゃうようなものだろう。
「……、何で声かけてくれねえの」
「す、すみません。女の子に声を掛けられてるの見て凄いなと思って」
わたしが異性に声を掛けられるとしたら道を聞きたい時くらいだ。逆ナンされるの凄いですね、良くあるんですか?興味津々と尋ねてしまった。
エース君はいつもと同じテイストのTシャツにパンツ、スニーカーのシンプルな服。日差しが強いせいだろう、キャップを被っている。着飾ってる訳じゃなくても声をかけられるなんて素材の良さが凄まじいって事だ。身につけているもの一つ一つ、高級そうではなく普段使いのものでここまでスタイル良いってなんかこう…良いなあ。
わたしみたいに服や靴で慌てふためくなんてしたことなさそう。何着ても着こなしそう。
「あれはナンパじゃねえだろ。ああいう声かけてくるのについて行くと変な集まりに入会させられたり高い絵とか壺を買わされるって友達が言ってた」
勧誘に二回引っかかっているらしいお友達には申し訳ないけど、エース君相手にあわよくばと思う積極的な女の子は多いのでは。
「俺は『彼女待ってる』って言ってんのにカラオケとかご飯とか行こうってしつこく絡まれてさ。勧誘のノルマがあるのか知らないけど、何なんだろうな」
「…ええと、はい。お待たせしてすみません、行きましょうか」
それナンパされてるって言うんですよ。
エース君ってちょっと天然だよね。彼の中では変な勧誘扱いの女の子に心の中で手を合わせ、駅からすぐの目的地へと足を向けた。何度か来たことがある場所なのでナビ要らずで進む。
何か言われるかと冷や汗をかいていたけれどエース君から服に対しての言及はなく胸を撫で下ろす。褒められるなんて思ってない、ただ『似合わない』と貶されなくて安心したのだ。
「着きましたよ、入りましょう」
「へえ。ここか」
日傘が当たらないよう距離に気をつけつつ無事入館。冷房の効いてるおかげで息がしやすくなった気がする。日傘を傘立てに預けてからホールで一時解散。
「展示室にはお手洗いが無いので、先に一応済ませてからにしましょうか」
「ん」
さすがの長期休暇中だけあり、開館時間直ぐの館内にはそれなりの人数がいた。女子トイレにも数名待ち人が並んでいて、用を済ませたらメイク直しもそこそこにホールへと戻った。
「おっと。失礼!」
「っすみません」
エース君は、と辺りを見つつ早足したのが悪かった。誰かにぶつかってしまい頭を下げたが、その男性はわたしの顔をじっと見てから驚いたようにカッと目を見開く。
「あの、最近室外機の修理をしませんでしたか?」
「え、はい。しましたけど…」
「やっぱり!これが動いてたとか奇跡だろ配線クソボロ室外機のお客様ですよね!」
慌てて口を押さえてもバッチリ『配線クソボロ室外機』って聞こえましたよ。そんなわたしの顔覚えるほど衝撃的な状態だったんですか。焦って名刺を差し出され受け取ると案の定。修理を頼んだ会社名。そこに個人名、連絡先が連なって表記されている。
「…すみません急にお声がけして大変失礼しました。撮らせていただいた写真は当社のホームページの一番目立つところで大切に使わせていただいております。是非ご覧になってください!」
「それはそれは、はは…お役に立って良かったです」
修理後は問題なく快適に使っていると伝えれば、不調があればいつでもお電話くださいと営業された。愛想笑いが渇きそうだ、と考えたところで腕を引かれた。
「ごめん待たせて。迷子がいて連れて行ってた」
「ああ、お連れ様ですか。では僕はこれで失礼します。いつでもお電話くださいね」
人を上手に避けながらやって来たエース君はわたしと修理工さんを見比べて眉を寄せた。見本みたいな綺麗な仕草で微笑んだ修理工さんは爽やかに去っていった。営業スマイルありがとうございます。今後は室外機の手入れも気にしようと心に固く誓った。
「今の誰。知り合い?」
「いえ、知り合いというか…ちょっと声をかけられて。混む前に受付でチケットを買いましょう」
ええそりゃもう、記憶に残るクソボロ室外機ですからね。できれば知られたくない。適当に笑って誤魔化して当日チケットの窓口へエース君を促し並んだ。
→(Side ACE)
