スターリングナイト(ドルベ)
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舗装されているとはいえ、緩やかな傾斜のある道が続くと息が上がる。先導するドルベは、しきりに振り返って私の様子を気遣ってくれた。少し歩調を緩めたり、彼が用意したチョコレートを分けてくれたり、お喋りで気を紛らわせたり。それぞれは些細なことだけれど、彼の優しさが心身に染み渡る。
あぁ、私、やっぱりドルベのことが好きだなぁ。一緒に過ごす時間と受け取る優しさが積み重なるたびに、彼への想いも増していく。この胸はいっぱいになっていくのに、まるで背中に羽が生えたかのように身体が軽い。疲労は蓄積しているはずなのに不思議な感覚だ。ふわふわと心地良い。ドルベのことを考えるだけで、どこまでも行けてしまいそう。そんな錯覚すら覚える。
ドルベの2歩後ろを歩き続ける。付かず離れず。そんな時間が永遠に続いても良いと思った。けれど突然目の前の視界が開ける。
「わぁ…綺麗…!」
気付けば目的地の丘に到着していた。頭上には遮るものが何もない。それでいて、煌びやかなハートランドの灯りもここまでは届かないようで、辺りは真っ暗だ。おかげで宵空の群青を覆う幾千もの光が、余すことなく私の目に映る。思わず感嘆の溜め息が漏れた。
「…あぁ、綺麗だな。」
遅れてドルベの声が聞こえる。先を歩いていたはずの彼が、いつの間にか隣に立っていて、私と同じように天球を見上げていた。レンズ越しの灰色の瞳に、星々の息吹が反射して瞬いている。彼の中にも宇宙そらが広がっているみたいだ。
ドルベと並んで、同じ景色を見ている。それだけで彼と一つになれたような気がして胸が高鳴る。だけどそれと同時に心が穏やかになっていくのも感じて。静と動の相反する気持ち。それらが心の中で同居しているのに、不思議と喧嘩はしていない。いつもより少しだけ早い心臓の鼓動に耳を傾け、私は再び天を仰いだ。
少し手を伸ばせば触れられそうな距離で、私たちは隣り合っている。言葉も交わさず。だけど緊張感は無くて、寧ろこの静けさこそが正解な気すらする。ピンと張り詰めた夜の静寂しじまに、私たちの存在がゆっくりと溶けていくようだった。
「ナマエ、少し座らないか?」
しばらく黙って星空を眺めていると、不意に声を掛けられた。隣を見ると、ドルベがいつの間にかレジャーシートを手にしている。それをテキパキと足下へ広げると、紳士的な手付きで私に腰を下ろすよう促してくれた。
「し、失礼します…。」
「そんなに畏まらないでくれ。それに端ではなく、もっとこちらへ寄ってきてくれた方が、私も安心できる。」
「は、はい…。」
思わず声が上ずる。誰だって好きな相手と距離を詰めることになったら、緊張で余所余所しい態度になってしまうものじゃないかしら。
ぎこちない私に対して、ドルベは至っていつも通りで眉一つ動かさない。何だか自分が自意識過剰に感じられて恥ずかしかった。私はゆっくりと腰を下ろすと、暴れ狂う心臓を隠すように、彼に背中を向けてそろりそろりと近付いた。
「目当ての星を見つけられるよう、こんなものも用意したんだ。」
おもむろに口を開いたドルベは、背負ってきたリュックサックに手を入れた。そして取り出したのは円盤型のプレート。よく見ると表面に星座の絵とその名前が記されている。それは星座早見盤だった。日付と時刻、そして方角を合わせれば、その時点で見える星座が一目で分かる優れものだ。
ここへ至る道中のチョコレートといい、レジャーシートと星座早見盤といい、ドルベのあまりの準備の良さに舌を巻く。私は感謝の言葉を口にした。
「ありがとうドルベ。こんなものまで用意してくれたなんて。準備が大変だったでしょう?」
「ナマエは優しいのだな。だが気にしないでくれ。私も今夜の天体観測を楽しみにしていたんだ。これくらいのことなら苦でもない。」
ドルベの気配りに感謝を伝えかったのに、こんな時でさえ彼は都合の良い言葉をくれる。まるで私が欲している言葉を見透かしているかのように。どうにも敵わない。だけどそんな彼だからこそますます惹かれてしまう。
私だって、ドルベの役に立ちたい。いつも助けてもらってばかりだから。そう思って仕込んできたものを、このタイミングでおずおずと披露した。
「あの…私もおにぎりとお味噌汁を持ってきたの。ドルベと私の2人分。」
アルミホイルに包んだおにぎりと、お味噌汁の入ったスープジャーを差し出す。夜は冷えると聞いたから、少しでも温かいものをと思って作ってきたのだ。ドルベも喜んでくれると嬉しいのだけれど…。
しかし、彼の反応は私が期待していたものと違った。灰色の瞳を大きく見開くと、目元に手をやって天を仰ぎ見る。さながらショックを受けたかのように。思わず動揺した。
「ドルベ、どうしたの?もしかして、おにぎりとかお味噌汁は苦手だった…?」
「…何故もっと早く気付かなかったのだ。」
ごめんなさいと言いかけたところを、低い声が遮る。彼の口から零れ落ちた言葉もまた予想外で、私はどうして良いか分からず固まってしまった。ドルベは俯いて溜息を吐くと、おもむろに口を開く。
「君の歩くペースが比較的序盤に落ちた段階で気付くべきだったのだ。単に慣れない山道で疲労が蓄積したのかと思っていた。だが改めて冷静に考えれば、体力を消耗するスピードが異常に速かった。その違和感を気のせいだと見逃すべきではなかったのだな。重いものを持って山道を歩くのは大変だっただろう。君に無理をさせてしまってすまない。」
懺悔のような言葉がとめどなく溢れる。それは濁流のように私を、そして彼の心を飲み込んでいく。君の荷物を代わりに持てていれば…と尚も反省を続けようとする彼を、私は慌てて止めた。
「違うのドルベ。貴方は何も悪くない。私が貴方を喜ばせたくて、勝手に持ってきたの。だから謝らないで。」
咄嗟に彼の手を取る。そうしないと、彼が罪悪感の底なし沼へずぶずぶと溺れていってしまいそうだったから。震える彼の手を握ると、俯いていた彼がハッと顔を上げた。ようやく視線が交差する。私はホッと胸を撫で下ろした。
彼に向き直ると、改めておにぎりとお味噌汁を手にする。
「手作りが嫌じゃなければ食べてくれると嬉しいんだけど…どうかな?」
しばしの沈黙。ドルベの出方が分からなくて、心臓がドキドキと大きな音を立てる。
彼は私をじっと見つめた後、ゆっくりと瞼を閉じた。そして深呼吸をすると、再びその灰色の瞳に私を映す。そんな彼の表情は、申し訳なさを堪えているような、喜びを滲ませているような、何とも切なげなものだった。
「…君の厚意を無下にできる訳がないだろう。」
有り難く頂戴する。静かにそう口にすると、ドルベは丁重に私の手料理を受け取ってくれた。彼が一瞬見せてくれた照れたような表情も相俟って、心がぽかぽかと温かくなる。
私たちは並んで座り、揃って手を合わせた。おにぎりを躊躇いなく口へ運ぶドルベを、恐る恐る見つめる。すると口に含んだ瞬間、彼の頬が緩んで、美味しいという言葉が零れ落ちた。
「ナマエの手料理を味わえるとは、私は幸せ者だな。」
おにぎりを頬張りお味噌汁にも手を付けつつ、そんな歯が浮くような台詞をさらっと呟くものだから、俄に心臓が跳ねた。
ドルベは私をその気にさせるのが上手すぎる。特に今日の彼は一段と過保護で、甘やかされているとすら感じるレベルだ。勘違いしちゃいけないと頭では分かっているのに、逸る鼓動を止められない。
先程までぽかぽかしていた胸の内は、今やジャーの中のお味噌汁にも負けないくらい熱々になってしまった。
あぁ、私、やっぱりドルベのことが好きだなぁ。一緒に過ごす時間と受け取る優しさが積み重なるたびに、彼への想いも増していく。この胸はいっぱいになっていくのに、まるで背中に羽が生えたかのように身体が軽い。疲労は蓄積しているはずなのに不思議な感覚だ。ふわふわと心地良い。ドルベのことを考えるだけで、どこまでも行けてしまいそう。そんな錯覚すら覚える。
ドルベの2歩後ろを歩き続ける。付かず離れず。そんな時間が永遠に続いても良いと思った。けれど突然目の前の視界が開ける。
「わぁ…綺麗…!」
気付けば目的地の丘に到着していた。頭上には遮るものが何もない。それでいて、煌びやかなハートランドの灯りもここまでは届かないようで、辺りは真っ暗だ。おかげで宵空の群青を覆う幾千もの光が、余すことなく私の目に映る。思わず感嘆の溜め息が漏れた。
「…あぁ、綺麗だな。」
遅れてドルベの声が聞こえる。先を歩いていたはずの彼が、いつの間にか隣に立っていて、私と同じように天球を見上げていた。レンズ越しの灰色の瞳に、星々の息吹が反射して瞬いている。彼の中にも宇宙そらが広がっているみたいだ。
ドルベと並んで、同じ景色を見ている。それだけで彼と一つになれたような気がして胸が高鳴る。だけどそれと同時に心が穏やかになっていくのも感じて。静と動の相反する気持ち。それらが心の中で同居しているのに、不思議と喧嘩はしていない。いつもより少しだけ早い心臓の鼓動に耳を傾け、私は再び天を仰いだ。
少し手を伸ばせば触れられそうな距離で、私たちは隣り合っている。言葉も交わさず。だけど緊張感は無くて、寧ろこの静けさこそが正解な気すらする。ピンと張り詰めた夜の静寂しじまに、私たちの存在がゆっくりと溶けていくようだった。
「ナマエ、少し座らないか?」
しばらく黙って星空を眺めていると、不意に声を掛けられた。隣を見ると、ドルベがいつの間にかレジャーシートを手にしている。それをテキパキと足下へ広げると、紳士的な手付きで私に腰を下ろすよう促してくれた。
「し、失礼します…。」
「そんなに畏まらないでくれ。それに端ではなく、もっとこちらへ寄ってきてくれた方が、私も安心できる。」
「は、はい…。」
思わず声が上ずる。誰だって好きな相手と距離を詰めることになったら、緊張で余所余所しい態度になってしまうものじゃないかしら。
ぎこちない私に対して、ドルベは至っていつも通りで眉一つ動かさない。何だか自分が自意識過剰に感じられて恥ずかしかった。私はゆっくりと腰を下ろすと、暴れ狂う心臓を隠すように、彼に背中を向けてそろりそろりと近付いた。
「目当ての星を見つけられるよう、こんなものも用意したんだ。」
おもむろに口を開いたドルベは、背負ってきたリュックサックに手を入れた。そして取り出したのは円盤型のプレート。よく見ると表面に星座の絵とその名前が記されている。それは星座早見盤だった。日付と時刻、そして方角を合わせれば、その時点で見える星座が一目で分かる優れものだ。
ここへ至る道中のチョコレートといい、レジャーシートと星座早見盤といい、ドルベのあまりの準備の良さに舌を巻く。私は感謝の言葉を口にした。
「ありがとうドルベ。こんなものまで用意してくれたなんて。準備が大変だったでしょう?」
「ナマエは優しいのだな。だが気にしないでくれ。私も今夜の天体観測を楽しみにしていたんだ。これくらいのことなら苦でもない。」
ドルベの気配りに感謝を伝えかったのに、こんな時でさえ彼は都合の良い言葉をくれる。まるで私が欲している言葉を見透かしているかのように。どうにも敵わない。だけどそんな彼だからこそますます惹かれてしまう。
私だって、ドルベの役に立ちたい。いつも助けてもらってばかりだから。そう思って仕込んできたものを、このタイミングでおずおずと披露した。
「あの…私もおにぎりとお味噌汁を持ってきたの。ドルベと私の2人分。」
アルミホイルに包んだおにぎりと、お味噌汁の入ったスープジャーを差し出す。夜は冷えると聞いたから、少しでも温かいものをと思って作ってきたのだ。ドルベも喜んでくれると嬉しいのだけれど…。
しかし、彼の反応は私が期待していたものと違った。灰色の瞳を大きく見開くと、目元に手をやって天を仰ぎ見る。さながらショックを受けたかのように。思わず動揺した。
「ドルベ、どうしたの?もしかして、おにぎりとかお味噌汁は苦手だった…?」
「…何故もっと早く気付かなかったのだ。」
ごめんなさいと言いかけたところを、低い声が遮る。彼の口から零れ落ちた言葉もまた予想外で、私はどうして良いか分からず固まってしまった。ドルベは俯いて溜息を吐くと、おもむろに口を開く。
「君の歩くペースが比較的序盤に落ちた段階で気付くべきだったのだ。単に慣れない山道で疲労が蓄積したのかと思っていた。だが改めて冷静に考えれば、体力を消耗するスピードが異常に速かった。その違和感を気のせいだと見逃すべきではなかったのだな。重いものを持って山道を歩くのは大変だっただろう。君に無理をさせてしまってすまない。」
懺悔のような言葉がとめどなく溢れる。それは濁流のように私を、そして彼の心を飲み込んでいく。君の荷物を代わりに持てていれば…と尚も反省を続けようとする彼を、私は慌てて止めた。
「違うのドルベ。貴方は何も悪くない。私が貴方を喜ばせたくて、勝手に持ってきたの。だから謝らないで。」
咄嗟に彼の手を取る。そうしないと、彼が罪悪感の底なし沼へずぶずぶと溺れていってしまいそうだったから。震える彼の手を握ると、俯いていた彼がハッと顔を上げた。ようやく視線が交差する。私はホッと胸を撫で下ろした。
彼に向き直ると、改めておにぎりとお味噌汁を手にする。
「手作りが嫌じゃなければ食べてくれると嬉しいんだけど…どうかな?」
しばしの沈黙。ドルベの出方が分からなくて、心臓がドキドキと大きな音を立てる。
彼は私をじっと見つめた後、ゆっくりと瞼を閉じた。そして深呼吸をすると、再びその灰色の瞳に私を映す。そんな彼の表情は、申し訳なさを堪えているような、喜びを滲ませているような、何とも切なげなものだった。
「…君の厚意を無下にできる訳がないだろう。」
有り難く頂戴する。静かにそう口にすると、ドルベは丁重に私の手料理を受け取ってくれた。彼が一瞬見せてくれた照れたような表情も相俟って、心がぽかぽかと温かくなる。
私たちは並んで座り、揃って手を合わせた。おにぎりを躊躇いなく口へ運ぶドルベを、恐る恐る見つめる。すると口に含んだ瞬間、彼の頬が緩んで、美味しいという言葉が零れ落ちた。
「ナマエの手料理を味わえるとは、私は幸せ者だな。」
おにぎりを頬張りお味噌汁にも手を付けつつ、そんな歯が浮くような台詞をさらっと呟くものだから、俄に心臓が跳ねた。
ドルベは私をその気にさせるのが上手すぎる。特に今日の彼は一段と過保護で、甘やかされているとすら感じるレベルだ。勘違いしちゃいけないと頭では分かっているのに、逸る鼓動を止められない。
先程までぽかぽかしていた胸の内は、今やジャーの中のお味噌汁にも負けないくらい熱々になってしまった。