スターリングナイト(ドルベ)
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そろそろ夏の大三角が現れる時間だ。そう呟いたドルベは、手の中の星座早見盤に目を落としていた。顔を上げると東の空を指差す。その指先に導かれて、私は星の海に視線を送った。
夕食を済ませ、彼と言葉を交わしながら星空を眺めていたら、あっという間に夜が更けていた。食事中はドルベの持ってきてくれたランタンを灯していたけれど、今はそれも消してしまった。隣にいるはずの彼の顔も、目を凝らさなければまともに見えない。夜闇にぼんやりと浮かぶ像と、時折微かに聞こえる息遣いで、辛うじてその存在を確かめていた。
「夏の大三角って、アルタイルとベガ、それからデネブの3つから成る三角形のことだよね?」
「そうだ。読書の成果が身に付いているな。」
ドルベに褒められて、思わず照れ笑い。想い人とこうして共通の話題ができるのは嬉しい。
アルタイル、ベガ、デネブ。どれもテラナイトの戦士の名前だから、いち早く覚えられたのだ。そし彼らのうちの2人が、馴染み深い物語の主役だということも、読書を通じて知った。
「アルタイルは彦星、ベガは織姫でもあるんだよね。」
「七夕伝説のことか。スミレの言う通りだ。そういえば、もうそんな時期なのだな。」
今年の七夕は晴れるだろうか。そんなことを呟いて、ドルベは星空を見つめている。そうなると良いな。私は願いを込めて返した。
織姫と彦星。年に一度しか会うことが許されない存在。引き裂かれてしまった彼らの物語は、一般的には悲劇なのだろう。だけど私には希望の物語のように思えた。
「限られた時間だからこそ、その一瞬を大事にしたいって思えるものなんじゃないかなって思うの。一緒にいられる時間を特別なものにしたいから、それまで辛いことも頑張れるし、会うための準備も張り切っちゃう。会えない間も相手のことを思う時間って幸せだと思うんだ。」
天の川での逢瀬を待ち望む2人を指して言っているつもりだった。けれどいつしか、そこに自分の思いが重なっていることに気付く。
ドルベとこうして2人で過ごせる時間は無限じゃない。だからこそ一緒にいられる今夜を楽しみにしていた。少しでも彼に良い印象を与えたくて、今日のためにいろいろ準備もしてきた。ドルベのことを考えるだけで、いつでもどこでも胸が高鳴った。今だって…隣に彼がいるというだけで、身体中が幸せで満たされている。
「…ナマエの肯定的な解釈を、私は支持したい。私だけでは君のような考えに至らなかったからな。」
一呼吸置いて、隣から声が聞こえた。少し夢見がち過ぎたかなと不安を覚え始めた私に、そっと寄り添ってくれるような声音。私は彼の優しさを噛み締めながら、ありがとうと呟いた。
もっとドルベと星の話をしたい。その星に纏わる伝承や逸話に思いを馳せ、考えを巡らせて、互いに分かち合いたい。私の考えを伝えるだけじゃなく、彼の思いも知りたいから。
「ねぇ、ドルベ。あれは何ていう星?」
北の空。青白い星が多い中、橙色に輝く一際明るい光が目に入る。次はこの星の話をしよう。対象を指差すと、彼は星座早見盤を見るまでもなく答えた。
「あれは北斗七星を構成する星の1つだな。北斗七星はおおぐま座の一部でもあるから、おおぐま座α星というのが本来の名前だ。」
諳そらんじるドルベを賞賛しつつ、自分の頭の中の引き出しからも情報を引っ張り出す。
北斗七星は、構成する星の明るさや空に浮かぶ時間の長さ故に見つけやすく、世界各地でいろいろな話が語り継がれている。ドルベはそんな北斗七星を成す星の「本来の名前」を口にした。その表現は、裏を返せば本来の名前ではない、俗称や別名があるということ。確か読んだ本の中に、それぞれの星の名前の記述があった気が…。
「もしかして…ドゥーベ?」
「正解だ。ナマエもその名前を知っていたのか。」
ドルベの穏やかな声が聞こえてホッとする。7つの星の名全てを完璧に覚えていた訳ではない。だけどこの星は、ドルベの名前とそっくりだったから覚えていたのだ。
「でも名前を知っているだけで、どんな星なのか、詳しくは分からないの。」
だから、知っていたら教えてほしい。そう問い掛ける。星のことを言っているつもりだったけれど、この言葉もまた、ドルベ自身への問いと重なる節があった。
彼は少し悩むように低く唸る。私も然程詳しくはないが、と前置きした上で、ゆっくりと語り始めた。
「おおぐま座α星は、大きく光り輝く1つの星のように見えるが、実は複数の恒星から成る連星系と言われている。中でも、主星のAと伴星のBは、一定の距離を保って、44年周期で互いの周りを回っているんだ。」
44年。人間にとってはそれなりに長い時間だ。けれど宇宙のスケールで語ったらきっと一瞬なのだろう。
付かず離れず、お互いを見つめて巡り続ける。何だかドルベと私みたいだ。今日一緒に山道を歩いてきた時然り、今こうして星を眺めている時然り。妙な親近感を覚えて自然と頬が緩んだ。
「ずっと隣り合って回っているなんて、手を取って踊っているみたいでロマンチックだね。」
素敵だな。そう零して橙色の光をじっと見つめる。隣に寄り添っているはずの小さな白い光。その存在を確かめるように。
ねぇ、ドルべはどう思う?そう聞こうとした。けれどその瞬間、一陣の風が吹いて、私の声は体温と共に攫われた。俄に身体の底から震えが込み上げてきて、堪らずくしゃみを1つ。
「大丈夫か?」
すかさず隣から心配そうな声が跳んでくる。少し冷えてきたのかもと返すと、さらにその声は憂いを帯びた。
「ナマエが風邪を引いてしまう前に、そろそろ帰ろうか。」
彼の提案にズキリと胸が痛む。心配してくれるのは有り難い。その心配をいち早く解消したいという気持ちもある。でもこんなところで彼との時間が終わってしまうのは名残惜しかった。だって私はまだ、彼のことを全然分かっていないのだから。
「…お願い、もう少しだけ。」
ガサゴソと片付けを始めるような物音。暗闇の中で動く背中。私は彼の服の裾を咄嗟に掴んでいた。
「もっと話したい。そして知りたいの…ドルベのこと。」
我ながら大胆な行動と分かっている。今が夜で、互いの顔もまともに認識できない状況だから、こんな行動が取れたのだ。きっと明日には自分の行動を省みて、羞恥心で悶絶していることだろう。それでも良かった。今、この手を離してしまった方が後悔すると思ったから。
沈黙。彼からの反応が怖くて、気付いたら息を止めていた。でも私だけじゃない。目の前にいるはずの存在からも、息遣いが聞こえない。それが示すことは一体…。
「ナマエ…少し失礼する。」
嫌だったら言ってくれ。そう聞こえたかと思うと、突如肩を掴まれて引き寄せられる。そして掴まれた肩と反対の身体の側面に、ふと温もりが触れた。
「…こうしていたら、少しは温かくなるだろう。」
低い囁き声。突然耳元で響いて身体が硬直する。この時ようやく理解したのだ。私がドルベに肩を抱き寄せられたことを。今までで最も彼との距離が近付いていることを。
ドルベ…。彼の名前を呼びたい。真意を確かめたい。だけど緊張で張り付いた喉からは声が出なくて。金魚のように口をパクパクさせるしかなかった。
「私のことを知りたいと言ってくれたな。だが私は、君が期待するような優れた人物ではないんだ。」
ドルベの言葉が続く。声量こそ抑えられているものの、その奥に何かが潜んでいる。彼が必死に隠そうとしている感情が。
先程のおおぐま座α星の話だが、と話題が遡る。2つの恒星が手を取り踊っているようだと言い表した私。しかし彼は異なる解釈をしたようで、徐々にその心を明かしていく。
「本当に想う相手ならば、ただ隣で見つめ合っているだけなど、もどかしくて堪らない。より近付いて、君の核心に触れたい。そう願ってしまうのは、私の我儘だろうか。」
強欲なんだ、私は。自嘲気味に言葉を締め括る。彼の真意に、胸がドキリとした。
こんなドルベ、初めてだ。いつもは冷静で、相手を優しく思い遣って。だけど今私を抱き寄せる彼は、情熱的で、自分の気持ちを正直に吐露して。普段は秘めているけれど、これが本来の彼の姿なのだとしたら…。
「…私はドルベの我儘、もっと聞きたいよ。」
彼の肩にそっと頭を預ける。少しだけその肩が強張った。
私たちは重力に縛られた星じゃない。己の意思を持ち、自由に行動できる人間なのだ。互いの心が引き寄せ合っているのなら、その心の赴くままに近付くことだってできる。
私は、ドルベのことをもっと知りたかった。そして彼が打ち明けてくれた胸の内。私はこれまで、隣で見つめ合うだけで充分だと思っていた。だけど彼はそれ以上を求めてくれたのだ。それが何とも愛おしくて。私も、彼のことを知るだけじゃ足りない。彼のどんな姿も、受け入れたい。そんな思いが芽生え、急速に膨らんでいく。
「ナマエは負担ではないのか?君の意思に背いてまで無理強いはしたくない。」
…ドルベったらいつもは聡明なのに、こんなタイミングで鈍感なんて。貴方に頭を預けたことが、私の意思表示。それどころか、今夜の2人きりの誘いを受けた時点で、私の心は決まっているのに。
理知的で慎重で、自分の気持ちより相手のことを優先して。常に正しくあろうとする、そんな貴方だから、私は…。
「私は、私の意思で、どんな貴方も受け入れたいの。だって私、貴方のこと…。」
続く言葉を口にする前に、何かが唇に触れる。それがドルベの人差し指だと気付いたのは、彼が言葉を紡いでからだった。
「私の勘違いでなければ、その先の言葉は私から言わせてほしい。」
構わないか?と問い掛ける声。コクリと頷くと、私の唇を制止していた指がそっと離れていく。
「私は…ナマエのことを愛している。例えこの身を犠牲にしようとも、君を幸せにできるなら本望だと思うほどに。だがその一方で、君の意思とは関係なく、君を独占したいとも思ってしまう。そんな未熟な私だが…ナマエは受け入れてくれるか?」
一言一言に乗る重み。これは彼の愛の重さだ。でも、押し潰されるような苦しいものじゃない。しっかりと実体を感じるその質量は、私を包み込み、安心させてくれる。まるで温もりで癒やしてくれる毛布のような。きっとこの心地良さは、ドルベの愛情の中にある優しさそのものなのだろう。
私の肩に乗る彼の手。微かに震えるそれに自分のものを重ね、隣の彼にまっすぐ視線を向けた。
「勿論。私もドルベのこと…大好きだから。」
近付いたから分かる、彼の機微。小さく息を呑み、目を見開いたかと思うと、その目がきゅうっと細められた。
「…ナマエ、もう少しこのままで良いか?」
「…うん、私もそうしたい。」
肩を抱く手にほんの少し力が入る。私も応えるように凭もたれ掛かって身体を預ける。そして揃って夜空を見上げた。
無数の瞬く光。私たちのこれからを祝福するように、それらの間を一筋の光が駆けていくのだった
夕食を済ませ、彼と言葉を交わしながら星空を眺めていたら、あっという間に夜が更けていた。食事中はドルベの持ってきてくれたランタンを灯していたけれど、今はそれも消してしまった。隣にいるはずの彼の顔も、目を凝らさなければまともに見えない。夜闇にぼんやりと浮かぶ像と、時折微かに聞こえる息遣いで、辛うじてその存在を確かめていた。
「夏の大三角って、アルタイルとベガ、それからデネブの3つから成る三角形のことだよね?」
「そうだ。読書の成果が身に付いているな。」
ドルベに褒められて、思わず照れ笑い。想い人とこうして共通の話題ができるのは嬉しい。
アルタイル、ベガ、デネブ。どれもテラナイトの戦士の名前だから、いち早く覚えられたのだ。そし彼らのうちの2人が、馴染み深い物語の主役だということも、読書を通じて知った。
「アルタイルは彦星、ベガは織姫でもあるんだよね。」
「七夕伝説のことか。スミレの言う通りだ。そういえば、もうそんな時期なのだな。」
今年の七夕は晴れるだろうか。そんなことを呟いて、ドルベは星空を見つめている。そうなると良いな。私は願いを込めて返した。
織姫と彦星。年に一度しか会うことが許されない存在。引き裂かれてしまった彼らの物語は、一般的には悲劇なのだろう。だけど私には希望の物語のように思えた。
「限られた時間だからこそ、その一瞬を大事にしたいって思えるものなんじゃないかなって思うの。一緒にいられる時間を特別なものにしたいから、それまで辛いことも頑張れるし、会うための準備も張り切っちゃう。会えない間も相手のことを思う時間って幸せだと思うんだ。」
天の川での逢瀬を待ち望む2人を指して言っているつもりだった。けれどいつしか、そこに自分の思いが重なっていることに気付く。
ドルベとこうして2人で過ごせる時間は無限じゃない。だからこそ一緒にいられる今夜を楽しみにしていた。少しでも彼に良い印象を与えたくて、今日のためにいろいろ準備もしてきた。ドルベのことを考えるだけで、いつでもどこでも胸が高鳴った。今だって…隣に彼がいるというだけで、身体中が幸せで満たされている。
「…ナマエの肯定的な解釈を、私は支持したい。私だけでは君のような考えに至らなかったからな。」
一呼吸置いて、隣から声が聞こえた。少し夢見がち過ぎたかなと不安を覚え始めた私に、そっと寄り添ってくれるような声音。私は彼の優しさを噛み締めながら、ありがとうと呟いた。
もっとドルベと星の話をしたい。その星に纏わる伝承や逸話に思いを馳せ、考えを巡らせて、互いに分かち合いたい。私の考えを伝えるだけじゃなく、彼の思いも知りたいから。
「ねぇ、ドルベ。あれは何ていう星?」
北の空。青白い星が多い中、橙色に輝く一際明るい光が目に入る。次はこの星の話をしよう。対象を指差すと、彼は星座早見盤を見るまでもなく答えた。
「あれは北斗七星を構成する星の1つだな。北斗七星はおおぐま座の一部でもあるから、おおぐま座α星というのが本来の名前だ。」
諳そらんじるドルベを賞賛しつつ、自分の頭の中の引き出しからも情報を引っ張り出す。
北斗七星は、構成する星の明るさや空に浮かぶ時間の長さ故に見つけやすく、世界各地でいろいろな話が語り継がれている。ドルベはそんな北斗七星を成す星の「本来の名前」を口にした。その表現は、裏を返せば本来の名前ではない、俗称や別名があるということ。確か読んだ本の中に、それぞれの星の名前の記述があった気が…。
「もしかして…ドゥーベ?」
「正解だ。ナマエもその名前を知っていたのか。」
ドルベの穏やかな声が聞こえてホッとする。7つの星の名全てを完璧に覚えていた訳ではない。だけどこの星は、ドルベの名前とそっくりだったから覚えていたのだ。
「でも名前を知っているだけで、どんな星なのか、詳しくは分からないの。」
だから、知っていたら教えてほしい。そう問い掛ける。星のことを言っているつもりだったけれど、この言葉もまた、ドルベ自身への問いと重なる節があった。
彼は少し悩むように低く唸る。私も然程詳しくはないが、と前置きした上で、ゆっくりと語り始めた。
「おおぐま座α星は、大きく光り輝く1つの星のように見えるが、実は複数の恒星から成る連星系と言われている。中でも、主星のAと伴星のBは、一定の距離を保って、44年周期で互いの周りを回っているんだ。」
44年。人間にとってはそれなりに長い時間だ。けれど宇宙のスケールで語ったらきっと一瞬なのだろう。
付かず離れず、お互いを見つめて巡り続ける。何だかドルベと私みたいだ。今日一緒に山道を歩いてきた時然り、今こうして星を眺めている時然り。妙な親近感を覚えて自然と頬が緩んだ。
「ずっと隣り合って回っているなんて、手を取って踊っているみたいでロマンチックだね。」
素敵だな。そう零して橙色の光をじっと見つめる。隣に寄り添っているはずの小さな白い光。その存在を確かめるように。
ねぇ、ドルべはどう思う?そう聞こうとした。けれどその瞬間、一陣の風が吹いて、私の声は体温と共に攫われた。俄に身体の底から震えが込み上げてきて、堪らずくしゃみを1つ。
「大丈夫か?」
すかさず隣から心配そうな声が跳んでくる。少し冷えてきたのかもと返すと、さらにその声は憂いを帯びた。
「ナマエが風邪を引いてしまう前に、そろそろ帰ろうか。」
彼の提案にズキリと胸が痛む。心配してくれるのは有り難い。その心配をいち早く解消したいという気持ちもある。でもこんなところで彼との時間が終わってしまうのは名残惜しかった。だって私はまだ、彼のことを全然分かっていないのだから。
「…お願い、もう少しだけ。」
ガサゴソと片付けを始めるような物音。暗闇の中で動く背中。私は彼の服の裾を咄嗟に掴んでいた。
「もっと話したい。そして知りたいの…ドルベのこと。」
我ながら大胆な行動と分かっている。今が夜で、互いの顔もまともに認識できない状況だから、こんな行動が取れたのだ。きっと明日には自分の行動を省みて、羞恥心で悶絶していることだろう。それでも良かった。今、この手を離してしまった方が後悔すると思ったから。
沈黙。彼からの反応が怖くて、気付いたら息を止めていた。でも私だけじゃない。目の前にいるはずの存在からも、息遣いが聞こえない。それが示すことは一体…。
「ナマエ…少し失礼する。」
嫌だったら言ってくれ。そう聞こえたかと思うと、突如肩を掴まれて引き寄せられる。そして掴まれた肩と反対の身体の側面に、ふと温もりが触れた。
「…こうしていたら、少しは温かくなるだろう。」
低い囁き声。突然耳元で響いて身体が硬直する。この時ようやく理解したのだ。私がドルベに肩を抱き寄せられたことを。今までで最も彼との距離が近付いていることを。
ドルベ…。彼の名前を呼びたい。真意を確かめたい。だけど緊張で張り付いた喉からは声が出なくて。金魚のように口をパクパクさせるしかなかった。
「私のことを知りたいと言ってくれたな。だが私は、君が期待するような優れた人物ではないんだ。」
ドルベの言葉が続く。声量こそ抑えられているものの、その奥に何かが潜んでいる。彼が必死に隠そうとしている感情が。
先程のおおぐま座α星の話だが、と話題が遡る。2つの恒星が手を取り踊っているようだと言い表した私。しかし彼は異なる解釈をしたようで、徐々にその心を明かしていく。
「本当に想う相手ならば、ただ隣で見つめ合っているだけなど、もどかしくて堪らない。より近付いて、君の核心に触れたい。そう願ってしまうのは、私の我儘だろうか。」
強欲なんだ、私は。自嘲気味に言葉を締め括る。彼の真意に、胸がドキリとした。
こんなドルベ、初めてだ。いつもは冷静で、相手を優しく思い遣って。だけど今私を抱き寄せる彼は、情熱的で、自分の気持ちを正直に吐露して。普段は秘めているけれど、これが本来の彼の姿なのだとしたら…。
「…私はドルベの我儘、もっと聞きたいよ。」
彼の肩にそっと頭を預ける。少しだけその肩が強張った。
私たちは重力に縛られた星じゃない。己の意思を持ち、自由に行動できる人間なのだ。互いの心が引き寄せ合っているのなら、その心の赴くままに近付くことだってできる。
私は、ドルベのことをもっと知りたかった。そして彼が打ち明けてくれた胸の内。私はこれまで、隣で見つめ合うだけで充分だと思っていた。だけど彼はそれ以上を求めてくれたのだ。それが何とも愛おしくて。私も、彼のことを知るだけじゃ足りない。彼のどんな姿も、受け入れたい。そんな思いが芽生え、急速に膨らんでいく。
「ナマエは負担ではないのか?君の意思に背いてまで無理強いはしたくない。」
…ドルベったらいつもは聡明なのに、こんなタイミングで鈍感なんて。貴方に頭を預けたことが、私の意思表示。それどころか、今夜の2人きりの誘いを受けた時点で、私の心は決まっているのに。
理知的で慎重で、自分の気持ちより相手のことを優先して。常に正しくあろうとする、そんな貴方だから、私は…。
「私は、私の意思で、どんな貴方も受け入れたいの。だって私、貴方のこと…。」
続く言葉を口にする前に、何かが唇に触れる。それがドルベの人差し指だと気付いたのは、彼が言葉を紡いでからだった。
「私の勘違いでなければ、その先の言葉は私から言わせてほしい。」
構わないか?と問い掛ける声。コクリと頷くと、私の唇を制止していた指がそっと離れていく。
「私は…ナマエのことを愛している。例えこの身を犠牲にしようとも、君を幸せにできるなら本望だと思うほどに。だがその一方で、君の意思とは関係なく、君を独占したいとも思ってしまう。そんな未熟な私だが…ナマエは受け入れてくれるか?」
一言一言に乗る重み。これは彼の愛の重さだ。でも、押し潰されるような苦しいものじゃない。しっかりと実体を感じるその質量は、私を包み込み、安心させてくれる。まるで温もりで癒やしてくれる毛布のような。きっとこの心地良さは、ドルベの愛情の中にある優しさそのものなのだろう。
私の肩に乗る彼の手。微かに震えるそれに自分のものを重ね、隣の彼にまっすぐ視線を向けた。
「勿論。私もドルベのこと…大好きだから。」
近付いたから分かる、彼の機微。小さく息を呑み、目を見開いたかと思うと、その目がきゅうっと細められた。
「…ナマエ、もう少しこのままで良いか?」
「…うん、私もそうしたい。」
肩を抱く手にほんの少し力が入る。私も応えるように凭もたれ掛かって身体を預ける。そして揃って夜空を見上げた。
無数の瞬く光。私たちのこれからを祝福するように、それらの間を一筋の光が駆けていくのだった
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