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部長の社会見学
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(以前ランダム拍手用に書いたもの)
(Side a woman)
今日は朝から部長の様子がおかしい。
いつもそつなく仕事を終わらせていくのに、PC画面より時計ばかり気にしている。
「…あの、マルコ部長。何か急ぎの仕事でもあるのですか?お手伝いさせて下さい」
私の属する部署は営業の皆が出払うとフロアに残る人数は少ない。
電話の受付や書類作成、資料検索と他部署から頼まれる手伝いが主な業務。最近は特に時間を気にして急ぐ仕事は滅多に無いのだけれど。
「あ?あー…いや。ちょっとな」
「営業からの連絡待ちですか?」
「…今日は中学生が会社訪問に来てるだろい。授業の一環で」
「はい。…えーと、この時間は確か4課の倉庫見ている筈ですね」
「娘がな、来てるんだよい」
少しだけ歯切れの悪い言い方をしてから、また腕時計を見る。
部長は数年前に奥様を亡くされていた。交通事故だったと聞いていたけれどあの時の部長は本当にボロボロで。でも仕事に手は抜かなくて定時になると残ってて持ち帰れる仕事を全部持って帰っていた。娘が一人で居るのは心配だと。
心配ないと笑っても死人みたいだった。
まだ小学生だった娘さんを抱え仕事に家事、会社と家庭の中で駆け回っていた。
「そうなのですか、娘さんが!お父さんの会社を見に来るなんて良いですね」
あれからもう数年。
死人の笑顔は優しさを取り戻し、ようやく柔らかく戻ってきて。部署の皆一同、心から部長の回復を喜んでいる。私も仕事のミスで迷惑をかけた時に散々お世話になり、一緒になって改善策と対応策を考えてくれた。
そんな頼れる部長が椅子から立ち、座り、また立ちあがってため息を吐く。
「…見に行きたいところなんだが、来るなって言われてんだよい。だけど少し見るだけなら大丈夫だろうか」
部長はソワソワと落ち着かない様子で私の意見を求めた。
私はマルコ部長に置いてある家族写真に思わず目を向ける。三人が満面の笑みでケーキを囲んでいる素敵な写真。奥様が居た頃の誕生日か何かの写真だろう。
…ここは私が一肌脱ぐべきだ!
部長には毎日お世話になっているし、入社当時の大失敗を助けていただいた恩は忘れていません!!
「部長!実は4課に返しに行く資料があるのです。重たくて、私の細腕じゃ無理だなーって思って…」
いつも通り台車を使えば済む。それはマルコ部長も解っているはずだ、…でも。
「そ、そうかい!じゃあ俺が手伝うよい!」
「はい!お願いします!」
キラキラした顔でめちゃくちゃ元気の良い返事をいただいた。よかった、役に立てたみたい!
部長凄い嬉しそう。
「早速いきましょう!」
「ああ、任せてくれよい!」
私達はいそいそと資料を抱えエレベーターに乗り、4課を目指した。
マルコ部長は微妙に早足だったけど重い方をしっかり持ってくれて、ドアまで優先してくれる。今もなお女性たちに人気があるのはこういう気遣いを当たり前に出来るからだろう。
「あ、居ましたよ部長!」
廊下の先からざわめきが聞こえる。
中学生の団体が4課の担当者に引率されて出てきた。
「グッドタイミングですね」
「そうだな、偶然来たら偶然出会っちまったよい」
偶然を強調する部長に思わず口が緩む。
言い訳なんて仕事中に聞いた事もないのに、こんな場面でこんな下手な言い訳するなんて。
4課の担当者がマルコ部長に気づき会釈する。
マルコ部長も軽く挨拶して、中学生と入れ違いに倉庫に入りドアを少しだけ開けて覗く。
担当者が倉庫の仕事を簡単にまとめて説明するのを聞く中学生をこっそり見守った。
「…部長の娘さんいらっしゃいました?」
「ああ、…居る。あそこだ」
部長は団体の真ん中を示す。同じような背丈の子供達が同じ制服を着て集まっている。
「どの娘ですか?真ん中辺りに女の子固まっていて解らないです」
目を凝らすが横顔しか見えないし…デスクで見た写真ではまだ娘さんは小学生だったし、奥様似なのか部長似なのかで雰囲気は全く変わりそう。
「ほらあれだ。あの子だよい」
「二つに結っている子ですか?」
「違うよい。あの一番可愛い子だよい」
「…はい?」
思わず聞き返した。今なんて??
「あの中で一番可愛い子だよい。すぐ解るだろい」
「……それ、あの女の子達聞いたら怒りますよ…」
…親バカだ!マルコ部長もしかしたら家だとこんな感じなの?仕事の時と全っっ然違うんですけど!?娘さんから目を離さずに真顔で答える部長を見る。にやけそうな口元を必死で引き締めながら。
「…内緒にしてくれよい」
内緒という単語がくすぐったい。
私がわからなくても部長が娘さんの勇姿を焼き付けられるのならそれでいいや。
「それでは皆さん、次はこちらにどうぞ」
説明が終わり中学生が移動する。次は工場の方へ行くらしい。
団体が見えなくなってから私達は倉庫を出た。
「…はあ、写真撮りたかったよい。けどシャッター音がな。問題だよい」
携帯端末を握りしめるマルコ部長。去っていく団体を名残惜しそうに見ていた。
「いや部長。隠し撮りって時点で大問題ですよ」
中学生が消えた廊下を黙って見ていたが、マルコ部長は私に向き直り満足そうな笑みを浮かべる。
「ありがとさん。おかげでいいものが見れたよい」
「何のことですか?こちらこそお手伝いしていただいて、ありがとうございました」
来た道を戻り私たちは通常業務に戻った。
さっきまでの部長は幻覚だったのでは?と思う程きっちりと仕事をこなしていく。うん。部長はこうでなくちゃね。
「これ、良かったら。今いる皆で分けてくれ」
「ありがとうございます…、わー!美味しそう」
お昼になり自分のデスクで待ちかねたお弁当を広げていたらマルコ部長が近くのお菓子屋さんで苺大福を買ってきてくれた。口止めのつもりなのか私にはこっそりお饅頭もくれた。
営業から戻っていた同僚や隣のデスクの友達と分け合って、それぞれ部長にお礼を伝えデザートにいただく事にする。それではいただきます!
「ご馳走さまでした!さてと…」
お昼も食べ終え一部は一服のため喫煙所へ、さらに一部はカフェスペースへと流れ、フロアに残る人数は減っている。私は日課のSNチェックと読書のため自分のデスクの引き出しから読みかけの小説を取り出した。
〜♪
そこに小さな電子音が流れた。
マルコ部長が携帯端末を取り出して画面を確認するなり慌てて電話に出る。
話を聞くのは憚られるが仕事のミスが発生したのなら残りの昼休み返上の危機。少し身を固くして耳を欹てた。
「…もしもし。なまえかい、どこからかけてんだよい?…学校?…ああ、そうか固定電話が…ああ?」
学校?てことは仕事ではなくプライベート。
それなら席を外そうかと腰を浮かせるが会話は止まらない。
「……いや、あれは偶然で!倉庫に用事があっただけで…本当だよい!仕事の最中だ、わざわざ見に行く訳ねぇだろい?…な?」
あ、これ娘さんだ。
見えない相手に向かって何か身振り手振りで示し始めた部長が可愛い。
「待て、だからっ……いや、切るな待て…なまえ!ちゃんと話を聞い…っ!!」
電話が切られただろうに携帯端末を耳に当てたまま立ち尽くす姿は、営業のエースが大手の取引相手と子供のような罵倒で喧嘩したって報告の時より重い沈黙を背負っている。
「あの、すみません部長。ちょっと聞いてしまいました……あの」
慰めようと声をかけた私に部長はデスクに倒れるように座り込み深い溜息を吐いた。
まるで燃え尽きたジョーのような真っ白さで。
「………………………怒られたよい」
呟かれた一言は私を悶えさせるのに充分だった。
仕事の顔、
父親の顔。
(…部長を可愛いとか思っちゃった…これがモテる理由なのかしら!)
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