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楽園。
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(Side THATCH)
この国では記念日や年中行事が多い。毎月何かしらある気がする。それに加えて自分とこの国のイベントじゃねえってのに、わざわざ見つけてきてはやるからこんな事になるんだ。
まあこちとら飲食業ですから。助かりますけどね、イベント毎に外食して貰えるし。良かった~店の外装も内装も、こだわりの洒落オツにしといて。女の子好きだもんな、雰囲気のいい店。
大通りから一本入ったイタリアンレストラン。
オーナー兼シェフ、時々ホールもこなすオールラウンダー俺!バイトの従業員は三人。シフト組んで日替わりで俺と二人三脚してくれているんだけど、全員野郎なのが玉に瑕。不足がちな女の子成分はお客様に頂いております。
カウンター3席、個室1つ、テーブル席がフロアに4つ。そうデカイ訳じゃねえけど俺の自慢の最高の店だ。
家族カップルお友達。
ランチもディナーもデザートも。
何でもオッケー、貸切パーティーも受け付けます。従業員一同、真心込めておもてなし致します。主に女性待ってます!!さあさあ開店時間だいらっしゃいませ!
「オーナー!ご予約のお電話なんですけど」
午後3時、ランチタイムが終わってディナーまでの小休憩中。バイトのツェペリが受けた電話を保留にして確認しに来た。
「いつ、何人、何時?」
「明後日、二名、19時です」
カレンダーの予約状況は…よし大丈夫だ。その日はイベントとか祝日じゃねえし。
「…んー、大丈夫!名前は?」
カレンダーに予約の詳細を書くのでペン片手に名前を尋ねた。
「マルコさんです。パインの方の」
「…いや、うん、解りやすいな…。お前凄えな若いって怖いわー」
「何でも若さで済ませないでくださいおっさん臭い。じゃあ了解を伝えます」
同じ名前の人と区別がつくようにってことだろうが、最近の若者は肝据わってんな。真似できない。
「マルコの奴、明後日なんかあったか?」
カレンダー睨み、月と日にちを見て思い出した。そうだったあの日だ。忘れてるなんてどうかしてるぜ。毎年のことなのに。
「…んあー、そっか。…気ィ重いなー…」
マルコはよくウチの店に金を落としていってくれる常連の一人だ。それこそ開店当初からの大常連。何かにつけて俺の店に予約しては食って行く。カレンダーのその日も必ず予約して来ていた。
他のイベントの時もだけどこの日はいい加減にウチに来るのをやめて欲しい。お前来過ぎて被らないメニュー考えるの面倒いんだよ。ドエスパイナップルマルコめ。
「あーマルコメニュー考えなきゃなあ。あーやだやだ!」
だらりと机に突っ伏すとツェペリに台拭きを投げ付けられた。ナイスショットで頭に乗る。
「そこさっき拭いたばかりっす、オーナー」
…うん、お前表に出るか?絞めるぞこの野郎。
仕込みしながら明後日のメニューに頭を悩まし、今の旬の食材やよく頼む料理を思い出す。
ディナータイムに店を開け、入ってくる客の胃袋を満たす。常連さんに挨拶して、暇見てちょっとお喋りするとツェペリに睨まれた。遊んでる訳でもサボってる訳でもなく、情報収集してるんだっての!
ラストオーダーは午後9時で、閉店は10時。バイトを見送って後片付けと明日の仕込みをやると12時回る。二階の自宅スペースでやっと一息。毎日こんな感じで過ごしていると忘れていられる、…のに。
今夜はなかなか眠りに落ちる事が出来なかった。楽しみで気が重い。早く終わればいいと思うくせに、その日が待ち遠しい。
そして三日後、約束の時間。マルコは五分前にやって来た。
「ご予約のマルコさんご来店です」
本日のバイトはシーザーに頼んだ。
ウチに来て一番長いバイトでマルコとも顔見知り。言わなくても迷わずカウンター席に通した。彼女が厨房の見えるこの席を気に入ってたから。
「よー、いらっしゃいマルコ。待ってたよなまえちゃん!」
カウンターの内側から二人が案内されて来るのを見て、自然と俺の顔が笑う。ジャケットにセーターのマルコの横には短いニットワンピの女の子。マルコと並び席についたその女の子がにっこり笑う。
「こんばんは、サッチさん!よろしくお願いします」
はい笑顔100点。最高。こちらこそよろしくお願いしますだぜ。今日も可愛いね!!
シーザーが渡したメニューを二人して顔を寄せて吟味する。
「このシェフのおすすめパスタの内容は?…なまえ、デザートは後にしろよい」
マルコが俺の一押しメニューに目をつけた。デザートのケーキを気にしている女の子…なまえちゃんに先に食事を決めろと促す。
「お父さん、サッチさんのおすすめなら何でも美味しいよ。私、シェフのおすすめパスタと木苺のパイをお願いします。飲み物は炭酸水で」
なまえちゃんは俺の答えを聞く前にメニューを決めた。マルコは苦笑いする。
「なまえはサッチの料理好きだな」
「お父さんだってそうでしょ」
「まあな」
マルコも俺が答える前におすすめパスタを頼み、ワインと柚子のジェラードを頼んだ。
「悪いサッチ。膝掛けあるかい?」
「はいはいご用意してありますよ、ほれ」
差し出すとマルコはなまえちゃんに渡す。短いスカートがお父さんは気になるらしい。
俺は二人から受けたオーダーの調理に取り掛かる。マルコとなまえちゃんはそれぞれに会社や学校の事、テレビや本の話をしていた。
料理の最中ふとなまえちゃんが目に入る。彼女じゃない。解っている。解っているんだ、ちゃんと。いちいち違う所を見つけてはほっとするのに、ふとした瞬間にびっくりするほど彼女と同じに見える。
彼女に出会って一目惚れした。
片思いは遂には実らず、口説いても伝わらなくて他の男の女になった。何度も諦めようとした。俺の女にならねえって、こっちを完全に友達扱いだって。何度も諦めようとした。他の男と結婚して、子供まで産んだ女の事なんか。
『あはは。ありがと、サッチ』
忘れられなかった。どんな別な女と付き合ってもダメなんだよ。耳に届くなまえちゃんの笑い声が彼女の笑い声と重なる。
一番側で見てきた。彼女が他の男に惚れて付き合って、喧嘩したり仲直りしたりするのを。
一番仲の良いマルコが、彼女にプロポーズして結婚して、娘を授かるところを。その度に、これでこの気持ちにも終わりが来ると何度も思った。思い込んだだけだったけどな。
「はいよ、前菜」
カウンターにマルコとなまえちゃんの皿を置く。二人揃って、いただきますと声を揃えてカトラリーを持つ。
数年前までは、三人だった。マルコと、彼女と、なまえちゃん。どっからどーみても仲良し一家。祝い事、イベント、いつも俺の店に来て食っていく。
『あーあ、やっぱりサッチの料理って凄いな。真似できない。美味しい!』
胸が軋む。だめだ、思い出すな。手元の鍋を見つめる。なまえちゃんの美味しいと言う声に、マルコの相槌の短い声。姿が見えないと余計に意識は舞い戻る。まだなまえちゃんが産まれる前、その頃から俺の店に来ていた事を。
皿をシーザーが下げ、ほかの客の出来上がりの品を持っていく。えーと、ああそうだ。あとピザの焼け具合を見てサラダのドレッシングを補充して……。
二人で切り盛りする厨房とホールは忙しいってのに、なぜか雑音を縫い二人の会話が耳に届く。聞きたくねえなと思ってんのに、二人の声は届く。マルコがワイン飲みながらなまえちゃんに次の休みはどこか行きたい場所があるかと聞く。なまえちゃんは少し考えて、水族館と答えた。イルカの赤ちゃんが産まれたから見に行こうと。
水族館はマルコが好きな場所。彼女もいつもそうだった。自分の事よりマルコの事。なまえちゃんの年頃なら服とかアクセサリーとか、買い物行くほうが楽しいだろう。
「俺、だったら」
口の中で言葉を咬み殺す。俺が連れて行ってどうすんのって話だし。お父さんと一緒に出かけてくれる女子高生なんて国で保護すべき存在じゃねえの。
「はい。お待たせさん。俺おすすめパスタ!」
出された皿を見てマルコが珍しく笑う。ほらな。お前の好みも胃袋も俺にかかればこんなモンよ!
「シーフードか、好きだよい」
「知ってるっての、バーカ。だからおすすめって書いてあったろ!はよ食え」
俺たちのやり取りになまえちゃんが吹き出して笑う。
「あは、仲良しだねえお二人さん」
ギクリとした。まるで彼女がそこに居るみたいだったから。マルコだってそう思ったはずだ。フォークが一瞬、止まったし。
歳を重ねる都度、彼女にそっくりになっていくなまえちゃん。ああそうだよな、今のなまえちゃんは彼女がお前を選んだ歳だ。どんな気分だよ毎日同じ顔と暮らすのは?俺なら最悪だけど。
パスタを出して他の客のオーダーも次々にこなす。カウンター越しに目が合ったらなまえちゃんが照れたような顔で笑う。食べ方、フォークの使い方がマルコとそっくりだ。グラスについたリップの跡を少し気にするのは彼女と同じ。
…俺は病気なんじゃねえの?忘れよう諦めようと思うたびに彼女への思いを上書きしているみたいだ。時々会話に混ざりつつ、折を見て二人の頼んだデザートを出す。
「~~サッチさん!すっごく美味しいです!」
「ありがとなー、そう言われっとマジ幸せ!」
よし受けた!作って良かった!可愛い!そう言って欲しくて頑張ったんだよね!!
「…………」
マルコが無言で食ってるって事は結構気に入ってるって事だからな。柑橘類好きだし、柚子シャーベット作っといて当たりだった。あー、これでやっと肩の荷が降りた。んじゃあこれから閉店まで頑張らねえとだし…。
「………あ」
身体を伸ばしたらカレンダーが目に入った。今日の場所にはマルコの名がある。そっと息を吐いて苦味を堪えた。
予約を入れた今日が何の日か知っている。あの年からずっとマルコにとって特別な日だもんな。だから美味いもん食わしてやりたかったんだ、今年もお前の気が済むように。
なあ、パスタもデザートも美味かっただろ?昔からお前らの好みは把握してる。
「サッチ、ご馳走さん。美味かった」
「当然だ」
鼻で笑ってやる。マルコのグラスに残ったワインを奪って飲んでやったら睨まれた。仕事中だけど許してくれ。ある意味やけ酒だ。代わりにペリエを出してやるからこんくらい寄越せ。
…今日はマルコの結婚記念日だ。籍入れた年から毎年欠かさずウチの店に予約入れて彼女と揃って食いに来てた。当初は二人で。子供が出来てからは三人で。彼女が亡くなるその年まで、ずっと。
「なーなー、シーザー君。俺ちょっとトイレに行きたいなあ」
「…禁煙したんじゃなかったんすか」
うわ、やっぱりばれた。シーザーに小声でお伺いしたら邪険に睨まれた。客が落ち着いてきたし、こっそり一服しようとしたんだけど。隠し持った煙草は見つかっていたらしい。
「今日は吸いたい気分なの~、てへ!」
彼女が亡くなってから、マルコは結婚記念日に愛娘のなまえちゃんと二人連れでウチに来るようになった。お前がこの日に予約を入れて、なまえちゃんと二人でウチに来た時の俺の気持ちが解るか?
もう来ないと思ってたのに、今年からこのカウンター席には別な奴が座るんだって。彼女の席に誰が座るんだろう?って。いっそ椅子を外そうかとも思った。
だから予約が入った瞬間、俺はホッとして、それから嫉妬した。羨ましかったし嬉しかった。
あれから毎年お前からの予約が来ると同じ気持ちになる。腹たって悔しいからめちゃくちゃメニューに力入れる事にしたんだよなー。
「うわ、きもっ!てへとか古いし…きも!!」
俺の感傷も御構い無しにシーザーが言いやがった。お前もっとこう、…デリケートさを理解しねえと女の子に振られるぞ!
「キモい言うな!傷つくなー、おい!五分で戻るからさあ、よろしくなー」
半ば強引に厨房の勝手口から店外に出た。舌が悪くなるしできるだけ吸わないようにしてるけど、今日は駄目だわ。ムリムリ。吸わずにいられっか。
外は街灯があるお陰で真っ暗闇は免れている。固まった身体をちょっとストレッチ。腰からぽきりと骨の鳴る音がした。ついでに屈伸しとくか。やれやれと煙草出してマッチ擦って火をつけ深く吸い込んだ。瞬間。
「あ、サッチさん煙草吸うんだ?」
「…っぅ、ゲぇホッ!!」
初めて吸ったガキみたいに盛大に噎せた。正面口から裏に回ってきたのか、薄暗い光の中、なまえちゃんが俺の横に来た。
「ど、どーしたのなまえちゃん?こっち汚ねえし暗いから危ねえよ?マルコは?」
「うん、お父さんがそろそろ帰るっていうから。サッチさんに今日のお礼を言おうと思って探しに来たの」
ご馳走様でした、美味しかったです。頭を下げると髪の毛がサラサラ揺れた。天使か?
「…ここ、寒いですよ。サッチさんもお店に戻ろう。お父さんもまだ居るよ?」
肩を摩るなまえちゃん。俺が煙草吸ってんのをチラチラ見ながらそう言った。まー、そんな短けえの履いてれば寒いよな。若いっていいね~。太もも眩しい。
「はは、そんな短けえの履いてるとマルコ怒らねえ?」
「今日の服は渋い顔された。制服よりちょっと短いだけなのに!…ふふ、お店で膝掛け貸してくれてありがと、サッチさん」
膝掛けは君のお母さんもよく使ってたんだぜ。マルコが脚見えるの気にしてさあ。店に膝掛け常備してんのはそのせいもある。言わねえけどな。
「いいねいいねー、女子高生は若いねえ、元気があってよろしいねー」
顔が見にくくてよかった。いや、良くねえのかな。今話してんのって誰だか解らなくなっちまう。
なあマルコ。お前はいいさ、なまえちゃんが産まれた時から一緒にいてさあ。こんな思い知らねえだろ。おしめ替えたり幼稚園の行事に行ったり。小学生、中学生、高校生になっていくのを毎日見てきたんだから。だからさ、どんなになまえちゃんが彼女に似てもお前は間違えたりしないだろ?なまえちゃんはお前の娘だって、お前の奥さんとは別の女だって。二人を間違ったりしないだろ?
彼女が死んで、お前はぶっ壊れた。なまえちゃんは人形みたいになって、廃人二人の出来上がり。お節介とは思ったが食うもん食わせて、喋って喋って、俺だって必死だった。あの時はほとんどマルコん家に住んでいるみたいだった。
だけど俺だってぶっ壊れてた。訳が解らなかった。葬式しても火葬しても墓参りに通っても。探しても探しても。もう居ないとか会えないとか、まだ信じられねえ。マルコん家行ったらいらっしゃいって出迎えて貰えるんじゃねえかって。
いやもう、お陰様でこのザマですよ。いい歳こいて未だに独身。気楽だし女の子と遊べるし、独身貴族満喫してっけどさ。
「…あのね。次のお休み、サッチさんも一緒に水族館行かない?」
少し言いにくそうに声を潜めて、なまえちゃんは俺に言った。
第二土曜日は休業日。店でマルコと話してた水族館に俺も来ないかとのお誘いのようだ。
『ねえ、サッチも一緒に行かない?』
『どうせお前暇だろい』
二人きりにいつまでも慣れないバカップルが、度々俺をデートに誘って来てた事…知らない筈なんだけどなあ。誘い文句まで似てるなんて卑怯だろ。
「…なまえちゃんさあ。そういうとこ本当、お母さんにそっくりな」
勘違いしてしまう。彼女は死んでなんかいない。今、目の前にいるじゃねえか。あの頃の姿そのままで。声も容姿もまるきり同じ。時間が戻ったのかと思っちまう。マルコも俺もガキだった頃に。彼女が居たあの高校時代に。
「ほらなまえちゃん、そんな格好じゃ風邪ひいちまうから…」
「サッチさん短いスカートきらいですか?」
…いや大好きですけど。てか嫌いな奴いる?!
制服のスカートだって好きだけど、今なまえちゃんが着てるニットワンピも大好きだ。ついでに言うと、そのあざといニーハイも好きですよ。いや本人目の前に言えねえけど。
「好きだけどさあ、ほら、……あれだ。パンツ見えそうだしマルコが…」
「大丈夫ですよ、今日は勝負パンツ履いてきたから」
横目で俺の反応を盗み見る。彼女ならこんな言葉は言わない。どうやら俺はなまえちゃんの事を、また踏んずけちまったみたいだ。前にも言われたのにな…『お母さんと私は違う』って。ごめんと謝罪の言葉を吐くつもりだった口に、俺は煙草を咥える。
あの問答の後でキスされたのを思い出していた。友達の娘からキスされるなんて思わないじゃん。避けられねえよあんなの。不可抗力。
初めてだと頬を染めて告げられた時、俺の頭に浮かんだ顔はどっちだったのか。もう思い出せない。いや出てくるな、思い出すな。二人きりだし暗いし、今はまずいだろ。また混乱する。
『私は、サッチさんが好きなんです』
俺を好きだと言った。あの顔で、あの声で。彼女なら絶対に言わない言葉だ。彼女とは違う。彼女とは違うんだ…、ああでも彼女じゃねえなら、彼女には出来なかった事がこの子には出来るんじゃないのか。
「…へえ、勝負パンツ?」
「そ、…うです」
そう思ったら俺の欲望は単純なもんで。どろりとした黒い気持ちが首を擡げた。なまえちゃんに掛からないように首を横向け、ふー、と煙草の煙を吐く。
「み、見たいですか?」
下手くそな誘惑に口が歪む。
本当にこんなのは彼女なら言わない。やっぱり友達の娘であって彼女とは違う生き物だ。
俺は店の外壁を背に立つなまえちゃんの前に移動した。隣に居たから数歩動くだけだけど、近寄り距離を詰める。
「……っ!」
「なに、見してくれんの?今履いてるパンツ」
なまえちゃんの脚を割るように自分の脚を差し入れたら、びくりと身体を強張らせた。
「…サッチさ…」
「これ捲って中を見てもいいって事?」
俺を困らせるつもりで言った何気ない言葉だったんだろうけど。そういうのは相手を見て言った方がいい。やり返してくる俺みたいな奴もいるんだよ。
くっついた身体にあからさまにオロオロするなまえちゃんをにやにやしながら覗き込む。煙草は持ったままだから片手しか使えねえけど、なまえちゃんは逃げようとしない。その事が俺をつけ上がらせた。
「ねぇ、どんなの履いてんの?エロいやつ?」
むき出しの太ももを指で触ると温かい。俺の手が冷たいんだろうな。あーあ、女の子は柔らかくって気持ちいい。
「…っや、サッチさ…!」
スカートの上の脚を触ると、なまえちゃんの手が阻むように俺の手を掴んだ。僅かな抵抗は嫌悪か誘いか。
ねえなまえちゃん。俺が君に本気で触ると思わなかった?よくないよそういうの。優しい大人ばかりじゃないんだよ。
彼女にしたくても出来なかった事が頭の中で嵐みたいに回る。欲しかった。欲しくてたまらなかった。この身体も、その心も全部。抱きしめてキスをしたい、何度もしつこいくらい。聞き飽きるくらい好きだと言って、君からも同じ気持ちを貰いたい。肌に触れて感触を確かめて。気持ちいいトコを弄り回して泣かせてやりたい。
なあ、どんな声出すの?どんな反応して、どんな言葉で縋るんだろう。俺の腕の中に抱き締められたらどれだけ幸せだろう。
『…マルコ』
一度でもあんな風に愛しげに君に俺の名を呼ばれたかったんだ。あんな風に愛しさを詰め込んだ満面の笑顔で。
「~~ひゃっ!」
太ももから手を引き剥がして、なまえちゃんの首に触れた。手の冷たさに身を竦ませ、なまえちゃんは可愛らしい甲高い声を上げた。
「ぶははは!、ぶは、ごめ…あんまり可愛いから意地悪しちゃった。ほらマルコが待ってんじゃないの、なまえちゃんの事。帰るの遅くなっちゃうよ」
追い詰めた態勢から身を離して店内に戻るよう促す。なまえちゃんは壁に背をつけたから服が汚れてないか見たら、大丈夫だった。一応、軽く叩いて埃を払う。
「………」
なまえちゃんが恨みがましい目で睨んだ。あー、やばい。それマルコに似てら。今の揶揄い方がバレたら俺死ぬかも。
「じゃ、おやすみなまえちゃん。マルコにもヨロシク言っといてなー」
ヘラっと笑って全部冗談だという事にした。
意地悪言われたから意地悪しちゃったんだよって風に茶化して。
「……おやすみなさい」
固い声でなまえちゃんが返事した。これに懲りたらさ、もう恋するみたいな目で近寄ってこないでくれ。解らなくなってしまうから。君と居ると苦しいよ。嬉しくて懐かしくて新鮮で悲しい。短くなった残りの煙草を未練がましく吸い込む。
だいたい君が俺を好きだと思うのは若い故の過ちってヤツだよ。年頃によくある勘違い。面倒見てくれた父親の友人が同年代よりよく見えちゃうっていうこの歳ならではのまやかし。もう少しすりゃ忘れちまう。そんな事もあったな、くらいなモンさ。青春の一ページ。黒歴史かもな。
歩み去る背中を眺めながら歳食ったよなー俺も。なんて思ってた。
「ん?」
ピタリと足が止まった。Uターンしてなまえちゃんが戻って来る。
やべー、殴られるかな?マルコの娘だし蹴りが来るか!?いやしかし受けて立つ。身構えた俺の胸ぐら掴んだなまえちゃんは、精一杯の背伸びして。
ちゅ、と、俺の顎にキスをした。涙目がキラキラしながら至近距離で睨む。
「サッチさんの意気地なし!」
今度こそ走り去った背を阿呆みたいに口開けて見送った。
(なまえ!遅えから迎えに行こうかと…、煙草の臭いがするよい)
(遅くなってごめんお父さん…サッチさんが吸ってたの。煙草を吸ってるの初めて見たから、ちょっと意外だった)
(へえ、珍しいな。……じゃあタクシー来てるし帰るか)
(うん)
結婚記念日に、亡くした妻の代わりに娘と来てるお父さんマルコの話でした。
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