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弾けて燃えて。
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(Side U)
高1の夏に始めたバイトも今年で2年目に突入。甘いお菓子の香りにも、愛想を詰めたいらっしゃいませの挨拶にもすっかり慣れた。
「いらっしゃいませ、お決まりでしたらお伺いします」
夏の外は炎天下だけど店内はクーラーで快適!
しかも夏休み中はシフトもたくさん入れらてお金いっぱい稼げて嬉しい。給料日まであと一週間が待ち遠しくて、そわそわする。
お客様はほとんど女性だし、緊張で上手く話せなかったバイトの先輩とも仲良しになれた。こっそり残ったケーキ貰えるし面接受かってラッキーだったなこのバイト!
…その中でただ一つだけ、嫌な事といえばこれ以外にない。
「じゃあサッチ。この柚子ゼリーを二つお願い」
「了解、毎度ありがとうございます~!箱にリボン付けとく?サービスしとくよ」
浴衣姿の女の人相手にご機嫌に接待する先輩。
お祭りがあったな、と浴衣でやってきたこのお客様を見て思い出した。
白地に淡い花模様。青い帯に纏め上げた髪の毛。可憐な佇まい。
知り合いなのか妙に馴れ馴れしく接客するこの先輩、サッチさんを見て辟易する。この店に来る女性客のほとんどがサッチさんと顔見知りか友達な気がする。
「ふふ。このお店のゼリー、マルコがお気に入りなの。さっぱりしてて美味しいから私も好き」
「うん。俺も好き(ハート)!ドライアイス多めに入れたけど、外は暑いから気をつけてな」
完全に好きの後にハートマークついてるような緩み切った声。ウッザ。
お会計を済ませた女の人に私も先輩も『ありがとうございました』と告げる。自動ドアの向こうは太陽が沈みかけ夜が始まりそう。時間は5時40分。バイト終了時間まであと20分だ。
「あぁ〜、いいよなァ!浴衣!!やっぱり祭りは浴衣だよな」
閉まった自動ドアを名残惜しそうに見つめる先輩。もう女の人は居ないというのに残像でも見えるの?バッカみたい。
「そういえば今日はシャボンシティで花火大会ありましたね。私、あそこの花火大会って行ったことないですけど」
「え?マジで!?シャボンシティの花火大会ってこの辺じゃ結構有名な祭りなのにもったいねぇな」
「サッチさんは毎年行ってるんですか…、ああ今年もこの後、彼女と行く予定とか?」
閉店間際はお客は来ない。今日はサッチさんと店番なので仕方なくこの人と喋る。サッチさんの話題はだいたい女関係か最近の流行りについてだ。チャラい。
「うん。その予定だったんだけどさぁ。実は俺、昨日振られたんだよね〜」
「うわ、またですか。もう10人目ぐらいじゃないんですか?彼女さんと別れるの」
「いや、まだ8人…だったかな。確か」
…大差ないじゃないですか?しかも人数すらうろ覚えっぽいし!!しかも付き合って振られた人数って私がバイト始めてから今日までの約一年ちょいの間でしょ?サッチさん大学生らしいけど大学生ってそんな暇なの?この人のこういうところ、本当にイヤ。
「そうだ!なー、なまえちゃん。一緒行かない?シャボンシティ花火大会!」
「はあ?」
「一度ぐらい行っとくべきだって、凄え派手だし面白い!夏の思い出つくろうぜ、な?バイト終わったらそのまま行こうよ!」
別れた彼女の代理だろうか?花火大会がそんなに好きなの?花火は綺麗だから見るのは好き、予定もない、でも、だけど…。
「……いいですよ、すーーっごく暇ですから。振られたんですもんね、サッチさん可哀想だから付き合ってあげてもいいですけど」
「やった!決まりな、じゃ店終わったら裏口で待ってるわ!」
私の嫌味を聞き流して、にか、と笑った。私の暇つぶしに付き合うって言ってるのに何で嬉しそうなの。
「バイクで行きたいとこなんだけど、警察多くてウザいから悪いけど電車な。どっちにしても混むんだけど」
「わかりました」
花火大会、サッチさんと。急な誘いに緊張したけどなんでもない振りを装って了解した。
閉店時間が来てシャッターを降ろし着替えの為にそれぞれロッカー室に。
「……~~ああ!なんで今日、登校日だったんだろう!面倒臭がらないで着替えてからバイト来れば良かった!」
入った途端に私は顔を覆った。
最悪、最悪!!見たいテレビがあったけどそんなものどうでも良い。
ブツブツと文句言いつつもサラりん☆シートで身体の汗を拭う。これで臭いしないよね?!髪の毛梳かして鞄からメイクポーチだして鼻の油取って軽くパウダー叩いて、鏡をいろんな角度から見る。マスカラ大丈夫?あーもうリップがどっかいった!見つからない!アクセサリーの一つもないし最低限のメイクセットしかないのにイライラしてくる。何でもっと持ち歩かなかったんだろう?
「今すぐ着替えに帰りたい…とか言ったら花火大会誘われて張り切ってます!みたいで嫌だし…でも制服は…うう…何で急に誘うの?!」
あの人の横に並んだらきっと制服姿の私なんか凄くガキっぽく見える。どう足掻いても「高校生です」って言ってるものだから。せめて私服ならならまだ誤魔化せる気がするのに!
「うわ、もう15分経ってる!やだーもう!」
焦ってロッカーを閉めて鞄掴んで、財布の中にお金があるか確認。まぁなんとか多少は食べるくらいはいけそう。電車は交通系カードでなんとかなるし。よし!
お母さんに祭りに行くと電話しかけた操作を変更。誰と行くの?とか小言を聞きたくないので一方的にメッセージでの連絡だけしてロッカー室から出た。
裏口にはもうサッチさんが居て支度に手間取り遅れたのが少し恥ずかしかった。
「あ、セーラー服だ!いいねぇ、セーラー服!俺大好き」
「…うわ、今の引きました。きもいです」
口とは裏腹に大好きと言われた言葉が嬉しかった。なんか、…制服でもいいかも。好きなんだ、ふーん。そっか。
「キモいって…いや、そうか、すみませんねお嬢さん」
「おっさん臭いですよサッチさん」
駅に向かって電車の時間を見る。少し余裕があったからお互いにトイレを済ませることにした。花火大会は土手で見るからトイレないし、あっても簡易トイレしかないとサッチさんが言ったからだ。
「はいなまえちゃんの切符」
「え?なんで…」
トイレから出てきたらサッチさんは私の切符を買っていてくれた。交通系のカードあるから平気なのに。焦ってお金を渡そうとしたら要らないって笑った。
「…切符なんて買ってくれなくても、普通に自分のカード持ってますよ」
「誘ったの俺だし、俺なまえちゃんの先輩っしょ?いい格好したいんだよ!えへ、惚れるだろ?」
…なんでこの人こうなんだろう?そこまで言われてしまっては私は引き下がるしかなくて。
「じゃあ、…ありがとうございます…」
切符なんて使うのいつ振りだろう。変なの。改札を通るだけなのにいつもと違う感じがしてざわざわする。
「凄い人ですね。これ皆、花火大会行くんですか」
ホームの時点で覚悟はしたけど車内は物凄い人だった。うんざりするほどの人が居て、中には浴衣の女の子に甚兵衛の男の人も見かける。学校に行く時の電車より人が乗ってて暑いし酸素が薄い気がして苦しい。
「なー、凄いよな。…大丈夫?なまえちゃん潰れてない?」
サッチさんは背が高いから吊革に余裕で掴まっている。乗ったのが端の方なら私だって椅子の背もたれとか掴まれたのに。押し込まれて真ん中あたりでおしくらまんじゅう状態。少し揺れるだけで身体ごと潰れそう。
「揺れるから俺に捕まっていいよ、さあ!遠慮しないで腕でも手でも腰でも!」
にやにや笑うのやめてください。きもいんですけど。満員電車で身体が近いし拭いたけど汗の臭いがしたらと思うと恥ずかしいんですよ…!
「いや、別に大丈夫で……っわぁ!」
私は離れていたかったけど電車は容赦無く揺れた。結果サッチさんの胸元に顔面をこれでもかと押し付けるハメになった。硬いと思いきや当たった部分は弾力があり弾かれるような感触だったし、何でかサッチさんは汗臭くなくて絶句した。
「ぶは、…わははは!大丈夫?…いでっ!足踏んでるよなまえちゃん!」
「そうですね、混んでるから仕方ないですね」
悔し紛れにサッチさんの足をしばらく踏んでやった。
バイト先の最寄り駅からシャボンシティまで電車で40分くらいかかる。友達とシャボンシティに行く時はまだつかないねー、なんて言い合ったりするのに。サッチさんと話していたらあっという間についてしまうからビックリだ。
「この間さ。友達と飯食いに行ったんだけど、オーダー間違えて届いてさ。どこと間違えたのか激辛メニューが運ばれてきたんだよね」
「え、どうしたんですか、食べたんですか」
「注文してないですーって言ったら廃棄じゃん?勿体ねえし食ったよ。次の日ケツがやばくてしんどかった」
「あははは、やばい!どのくらい辛かった?」
「写真あるよ。見る?ほんとケツを殺す色してるからこれ」
バイトのお店の話やサッチさんの大学の話。
不覚にも面白すぎてバカ笑いしてしまった。
シャボンシティの駅に着けば当然こっちも大混雑だった。むしろさっきより酷い。
「うわ。はぐれんなよ、なまえちゃん」
「待って…いたた!…っあ!」
「大丈夫か?こちらへおいでなさいな〜、お嬢さん」
大きな手に腕を引かれて驚いた。半袖から出ている私の二の腕を軽く掴む、ごつい手に顔が熱くなる。どうしよう、私の腕汗っぽいかも。いや汗っぽいに決まってるベトベトしてるやだ!
…サッチさんは気にならないの?
そのまま泳ぐように人波をスイスイと歩き、あっさりと私を駅の混雑から連れ出した。
外はもう真っ暗になっていて電灯の光が眩しく照らしている。土手に続く道の方に人が流れていくのに混ざり歩く。
「これ、みんな花火見に行くんですよね。今から土手に行って見る場所あるんですかね」
「大丈夫だろ、毎年なんだかんだで見られてたから」
お喋りしながら歩いていたら陽気な音楽が聞こえて人のざわめきや屋台のご飯の匂いが漂ってくる。お腹空く匂いだ。ワクワクする雰囲気に胸が騒ぎテンション上がる。
…そこにスピーカーから流れる音楽に小さく電子音が混ざった。
「何か携帯端末、鳴ってませんか?サッチさんの?」
「ん?ああ、いーよ大丈夫。それより何か食い物買っとく?」
携帯端末の呼び出しを無視して出店に私を誘った。なんだか私を優先して貰えたみたいに感じてくすぐったい。別に。嬉しくないし!にやけそうになるのを堪えて嬉しさを噛み締めた。
「あれ、サッチ!お前何女子高生連れてんの?」
「うわ犯罪だよこいつ!」
「かわいーね、何年生?」
土手沿いの出店を見て回っていたら、すれ違う人や出店のお兄さんが親しげに声をかけてくる。
「あら、サッチ。また違う娘?」
「だめよ、高校生を連れ回しちゃ」
「この人って悪い奴だから気をつけてね?」
男の人だけではなく浴衣姿やセクシー系のお姉さんからも声がかかり、その綺麗な顔立ちやスタイルに私はいたたまれない気持ちになったやっぱり制服着替えればよかったな。
たくさんの知り合いや友達に挨拶したり冗談を言うサッチさんはバイト中とは違う顔に見えて、大学生活を満喫してるんだろうなって簡単に想像できてしまう。
「…サッチさんは友達多いんですね」
かき氷をつつきながら私は言った。サッチさんのお友達の人がくれたもので、焼きそばもたこ焼きも私は一切の支払いをしていない。居心地の悪い思いに気が付かないサッチさんは悪びれなく笑った。
「友達ならバイトでも大学でも、まあ適当にやってりゃできるモンでしょ。女の子に関しては合コンとかコンパとかサークルの飲み会で仲良くなるのが多いかな、俺は淋しがりだから女の子隣に居ないと眠れないの」
「…うわ、最低。大学生ってそんな暇なんですか?勉強しないの?」
違う、こういう悪態吐きたいんじゃない。サッチさんと花火を見て楽しく過ごしていたいのに何で嫌な言い方ばっかりしてしまうんだろう。
「それがさぁ!暇なんてあんまり無いんだよ。俺バイト三つ掛け持ちだし、単位落とせないから授業はサボれないし、課題やレポート山みたいに出す教授いるし。でもやりたい事も諦めたくない。時間がもっと欲しいところだ」
大人だと思う。私が嫌な言い方しても怒った事なんて一度もない。バイト始めたばかりで失敗ばかりしていた頃からサッチさんは笑って助けてくれた。
「サッチさん…バイト掛け持ちしていたんですか?」
「うん。和食屋とイタリアン、あとなまえちゃんと一緒のお菓子屋さん。俺、自分の店出すのが目標だからさ。いろんな店食い歩いたり自分で再現したり毎日研究してんのよ」
知らなかった。毎日女の人と遊んでいるだけだと思っていた。バイトの休憩時間はいつもメールして電話して、バイトの合間に話す内容だって女の人の話ばかりだったから…。あれも仕事や大学の連絡か何かだったのかな。
「…私、高2になってから学校で進路調査とか始まったけど、何がしたいか解らないです。サッチさん目標って大学行けば見つかるの?」
あの紙に何を書いていいのか解らなかった。
とりあえず進学、でも勉強したくないなぁ。そんな風に思っていた。手にしたかき氷は溶けて薄まってきてる。薄っぺらい私みたいに。
外は真っ暗になっても暑い。道端で立ち止まった私をサッチさんが振り返って、その背後には提灯や出店からの灯りが闇を振り払うように煌々と照っていた。
「…なまえちゃんさぁ、今は高2だったよな」
立ち止まった私の手を握った。促されて歩き出す。ドキドキして泣きそうだ。胸が痛くて苦しくて。
「好きな奴いる?」
「!」
話が読めない。今って将来の話とかしてたのに急に好きな人?バイトの後輩の進路相談なんてやっぱり面倒な話題なのかな。ヤケになって繋がれた手を握り返して言った。
「…い、います」
「マジで!うわぁ青春じゃん!誰、どんな奴?」
「背が高くて、話が面白い人です。いつもニコニコしてて、…人気者です」
サッチさんの事なんです、気づきませんか?
本当はバイト始めてからずっと好きだった。失敗を励ましてくれて、仕事を教えてくれて、たくさん笑わせてくれて。あんな風にすぐに女の人と別れたりするなら私を彼女にして欲しかった。
「告白とかしないの?つーか、花火大会一緒に誘えばよかったのに、…俺と来て良かったのか?勿体無ぇな。大事な夏じゃん」
あなたが誘ってくれて嬉しかった。もっと早く彼女さんと別れてくれていたら、もっと早く誘ってくれていたら私だって浴衣を着て来たんですよ。可愛い柄を選んで髪だってもっとちゃんとして、今日お店に来たあの女のお客様みたいに白地に青い帯とかの可愛くしてあなたの隣に並びたかった。
「その人モテるんです。しかもちょっと鈍感っぽくて私なんか眼中ないみたい。……えっと、…その…先輩、なんですけど」
どん、と大きな音が響く。花火が上がり出し周りから歓声が上がる。先輩と濁した言葉をサッチさんは取り違えたようだった。
「そっか、先輩かあ~!…俺も高校ん時、好きな子いてさあ。めちゃくちゃ押したけど振られた。死にたいぐらい辛かったけど、好きになった事を後悔してないよ」
どん、どん、と次々に上がる花火。
夜空を照らす光と、身体に響く爆発音。
「…あの子には振られたけど、その分、意地でも描いた将来は固まったし、努力もできた。まだこれからだよなまえちゃん。恋も将来も」
まだ土手の下まで降りていないけど花火はここからも見えた。人混みがますます増えて身体は近付く。寄り添うように隣に並んで空を見上げて話した。
花火や人のざわめき、スピーカーからの音楽がうるさい。サッチさんの声をもっとよく聞きたいのに。
サッチさんに、サッチさんが好きだと伝えたい。ごまかすように『先輩』なんて言わないで、もう一度ちゃんと…!
「あ、…の。サッチさ…」
ざわめきの中に小さく音楽が流れた。女性ボーカルの歌う洋楽。CMや雑貨屋さんとかで聞いた事があった曲だ。
「ごめんなまえちゃん、ちょっと」
さっきは電子音だったのに、着信音が別って事は…きっと特別な相手なんだろう。…大学の先生とか?サッチさんは電話に出て話し出す。
「はいよ、どーした?……いや、合流は無理だって。…うん花火大会は俺も来ているけどさ、女の子と一緒だし」
女の子、一緒…きっと私の事だよね。聞き耳立てるなんて悪いなと思ってなんだかソワソワする。
「…大丈夫だって、…似合ってたよ浴衣姿。それマルコは怒ってんじゃなくて照れてんだよ。……青い帯も浴衣も、本当に合ってた。大丈夫、俺が保証するからさ!」
浴衣って単語で電話相手が女の人だと確信した。宥めるように安心させようと言葉を選んでいるみたい。盗み聞きしているみたいで嫌だけど、サッチさんは私を気にもせずに隣で話し続けた。
「…はは、うん。……うん、そう。…また買いに来てくれよ。あのバカにもたまにはお前も来いって言っといて」
こんなに穏やかな声で話せるんだサッチさん。バイトで喋る陽気な電話と違う。嫌だな聞きたくない。さっきは携帯端末さえ取り出なかったのに。今話してるその人は誰なんですか?
「…今日は慣れない下駄だろ?鼻緒擦れしたらマルコにちゃんと言えよ。無理して歩くと悪化するし、…うん。気をつけて…二人で楽しんでくれよ」
外は暑いし汗が出てるのに身体の芯から冷えていくみたい。指先が冷たくなっていく。
「……いいって、連絡なんていつでもしてくれて大丈夫だよ、メッセージでも通話でも。…だから謝らないでくれ。…うん、じゃあ、また」
サッチさんは電話を切りポケットにしまう。
瞬きした後の顔はいつも通りでニコニコと楽しそうに笑顔で。
「…こんなにうるさいのに、よく電話の音、聞こえましたね。耳がいいですね」
「ん?うん。ごめんねー、話の最中に」
あなたの笑顔が好きなのに今は何だか腹が立つ。気持ちを落ち着けないと、またサッチさんに嫌な言葉を言ってしまいそう。
息を吸って…何でもいいから、適当に話を続けなきゃ。
「今の曲、なんか聞いた事がある気がします」
大丈夫だ、落ちついて話せる。
私は笑顔を作ってサッチさんに聞いた。電話前の雰囲気を取り戻したい。隣にいるのが嬉しくてドキドキした、あの感じを。
「ああ、結構流れてるからな。いい曲だよな!好きなんだ~このメロディもボーカルの声も」
さっきの電話だってきっと友達だ。女の人の友達だってあんなにいるんだし。彼女さんと別れたのは昨日なんだから、新しい彼女さんはまだ出来てないんでしょ?だから誘ってくれたんですよね?
…告白するならきっと今だ。私にだってチャンスがある。フリーなんだから少しくらい悩んでくれるかも。ずっとバイトの後輩でなんていたくないんです。あなたの特別になりたいんです。
「へぇ、何ていう曲なんですか?」
「Sylvie Vartan、…あなたのとりこ、って曲だよ」
どん、と、ひときわ大きな花火が上がり、サッチさんは私から目を外して空を見上げた。
「凄えでかいの上がったな、見た?なまえちゃん!写真撮らなきゃ、あ、動画がいいか?」
無邪気に空を指差して笑う横顔をキラキラの花火が照らす。
ああ、ちっとも私を見ちゃいないんだわ、この人。力の抜けた手から落ちたかき氷が軽い音を立て足元に落ちる。
「…おわ!大丈夫か、なまえちゃん!あー、靴が」
「……大丈夫じゃ、ありませんよ…」
中身はほとんど空っぽだったけど、残っていたシロップが足にかかった。周りの人にはかからなくて、私の足と靴を汚した程度に止まったけど、サッチさんは慌ててポケットからハンカチを取り出した。
泣きたい。殴ってやりたい、この馬鹿で鈍くて、最悪の男を。
「だよなぁ、足直撃だもんな…とりあえずハンカチ使って…」
私の足元に屈み込み、ハンカチを当てるサッチさん。周りの人が何事かと視線をよこしすぐに花火に向き直る。
「そんな泣きそうな顔しないでくれ、ちゃんと洗えば落ちるからさ。な?」
優しい?どこがだ。私は勘違いをしていたんだわ。この笑顔に騙されたんだ。この人は最低な男だ、なんて酷いんだろう。悔しい。
「………私、サッチさんが彼女さんにすぐ振られる理由がわかりました」
「え?」
急に何、どうした?と戸惑う顔に平手打ちしてやりたい。それすらできない。一方的に好きになったのは私だ。好きだと気持ちを伝える前に、こんな仕打ちにあうなんて。
…ねえサッチさん。 どんな寛容な彼女を作っても、あなたは絶対振られるわ。あんなの、あからさまじゃないですか。態度も声も。あの電話相手が大切な人なんだって全身で言ってた。
「…そっかー、俺、やっぱりだめだなあ。ごめんね」
「…私に謝ってもダメでしょ」
「うん。次の子とはもっと上手く付き合えるように頑張るよ。振られるのって辛いもんな」
あなたの彼女になった人はみんな可哀想。どんなにサッチさんに好きだと言われても、どんなに特別に優しくされたって、…今みたいなのを目の前で見せ付けられるんだわ。何度も、何度も。彼女は自分のはずなのに、こんな風にいつだって「別な誰か」を最優先するんだ。
淡い期待をかき消す火花。
(とりあえず俺のサンダル履く?)
(要りませんよ、サッチさんからなんて、もう何もして欲しくないです)
(でも冷たいだろ、足?)
(冷たいのはサッチさんです)
(???)
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