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骨董市に行く話。(仮)
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掲示板に貼ってあるポスターを見て「あ、そろそろだな」なんて溢してしまったのがことの発端で。ちょうど一緒に歩いていたなまえとマルコが揃って足を止め、何がと問うのでポスターを指さして視線誘導。
「骨董市。前に何となく行ったら面白くてさ、またやるみたいだから。行こうかなと思って」
なまえはポスターの日時を見て来週の土日だねと呟き、マルコはそうだなと短く応える。行ってみたいなともう一つ小さく呟くなまえにマルコは答えず俺を見た。
「俺も骨董市は行ったことがない」
「へえ、ちょうどいいじゃん。お二人さんで行けば。デートにしては渋いけど」
大学一年の初夏。
辛い大学入試を死に物狂いで乗り越えて、サークル勧誘、新歓、講義の手順。周囲の顔ぶれともようやく慣れて過ごせるようになった今日この頃。高三の夏なんて受験地獄の季節に付き合い出したこの二人も心に余裕ができた頃合いだろう。遅い春のご到着ってな。
まあ春ってよりそろそろ夏になるけど、思う存分いちゃつけばいいだろうと初心な二人をつついたが反応が悪い。
「…サッチ、一緒に行かない?」
「お前暇だろい。付き合えよい」
「えっ、は?なんで??」
いやデートだろ?なんで俺誘われてんの。二人揃って恋人の前で第三者呼ぶとか謎すぎるんだけど。ていうか俺、なまえに失恋してんのいまだに引きずってんのに彼氏とデートの付属品になって二人のやりとり見せられるとか悪夢以外何物でもない。
「ごめん。別の人と約束あった?それなら…」
「全ッッ然いいよ!三人で行くんだろ、喜んで!予定組もうぜ」
躊躇いに気がついてすぐに引いたなまえを見たら口が勝手に喋っていた。好きな子にがっかりした顔させなくないなんてバカのプライドが叫んでる。くそがよ。口を挟まないマルコを睨んでも効果はない。お前が率先してデートに誘えよ恋人だろ。ていうかあれからデートくらいしてるよな?大学合格してから結構経つし。まさかしてないとか言うなよ。深く考えるのを意識して放棄。なまえに向き直る。
「こういうイベントって早い者勝ちみたいなところあるし、少し早めに開場待ちして入りたいんだけど二人とも時間は大丈夫か?」
「うん。十時開場だから…どのくらい早めの集合が良いの?」
「んー、今回は三十分前でもいいや。ガチの買い物じゃないし。九時半にパーク前にしよう。マルコも良いな?」
「おう」
楽しみだね、そうだな。二人のやりとりは友人のソレからはみ出さないくらいのテンションで。あれ?本当に付き合ってるんだよな?と、こちらが不安になる程あっさりとしたものだった。
首を捻りつつ照れてんのかな、と一人頷き、俺は当日に備えた。タイミングを見て二人きりにしてやろうなんて考えながら。
「なまえ!こっち!」
待ち合わせ時間の十分程前。辺りを見渡しつつ歩いてきた彼女の姿を見つけ、手を挙げて振る。
一番乗りの俺と次点のマルコがすでに揃っているのに気が付いたなまえは小走りでやってきた。
「待たせちゃってごめんね、おはよう」
「まだ待ち合わせ時間前だよ、おはようなまえ」
斜めがけの鞄にチェックのワンピース。動きやすさを考慮してかヒールのないパンプス。うん可愛い。世界遺産に登録しよ。
「今日も可愛いね!その色よく似合ってる」
「そう?ありがとうサッチ」
肝心の彼氏様マルコは無言。お前も何か言え!と肘鉄喰らわせると脇腹に刺さったようで咽せていた。
「…っ、ゲホ…何だ、痛えだろい!」
「何か言うことあるだろお前」
「……おはようさん」
「うん。おはようマルコ、晴れてよかったね」
にこ、となまえは笑って言う。今日の服だってマルコに一言でも良いなって言われたくて悩んで決めたはずなのに。何で解らないのかこのポンコツ!ギリギリと悶えてる俺がおかしいのか?!
「…入場券は買ってあるから列並ぼうか」
文句を飲み込んでアテンダントに努める。二人はそれぞれにチケット代を出し、すでに並んでいる人達の一部へと加わる。開場前と言えど並んで待つ人の列はそれなりに長く、暇つぶしで雑談に興じた。
「今、俺の中で和食ブームなんだよね。出汁にハマってて味噌汁バイキングやった。あと煮物めちゃくちゃ食ってる」
「出汁…カツオと煮干しとか?」
「そうそう!市販の調味料も当たり前に美味いんだけど、削る前の、高い鰹節使ったらクッソ美味くて!味見した時点でもしかして俺って天才?って思ったね」
「お前の部屋にあったあの木の棒みたいなやつだろい。香りが良かった。生ハムの塊といい、サッチの生活費の殆ど食費じゃねえか」
「必要経費ですぅー。てか二人とも食いに来てよ。作りたいもん山程あるのに食い切れなくてさ」
女の子呼んでご馳走してたけど自分より料理うまくて腹立つって言われてるし、かと言って一人じゃ食べられる量に限りがある。美味いと食べてもらえるのは俺のやる気が爆上がりするのだとなまえに伝えたのに、何故かマルコがぶり大根が食べたいと言い出し作る約束をしてしまった。
喋っていれば三十分なんてあっという間。開場を告げるアナウンスが上がってパラパラと人が進んでいくのについて歩く。スタッフが配っている配置図を受け取り三人で顔を突き合わせた。
「サッチは何を探しにきたの?」
「んー?適当にブラブラ見るつもりだけど…和食器の豆皿とか、陶器の鉢で良いやつあったら欲しいなァ。あとアンティーク系のグラスセットとか」
初体験の二人はキョロキョロと物珍しそうに見渡してる。賑やかな客たちの声がそこかしこから聞こえてくれば俄然やる気が出るってもんだ。地図の配置は品物ごとに分かれてるわけじゃなく申し込み順で不規則だ。服、雑貨、本など多少のお品書きは添えられているものの、写真があるわけでもなし。結局は歩き回って店見て回って品物を探さなくちゃいけない。
「…へえ、古書の扱いもあるんだねい。あっちの方ちょっと見てくる」
「は?…おい、マルコ」
「見たいものが同じじゃねえんだ、別々に行った方が探しやすいだろい」
じゃあまた後で、とでも言わんばかり。当たり前の態度でさっさと行ってしまう。
はあ???お前バカなの??二人でデートするの慣れなくて恥ずかしいみたいな雰囲気ムンムンだったから初回ぐらいは俺がサービスで付き合ってやろうって思って来たんだけど?彼女を他の男と二人にするなエスコートしろクソがよぉ!!て言うか三人で来たんだよな?三人で見て回ろうって流れじゃねえの?なんで別行動してんの?
「あのバカ!」
初期装備で単独行動付いてるバカマルコを走って追いかけようとしたら、服の腰あたりに何か引っかかった。振り返ればなまえがシャツを掴んでいる。
「待って、行かないで」
不安に揺れる瞳とモロに目が合えば、心臓が口から飛んでった。そうだよな女の子がこんなところで一人残されたくないよな。俺がしっかり保護しなきゃ。なまえみたいに可愛い子が一人で居たらナンパ待ったなしだろ。
「大丈夫、行かないよ。あのバカは最初からいなかった事にしよ」
「え?」
「気が済んだら戻ってくるだろ。携帯端末だってあるんだし。俺たちはゆっくり他の店を回ろうぜ」
人混みの中を探して追いかけるのは骨が折れる。マルコの存在を無かったことにしてなまえに向き直り、絶対に置いていかないよと笑ってみせる。携帯端末のグループトークに『昼飯時間に出入り口付近で待ち合わせな』と送り画面を閉じる。もう知らねえからな、俺がなまえとデートしちゃうもんね!!と脳内のマルコに舌出して宣戦布告。
「なまえは何か気になる店ある?」
「雑貨とか、鞄とか…あ、でも私も食器見たい。コーヒーカップのセットとか欲しくて」
俺の目的も食器類。喜んでお付き合い致しますわよ!とエセお嬢様言葉で答えて見せれば、曇らせていた顔を綻ばせて肩を揺らした。良かった笑ってくれて。
「じゃあ近場の店から順番に見て行こ」
「うん」
「……えーと」
「うん、なあに」
「そのシャツ掴むの、大丈夫?」
置いていかないでと掴んだままの手は離れない。彼氏じゃないのにそんなのして大丈夫って意味は伝わらなかったのか、大真面目に迷子になったら困るからと言葉が返ってきた。
「会場広いし、迷子は嫌だよな。じゃあ手ぇ繋ぐ?…なーんて、」
「うん、繋ごう」
冗談で差し出した手をあっさりと握り、あっちだね。そう言って俺の手を引いた。強い意志の籠る手は、まるで混雑時のスーパーで親と手を繋ぐ小さな子みたいで。さっきのしょんぼりしてたのを忘れたみたいにキリッと、何だか使命を全うせんとする凛々しい顔つきだ。
「…はー、可愛い…」
「えっ、どの店?見に行く?」
店の品物じゃなくて君だよ、君。熱の集まる顔を片手で隠して咳払い一つ。いやもうこれデートじゃん。マルコ差し置いてデートしてやろうと思ったけどダメだ。ダメなやつだ。俺の彼女じゃないんだから。振られただろ思い出せ心臓の潰れる感覚を。忘れるな。間違うな。俺の彼女じゃない。
「…んん、ごほん。なまえも気になる店見つけたら教えて」
「解った。良いもの見つかるといいね」
マルコに置いて行かれた不安を拭えたのか、興味津々と忙しなく目が動く。性懲りも無く仕草一つに掻き乱されながらつむじを見下ろして、無理矢理目を引き剥がして周りに散らす。
各々が持ち込んだ不用品…整理のために手放すと決めた品物、趣味の手作り作品あたりなんかが区画の範囲で並べられていた。
太陽の光を跳ね返す輝きに気付いてなまえの手を軽く引く。
「なまえ、あれ可愛くない?」
「…わ!ハンドメイドアクセサリーだ、ちょっと見ていい?」
「もちろん!ゆっくり見て」
繋いだ手は自然と離れ、アクセサリーよりキラキラした瞳が碁盤のように整列した指輪やネックレス、ピアスたちを愛でる。草花染めのスカーフにハンカチも手書きの解説を添えて並んでいて、俺はそっちをじっくり眺める。
いつか店を持つ日にはこの手の染め模様のクッションとか置くのもいいなあ、と。
自分の店を持つのは俺の目標で叶える夢の一つ。スケッチブックに間取り描いてみたり置きたい備品の切り抜きを貼ったり。雰囲気の良かった店のメモ書きが溜まってきている。
「凄い。全部かわいい、迷ってしまう」
呻くようななまえの賛辞に店主が顔を綻ばせ、どうぞ鏡で合わせてみてくださいと勧めた。いくつかの作品を鏡の前で当ててみてから、なまえはシンプルながら色の美しい飾り付きのゴムを購入。店主自ら採取した植物染めの装飾は同じ色味でも全て様模様の違うまさに一点もの。レジンで固めた花々で作られたバレッタは妖精の冠みたいだった。
「ありがとうございます」
笑顔の店主に見送られ、大事そうに鞄にしまったなまえは自然な仕草で俺の手を取った。二度目なんてないと思った温もりが当たり前に戻ってきて息が止まる。じわりと体温が上がる。
「素敵なのが見つかった、ありがとうねサッチ」
「…っ、いや、ぁ、今度あっちの方行ってみよう」
「うん。いっぱい見よう!」
元気のいいお返事。ブランコのように軽くテンポを刻んで揺らす手に目眩がする。視界が万華鏡なんだけど。
やばい。これ心臓も止まるんじゃねえの。不整脈だろ心拍数やばいって。変な汗が出るし。女の子と手を繋ぐとか普通に簡単にやってたじゃん。色気の塊みたいな女の人と腕を組んでホテルに向かってタラタラと夜の街を歩く事だって、グラビア誌に載るようなおっぱいの大きな子に押し付けられたりしながらだってあっただろう。何を緊張してんだか。
…クソ、嬉しい以外の言葉がない。飛び抜ける特別なんて何もない普通の子なのに。なまえの心一つで俺は緊張の塊になってしまう。細くて頼りない手なのに、まるでこっちが純朴な物語の処女みたいに真っ赤になってなまえに手を引かれてる。
「サッチ。あの店、お皿いっぱいあるよ。窯焼きって看板出てるし」
「えっ、見たい見たい」
「行こう行こう」
宝箱を見つけた顔での報告に顔が綻ぶのを感じる。よし突撃だ!ラジャー!なんてふざけながら店を梯子していく。時々、お互いの携帯端末を確認したけれどマルコからは既読がついた以降の返信も着信も一切ない。なまえと俺は端末を見るのをやめ、トレジャーハントに集中する事にした。
気になるものがあれば逐一足を止めてしゃがみ込んで、シートや机に並ぶ品物を手に取る。そんな風に歩きつつ流し見ていくと、簡単なブルーシートを引いた陳列の店、和服の爺さんが簡易椅子にかけのんびりといらっしゃいを言った。
「これ可愛いね、全部の絵が違うよ。四季の風景と動物が描いてある」
「本当だ、良いなこれ」
桐箱に入った豆皿のセット。随分と古いのか少し埃っぽい。店主が仕舞い込んでいて使わず仕舞いだと、買うのなら値引きしてやると言うので即決。小さめのクッキーとか漬物とか…あ、金平糖とか入れて出しても可愛いかもしれない。使用法が脳内で広がり、発見してくれたなまえにお礼を伝える。
店主と値段交渉したり、別の店に行くとなればどちらからともなく、また手を繋いで。
「ん、そろそろ昼近いな。待ち合わせ場所行っておこうか」
「そうしようか。早めにご飯買っておかないと並ぶものね」
イベントに合わせて出店のキッチンカーがいくつも出ている。お菓子系、スープ専門、サンドイッチなどの軽食に加えてカレーやピザなんかのガチで仕込んできました!系のメニューが揃っていた。
「美味しそうな匂いがする。どれを食べるか迷ってしまう」
「マルコ来る前に買っちまおうぜ。あいつの分も適当に買っとけば大丈夫だから」
本当ならなまえの分も俺が買いたい。食事代なんて払わせたくないんだけど、なまえはマルコの彼女なんだ。出しゃばるのは控えよう。俺は友達。せめてマルコの分だけは俺が先払いして後であいつから貰うからと納得してもらった。列が形成される前にそれぞれ気になったキッチンカーに向かって購入。
マルコの分は俺が冷製サーモンクリームスープとチキンバーグロコモコプレートを、自分の分には三世風カリオストロパスタとペットボトル飲料を選んだ。
なまえは4種のベリースムージーとバラティエスペシャルサンドセットにしたようだ。
「よし。じゃあどこか座れるところに…」
「悪い。待たせたねい」
昼飯を無事にゲットして、どこかに座れないかと辺りを見渡していた時。バカ野郎の声がした。タイミング良すぎだろ。どこかで見てたのかよ。振り向くと両手に紙袋とビニル袋を抱えた浮かれ頭が居た。袋の量からしてかなり本を買い込んできたんだろう。いつもの眠そうなまぶたもスッキリと開き、今ばかりは憧れのサッカー選手にサイン貰った少年のような純粋キラキラの目だ。
「マルコ!欲しいもの買えた?」
「おう、手が痛いくらいだ。あっちに飲食用の机と椅子が空いているから早く座ろう」
ご機嫌マルコの示す方には日陰の下に作られた飲食スペースがあった。まだ少し余裕があるがすぐに埋まるだろう。ひとまずは席の確保と三人でテーブル席の一つに腰を下ろす。四脚の椅子のうち一つをそれぞれの荷物置きとして、マルコの重量物はテーブルの下へと追いやった。
ビニル袋に入ったキッチンカーのランチを広げようとして、俺は手を止める。
「あ、やべ。マルコの分の箸貰ってくるの忘れてた」
焦った声を出せばなまえがすぐに席を立つ。本当は二人分貰ってきていたけど袋を覗いて入ってなかったと嘘をついた。
「私、貰ってくるよ。二人とも座ってて」
いつもなら率先して行く俺がなまえが行くのを止めずに頼むのを見て、自分が行こうとマルコが腰を浮かせた。その脛を蹴って注意をこっちに向け、目で座ってろと圧を掛けた。歩いて行くなまえの後ろ姿を見送ってから不服そうな声を出す。
「なんだよい、蹴りやがって。買った袋に当たったらどうするつもりだよい」
完全に足元の戦利品に気を向けているマルコ。なまえの姿が見えなくなったのを確認してから答えた。
「お前だよお前、お前に話があるからだっての。ちょっと立て」
「は?昼飯代ならちゃんと払…」
「いいから立てよ」
せっかく座ったのに。そんな顔して立ち上がるマルコに合わせ俺も腰を上げる。一番隅の目立ちにくい席。近くのテーブルに座らなかった理由は今から教えてやろう。
「マルコさあ、何やってんの。彼女置いてけぼりにして単独行動してんじゃねえよ」
ボディに一発。もちろん一撃で気が済むわけもないが人目を考慮して我慢だ。あまり加減せずにプレゼントしたけど、飯が入る前にしてやった俺に感謝しろ。
「…っぐ、悪かったよい、本当は少し見てすぐに戻るつもりだったんだ」
「戻ってこなかったしトークに既読つけただけで返事もしなかったじゃねえか。俺だけならいいよ?でもなまえには一言くらい連絡あって当然だろ。で?お前の言い訳は?」
「…偶然、絶版になってる『ナミの航海日誌』を見つけて手に取ったらあり得ないと思うが初版本で。これ見てくれよい状態も凄くいい。染みも焼けもないし折り目もない。信じられない。そこの店主がまた話の合う人で、本の話で盛り上がってしまってねい。連絡先を聞いたんだよい。作者の個人誌を持っているから今度貸してくれると」
「何が少し見たらだよ、めちゃくちゃ満喫してんじゃねえか!」
「痛っ!」
殴られた痛みもなんのその。ハアハアと興奮気味に袋から取り出した古書を片手に語り始めたのを拳骨で遮る。なまえは見た事あるんだろうか。こいつのブレーキぶっ壊れてるところ。料理とか語ってる時の俺もこんな風にキモかったりするんだろうか。嫌すぎる。マジで気をつけよう。
何かもう、こめかみが痛いって言うか臓腑が煮えくりかえってきている。魔女の鍋みたいにグツグツいってる。お前はまずなまえに謝れ。もう土下座しろ。携帯端末で一部始終撮っててやるから。
「いいか?まずなまえが戻って来たらすみませんでしたって言え。彼女と他の男を二人きりにするな」
自分の事より彼女を優先しろむしろ最優先しろ。少しは危機感を持ってくれと、お前の彼女と手繋ぎで骨董市を巡ったと教えてやった。自業自得と言えど流石に腹を立てるだろう。
懲りたら彼女にお前以外の男と手なんか繋がせるな。常に気を配ってエスコートしろ。メンチ切って指を鼻先に突きつけて言ってやった。当のマルコはちょっと目を見開いて、そして。
「ああ。お前が迷子になると悪いからな」
一つ頷いてそう言った。悔しさも嫉妬もなく、虚勢を張っている風もなく。乾いた風のようにサッパリと。
…骨董市を回る前に同じ言葉をなまえも言った。『迷子になると悪いから』って。
あれは、あの迷子っていうのは。もしかして俺の事言ってたのか?!一気に全身の力が抜けて椅子へ崩れるように座ると、小走りのなまえが席に戻ってきた。
「…はぁ、はぁ、お待たせ!マルコの分のお箸だよ、…サッチはどうしたの?」
「んーん、なんでもなぁい。貰ってきてくれてありがとう」
「箸ありがとさん。こいつは歩き疲れたんだろい、放っておいていいから早く食べよう」
真っ白に燃え尽きそうになりつつヨボヨボと手を振った。この二人俺のことなんだと思ってんだろう?どう考えてもあの流れで迷子になるのは俺じゃない。絶対にだ。三人の中で一番しっかりしてるの俺じゃん。引率の先生的ポジションじゃん。
なまえがいなかったらボコボコに殴って顔の形変えてやるんだけど、彼女には殴るところを見られたくないので我慢だ。後でやろう。そうしよう。
三人揃ったテーブルの上、それぞれに並んだ昼飯を前に手を合わせていただきます。
「…うっま!何これ何ソース?…キッチンカーのレベルじゃねえんだけど」
三世風カリオストロパスタをフォークで一巻き。口を押さえて俺は呻いた。チープなのは入れ物だけ。香りも良かったが大きめのミートボールの肉質にジューシー感、パスタに上手く絡むソースの濃厚さ。市販品にはない風味。これ材料に対して値段安すぎるだろ。この店って実店舗無いのか?後で店主に話しかけに行こう。やっぱ料理って凄いよな。ささくれ立った気持ちが柔らかくなる。
「この冷製スープ美味いな。温くなってなきゃもっと良いんだけどねい」
「あっ、ごめんね。私がお箸もらってくるの遅くなったから…」
「…そういう意味じゃ、」
「…………」
パスタの美味さに感動してると二人のすれ違い劇場が開幕した。普通に美味しいね、そうだね。で良くね?何なら一口どうぞパターンとかさ。
幸せの味を喉の奥へと飲み込んでからペットボトルの蓋を開け、フォローにまわる。
「そうだよなまえ。悪いのマルコ。ご飯が冷めたのもスープが温くなったのもこいつが一から億まで全部悪い」
喉を潤して断言するとなまえは困ったように笑ってマルコは無言を貫く。お前の失言だろフォローしろ。手を伸ばしてマルコのロコモコプレートからブロッコリーを一つ、フォークで盗る。
「あっ、お前!自分の食ってろよい!」
「んー、冷凍ブロッコリーだな。そりゃそうか」
「サッチのも貰うよい」
「あ!おい、ブロッコリーに対してミートボール持ってくのずるくない?!ここはパスタ一口が妥当だろ?!
小学生の給食か?という醜い争いを繰り広げた俺たちを見てなまえが堪えきれずに笑いを溢す。サンドイッチを手にして目を細める。
「あはは、仲良しだねえ、二人とも」
今度言葉に詰まるのは俺の方で。マルコは眉根を寄せて仲良くねえと呟く。今のやり取りですっかり和んだようでなまえもやっとサンドイッチを口に運んで、美味しいと眦を下げる。そっと息を吐いてマルコの足を軽く蹴り、顎をわずかに動かして促す。今だろ早くしろと。
「……、なまえ」
「?うん」
「一人で行って悪かった。次は一言伝えてからにする」
「うん。びっくりしたけど、先に聞いていたら大丈夫だと思う」
いや次とかねえから。お前が手を引いて歩けっつっただろ?歯噛みするのは俺だけで、なまえは許しを与えてしまう。ビシッと言った方がいいぜ、躾はその場でが基本だから。
歩き回った足を休めつつ昼飯を完食。飲み物の残りを消費しつつ、ぐるりと敷地をもう一周してからの解散と話が決まる。
「はい。提案があります」
「ん、何かな?なまえさん」
なまえが生徒のように軽く手を挙げて言うので、こっちも胡散臭い教師のような口調で返事をすると生真面目な学生の顔で続ける。
「荷物も多いし、十五分交代で『単独行動』をするのはどうかなって。一人で買い物をして、残る二人は座って荷物見てるの」
昼前に買い込んだ荷物はそれなりに重いし手も塞がる。人はまだまだ多いし、荷物持って三人で歩き回るより時間制で荷物番と買い物に分かれようとの提案だった。
「私、一人でイベントを見て回った事がなくて。マルコみたいに一人で楽しむコツを知りたいの」
長時間だと困ってしまいそうだから十五分くらいの短い時間で練習してみたいのだと。何それ女神?マルコの単独行動咎めるどころか合わせに行く姿勢が眩しい。
「コツなんて別に無…っ」
「いいねそれ!面白そうじゃん、やろうやろう!」
単に一人で買い物するだけだろって言い出しそうなマルコの後頭部を引っ叩いて黙らせる。その誤解を招く言葉足らずをなんとかしろ。野郎相手じゃねえんだぞ。
「俺一番手で行っていい?時間内に戻るから、次はどっちが出るか話してて」
颯爽とイケメン風を自前で起こしながら立ち上がり、返事を待たずに財布と携帯端末を供に連れテーブル席から離れた。
買うもの買ったしこれ以上は今日は打ち止めと決めていたので、目的は完売御礼の札が出てるキッチンカーの主人だ。あの美味いソースの。
車の裏手で休憩中の、携帯端末を操作している髭の似合うダンディに話しかける。店の場所を聞き出してついでにレシピも…と話を振ったがにこやかに誤魔化されてしまう。今度店に食べに行く約束をして裏手から離れた。
たった十五分だけどなまえとマルコを二人っきりにしてやれた満足感と新店舗開拓できた喜びで足取り軽く先に戻った。
「「…………」」
しん、とここだけ別世界のような沈黙があった。周りのテーブルからは賑やかな談笑が上がる中で本を読むマルコと端末を触るでもなくどこか遠くを眺めてるなまえ。
えっ何、なんで???何でマルコは本読んでんの?!ここは恋人同士のイチャラブ繰り広げるところじゃねえの??
「あ、サッチ。おかえりなさい」
「…うん、え?えっと…ただいま…」
マルコとなまえの顔を交互に見て戸惑っているとなまえが席を立つ。どうやら二番手は彼女らしい。俺と同じく財布と携帯端末を片手に少し緊張した面持ちで行ってきますと言う。マルコは本からチラリと目を上げて「ああ、うん」とクソみたいな返事をするので、俺は満面の笑みでいってらっしゃいと送り出して。
「…っはー、お前さあ…何で本読んでんの」
「………、話題がなくて会話が続かなくなったんだよい。俺が何か言うとなまえは何故か謝るし。もう黙るしかねえだろい…」
本の内容が全く頭に入らなかった。無言でいるのに耐えられなくなって彼女に一言尋ねてから手にしたものの、文字が目を滑るばかりだった。ぐったりと机に伸びるマルコ。雑談に向かない男はこれだから、と怒りを通り越した哀れみが湧く。
「せっかく彼女と二人きりになったのに、話も出来なくてどうすんの。次は俺抜きで二人でどこか遊びに行けよ」
慣れろ。話題なんてどこにでもあるし、一つ興味を見つければ会話として広げるのなんて簡単じゃん。特に今日は骨董市っていう一番の糸口があるだろう。そもそも俺と話すのに話題がないとか考えないだろう?彼女に対してだって一緒だ。言葉を柔らかく接すりゃ何も問題ない。
「お前みたいになまえを笑わせてやれればいいんだけどねい。いざ話そうとして目が合うとなまえがこっちを見てにこにこしてるだろい、可愛いなと思ったら話す事を忘れちまう」
「は?可愛いと思ったらそう言えよ…、じゃあほら!練習!俺に言ってみ?ハイ、せーの」
「は?お前に可愛い?無理言うなよい。俺に死ねってことかい?顔も性格も可愛いとは程遠いだろうが。どこにそんな成分入ってんだよい。鏡見て出直してこい」
くいっと立てた親指で自分を指し、練習台を名乗り出てやったのに。俺相手には直球の悪口投げてくるくせになまえを前にすると地蔵のようになる。まあ惚れ込んでいる相手を前に心に汗をかく気持ちはよくわかるが。
マルコは好きだと告白できたのが奇跡みたいな奴だ。可愛いと頭でいくら思っても口から出るには余計な羞恥心っていう強固な扉が閉まっている。一番簡単で表現しやすい呪文、カワイイが使えないとなると詰むと思うんだけど。
「あ、ほら。丁度よくご本人のご帰還だ。サクッと言っちまえ」
互いに罵りを含めた話していれば十五分なんて瞬きみたいに終わる。買い物を終えたらしく小さな袋を持ったなまえが席に戻ってくるのが見える。
「おかえり、なまえ。一人旅はどうだった?」
「ただいま!何だかドキドキしたけど、一人で見て回るのも楽しかった」
…っかー!ほら見ろよこの達成感を漂わせる笑顔、はい100点。最高。ここで言うことはひとつだよな?「可愛い」一択だろ!一回言えたらあとはもう大丈夫だから。
行けホラ今だろ言えよ、とマルコの肩に腕を回して促すと、重い鬱陶しいと顰めっ面で跳ね除けられた。戯れあってるとでも思っているのかなまえは笑いながら席に着く。
「…あー、その」
「?」
「…………なまえ、か」
「か?」
「……か…かわ、…すー、はぁ、…か。買いに行ってくる」
深呼吸を一つ。無表情を貼り付けて立ち上がり足早に人混みに消えていくマルコ。残念すぎる。かわまで言ったらあと二文字じゃん!バカなの??
なまえはいってらっしゃいと慌て声をかけて、俺は頭を抱えて呻いた。たった4文字だろうが。君は美しいって言うよりハードル低いだろ?!女子の可愛いなんて挨拶レベルで頻繁にでるくらいだぞ?!
「マルコ、革製品でも欲しかったのかな?凄く気合い入っていたね」
「うん、まあ、気合いだけはあったな。ところでなまえは何か買ってきた?」
強引に話題を変えると、もう見えないマルコの背を追っていた目線が俺に向く。優しく細まるその眼差しに映るのは俺でも、頭に描くのはマルコだろう。
「うん。要らないって言われるかもしれないけど、お土産にどうかなって」
テーブルに乗ったのは深い青色の長方形のポーチ。白い鯨が小さく刺繍されて海中を泳いでいるような雰囲気。
「これね、ブックポーチって書いてあったの。布の素材が防水だってお店の人が言っててね、マルコは本を持ち歩くでしょ?」
…ああ、成程。なまえが使うにしてはシンプルだなって思ったけど、マルコに選んできたのなら納得だ。紙を痛めないようにかジッパーなんかの素材を使わずに作られてるあたり、製作者のこだわりを感じる。
「喜ぶよ」
なまえから貰った物ならメモ一枚だって宝物だろ。全くマルコに勿体ねえよな。置き去りの上、無言時間すごしてんのに。
それだけ好きなんだろう。俺に向かないその笑顔が1番好きだなんてどうかしてる。
「それでね」
「うん」
「こっちはサッチに」
「え」
握り拳を突き出したなまえに促され手を出せば、手のひらに何かが乗った。
華奢な手が離れた後目に映るそれは陶器でできた小物。俺の掌の上で小さいくせに胸張って鎮座するそれは。
「…もしかして箸置き?」
「うん。一つしかなかったのだけれど、見た瞬間にサッチの顔が浮かんだから」
白地に落書きみたいなマヌケな顔。ガキの頃に絵描き歌で描いたことのある「可愛いコックさん」の箸置きだった。
「サッチはコックさんになるんでしょ、可愛いコックさんになってね」
「そこは格好いいコックさんにして欲しいなあ」
冗談めかして言いながら喉が焼けるような痛みを誤魔化す。声が震えなかっただろうか。靴の中で足の指が力を込めて丸くなる。踏ん張ってないと涙が出そうだった。昔の量産品の放流品だろうが個人制作のネタ枠だろうが構わない。
彼女がコックを、料理人を模した絵を見て俺を連想してくれたのだから。
「…凄く嬉しい、めちゃくちゃ大事にするよ。名前つけて俺の相棒にする」
いつだって当たり前の顔をして示される優しさは、その都度新鮮に俺の胸を焼く。夢が叶うよと保証された気がした。何があっても諦められないでいられると光が灯る。
なまえが選んだのはマルコだ。恋人にならなかったけど、彼女は以前と何ら変わりなく友人として笑ってくれていて。彼女が笑ってくれるのなら関係性など些細で些末な悩みだ。
俺は鞄から手帳を取り出してメモページにペンを走らせる。棒一本から始まる絵描き歌を口遊みつつ、葉っぱ、カエル、アヒルへと進化をさせていくと途中からなまえも一緒に歌ってくれた。
「何だよい、随分と楽しそうだねい」
雨が降った後をど忘れして頭を悩ませる俺となまえにマルコが買い物を終え合流する。
「ねえマルコ。コックさんの絵描き歌知っている?続きが思い出せないの」
6月6日と雨までは出てきたが、歌詞の続きを思い出せずコックさんは未完成のまま。手帳を指差し助けを求めると、マルコはすぐに中途半端な姿で放置されているコックさんを覗き込んだ。なまえが乞えば何であってもマルコは断る言葉を口にはしない。
「…三角定規にひび、あんぱん、豆、コッペパン、帽子だよい」
俺から取り上げたペンで淡々と雑に完成。伸びやかな俺の線に定規みたいなマルコの線。嫌な合作である。
「いやそこは歌えよ。てかお前もコレ知ってんのが違和感なんだけど」
「可愛いコックさんだろい、こいつの方がお前より可愛いげがあるねい」
おもむろにマルコがポケットから取り出したものをなまえの前に置いた。アンティークだろう色味の青い鳥のブローチだった。包みもなければ宝石が付いているわけではないが、繊細な彫刻が見て取れる。
「…可愛い、と、思ったから。これはなまえに。要らなかったら捨てて良いよい」
俺となまえは揃って言葉を失った。マルコが、あのマルコが女物のブローチを買ってプレゼントしてきたのだから
「…素敵。とっても可愛いね、ありがとうマルコ。大事にするね」
細い指が宝物に触る手つきでブローチを取り上げて大切そうにハンカチで包む。
二人のやりとりを見つめ、俺はマルコもやればできるじゃねえか!と子供の初めてのお使いを見守った親の気持ちで胸を熱くした。ブラボーと拍手でも送りたい気分だが、テーブルの上に乗ったのはブローチだけではない。丈夫そうな木製の、短めの棍棒の方なものが硬い音を立てて乗せられたのだ。下手をして殴られたらたまらないので、咳払い一つして背を伸ばして恐る恐る尋ねた。
「…あのさ…気になるんだけど何それ、まさかとは思うけど俺のこと殴ろうと思ってる?折檻棒?!」
「は?…ああ、これかい。そうだな、お前にだよい」
ぽい、と投げて寄越され慌てて受け止める。棍棒と思しきそれには模様が一面に彫り込まれており両端は手で掴みやすいよう細くなっていた。
「クッキーに模様をつける器具だそうだ」
「へー!なるほどねえ、これなら一気に模様つけて焼けるって寸法か!ふんふん、成程…型抜きくらいしか持ってねえけど次はクッキー極めるのも悪くねえな」
俺が見て回ったところでは見つけられなかった。こんなものも売っているのか。今度他の柄も検索してみよう。
…なまえとマルコとの関係も全部何もかも投げ出して、やろうと思えば連絡先も消して二人の居ない遠くへ行けるのに。大学は同じでも学部は全員違うしちょっと気を付ければ会わずにいるなんて簡単な事で。それぞれ新しい人間関係だって増えてるし縁が切れるのもあっという間だと思うんだ。
そうしないのは結局のところ、俺はこの二人が楽しそうに笑っているのを見るのが一等好きだから。腹立つ事も報われぬ悲しい思いを何度味わっても。特等席で大切な二人の歩く道を眺めていたい。幸せでありますようにと願いながら。
「今度これでクッキー作ってやるよ。模様に合わせてナッツとかドライフルーツ乗せたり、うん。アイデア浮かぶぜ」
「甘くしないなら食うよい」
「そんじゃマルコはコーヒー係な。一番良い豆使って淹れろ」
「あはは、仲良しだね二人とも」
ニコニコと俺たちを眺めながらなまえが言う。俺とマルコの目線を釘付けにするあの笑顔で。
「…何言ってんの、なまえもでしょ?」
「ふふ。そうだね、じゃあ私はサッチのクッキー作りのお手伝いしようかなあ。お菓子ってホットケーキくらいしか作らないから、いろいろ教えてね」
「もっちろん!お揃いのエプロン用意して待ってるからね、手ぶらで来ても全部貸すし教えるから何もかも俺に任せてく、ぐえっ!」
デレデレとなまえに話す俺の頭をマルコが件のクッキー模様の棒で殴る。手加減しているのだろうが痛む頭頂を両手で押さえて呻くと、二人がおかしそうに声をあげて笑い、つられて俺も笑い声を上げた。
(で、いつ作るんだい)
(え?まあ予定見てから適当に…ってお前、何?もしかして俺のクッキー楽しみにしてんの?)
(その辺で買うよりお前の作るもんは美味いからねい。材料費くらいは持ってやる)
(…はー、そういうところだぜマルコ)
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