.
Gift.
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
(side U)
「わあ!甘い匂いがしてきたね!」
炊飯器からは甘い甘い匂いが漂い、私たちは顔を見合わせて笑った。同じクラスの友達の家に集まりお菓子作りの真っ最中。
メインの材料はチョコレート。バレンタインを明日に控えた今日、皆でチョコ作りをしようという計画を立てていたのだ。材料の溶かすチョコレートとデコレーション用のチョコペンやカラーチョコなんかを持ち合って大騒ぎしながら作っていた。
「冷蔵庫のどう?固まってる?」
作るのは炊飯器を使ったガトーショコラ、トリュフ、デコレーションカップチョコの3つ。どれも作るのは初めてなので逐一レシピを見て一つずつの工程を確かめての作業はなかなか進まなかった。
「えっ解らない、これって触ったら駄目だよね?」
「一個試しに触ってみて、それ味見にしちゃおうよ」
「…あっ!手の跡ついたぁ!」
「まだかぁ…あは!食べちゃえ食べちゃえ」
カップチョコの方は固まっていたけれどトリュフがまだみたい。とりあえず固まっているカップチョコにそれぞれに好きなデコレーションをしていたら、炊飯器の炊き上がりのアラームが鳴った。
「ほら、あなたたち!食べるのもいいけどこっちも出来たわよ!」
お台所を貸してくれて、かつ今回の手作りチョコ会の先生をしてくれている友達のお母さんが笑って教えてくれた。
「「「はぁーい」」」
開けると甘い匂いが濃くなる。炊飯器の中では茶色のまあるいケーキがホカホカに出来上がっていた。見た目は大成功。それぞれの口から歓声が上がった。
「…うわあ!出来てる!」
「上手くいったね、なまえ!」
「うん!」
「はい、切るわよ~危ないから下がってて!」
友達のお母さんが炊飯器から上手にケーキを取り出し、切り分けてくれた。ガトーショコラは冷やした方がいいらしく、粗熱を取ってから冷蔵庫に入れた。その間にトリュフをラッピング。ここが肝心。どの色のリボンかどのイラストのついた袋にするのか吟味に余念がない。
「リボン何色にする?」
「あたしピンク!」
「なまえ、リボン結び上手!ねえこっちも縛って」
「いいよ、どの色にする?」
私は黄色のリボンと青いリボンを使ってトリュフをラッピングをするつもりだった。お花の模様がついた透明の袋に入れてリボン結び。
「やったね、これ絶対可愛い!」
「明日渡すの楽しみだね」
「カフェインはパセリに渡すんでしょ~」
「ち、ちがうよ!義理チョコだよ義理チョコっ!」
箱に入れたり透明の袋に入れたりとどうやったら可愛く包めるか話しながら包んだ。ガトーショコラが冷えたらカフェインちゃんのお母さんが三人分に分けて持ち帰れるように容器に入れてくれた。
「なまえちゃん、ベラドンナちゃん、忘れ物ない?車で送るわね」
「バイバイ、カフェイン!また明日!」
「なまえ、ベラドンナじゃあね!」
「うん、また明日」
玄関で見送ってくれたカフェインちゃんに手を振って、カフェインちゃんのお母さんの車でお家まで送ってもらった。
「どうもすみません、わざわざ送っていただいて…」
家に着くとすぐにお父さんが出てきて、カフェインちゃんのお母さんに頭を下げた。二人して何度も頭を下げあっている。大人が会うとどうして何度も頭を下げるのかな。決まりなのかもしれない。
「いいえ、気になさらないでくださいマルコさん。こちらこそ遅くまでお嬢さんをお預かりしちゃってすみません!うふ、なまえちゃん、バイバイ!」
「送ってくれてありがとうございました」
カフェインちゃんのお母さんは優しい。友達みたいに手を振ってくれたので、私も笑って手を振ってお礼を言った。 車がさっていくのを見送ってお父さんと家に入った。
「おかえり、なまえ」
「ただいま」
「手ェ洗ってうがいしとけよい」
「はい」
お父さんは私の頭を撫でてから背を押す。外から帰ったら手洗いうがい。私の家の決まりだ。台所で手洗いうがいを済ませる。さて鞄からガトーショコラを出して冷蔵庫に入れておかなくちゃ…、と冷蔵庫を開けて、私は少し考えて扉を閉めた。自分の部屋に行ってから鞄の中身を出す。
「うーん…寒いから、大丈夫だよね?」
窓の近くにチョコとガトーショコラを置いて呟く。冷蔵庫に入れたらお父さんに見つかっちゃうもんね、危ない危ない!勝手に食べたりしないと思うけどバレンタインの為のチョコレートを作ってきたとバレるわけにはいかない。これは秘密なのだから。
リビングに降りていくとお父さんはテレビをつけたままPCを見ていた。またお仕事なのかな。お休みの日や夜遅くまでPCを叩く姿をよく見る。ちゃんと寝て休んで欲しいけど、私には何も手伝えなくてもどかしい。
「お父さんお茶飲む?私いれるよ」
「ああ。…いや、悪い。そろそろ飯にしよう」
声をかけるとPCを閉じてテーブルの場所を空けた。いつもご飯は炊飯器で炊くけれど、おかずはスーパーのお惣菜をお父さんが仕事帰りに買ってくる。お父さんが仕事で遅くなる時はデリバリーを頼む時も多い。今日は冷蔵庫にお惣菜が入っていたから外食は無しだ。
「お皿出すね」
「ありがとさん」
箸とお皿、お椀を用意。お父さんはレンジとオーブンで温めをしながらお味噌汁を盛ってくれる。本日のご飯がテーブルに並びそれぞれの定位置に座る。
「いただきます」
「いただきます」
食卓について二人で手を合わせる。ニュースが流れるTV、特集はバレンタイン商戦。凄い値段のチョコ、特別な材料を使ったチョコ、限定のチョコ…画面の中ではレポーターが頬をツヤツヤさせて食レポをしていた。美味しそうだなあ。私も食べてみたい。
「…今日は友達の家で何してきたんだい?」
「えっと、勉強会…?」
チョコレートを作っていたのは秘密。明日渡してビックリさせるんだもん。青いリボンがお父さんで、黄色のリボンは…サッチさんにあげるんだ。二人とも喜んでくれるかな?
お父さん甘いの好きじゃないけど、カップチョコの方はビターチョコにしたし、お父さんの好きな珈琲と一緒に食べれば大丈夫だと思う。
「学校で何か要るものはあるか?」
私の嘘を信じてお父さんは学校での事を聞く。
ノートもあるし必要なプリントは今日はない。お知らせも届いてない。
「ううん、ないよ。でも宿題がある。数学と漢字のプリント」
「算数と国語か」
「…お父さん。私、中学生だよ?算数じゃなくて数学だよ。来週テストもあるの」
お父さんは神妙な顔をした。箸を置いて咳払いを一つ。何か言いたそうなのにはっきりしない。珍しい事だ。
「そ、そうだな。なまえはもう中学生だよな。…ごほん」
「?」
「あ”ー、…その。…明日は真っ直ぐ帰ってくるかい?」
「うん。部活があるけど終わったら帰ってくる」
特に用事はないし、と言うとお父さんは長く溜息を吐いた。
「そうか、良かったよい!それなら明日はサッチの店に夕飯を食いに行こう。俺も真っ直ぐ帰ってくるから」
「本当?行く!」
サッチさんのお店のご飯はすごく美味しい。苦手な野菜もサッチさんの手にかかれば不思議と食べられるようになる。小さな頃からずっと通っているお店だ。
学校から帰ってきたらサッチさんのお店に渡しに行こうか迷ったけど、ご飯食べに行くのなら普通にチョコレートも渡せそうだ。
「そうだよな、まだ中学生なんだもんな。流石にそういうのはまだねえよな…良かった」
「え?」
「いや。何でもねえよい。冷めねえうちに食っちまおう」
「うん」
お父さんが独り言をブツブツ言う。なんて言ったのかよく聞こえなかったけど、中断していた晩ご飯を食べるのを再開させた。
今日のお味噌汁は豆腐とわかめ。毎日お父さんがこれだけは作れるからと作ってくれる。鍋に具を入れて味噌を溶かせば完成。豆腐の大きさがみんな違うけど、私は何も言わないで食べる。
「ごちそうさまでした」
「宿題あるんだろい、洗っておくからやって来るといい」
「はい」
部屋に戻ってチョコレートを確認。うん…大丈夫!溶けてない。暖房を入れると溶けちゃう気がして、私はフリースの膝掛けを肩からかけて机に向かった。肌寒さはあったけれどワクワクする気持ちの方が強かった。
「…っくしゅん!…えへ、明日楽しみだな」
教科書を見ながら数学の宿題を解き、漢字のプリントを終わらせた。
お風呂に入ってお父さんにお休みって言ってから、部屋でこっそりガトーショコラのラッピングをした。
バレンタインデー当日。
どことなくみんながソワソワしてるように感じる。学校にチョコレート等お菓子を持ってこないように!って、先生は言うけど、毎年鞄をチェックされたりはしない。だからこっそり持ってくる女の子も結構いたりする。
男の子にあげる時は、だいたいは放課後に呼び出したり、帰りの時間までにロッカーや机に忍ばせたりする。
男子も馬鹿じゃないから貰っても騒いだりする事は滅多にない。騒ぎになると来年からはチェックが厳しくなるって解ってるから。秘密厳守で騒ぐの禁止。お互いの暗黙のルールである。
そして女の子の友達同士で交換するのが一番多い。男の子に渡す勇気は好きな人ほどなかなか出ないものだ。だからこそ友チョコの『ついで』を装って渡すんだ。カモフラージュも込めての友チョコが一番多いのだ。
「あーあ。バレンタインか…チョコって美味いよな。食いてえ」
「エース君いっぱい貰ってるでしょ?」
「貰っても食わないで隠しておくと弟に食われちまうんだぜ、どうやって見つけんだよ犬かよ!っとにルフィの奴…一気に食うの勿体ねえし、かと言って隠す場所ももう思いつかねえ。今年もきっと幾つか食われちまうよ」
エース君は三人兄弟だからお菓子とかご飯はいつも喧嘩になるらしい。兄弟がいないからわからないけど、大変そうだなあと思うのと羨ましいなと思う気持ちがあった。エース君にとって愚痴でも私には賑やかで楽しそうに聞こえるから。
私も友チョコをこっそり交換用に幾つか持ってきている。少し考えて自分の分で食べようと思っていたトリュフをエース君にあげることにした。
「ねえ、エース君。良かったらコレあげる。小さいから学校帰りに食べながら帰るといいよ」
エース君はすごい速さで鞄にしまった。それはもう驚く程すごい速さで。手品みたいな動きで思わず拍手を送ってしまう。
「ば、バカ!お前こんな教室で…っ!」
顔を赤くしたエース君に小声で怒られた。
うわ、休み時間だからって迂闊だった!二人で焦って辺りを見渡す。先生がいなくて良かった!油断していた。
「ごめん、大丈夫かな、見られなかったかな?」
「俺は見られたっていいけど。先生いないし大丈夫だろ。…ありがとな、なまえ!帰りに食うよ」
「ううん。エース君運動部だし放課後ってお腹空くもんね!」
「………いや、うん。…そうじゃねえんだけど…」
歯切れ悪くモゴモゴ言ったけど、まあなまえだし仕方ねえかとエース君は笑った。午前中の授業が終わって、給食を食べて、教室の隅っこでこっそりチョコレート交換会を開催。
「やだぁ、可愛い!」
「シー!声大きいって!」
「ごめん!…こっちはロリポップ風チョコだよ。ピンクのところがいちご味!」
「あたしは生チョコ作ったんだー」
「どうする?男子にもあげる?」
「ええーやだぁ、誰が行く?」
……うん、こっそりとか無理だよね。いくら声を押さえてもキャアキャア言ってるのは男子にも聞こえている。照れたような雰囲気がクラスに満ちた。 結局じゃんけんで負けた私が男子たちへ声をかけてお昼休みにチョコは証拠隠滅。
ゴミは捨てるとバレちゃうので持ち帰り。
放課後、部活が終わったら急いで帰った。
サッチさんのお店に行くのに中学の制服なんて嫌だ。だっていかにも『中学生』って感じで子供っぽい。制服を脱いだところで中学生なのは変わらないけど私服の方がまだマシだ。
部活の最中に何を着ていくのか考えて、この間買ってもらったチェックのスカートを履こうと決めた。あれならサッチさんのところに一回も着て行ってないもの。
「じゃあね、まだ明日!」
「バイバーイ!また明日ね!」
部活終了のチャイムで急いで着替えて、走って帰った。家に着いたら手洗いうがいして、手を拭いて一息つく。
お父さん真っ直ぐ帰るって言ったから、きっと7時には帰ってくるよね。今のうちに着替えを済ませて、髪の毛を梳かして、えっとえっと…あ!ガトーショコラ潰れないようにしないと!タッパーウェアに入れるのが確実だけど可愛く無いもんなあ。手提げに入れてもいいけど見えるように持っていくのが恥ずかしい。
悩んだ末に鞄に隠すように入れた。TVを見ていたらお父さんが帰ってきて、ただいまを言ってから手洗いうがいをした。ネクタイを緩めて息を吐く。
「なまえは大丈夫か、支度できてるかい?」
「うん」
「じゃあ行くか」
お父さんは普段着に着替えて二人で車に乗ってサッチさんのお店に行った。流れる景色を窓越しに眺めてドキドキするのを抑えていた。なんて言って渡そう?喜ぶといいな、びっくりするかな。そんな事ばかり考えて。
「いらっしゃいませー、…ってマルコかよ!」
「昨日予約しただろい」
「うるせえ、さっさと席つけ。いつものカウンターな」
今日は忙しいのかサッチさんもお店のホールに出ていた。顔見知りの店員さんと四人でフル回転のようで、テーブル席も全て埋まっていた。イベントの時はいつも大混雑。ここは地元の人気店なのだ。
「いらっしゃいませ~なまえちゃん!待ってたよ。そのスカート可愛いね!」
「…はい。ありがとうサッチさん」
そう言って笑ったサッチさんを見て、思わず鞄の持ち手を握ってしまう。いつ渡そう?今忙しいよね?呼び止めたら邪魔になるかも。後にしたほうが良いよね。
「なまえ、どれがいい」
「今日はお肉が食べたいからハンバーグにしようかな」
「野菜も食えよい。サラダも選べ、俺も食うから…このトマトが入ってるやつにするかい」
お父さんと話しながらメニューを決めて注文した。クルクルと働くサッチさんたちを眺めたり、いい匂いだねと話しながらご飯が出てくるのを待つ。そうだ今のうちにお父さん用のチョコを渡しておこう。だってサッチさんのご飯の後だとショボく見えると思うし…!
「お父さん。あのね、カフェインちゃんのお家で作ったんだ。これバレンタインのチョコ」
「…え?俺にか?」
「うん。あ、ビターチョコで作ったからそんなに甘くないよ!味見もちゃんとしたんだよ、大丈夫!」
デコレーションされたカップチョコをまじまじと見て、お父さんは顔を綻ばせ私の頭を撫でた。いろんな方向から包みを眺めて言う。
「ありがとな、なまえ。凄く嬉しいよい!これは手作りだろい、…大変だったろう」
「ううん。いつもお父さんお仕事大変だから、甘いの苦手かもしれないけど、甘いものは疲れた時っていいって言うから」
いつもありがとう。お仕事大変だと思うけど、たまには早く寝てね。そう伝えるとお父さんは目頭を抑えて呻いた。びっくりさせるつもりが逆にびっくりさせられて、私は慌てて鞄の中のハンカチを探す。手を退けたお父さんは泣いてなかった。感極まったよい、大きくなったなあなまえ、なんてしみじみと言う。
「ヒュー!良かったなァ?おとーさん!悩み過ぎて禿げなくて!」
「うるさい。お前が禿げろよい」
調理する手を止めず、カウンターの中からサッチさんがお父さんに向かって声をかけてきた。お肉の焼けるいい音と香りが届く。お父さんが応戦すると楽しそうにサッチさんが声を上げて笑った。
「あ、あの…」
「いらっしゃいませー」
「ごめんなさいね、予約してないから食事はまた今度。コレを渡しに来ただけ」
お父さんに渡した勢いでサッチさんに手作りチョコを渡そうと思ってたのに、お客さんを告げるドアベルの音が邪魔をした。カウンターに近寄ってきた女の人が小さな袋をサッチさんに渡す。
「お!やったね、チョコ?ありがとうございます~!もしかして手作り?」
「ふふ、バカね。サッチに手作り渡す勇気なんてないわよ」
「え?何で??」
「…どうやってもサッチが作る方が美味しいからよ。プロのくせに!言わせないで」
「気にすることねえのに」
チラッと見えた袋にはGOODIVAって書いてあった。あの有名な高いチョコだ。テレビでも特集していた。
「ホワイトデー、期待してるわ」
「おうよ。見事に応えるから店来てな、サービスしちゃうぜ」
女の人はサッチさんに手を振って帰った。長く緩やかな明るい髪。爪がキラキラしていて耳元でピアスが揺れていた。大人の女の人だった。
「お前は毎年凄いねい」
「まあね!俺ァ愛されるタイプだからな!見ろ、このカゴを!」
お父さんの言葉に対してサッチさんがカウンター越しに見せてくれたのは、チョコの山だった。お客さんが鞄を入れるのに使っている荷物入れの籠からこぼれ落ちそうな程、大小さまざまの贈り物。どれもお店のものらしい店名入りのショップバッグや包装紙が見えた。
「全部食いきれんのかい」
「……善処はする!でも市販品ばっかだし使えるのは店のデザートに活用したりスタッフが美味しくいただいてたりします、そこはすいません!!」
チョコの山は綺麗な箱、綺麗なラッピング。どれも高そうな袋入りのものばかり。それに引き換え、私のはラッピングしたけれど100均のだし凄く安っぽい。味だってきっとあのチョコの中で一番美味しくない。だって手作りだもの。プロの作ったチョコの足元にも及ばない。
…私は鞄のガトーショコラを出す事が出来なかった。
→
