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Top secret.
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(Side THATCH)
千切ったティッシュみたいな雪が降ってる外を、ガラス越しに眺めながら時間潰し。全く天気予報って当てにならないな。
「うん、雪って見てるだけなら綺麗だよな」
タクシーに乗るなんて贅沢は高校生には無理。家に連絡をしたら迎えに来ると言うなまえの親を待とうと、何とか二人で混み合うカフェの席に滑り込んだ。逃げ込んだ店には同じ目的の連中が運行情報を携帯端末で調べたり迎えの車を待っている。
窓からもよく見えるイカニモな悪路じゃいつになるかわからない。自分一人なら時間かけて歩いて帰るけど、ここになまえだけ残すなんて無理。ナンパされたら嫌だし。話し相手くらいにはなれるだろ?ってなもんでお迎え待ちなんだけど。
「…え?ああ弁当。作るのは楽しいよ」
すでに一時間。ぬるくなってきたココアのカップを両手で持った彼女からの質問は、先日の昼飯の話だった。
高校入ってから作り始めた弁当は日々進化中。試行錯誤して作ったデコ弁はクラスの女子に大ウケして写真を撮られまくった。やったぜ!
カメラを向けた一人に彼女の姿もあってガッツポーズを決めたのは当然の流れで。
「いやいや!俺の弁当事情なんてつまらないモンだよ、それよりパーティ楽しみ過ぎるぜ。何着て行く?」
クリスマスパーティしようぜ!と仲間うちで集まる計画のプレゼント探しに来たのだが、まさかこんな天気になるなんて。
家の用事で途中退場したマルコと違い、なまえと二人きりになれたのはラッキーである。
「だよね、どうせならクリスマスに雪が降りゃよろこばれるのになァ」
話を逸らそうにもなまえは雪よりクリスマスの話題より俺の料理について聞きたがる。そんなにあのデコ弁良かったのか?照れちまう。
「なあに?やっと俺の事、好きになった?違う?…そっかー残念」
ちぇ、その笑顔はずるい。笑わせたい冗談じゃなくて100%本気案件なのに。俺が料理始めたのは綺麗な思いからじゃない。聞けばがっかりするだろう。
「…誰にも内緒ね。そう、二人だけの秘密ってやつ。マルコ?あいつは特にダメ」
だってあいつ俺の兄弟みたいなモンだし、格好悪い話とか弱み見せる真似は絶対できないから。つまらない見栄だよ。秘密にできる?
神妙に頷くなまえに一つ息を吐く。これは溜息じゃない気合いの息だ。俺はマルコみたいに説明は上手くないから適当に聞き流してくれたらいい。校長先生の眠気を誘うお話よりはマシだといいんだけど。
…それじゃあサッチ少年の失笑あり呆れありの、内緒話の始まりだ。
「ご覧の通り、俺って頭ひとつ飛び出す身長だろ。何かスポーツやってるの?と聞かれる逞しき体格!」
むん!とマッスルポーズ決めるとなまえがころころと笑う。可愛い。
「まあそんな俺が小学生になるまでは相当虚弱なガキだった、なんて信じられる?」
すぐに風邪をひくわ高熱で魘されるわ、かかるだろう病気を網羅して病院に連れて行かれるのが日常茶飯事。母親はきっと長生きしないだろうと覚悟してたなんて教えてくれた。
「多分、ウチ結構金はある方なんじゃないかなって思うんだよね。年収とか知らないけど父親も母親も仕事が好きな人種で、二人ともずーっと共働きしてるから」
父親はゲーム好きで据え置きタイプの機体が何台もあるし休みの日にはオンラインゲームを延々しているんだ。俺も対戦とかするけどすぐ負ける。笑っちゃうくらいレベル高くて強いの。
母親は電化製品を試すのが好きな人。つってもそれも仕事の範囲っていうかレビューとか提出してるみたい。土日なんかも市場調査とか?よくわかんないけど動いてないと死ぬ魚みたいな人。
「一応補足しとくと、別にネグレストとかじゃァないから。俺一人っ子だからかなり大事にしてもらってると思う。すげーひ弱だったからかもしれないけど」
小学生になる頃には貧弱が嘘みたいに丈夫になった。きっと二人は嬉しかったのかな、親は欲しいものは何でも買ってくれたよ。
生活必需品にゲームに本に…家に全部揃ってた。俺一人でも過ごせるようにと。
「小学生の頃から二人は帰り遅いし。父親なんか朝チラッと会うか、下手すりゃ日曜に顔見られればいいみたいな」
俺がまともになって安心して仕事に打ち込めるようになったんだろ、家と俺の事はハウスキーパーさんに任された。
昔は家政婦さんって言ったのかな。各家庭に派遣されて掃除したりご飯作ったりしてくれるの。子守りとかもしてくれたりするんだってさ。
「朝はシリアルかパン食べてて、昼は給食だけど夜は俺一人になるから。週に3回くらい、ハウスキーパーさんが飯作ってくれてた。風呂とかトイレとか来た時に掃除してくれんの。おかずとかも作り置きしてくれてさあ」
変な人は金品を盗んだりのトラブルがあるらしいと聞いたことあるけど、俺の家に来ていた人は真面目で綺麗な人だった。
「…ぶは!違う違う、何、初恋の人?残念ながらキーパーさんは男だよ!」
名前もちゃんと教えてもらったのに、何か格好いい響だからと俺は『キーパーさん』と呼んで懐いた。
母親の指示なのか和食が多かったかな。リクエストすればハンバーグでもシチューでもオムライスでも、キーパーさんは作ってくれた。冗談めかしてテストでいい点だったからケーキが食べたいと無茶振りした時には、生クリームと市販のスポンジ、フルーツ缶で瞬く間に作り上げてくれた時には脱帽したよね。
「あんまり喋ってくれない人だったけど、うるさいガキにまとわりつかれても嫌な顔しないでさ。中学入るまでずっと通ってくれた」
掃除も料理も手際良く、動きやすく素っ気ない服装。何でも出来る凄い人。あの人が来る日は家に灯りがついていた。おかえりとぶっきらぼうな声で待っていてくれて。
「なんて言うんだろ、大人の友達じゃなくて…ああ、そう先生みたいな…師匠!なまえの言ったそれ、その感じ!」
俺の家では親が料理を作るのは滅多にない。電子レンジ大正義。
家族揃っての食事は決まって外食、デリバリー。スーパーの惣菜と冷凍食品、コンビニ弁当。まあ嫌いじゃなかったしソレが俺の家の普通なんだよね。
今なら二人とも苦手分野なりに頑張ってくれていたんだろうと解る。だけど当時は友達の家が羨ましくて仕方なかった。
「んはは!クラスの奴に親いない方が遊べて良いのにとか言われて、取っ組み合いした事あるよ。無いものねだりの八つ当たり。ダッセー話ですよ」
心底羨ましかった。友達の家族は休みの日に揃って出かけ、買い物に行ってご飯を作る。
テレビの番組争いをして、アイスを勝手に食べたと喧嘩をする。勉強しなさいと怒られ、晩ご飯は何が良いかって聞かれて。お菓子を食べ過ぎだと注意される。
愚痴として聞かされるその全てが妬ましかった。遊びに行った時に触れる他人の家の賑やかさが。ご飯食べて行かない?と掛けられた声に喉が詰まり、家に用意されてるからと断って一人だけの家に戻る虚しさは堪らなかった。
「友達は親居るとうざいって嫌がってたけど、でも俺、すげー羨ましくて」
良いなあ、なんて一言も口にしなかったのはガキなりのプライドと、キーパーさんとの時間のおかげだと思う。
「小学生の時って遠足は弁当持参だろ、食べる時に交換しなかった?」
なまえにも思い出があるのだろう、話を逸らす事なく一つ頷くだけで続きを促された。今度何が好きか教えてよ。練習するから。
「…その時もデリ惣菜とか冷食詰めたやつなんだけど、一つだけ入ってんの」
遠足の弁当の日に入っている既製品以外の一つ。ただ卵を焼くだけにも手間取る母親が作ってくれる目玉焼き。
歪なそれが弁当の蓋を開けた中にあるだけで、どれだけ嬉しかったか。帰ってきた母親に美味しかったと伝えると焼いただけだと苦笑いされてたけれど。
「まあ俺バカだからさあ。親が作れないなら俺がやってやるぜ!とか意気込んだ訳ですよ」
転機は調理実習の『りんごの皮剥き』だ。授業でやるから練習したいと申し出ればキーパーさんがウチの親に話を通してくれた。
一袋398円の五個入りのりんごと、100均の切れ味の悪い小さな果物ナイフ。二人でエプロンをしてキッチンの流しの前。緊張感の溢るる中、ぎこちない手つきでぶつ切りの皮剥きをする俺の横で、りんごの皮を一筋の赤い帯に変えたキーパーさん。
「指は切らなかったけど、出来栄えボロっボロ。しかも変色してクソ不味そうな見た目で、悔しくってさあ。もう調理実習とかそっちのけ。一週間りんごを買っては剥いて食いまくったし、ウチの親もひたすらりんご食ってた」
サッチが剥いたんだって、凄いな。下手くそなリンゴを嬉しそうに食べてくれた。飽きたなんて言わずに。
ふふ、と笑いを溢すなまえの頭の中では地団駄踏むガキの俺と、りんごのわんこ蕎麦やってる両親が浮かんでいるのかもしれない。大当たりだ。
「キーパーさんが包丁使うと単なる素材がどんどん料理に変わっていくのが不思議でさ、来る日が楽しみで走って帰ったりして」
ウチにない調味料はキーパーさん持参だった。カバンの中に詰まった小瓶入りのたくさんの調味料はまるで魔術師の小道具で。僅かに足すだけで味が変わる様は凄いの一言に尽きる。
これはなに、どんな味、不思議な香り、外国の味。聞けばなんでも答えてくれた。
「サッカーもバスケも好きだったから仲間とやったりはするけど、リンゴ剥けるようになったら楽しくて。キーパーさんが来る日は家に直行して料理の手伝い始めたんだ」
他の人には秘密の特別講習。
調理には危険がつきものだ。俺が火傷したり指切ったり、おろし金ですりおろしたりする都度、キーパーさんが親に報告して頭を下げる。
親は『この子が飽きずに興味持って続けてる事自体が嬉しい、これからもお願いします』と頭を下げて。
「そんでもって、アレコレあって、なまえもご存知の俺の出来上がりって訳」
に、と口を笑みに変えるとなまえが思案げな顔をする。喋りすぎたかな。
「長くなったね、ごめん。飽きた?…飽きてない?もっと聞きたい?うーん、面白いのコレ?そう?」
サッチは小学生の時からご飯作ろうと思って続けてきたから、あんなに凄いお弁当を作れるんだね。感心したようななまえの言葉が擽ったくて尻の座りが悪い。
「そんな格好いいモンじゃないよ。だって下心だもん」
不思議そうに目を瞬く。見ていて飽きないって言うかなまえの仕草って良いよな。どんな顔するかなと考えて言葉を選ぶのが楽しくなる。
「俺ね。お嫁さんができたら子供欲しいんだ。それで作ったご飯食べてもらって、美味しいって言われたい」
学校行事のフル参加したい。俺はバカだから勉強を見てやれないけど、体力はあるからスポーツならドンと来いだ!
運動が好きじゃ無いなら部屋の中で一緒にできるお絵かきとかボードゲームみたいなやつとか、パズルするのもいいかな。
でかいテーブルに乗らないほど料理を並べて家族で囲む。子供も奥さんも、凄く甘やかして可愛がってしまうと思う。構い倒してウザがられないか心配。
「俺が子供産めたら良いんだけどさ…はは!だよねえ、無理だよなあ」
想像しかできないけど子供を産むのはもの凄い痛くて辛いと聞いている。
俺が料理作れたら、加えて掃除や裁縫が得意だったら。命懸けで子供を産んでくれた奥さんの助けになれるはずだから。こんな逞しく体力有り余って育ったんだ。実際に働きながらどれだけできるかわからない、例え高校生のガキの夢みがちな下心だとしても。
「…て、訳で!俺はめちゃくちゃ大事にすると誓います。だからその…ゴホン!なまえ、俺の…」
小さな電子音が俺の言葉を遮る。彼女の端末からで親がカフェの近くに着いたそうだ。なまえがサッチも一緒に乗って行こうと提案してくれる。
「俺は良いよ。待ちに待ったお迎えだ」
待たせちゃ悪いよ、と急かす俺に渋る彼女。優しいなまえに似た世話焼きの、彼女の母親が目に浮かぶ。
「ホラ滅多にない雪だし?せっかくだから踏んで帰りたいんだよね」
戯けて言ったけど半分は本気。SNSには仲間たちの撮った雪の写真がたくさんアップされてるし負けていられない。俺の言葉にしょうがないな、って顔をしてなまえは笑った。
「うわっ待って伝票…え?なまえが奢ってくれんの?一緒に待っててくれたのと話のお礼?……うーん、じゃあゴチになります。ありがとう」
こっちが一緒にいたくて勝手に迎え待ちの同席決めたのに、奢ってもらうとかおかしな話だと思うんだけどなあ。押し問答する時間も勿体無いし奢りに乗っかるとなまえは帰り支度を済ませ財布を出す。
「?」
不自然に動きを止めるとせっかくの帰り支度を少し崩す。首元の白いマフラーを解いて俺にかけた。
「サッチと居ると時間があっという間だった。一緒にいてくれてありがとう。歩くなら防寒しっかりしないとダメだよ。お家に着いたら連絡してね」
約束だよ。花のように凛とした背が帰路に向かうのを見送って、俺も席を立つ。
イヤフォンをつけ端末操作、雪を歌った曲を流した。勢いは弱まっていたが足元は水を含んだ白が重く、歩くたびに靴の中へと染み込んでくる。思ったより楽しくは無くてジクジクとつま先を刺すようだ。
「…あー、あっつ…」
だと言うのに顔が熱い。
白いマフラーからはなまえの香りがする。香水、いや柔軟剤?シャンプーとか髪の移り香かもしれない。寒いからだと言い訳して鼻先を埋めると胸が焼けるように焦げ付いた。
「…好きだなあ」
話す言葉が好きだ。目線一つ貰うだけで胸が痛い。同じ時間を過ごせると心が躍る。当たり前に突然渡される優しさに、俺がどれだけめちゃくちゃにされてるか、ちっとも知らないんだろう。
「好きに、なってもらいてえなァ…」
街をまだらに染める白の中、落ちた言葉は誰にも聞こえない。垂れそうな鼻を啜った。
女性ボーカルが声高にイヤフォンから耳を揺さぶる。聖夜に願うのは品物じゃなくて貴方だと。
I just want U for my own.
(無事帰宅、写真添付…送信、っと)
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